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2015年8月12日 (水)

「第47回 NHK思い出のメロディー」 今年も堪能いたしました

 知らん曲ばかりでダダ長い紅白歌合戦よりよほどオッサンにはストライクゾーンの 「思い出のメロディー」。 全体的には、戦後70年を振り返る、ということで、そこに演出の大きな比重がかけられていた割に、見終わった後の印象が薄かった気がします。
 というのも、戦後のトピックを追うよりも出てきた歌手に対する驚き、感慨のほうがよほど大きかったから。
 特に後半のほとんどは私の世代(1960~70年代生まれ)にとっては強力なラインナップだった気がします。
 そのせいか、全共闘世代にとってはジローズの 「戦争を知らない子供たち」 くらいしかなかったような印象。 あ、梶芽衣子サンとかヘドバとダビデとかいたか(ダビデサンは代役だったけど)。 フォーク色が弱かった気はします。

 今回個人的にいちばんのインパクトだったのは、その後半のトップバッターで出てきた、高田みずえサン。 少なくともこの同じNHKホールでは31年ぶり、というご無沙汰もので、私も引退されてから見たのは初めてだった気がします。 いや、相撲部屋のおかみさんとして、チラッとは見た気もするが。

 毎回この番組を見るたびに思うのは、プロの歌手として四六時中歌っている人以外の 「懐メロ歌手」 のかたがたの、かつてのご自分の歌に対する闘いの痕跡であります。
 ただ今年の思い出のメロディーでは、外見などで 「老けたなァ」 と感じることこそあれ、そのご自分の持ち歌に関してはさほど衰えみたいなものを覚えなかった。 ブランクを感じる、ということが少なかったですね。
 その筆頭がこの高田みずえサンで、相撲部屋の打ち上げかなんかで絶えず歌っていたんじゃなかろうか、というくらい声がよく出ていました。
 まあ、NHKホールクラスの大ホールでは久しぶりだったからでしょうけど極度に緊張している様子で、数回 「ふぅ~~~~っ」 と息を吐いて緊張を外に押し出すような仕草をしてましたね。

 高田みずえサンが歌ったのは2曲。 デビュー曲の 「硝子坂」 と彼女にとってスマッシュヒットとなった 「私はピアノ」。 この選曲もよかった気がします。
 ただ、宇崎竜童サン作曲の 「硝子坂」 はデビュー曲ということもあり比較的歌いやすいのに対して、サザンオールスターズの 「タイニイ・バブルス」 というアルバムのなかの1曲に過ぎなかった 「私はピアノ」 は、音程を取るのがかなり難しい曲なんですよ。
 これは、そのときサザンのデビュー以来初めてリード・ヴォーカルをとった原坊の歌唱力を作曲の桑田サンが試しているか、原坊の歌唱力を全面的に信頼し世間にアピールしようとしていた意図があったのかもしれません。 なにしろサザンは、原坊がリード・ヴォーカルでデビュー、という話もあったらしいですから。 「私はピアノ」 はだから、アルバムのなかの1曲だったけれど、世間の評判も呼んでいた。
 て、その難曲に今回、案の定高田みずえサンも少々歌いづらそうにしている部分があったように感じたのだけれど、それでもあそこまで歌えるのはすごい、と素直に感動いたしました。 高田みずえサンというのは個人的な印象で言うと、デビュー当時からどちらかというと 「演歌寄り」 のアイドル、という独特の立ち位置だった気がするんですよ。 だから基本的な歌唱力もしっかりしている。 その強みが出た感じでしたね。

 それと、おかみさんとして忙しいのもあると思うのだけれど、体型は変わらないし(小柄なのは変わりようがありませんが…笑)お顔もお若くて。 緊張感がある人生を送られていると、人ってあまりだらしなく変わったりしない、と思うんですよ。 高田みずえサンにはいろんな意味で驚かされました。

