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2015年8月

2015年8月26日 (水)

2017年大河ドラマは柴咲コウサン主演の 「おんな城主 直虎」…

【スポニチアネックスより抜粋】 2017年のNHK大河ドラマ主演を柴咲コウ(34)が務めることが25日、同局から発表された。 タイトルは 「おんな城主 直虎」。 脚本は森下佳子氏で戦国時代の女城主である井伊直虎を描く。
 柴咲演じる井伊直虎は戦国時代の女性領主。 遠江井伊谷(現静岡県浜松市)の当主として、内政に手腕をふるった。 「女地頭」 と称され生涯独身を貫いた。 後に彦根藩初代藩主となる井伊直政の養母。
 柴咲はNHKドラマ初出演となる。 会見で柴咲は 「大河ドラマ初出演になります。 直虎という人物については初めて知った。 これから彼女の魅力を模索してつかんでいくつもり。 しなやかさと強さを併せ持つのは間違いない。 そういった人物を演じるのに声をかけていただいたのは光栄」 と意気込みを示した。

 「なんだ、来年(2016年)『真田丸』 で戦国時代をやって、また戦国か、幕末モノの視聴率が悪いのをNHKもついに嫌ったか」 というのが、このニュースに触れて最初に考えたことです。
 それと、「主人公を女性男性交互にやらせる、というのも変な縛りが出来ちゃってるよな」 という印象。
 それにしても、なんだかその、「…う~ん、どうなの?」 みたいな、ため息交じりのモヤモヤ感がつきまとっちゃうのは、どうしたわけでしょう(笑)。 「えっ何ソレ!早く見たい!再来年まで死ねない!(爆)」 みたいな、血沸き肉躍るNHKの大河制作発表というのを、ここ数年聞いたことがないんですよね(「真田丸」 の脚本が三谷幸喜サン、というのにはちょっとワクワク、してますが)。

 主演の柴咲サンの時代劇と言って私が真っ先に思い出すのは、去年(2014年)フジテレビでやってた 「信長協奏曲」 での信長の妻、帰蝶役。 あんときは確か同じクールで 「信長のシェフ」 をやってたような(忘れた)。 「信長のシェフ」 の帰蝶が凄みの効いた斎藤由貴サンだったから、おきゃんな柴咲帰蝶は好対照でした。 あののびのびとした帰蝶がNHKの制作に買われたのか、それとも今年の話題ドラマだった 「○○妻」 での演技が買われたのか。 どうも井伊直虎という女性の生き方をウィキで調べると、前者である確率が高い気がします。 「○○妻」 は視聴率も比較的よい部類だったから、「数字を持っている」 と判断されたのかもしれません。

 「ウィキで調べた」 と書きましたが、調べて感じたのは、この井伊直虎という女性、大河の題材としては面白そうだ、ということ。 井伊直政の母親、なんて私も柴咲サンと同様、このニュースを見るまで知りませんでしたが、結構穴場な人選かもしれない。 戦国無双とか、ゲームの世界では有名らしいけど(笑)。

 そして脚本が、森下佳子サンというのも、ちょっとだけ期待できるかもしれない(なんだ、ずいぶん慎重だぞ…笑)。
 最近作では 「天皇の料理番」 を堅実な作りで上質なドラマに仕上げた、という印象なのですが、「JIN-仁-」 の頃に 「この脚本家さんはスゲエなぁ」 と感じていたのが、NHK朝ドラ 「ごちそうさん」 でちょっと後退した感じだったので、「見てみないとどうも…」 という気はします。
 ただ 「ごちそうさん」 でも 「天皇の料理番」 でも、丁寧な仕事はする、と感じていますので、大河でもそんなに外した作品は作らないだろう、という気はするんですよ。
 井伊直虎、という女性の知名度が低い、というのもかなり武器になると感じます。

 いずれにしてももう意識が来年の 「真田丸」 に完全に移行している状態なので(笑)、それをさらに再来年もということになっちゃうと、ますます今年の大河がどーでもよくなっちゃう、というか(真央チャン頑張れ)(はぁ…とってつけたみたいに)。

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2015年8月23日 (日)

「ヨルタモリ」 9月いっぱいで終了、残念…まっ、しゃ~ないか(笑)

 昨年10月から始まっていたフジテレビ日曜夜の 「ヨルタモリ」。 タモリサン側とフジテレビとの間で交わされていた当初の契約通り、この9月で終了するらしいです。
 もともと 「笑っていいとも!」 でタモリサンの人生の大半を蹂躙していた(笑)フジテレビが、表向きはタモリサンの長年の功績に敬意を表してタモリサンの好きなように番組を作らせた、という建前とは裏腹に、視聴率が見込めるタモリサンをさらに束縛したがった、という本音マル透けの番組でしたが(笑)、1年の期間限定プランは覆ることがなかった、ということでしょうか。

 当ブログではこれまで言及しておりませんでしたが、実は 「ヨルタモリ」、ほとんど毎週見てました(ウソ…笑)。
 いや、ゲストによって録画を見たり見なかったりでした。 そんなにマジメに見てたわけじゃない。

 この番組をまったく知らないかたのためにご説明いたしますと、まずこの番組のそもそもの設定は、宮沢りえサンがママを務める湯島のバー 「ホワイトレインボー」 に毎週来るいろんな人格のタモリサン、というのが基本的な部分。 そこに能町みね子サンほかの常連がいて、毎週違うゲストがやってきて、りえママと 「タモリさんではない」 別人格のタモリサンとフリートークを繰り広げる。

 このフリートークの面白さ、というのは、まずタモリサンがタモリサンではない別人格である、ということ。 たまに本人に返っちゃって、あわてて 「って言ってた、タモリが…アイツ知り合いだから」 みたいなフォローをするんですが、建築家であるとか、ジャズ喫茶のマスターであるとか、そのなりきった立場での蘊蓄を展開する(できる)部分にも注目しています。
 あと、「タモリ」 という立場を捨ててトーク出来るため、森田一義、というひとりの普通人としての本音がときどき垣間見ることが出来るのもいい。 「子役がこまっしゃくれ過ぎている」 とか(笑)。

 もうひとつ見逃せないのは、宮沢りえサンのママぶり。
 どんなバラエティにもこの人が向いているかどうかということには疑問符がつくのですが、ことこういう設定である場合、母親(りえママ…って紛らわしいけど)と同じような姐御肌みたいな遺伝子が受け継がれ、それがいい味を出している気がするんですね。
 もともと10代のアイドルの頃からヘアヌードに挑戦した、「サンタフェ」 みたいな衝撃的な展開をものともしない豪胆さを持ち合わせていた彼女ですから、バーにありがちな下ネタにもまったく動じないし、タモリサン達の 「怒られたい願望」 にもサラッと応えてしまう。
 しかしそこには男に媚びるようないやらしさというものがまったくない。 それは彼女が本来持っている 「透明感」 ゆえだ、と感じるのです。

 ただ私のいちばんの視聴の目的は、そのバーでヒマつぶしのためにテレビをつける、その架空の番組の中で、タモリサンがテレビに出始めの大昔にやってたことを中心とした、さまざまな知的ギャグを繰り広げるところでした。
 メチャクチャなのにそれっぽく聞こえてしまう、4ヶ国語麻雀とかの発展形。
 たとえば百人一首のコーナーなどは、百人一首じたい、または和歌に関する教養がないと 「真の意味で」 うまく笑うことが出来ません。 沖縄弁丸出しで意味が全く不明のウチナンチュの歌を笑うにも、沖縄弁にある程度触れていないとその可笑しさというものが伝わらない。

 そもそも、「知ってる奴だけが面白がればいい」 というバラエティというのは、日本のお笑いの歴史上、タモリサンが時代の先鞭をつけた形になっている気がします。 これは、受け取る側の知的レベルに合わせなければ笑わせることは出来ない、という、笑わせる側の自縄自縛意識を解放する行為である。 タモリサンは 「相手が面白く思おうが思わなかろうが、自分が面白けりゃいーんだ」 という、自分勝手を最大限に活用したお笑いを目指した。

 けれどもそれはときに、「知的」 のもつ独特の臭いを放つことがあります。 この番組の中で私がそれをいちばん感じるのは、ゲストを交えた即興のセッションが始まってしまうところ。
 これは音楽は取り繕ったりしなくてもいい垣根の低いものなんだ、という主張が含まれると同時に、「だいたい世の中、歌なんてこういうものが歌われているんだ」 という、「分かる者にしか分からない」 揶揄が含まれている場合が多い。 これが番組内のテレビ番組で行なわれるとさほど感じないのだけれど、バーで即興的にやられるとなんか体のどこかがこそばゆいような気分になってしまう。 どうにも居心地が悪くなってしまう。

 私がこの番組をあまりマジメに見なかったのは、ゲストによる部分もさることながら、こうした 「変にインテリぶっている知的な方向」 というものを、ちょっと敬遠したからかもしれません。
 番組の冒頭で画面の右下に現れる、暗号みたいな文字の羅列にも、ちょっとイラっとしたかもしれない(分かんないんだもん…笑)。 あれって、意味があったのかな?