 歌唱力、という点ではやはり、演歌畑の人は厳しい目で見られなければなりませんが、プロとして長いあいだブランクにあった高田みずえサンと対照的に、数年前にプロとして復帰していた森昌子サンに関しては、私も個人的にはがっかりしていたクチでした。 なにしろ声が出てない。 しかもオリジナルのキイは下げている。 「越冬つばめ」 などとても好きな曲であるだけに、復帰してからその曲を聞いたときの残念な気持ちはいまだに尾を引いていました。
 しかし今回久々に見た森昌子サンは、かなり全盛時に戻りつつある、という感想を持ちました。
 曲はこれも結構キイが高い、「哀しみ本線日本海」。
 なにしろオリジナルキイで歌っていた。
 あとは声に独特の重みが加わるともう言うことなしでしょう。 と、エラソーなことばかり書いてますが(笑)。
 そのときゲストで来ていた萩本欣一サンに 「欣ちゃ~~ん!」 と曲の最後にはエール。 「スタ誕」 世代にとってはただひたすら感動です。 みんな、いろんなことがありました。 でもここでこうして、再び巡り会えるのを見る感動。

 こうなると昔の歌手の歌をいまの歌手が代わりに歌う、という演出がとても物足りなく感じてしまうのですが、それを番組の前半に固めて持っていった総合演出の手法はとてもよかった、と思います。 そのなかでもやはり白眉は、数年前に引退したはずの二葉百合子サンの 「岸壁の母」(共作ですがこれはオリジナル)。 引退前最後の歌唱もテレビで見ていたから、今回はとても驚きました。 いや~、引退したと言っても、ここまで歌えるのはやはりプライドのなせる業でありましょう。

 とても個人的な思い出を述べてしまうと、安藤まり子サンの 「毬藻の歌」、中学時代の授業中によく歌ってた先生がいたんですよね~(笑)。 どうしてっかな~あの先生。 ご健在かな~。 なにしろ40年近く前ですからね。 この歌ばっかり歌ってるから 「マリモ」 というあだ名がついてた(笑)。 ヅラで(笑)。 個性的な先生でした。

 北島三郎サンは今回、総合司会ということでしたが、やはりこのかたの安定感というのは想像を超えてます。 紅白は卒業、というのも惜しい話ですが、この 「思い出のメロディー」 にはレギュラーでご出演頂きたいですね。 今やこの日本の歌謡界の屋台骨ですから。
 その北島三郎サン、途中で平尾昌晃サン、小林旭サンと揃い踏み。 後ろに若かりし頃のパネルを背負っての歌唱となりましたが、いや~小林旭サン。 昔風のイケメンではなくて、今どきのイケメンでもじゅうぶん通用するお顔立ちだったんだなー。 「アキラのズンドコ節」 をお歌いになりましたが、氷川きよしクンと 「ズンドコ対決」 というのもよかった気がするんですが(笑)。

 平尾昌晃サンは 「ミヨちゃん」 でしたが、私の世代にとってはこの曲はどちらかというと、ドリフの加トチャンのほうが印象が強くて。 だからとてもコミカルが入った曲のような印象だったのですが、今回あらためて聞いてみて、牧歌的な歌だったんだな~と。 言ってみれば、荒木一郎サンの 「星は何でも知っている」 タイプの曲、というか。 でもこれが、日劇ウエスタンカーニバルでブイブイ言わせてた人の歌う歌とは、あまり思えない(笑)。

 そして北島サン。 「この曲で紅白に初めて出た」 という 「ギター仁義」 でしたが、こういう 「仁義モノ」 って、最近とんと聞かないですよね。 北島サンの歌の中では 「兄弟仁義」 という、もっとヤクザ寄りの歌のあるのですが、こういった 「裏の渡世」 に対する文化って、もう完全に死滅の方向なんじゃないか、と思います。 「男はつらいよ」 なんかも、実はそういう 「元をたどるとよく分かんない」 組織とのつながりが見え隠れしたりする。
 対暴法の強化などでこうした、「暴力団絶対拒絶」 という風潮は強まったように思うのですが、「闇の世界と融合していた」 ある種の文化がなくなっていくのって、時代の流れなんでしょうかね。 個人的には 「なんでもカネが解決する」 という世界は受け付けないにしろ、「あまりに潔癖すぎる世界」 というのは逆に悪を地下に潜伏させ助長させるのでは、という気持ちもあるのです。 特に盛り場とかでの風紀をどこかで取り仕切っていたような感じもするし。 最近どうも、地べたに寝転んだり大声をあげて騒ぎまくってたり、若者のヨッパライのすることが無法すぎる、という印象があるんですよ。 昔だったら怖いオニーサンがそんな 「バカな若者、略してバカ者」 に凄みを利かせてた気がするんですが。 警察なんかその点アテにならんでしょう。 そんなバカ者に関わっている時間なんかなさそうだし。

 まあ、世のなか暑すぎるからどーしょーもない、という気もするんですが。

 話は大幅にそれました。

 前半のラスト4曲、そのなかでも3曲は後半の強力ラインナップに先鞭をつけるような勢いでした。 まずは梶芽衣子サンの 「怨み節」。 全身黒い衣装で、その毅然さたるや、いや、参りました。 VTR出演だったいまは亡き藤圭子サンもそうでしたが、こうした 「女の情念」 を歌った歌も、最近では死滅していますよね。 これは女性の地位が向上したことが大きな要因ですが、社会進出が進んだことで、こうしたマイナスの感情が却って再び増加している傾向にある、とは言えないでしょうか。 「耐える女」 が恋愛における男のワガママの賜物なら、いまはそれが職場でのパワハラに端を発している。 「お前ら出産とかでいつも会社にいないクセに」 という発想がまだ存在してますよね。 その点ではこうした 「怨み節」 社会進出バージョン、というのが求められているのかもしれない(まあ、年配にはよー歌えん早口なJ-POPはありますが)。

 などとシチメンド臭いことを考えながら見ておるわけですが(笑)。

 そして驚愕のヘドバとダビデ(ダビデサンは山川惠介サンが代役)。 ダビデサンはウィキによると1999年に亡くなったらしい。 しかしヘドバのおばさん(笑)、この人たぶん歌手やめてないんだろうなー、と思うくらい歌が当時のままだった。 「ナオミの夢」 は途中2声のハーモニー構成がとても複雑になるのですが、山川惠介サンはそれをクリア。 感動的なハーモニーを聞かせてくれました。
 しかしこの曲も当時ならではでしたね。 昔は世界中からいろんな音楽が輸入されていたし、いろんな国の人が日本に来て歌を歌っていた。 現在では考えられないくらいワールドワイドだったですよ。 しかもナット・キング・コールとかコニー・フランシスとか、超有名な人が日本語で自らのヒット曲を歌ってました。 しかもその日本語がかなりうまい。 こういうのって、日本が昭和27年までアメリカの占領下にあった、という経緯がもたらしたものが大きい、と思うのだけれど、日本の文化が外国人たちにとってとても魅力的でなければ、ここまでワールドワイドにはならなかった、と思うんですよ。
 そして戦争に負けた、という劣等感が、それまで抑圧されていた 「なんでも取り込んでやろう」 という気持ちを刺激した。 長い鎖国から明治維新、そして敗戦へと至る過程というのは、日本人の 「よそ者に対する感覚」 の複雑さゆえだったと思うのですが、いったん枷を外すと際限がないことの表れでもある。 ヘドバとダビデというのはイスラエル国籍ですよ。 中東圏、というのが私にはとても意外です。 イスラエルはアメリカと関係が深いから、という見方もできますが。 余談ですがナオミ・キャンベルという人が出てきたとき、「ナオミの夢」 を連想したのは私だけでしょうか?(笑)