 ただ、こうした批評精神や対象物への畏敬の念が含まれる、番組内でのテレビ番組みたいなバラエティというのは、今後もタモリサンには続けてもらいたい気がするんですよ。
 そういうギャグって、「タモリ倶楽部」 でも 「ブラタモリ」でも、出来ないじゃないですか、番組の性格上。

 話はそれちゃうけれど、志村けんサンなどは、そうした自らのコントの発展形をNHKという意外なステージで 「となりのシムラ」 という番組において実現した気がする。 タモリサンは今後、知識人みたいな方向を目指すのならいいのだけど、もし自分のしてきた独自のお笑いをしたいのなら、「ヨルタモリ」 という方法論ではない別の設定、構成で見せてもらいたい気がします、個人的には。

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2015年8月15日 (土)

「NHKスペシャル カラーで見る太平洋戦争 3年8か月・日本人の記録」 私の反戦の原風景

 戦後70年という節目にメディアではいろんな番組が企画されていますが、戦時中の風景をカラー化して淡々と流し続けるこの手の番組が、いちばん見る者に訴えてくるように感じます。
 ただありのままの事実を提示し、それを受け取るものに考えさせる。
 確かにそこには、悲惨さを煽るBGMや当時の人々の述懐が見る側の気持ちを洗脳してしまう一面もあります。 しかしそれは普通の人間なら当然感じるであろう痛みであり、慄(おのの)きなのである。

 人が殺される、ということ。

 人を殺す、ということ。

 もしそれらが何の感情も伴わないままただ放送されるならば、それは放送する側の 「人として」 の怠慢なのである。 だからこの番組で行なわれる 「演出」 というものは、「人として」 の良心のうえに成り立っているものと言わなければならないのです。

 まずそうした 「意図的なものに対する警戒」 を解いたうえで私が告白したいのは、「戦争を知らない世代」 の自分にとって、反戦思想の中核にある原風景が、このようにテレビで放送されてきた戦争の映像だった、ということです。

 おびただしい死体。 死に直面している人々の虚ろで険しい顔。

 私にとって特に忘れられない映像となったのは、中学2年くらいのときにテレビで見たアウシュビッツ収容所の死体処理の映像でした。 1978年ごろのことです。
 白黒の風景の中で、なにか巨大なゴミのような物体がまとめて無造作に葬られていく。
 それがすべて裸の死体だ、と分かったとき、いわれのない強烈な吐き気のようなものに襲われました。
 それまでそのひとりひとりに、きちんと家族が存在し、きちんと自分の人生が存在していたものが、大量にまとめられて処理されてしまうとき、それはまるで無機質なゴミのようになってしまう。 その衝撃。

 今日ではここまであからさまなおびただしい死体の映像、というものはどうも自主規制されるようです。 でも1978年の昔にはそういったものに対する躊躇そのものが、放送界にほとんど存在していなかった。 それは戦後30年くらいの段階だったから、まだまだ人々の中に 「死の記憶」 というものが鮮明で、「死」 そのものを隠蔽しよう、という空気自体がなかった証拠でもある気がする。

 それでも 「死体を見て感じること」 というのは人によって千差万別なのだと思う。 その映像を見てもう一度見たいと考え、自分が誰かを殺してそれを見てやろう、つまり 「人を殺してみたい」 と考える人間もごくまれにではあるが、いることでしょう。
 でも私は幸いなことにそれを見て限りない嫌悪感を持つ感覚が身についていました。 自分が死体を見て自分も試してみたい、などという人間に育っていなかったことには、感謝するしかありません。 親にも、先生にも、友人にも。

 そして戦争というのは、自分がどんなことを考えようが、その 「死」 を伴う行為なのだ、ということを私は映像を通じて理解してきたわけです。

 今回、2015年の日本においてこのNHKスペシャルが提示した死体の数は、中学生の私が見てきた死体の映像に比べれば、はるかに少ないものと言わなければなりません。
 しかしそれらはデジタルによってカラー化され、重たい臨場感を持って迫ったものとなりました。 これを若者たちが、子供たちが、どう見ていくか。

 いや、これは自分が人間であろうとするならば、目をそむけずに凝視しなければならない 「戦争のまっすぐな事実」 なのだと思う。 すべての日本人はこれを見なければならないのだ、と思う。 自らをごまかさず。 めんどくさがらず。 他人事を決め込まず。

 今回これらの映像を見ながら考えたのは、「どうしてこうなっちゃったのか?」 ということでした。
 その因果関係を語る番組ではないために、それは映像を見ながら自分で考察するしかありません。

 まず考えたのは、「KY」 ということ。 KYすなわち空気を読めないヤツ、というのは近年誕生した流行り言葉でありますが、これは日本人の集団心理における根本的な気質を表していると同時に、太平洋戦争当時の日本でも人々を蹂躙しにかかった、いわば 「呪縛の風土病、国民病」 だったのではないか。

 そして大きく俯瞰して考えれば、鎖国状態で自国のまわりが発達していくのに自分だけ取り残されている、という江戸末期からの劣等感が明治維新により爆発的に解放されるいっぽうで、江戸幕府の置き土産であった不平等条約が他国への敵愾心の基礎となり、島国の持つ偏狭性によって育まれていったのではないか。

 今回、この番組においても大きく取り上げられた特別攻撃隊、「特攻」。 私は太平洋戦争における日本の運命を考えたとき、どうしても彼らの存在がひとつのターニングポイントになったのではないか、という気がしてなりません。
 特攻というのは、ご存知のかたが多数だと思いますが、自らが乗った戦闘機をそのまま爆弾として相手に突っ込ませる、という戦法です。
 しかし言葉で説明するのはたやすいのですが、あらためて考えてみると、これは人間の発想としては明らかに、かなりの常軌を逸した戦法です。 いや、ここまでくると戦法とは呼べない。 あえて言わせていただきますが、キチガイじみている。

 しかしこれを決行することでその 「悲壮さ」 という概念は最大限にまで膨れ上がる。

 特攻として散っていったかたがたのことを考える時、私は同じ日本人として、「あなたがたが命懸けで守ろうとした日本は、あなたがたが考えていた日本なのだろうか」 と、時々恥ずかしくなることがある。 あなたがたに恥じない日本を作り上げる義務が私たちには永遠に残されているのだ、という気持ちが湧き上がる。

 しかしながら、この血涙を絞るような行為が相手方に与えたインパクトというのは、やはりこれ以上なく大きなものになったのだろう、と私は考えるのです。

 発想的に行けば、これって現在の自爆テロと同等の脅威を相手に与えるのだ、と思う。
 自らの命をいとわない戦闘員、というのは、西洋人の合理性の範疇を大きく逸脱しているように私は思うのです。
 「アー・ユー・クレイジー?」 の世界ですよね。
 こういう、精神的に強固ななにものかが憑依した民族に自分たちが勝利するには、徹底的に壊滅させるしか手はない、という発想がそこから生まれるのかもしれない。

 今回、我が国に対して徹底的に無差別な爆撃を繰り返す米軍機の映像を見たとき、私はこの無差別攻撃の裏に米軍兵たちの、日本人に対する畏怖みたいなものがあるように思えました。 まあ、単なる私の思い込みに過ぎないのかもしれませんが。

 「銃後」、すなわち民間人に対する連合軍の徹底的な攻撃は、東京大空襲、沖縄戦、そして広島、長崎への原爆投下、とエスカレートしていく一方なのですが、その残虐性に関する議論は置いておくにしても、彼らはそこまで徹底的にやらなければイカン、と思った。 そのきっかけが特攻だったのではないか、と私は個人的に思うのです。

 独りよがりの考えみたいなものを押し付けるようで、甚だ心苦しいのですが。 私の考えは、そんなところです。

 そしてその 「精神的に強固ななにものかが憑依した民族」 の精神的傾向が、「KY」 なのではないか、という。
 敗戦まではそこに至る精神的支柱が天皇陛下だったわけですが、これも明治維新からの王政復古に端を発している発想のように感じる。 それまで天皇家つまり朝廷って、結構浮き沈みがありましたよね。 いちばん権威が低下したのはやはり室町、安土桃山くらいなのかな。 それが徳川幕府がずいぶん長く続くのにつれて、政治を幕府に委ねることで自らの権威だけを象徴的に回復させ、「天皇家こそ日本でいちばんエライ」 というエイトスが形成されていったような。 だから徳川幕府が揺らぐと、「やっぱ天子様でしょ!」 みたいな機運が高まったのであって。