 などとメンド臭いことを考えながら見ておるわけですが(笑)。

 そして唯一のフォーク枠、「戦争を知らない子供たち」。 ジローズはなんだ?この日だけの再結成なのかな? とにかく森下次郎サンのほうは久しぶりに拝見いたしましたが、こもった歌いかたが健在で(笑)。 かたや杉田二郎サンのほうは、ますますクセのある歌いかたが強まった感じ(笑)。 あの歌いかたじゃ森下サン、ハモれないよな(爆)。 というワケで、森下サンのヴォーカルを堪能いたしました(笑)。

 で、後半は先に書いたとおり圧巻のオンパレードで。

 高田みずえサンの次に出てきたのは田原のトシチャン。 最近バラエティで復活しているみたいですが、激しいダンスナンバーを2曲メドレーで敢行。 しかも歌い終わった後にその体勢のままストップするのですが、ほとんど息が切れてない感じ。 すごいぞ。
 しかし選曲には疑問が(笑)。 「ごめんよ涙」 より、「哀愁でいと」 とかのほうがよかったなー。 もしくは季節に合わせて 「ニンジン娘」 とか(笑)。 「抱きしめてトゥナイト」 は鉄板でしたが。 こういう、「体がここまで動くんだ」 ということも、感動につながります。 いちいち発見があった今年の 「思い出のメロディー」。

 続いては松坂慶子サンの 「愛の水中花」。 バックで当時の松坂サンを真似たバニー姿の女性がふたり踊っておいででしたが、スタイル良すぎでインパクトが(笑)。 途中で当時のTBSドラマからのアーカイヴが出てまいりましたが、北島三郎サンじゃないけど 「鼻血ブー」 ですよ(笑)。 「匂うような美人」 と申しますが、まさに当時の松坂サンはその典型でした。 あのドラマはデジタルリマスターして売り出すべきだ(笑)。 このドラマといい 「蒲田行進曲」 といい、当時の松坂サンはまさに体当たり、でしたよー。

 そして 「哀しみ本線日本海」 に続いて渥美二郎サンの 「夢追い酒」。 昔のVTRとの比較が出るのですが、ご病気をされたせいかもしれませんが体型がほとんど変わらない(いや、幾分痩せて見える?)。 この人も北島サンと同じでギターの流しをやっていた経歴だったと記憶しております。

 そして圧巻だったのは、次の石川ひとみサン。 これも 「ご病気つながり」 なのかな? 今年の 「思い出のメロディー」 は、かようにどこかで関連性が見てとれる、という深読みできるラインナップだった気がしますね。
 しかしその石川サン。
 うえっ、スゲーいい女!(笑) 惚れちまうぞ!(笑) 「昔そうでもなかった女友達に再会したらスゲー美人になってた」 みたいな(笑)。 しかも昔だって美人だったから、それに輪をかけて美しくなっているというのは、まさに驚愕の世界で。 あ~なんか、それだけで感動する。
 曲は 「まちぶせ」。 当時すでにリバイバルヒットだったけれど、こちらのほうが印象強くなっちゃってますよね。 柏原よしえサンの 「ハロー・グッドバイ」 なんかもそうですが。
 あ~だけど、いい女になってたよな~(しみじみ)。

 そして松崎しげるサンの 「愛のメモリー」。 フルコーラスでないのが残念でしたが、その鬱憤を晴らすようにラストの 「ah~ah~~~」 では熱唱しまくりで(笑)。 相変わらず黒光りしてた(爆)。

 そして小林明子サンの 「恋に落ちて」。 ゲェェェ~~~~~っ、この曲もう30年も前になっちゃうの?、というのがまた驚愕でした(笑)。 なんだ、オレがハタチの頃じゃん。 やめてくれよ(笑)。 年取るはずだよ(笑)。 よくカラオケでファルセットなしで歌ったもんだ(ハハ)。 すごい好きなんだよ~~~この曲(笑)。 泣けちゃうよ~~(酔っ払ってます…笑)。