 そんないろんな要素が折り重なって、「どうしてこんなことになっちゃったの?」 ということになっていったのではないか、という。

 でも、切り替えが早い、過ぎたことは忘れる、のもわが民族のもうひとつの特徴であります。

 ただ私たちの胸のなかに、「戦争はもう嫌だ」 という気持ちが厳然と残っていれば、未来は開けていくのではないか、という気もあるのです。
 それを胸に刻むためには、このおびただしい数の悲劇の映像は、見る必要がある。
 それが日本人として必携の素養なのではないか、という気は、するのです。

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2015年8月12日 (水)

「第47回 NHK思い出のメロディー」 今年も堪能いたしました

 知らん曲ばかりでダダ長い紅白歌合戦よりよほどオッサンにはストライクゾーンの 「思い出のメロディー」。 全体的には、戦後70年を振り返る、ということで、そこに演出の大きな比重がかけられていた割に、見終わった後の印象が薄かった気がします。
 というのも、戦後のトピックを追うよりも出てきた歌手に対する驚き、感慨のほうがよほど大きかったから。
 特に後半のほとんどは私の世代(1960~70年代生まれ)にとっては強力なラインナップだった気がします。
 そのせいか、全共闘世代にとってはジローズの 「戦争を知らない子供たち」 くらいしかなかったような印象。 あ、梶芽衣子サンとかヘドバとダビデとかいたか(ダビデサンは代役だったけど)。 フォーク色が弱かった気はします。

 今回個人的にいちばんのインパクトだったのは、その後半のトップバッターで出てきた、高田みずえサン。 少なくともこの同じNHKホールでは31年ぶり、というご無沙汰もので、私も引退されてから見たのは初めてだった気がします。 いや、相撲部屋のおかみさんとして、チラッとは見た気もするが。

 毎回この番組を見るたびに思うのは、プロの歌手として四六時中歌っている人以外の 「懐メロ歌手」 のかたがたの、かつてのご自分の歌に対する闘いの痕跡であります。
 ただ今年の思い出のメロディーでは、外見などで 「老けたなァ」 と感じることこそあれ、そのご自分の持ち歌に関してはさほど衰えみたいなものを覚えなかった。 ブランクを感じる、ということが少なかったですね。
 その筆頭がこの高田みずえサンで、相撲部屋の打ち上げかなんかで絶えず歌っていたんじゃなかろうか、というくらい声がよく出ていました。
 まあ、NHKホールクラスの大ホールでは久しぶりだったからでしょうけど極度に緊張している様子で、数回 「ふぅ~~~~っ」 と息を吐いて緊張を外に押し出すような仕草をしてましたね。

 高田みずえサンが歌ったのは2曲。 デビュー曲の 「硝子坂」 と彼女にとってスマッシュヒットとなった 「私はピアノ」。 この選曲もよかった気がします。
 ただ、宇崎竜童サン作曲の 「硝子坂」 はデビュー曲ということもあり比較的歌いやすいのに対して、サザンオールスターズの 「タイニイ・バブルス」 というアルバムのなかの1曲に過ぎなかった 「私はピアノ」 は、音程を取るのがかなり難しい曲なんですよ。
 これは、そのときサザンのデビュー以来初めてリード・ヴォーカルをとった原坊の歌唱力を作曲の桑田サンが試しているか、原坊の歌唱力を全面的に信頼し世間にアピールしようとしていた意図があったのかもしれません。 なにしろサザンは、原坊がリード・ヴォーカルでデビュー、という話もあったらしいですから。 「私はピアノ」 はだから、アルバムのなかの1曲だったけれど、世間の評判も呼んでいた。
 て、その難曲に今回、案の定高田みずえサンも少々歌いづらそうにしている部分があったように感じたのだけれど、それでもあそこまで歌えるのはすごい、と素直に感動いたしました。 高田みずえサンというのは個人的な印象で言うと、デビュー当時からどちらかというと 「演歌寄り」 のアイドル、という独特の立ち位置だった気がするんですよ。 だから基本的な歌唱力もしっかりしている。 その強みが出た感じでしたね。

 それと、おかみさんとして忙しいのもあると思うのだけれど、体型は変わらないし(小柄なのは変わりようがありませんが…笑)お顔もお若くて。 緊張感がある人生を送られていると、人ってあまりだらしなく変わったりしない、と思うんですよ。 高田みずえサンにはいろんな意味で驚かされました。