 かように酒もすすむ進む後半でございましたが(笑)。

 さらに驚いたのが荻野目洋子チャン(チャンって…)。 ゲゲゲ~~っ!(まただ…)。 髪型染めてるけど一緒じゃん、みたいな(どこに感動しとるのか…)。 活動再開してたんだ。 道理で歌もそのままなわけだよ! ん~なんか、ホントに最近テレビドラマ以外見ないから、こういうので単純に感動してしまうんだよなー。

 で、圧巻はここまで(笑)。 続いて美空ひばりサン、石原裕次郎サンのトリビュートでは天童よしみサンと五木ひろしサンが代わりに歌ったけど、ここは単純に昔のVTRでよかったかな~、みたいな。 天童サンの美空サンカバーも、なんか食傷気味なんですよね、個人的には。 天童サンうまいんだけど、美空サンには敵わないというか。
 前半の石川さゆりサンもそうだったんですが、ご自分の持ち歌でいいのいっぱいあるじゃん、という人がカバーばかり歌わされた、という恨みはあったかもしれませんね、今回は。 やはりオリジナルはオリジナルに敵わないわけですよ。

 美空ひばりサンは 「この曲はこう歌うのが正解だ」、という揺るぎない 「理念」 があったことがあれほどの大歌手になった大きな要因だ、と私は考えているのですが、歌が上手い人はどうしても、それ以上のものを引き出してしまいそうになる。 天童サンがまさにその典型で、「歌い過ぎちゃう」 んですよ。 美空サンの歌には哲学が潜んでいて、「情念」 と 「理論」 を兼ね備えたバランスを有している。 やはりほかの人に、そこがマネできないし、出来たとしてもただのマネで終わってしまう。 つくづくすごい歌手だった、と思います。

 石原裕次郎サンにしても同様で、裕次郎サンの歌は裕次郎サンのパーソナリティが深く関わっている。 子供っぽいところとか、シャイなところとか。 それが歌を歌うと、とても大人の雰囲気が出るという不可思議な魅力をたたえるのですが、それは裕次郎サンが石原プロを最終的に立ち上げる、という 「まわりを引っ張っていくタイプの人」 ゆえの責任感によるものではなかったか、と私は個人的に考えています。 それを単純に 「カリスマ性」 と括ることもできるけれども、もっと何か別の、台風にも似た 「中心に向けた吸引力」 が裕次郎サンを裕次郎サンたらしめているところがある。
 だからいくら似せようとしても、ひばりサンは出来るかもしれないが、裕次郎サンは無理。 私も何度もチャレンジしましたが(やってんのかよ…笑)、あの低音はマネできても、声質の持つ独特の人懐こさを再現出来ないんですよ。

 まあ、五木サンにそれを求める気はございませんが、五木サンは五木サンの歌を歌うのがよろしかろう、と。
 それにしてもこの、「夜霧よ今夜も有難う」 は、おそらく裕次郎サン、歌ったのが30代だったと思うんですよ(逆算して33歳程度か)。 33歳でこの、男の色気かよ、みたいな。 今どきこんな33歳なんかいやしないよ。
 ひばりサンにしても裕次郎サンにしても、亡くなったのが50歳とそこそこ。 信じられませんね、凡人の自分の人生と比べるべくもありませんが(笑)、成し遂げたものが巨大すぎる。

 そして再び北島サン。 「帰ろかな」 は、私このブログで何度も 「北島サンの中ではいちばん好きな曲」 と書き続けてきたので、この曲を聞くことが出来て本望です。 「思い出のメロディー」 レギュラーをいまいちど希望いたします。

 それにしても、こうして戦後70年を振り返ってみたとき、こと日本の歌謡界においては喪失感しか生まれてこないのは、なんともさびしい限りです。 かつてワールドワイドに曲を貪欲に追い求めてきた日本のミュージックシーンは、いまはとてもパーソナルな、つまり個人的な夢だか怒りだかの中に引きこもってしまって、とても閉塞している。 細分化の果てにある荒涼とした風景が広がっている印象です。