 歌唱力、という点ではやはり、演歌畑の人は厳しい目で見られなければなりませんが、プロとして長いあいだブランクにあった高田みずえサンと対照的に、数年前にプロとして復帰していた森昌子サンに関しては、私も個人的にはがっかりしていたクチでした。 なにしろ声が出てない。 しかもオリジナルのキイは下げている。 「越冬つばめ」 などとても好きな曲であるだけに、復帰してからその曲を聞いたときの残念な気持ちはいまだに尾を引いていました。
 しかし今回久々に見た森昌子サンは、かなり全盛時に戻りつつある、という感想を持ちました。
 曲はこれも結構キイが高い、「哀しみ本線日本海」。
 なにしろオリジナルキイで歌っていた。
 あとは声に独特の重みが加わるともう言うことなしでしょう。 と、エラソーなことばかり書いてますが(笑)。
 そのときゲストで来ていた萩本欣一サンに 「欣ちゃ~~ん!」 と曲の最後にはエール。 「スタ誕」 世代にとってはただひたすら感動です。 みんな、いろんなことがありました。 でもここでこうして、再び巡り会えるのを見る感動。

 こうなると昔の歌手の歌をいまの歌手が代わりに歌う、という演出がとても物足りなく感じてしまうのですが、それを番組の前半に固めて持っていった総合演出の手法はとてもよかった、と思います。 そのなかでもやはり白眉は、数年前に引退したはずの二葉百合子サンの 「岸壁の母」(共作ですがこれはオリジナル)。 引退前最後の歌唱もテレビで見ていたから、今回はとても驚きました。 いや~、引退したと言っても、ここまで歌えるのはやはりプライドのなせる業でありましょう。

 とても個人的な思い出を述べてしまうと、安藤まり子サンの 「毬藻の歌」、中学時代の授業中によく歌ってた先生がいたんですよね~(笑)。 どうしてっかな~あの先生。 ご健在かな~。 なにしろ40年近く前ですからね。 この歌ばっかり歌ってるから 「マリモ」 というあだ名がついてた(笑)。 ヅラで(笑)。 個性的な先生でした。

 北島三郎サンは今回、総合司会ということでしたが、やはりこのかたの安定感というのは想像を超えてます。 紅白は卒業、というのも惜しい話ですが、この 「思い出のメロディー」 にはレギュラーでご出演頂きたいですね。 今やこの日本の歌謡界の屋台骨ですから。
 その北島三郎サン、途中で平尾昌晃サン、小林旭サンと揃い踏み。 後ろに若かりし頃のパネルを背負っての歌唱となりましたが、いや~小林旭サン。 昔風のイケメンではなくて、今どきのイケメンでもじゅうぶん通用するお顔立ちだったんだなー。 「アキラのズンドコ節」 をお歌いになりましたが、氷川きよしクンと 「ズンドコ対決」 というのもよかった気がするんですが(笑)。

 平尾昌晃サンは 「ミヨちゃん」 でしたが、私の世代にとってはこの曲はどちらかというと、ドリフの加トチャンのほうが印象が強くて。 だからとてもコミカルが入った曲のような印象だったのですが、今回あらためて聞いてみて、牧歌的な歌だったんだな~と。 言ってみれば、荒木一郎サンの 「星は何でも知っている」 タイプの曲、というか。 でもこれが、日劇ウエスタンカーニバルでブイブイ言わせてた人の歌う歌とは、あまり思えない(笑)。

 そして北島サン。 「この曲で紅白に初めて出た」 という 「ギター仁義」 でしたが、こういう 「仁義モノ」 って、最近とんと聞かないですよね。 北島サンの歌の中では 「兄弟仁義」 という、もっとヤクザ寄りの歌のあるのですが、こういった 「裏の渡世」 に対する文化って、もう完全に死滅の方向なんじゃないか、と思います。 「男はつらいよ」 なんかも、実はそういう 「元をたどるとよく分かんない」 組織とのつながりが見え隠れしたりする。
 対暴法の強化などでこうした、「暴力団絶対拒絶」 という風潮は強まったように思うのですが、「闇の世界と融合していた」 ある種の文化がなくなっていくのって、時代の流れなんでしょうかね。 個人的には 「なんでもカネが解決する」 という世界は受け付けないにしろ、「あまりに潔癖すぎる世界」 というのは逆に悪を地下に潜伏させ助長させるのでは、という気持ちもあるのです。 特に盛り場とかでの風紀をどこかで取り仕切っていたような感じもするし。 最近どうも、地べたに寝転んだり大声をあげて騒ぎまくってたり、若者のヨッパライのすることが無法すぎる、という印象があるんですよ。 昔だったら怖いオニーサンがそんな 「バカな若者、略してバカ者」 に凄みを利かせてた気がするんですが。 警察なんかその点アテにならんでしょう。 そんなバカ者に関わっている時間なんかなさそうだし。

 まあ、世のなか暑すぎるからどーしょーもない、という気もするんですが。

 話は大幅にそれました。

 前半のラスト4曲、そのなかでも3曲は後半の強力ラインナップに先鞭をつけるような勢いでした。 まずは梶芽衣子サンの 「怨み節」。 全身黒い衣装で、その毅然さたるや、いや、参りました。 VTR出演だったいまは亡き藤圭子サンもそうでしたが、こうした 「女の情念」 を歌った歌も、最近では死滅していますよね。 これは女性の地位が向上したことが大きな要因ですが、社会進出が進んだことで、こうしたマイナスの感情が却って再び増加している傾向にある、とは言えないでしょうか。 「耐える女」 が恋愛における男のワガママの賜物なら、いまはそれが職場でのパワハラに端を発している。 「お前ら出産とかでいつも会社にいないクセに」 という発想がまだ存在してますよね。 その点ではこうした 「怨み節」 社会進出バージョン、というのが求められているのかもしれない(まあ、年配にはよー歌えん早口なJ-POPはありますが)。

 などとシチメンド臭いことを考えながら見ておるわけですが(笑)。

 そして驚愕のヘドバとダビデ(ダビデサンは山川惠介サンが代役)。 ダビデサンはウィキによると1999年に亡くなったらしい。 しかしヘドバのおばさん(笑)、この人たぶん歌手やめてないんだろうなー、と思うくらい歌が当時のままだった。 「ナオミの夢」 は途中2声のハーモニー構成がとても複雑になるのですが、山川惠介サンはそれをクリア。 感動的なハーモニーを聞かせてくれました。
 しかしこの曲も当時ならではでしたね。 昔は世界中からいろんな音楽が輸入されていたし、いろんな国の人が日本に来て歌を歌っていた。 現在では考えられないくらいワールドワイドだったですよ。 しかもナット・キング・コールとかコニー・フランシスとか、超有名な人が日本語で自らのヒット曲を歌ってました。 しかもその日本語がかなりうまい。 こういうのって、日本が昭和27年までアメリカの占領下にあった、という経緯がもたらしたものが大きい、と思うのだけれど、日本の文化が外国人たちにとってとても魅力的でなければ、ここまでワールドワイドにはならなかった、と思うんですよ。
 そして戦争に負けた、という劣等感が、それまで抑圧されていた 「なんでも取り込んでやろう」 という気持ちを刺激した。 長い鎖国から明治維新、そして敗戦へと至る過程というのは、日本人の 「よそ者に対する感覚」 の複雑さゆえだったと思うのですが、いったん枷を外すと際限がないことの表れでもある。 ヘドバとダビデというのはイスラエル国籍ですよ。 中東圏、というのが私にはとても意外です。 イスラエルはアメリカと関係が深いから、という見方もできますが。 余談ですがナオミ・キャンベルという人が出てきたとき、「ナオミの夢」 を連想したのは私だけでしょうか?(笑)

 などとメンド臭いことを考えながら見ておるわけですが(笑)。

 そして唯一のフォーク枠、「戦争を知らない子供たち」。 ジローズはなんだ?この日だけの再結成なのかな? とにかく森下次郎サンのほうは久しぶりに拝見いたしましたが、こもった歌いかたが健在で(笑)。 かたや杉田二郎サンのほうは、ますますクセのある歌いかたが強まった感じ(笑)。 あの歌いかたじゃ森下サン、ハモれないよな(爆)。 というワケで、森下サンのヴォーカルを堪能いたしました(笑)。

 で、後半は先に書いたとおり圧巻のオンパレードで。

 高田みずえサンの次に出てきたのは田原のトシチャン。 最近バラエティで復活しているみたいですが、激しいダンスナンバーを2曲メドレーで敢行。 しかも歌い終わった後にその体勢のままストップするのですが、ほとんど息が切れてない感じ。 すごいぞ。
 しかし選曲には疑問が(笑)。 「ごめんよ涙」 より、「哀愁でいと」 とかのほうがよかったなー。 もしくは季節に合わせて 「ニンジン娘」 とか(笑)。 「抱きしめてトゥナイト」 は鉄板でしたが。 こういう、「体がここまで動くんだ」 ということも、感動につながります。 いちいち発見があった今年の 「思い出のメロディー」。