 「思い出のメロディー」 が 「思い出」 の中に埋没してしまっているこの現状から、どうやったら 「みんなが好んで歌える」 歌が量産されるのか。 日本人の心がその意味でも試されている気がいたします(と、説教臭く終了…)。

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コメント

昨年同様通りすがりです。

毎年楽しみ?にしている思い出のメロディー、今年はよんどころない事情で視聴できませんでしたが、リウさんの文章で番組の様子を垣間見ることができました。ありがとうございます。


高田みづえが出演するというので、どうだったかな?と思っていましたが、番組の目玉歌手としては成功、という感じですね。

梶芽衣子さん、最近トーク番組でおしゃべりぶりを披露して、もっとバラエティーに出てくるのかなと思っていましたが、NHKに出たのですね。

荻野目ちゃんは、2,3年前にも出ていましたよ。その後他の懐かし系の歌番組で見かけます。

松崎しげるさんも同様、2,3年前にも「愛のメモリー」。

松坂慶子さんに関しては、大根役者、という印象しかありません。あの方が過去何度も「最優秀主演女優賞」を受賞されたのはまさに体当たりの賜物?
当時の「愛の水中花」は「匂うような美人」というより「身を落とした悲哀」を感じました。
NHKは彼女が好きですね。
以上は、要するに美人に対する嫉妬です。

二葉百合子さんは、戦後70年ということでの「岸壁の母」なのでしょうね。確かもともと浪曲の方だったのではないでしょうか。途中で台詞も入りますよね。子を持つ親としては涙無くしては聞けません。

美空ひばりと石原裕次郎のくだりは、大きくうなづきながら読ませていただきました。

個人的には、こまどり姉妹の振り袖姿を毎年見たいです!!!


投稿: PCNCU | 2015年8月17日 (月) 03時21分

PCNCU様
コメント下さり、ありがとうございます。

実はこの記事を書いてから去年の 「思い出のメロディー」、つまり第46回の感想を書いた自分の記事を読んでみたのですが、なんか歌手以外のところでは書いていることが同じでかなり冷や汗…(笑)。 PCNCU様はその記事でもコメントを寄せていらっしゃってましたね。 恐れ入ります。

梶芽衣子サンとか荻野目チャンとかがほかの番組に出ているのは存じ上げませんでした。 なにしろホンット、予約をかけたものを見るだけで、ザッピングとかしないので。

松坂慶子サンは、どうもご結婚なされたあたりから演技がヘンに平坦になってしまったような印象を持っています。 「水中花」 の頃もよかったのですが、なんと言っても素晴らしかったのは 「蒲田行進曲」 での演技。 昔はふっと見せる愁いの色が強烈で、それが美貌をより匂わせるほどに強調していた気がします。 その、「ネガティヴな匂い」 が失われたあたりからなんか 「大根」 と思われても仕方ないような演技が増えた気がします。 例えて言えば、影がなくなって太陽みたいな演技が増えた、というか。 だからその平坦な明るさが生かされた、「ゲゲゲの女房」 なんかは役として当たっている気がします。

ご指摘の通り二葉サンは浪曲畑の人ですが、浪曲って…、ホント最近死滅状態?(失礼)。 三波春夫サンとか村田英雄サンとかが歌っていたような、浪曲がベースにあるはやり歌、というのも聞いてみたい気がします。 氷川きよしクン、やらないかな、「止めてくださるな妙信どの!」 みたいなの(笑)。

こまどり姉妹は、サイボーグ化が進んでいました(失礼なやっちゃなー…coldsweats01)。 アレ? 出てたかな?(笑) 確か最近BSのどこかの番組で、お歌いになっていましたヨ!

投稿: リウ | 2015年8月17日 (月) 08時43分

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