 続いては松坂慶子サンの 「愛の水中花」。 バックで当時の松坂サンを真似たバニー姿の女性がふたり踊っておいででしたが、スタイル良すぎでインパクトが(笑)。 途中で当時のTBSドラマからのアーカイヴが出てまいりましたが、北島三郎サンじゃないけど 「鼻血ブー」 ですよ(笑)。 「匂うような美人」 と申しますが、まさに当時の松坂サンはその典型でした。 あのドラマはデジタルリマスターして売り出すべきだ(笑)。 このドラマといい 「蒲田行進曲」 といい、当時の松坂サンはまさに体当たり、でしたよー。

 そして 「哀しみ本線日本海」 に続いて渥美二郎サンの 「夢追い酒」。 昔のVTRとの比較が出るのですが、ご病気をされたせいかもしれませんが体型がほとんど変わらない(いや、幾分痩せて見える?)。 この人も北島サンと同じでギターの流しをやっていた経歴だったと記憶しております。

 そして圧巻だったのは、次の石川ひとみサン。 これも 「ご病気つながり」 なのかな? 今年の 「思い出のメロディー」 は、かようにどこかで関連性が見てとれる、という深読みできるラインナップだった気がしますね。
 しかしその石川サン。
 うえっ、スゲーいい女!(笑) 惚れちまうぞ!(笑) 「昔そうでもなかった女友達に再会したらスゲー美人になってた」 みたいな(笑)。 しかも昔だって美人だったから、それに輪をかけて美しくなっているというのは、まさに驚愕の世界で。 あ~なんか、それだけで感動する。
 曲は 「まちぶせ」。 当時すでにリバイバルヒットだったけれど、こちらのほうが印象強くなっちゃってますよね。 柏原よしえサンの 「ハロー・グッドバイ」 なんかもそうですが。
 あ~だけど、いい女になってたよな~(しみじみ)。

 そして松崎しげるサンの 「愛のメモリー」。 フルコーラスでないのが残念でしたが、その鬱憤を晴らすようにラストの 「ah~ah~~~」 では熱唱しまくりで(笑)。 相変わらず黒光りしてた(爆)。

 そして小林明子サンの 「恋に落ちて」。 ゲェェェ~~~~~っ、この曲もう30年も前になっちゃうの?、というのがまた驚愕でした(笑)。 なんだ、オレがハタチの頃じゃん。 やめてくれよ(笑)。 年取るはずだよ(笑)。 よくカラオケでファルセットなしで歌ったもんだ(ハハ)。 すごい好きなんだよ~~~この曲(笑)。 泣けちゃうよ~~(酔っ払ってます…笑)。

 かように酒もすすむ進む後半でございましたが(笑)。

 さらに驚いたのが荻野目洋子チャン(チャンって…)。 ゲゲゲ~~っ!(まただ…)。 髪型染めてるけど一緒じゃん、みたいな(どこに感動しとるのか…)。 活動再開してたんだ。 道理で歌もそのままなわけだよ! ん~なんか、ホントに最近テレビドラマ以外見ないから、こういうので単純に感動してしまうんだよなー。

 で、圧巻はここまで(笑)。 続いて美空ひばりサン、石原裕次郎サンのトリビュートでは天童よしみサンと五木ひろしサンが代わりに歌ったけど、ここは単純に昔のVTRでよかったかな~、みたいな。 天童サンの美空サンカバーも、なんか食傷気味なんですよね、個人的には。 天童サンうまいんだけど、美空サンには敵わないというか。
 前半の石川さゆりサンもそうだったんですが、ご自分の持ち歌でいいのいっぱいあるじゃん、という人がカバーばかり歌わされた、という恨みはあったかもしれませんね、今回は。 やはりオリジナルはオリジナルに敵わないわけですよ。

 美空ひばりサンは 「この曲はこう歌うのが正解だ」、という揺るぎない 「理念」 があったことがあれほどの大歌手になった大きな要因だ、と私は考えているのですが、歌が上手い人はどうしても、それ以上のものを引き出してしまいそうになる。 天童サンがまさにその典型で、「歌い過ぎちゃう」 んですよ。 美空サンの歌には哲学が潜んでいて、「情念」 と 「理論」 を兼ね備えたバランスを有している。 やはりほかの人に、そこがマネできないし、出来たとしてもただのマネで終わってしまう。 つくづくすごい歌手だった、と思います。

 石原裕次郎サンにしても同様で、裕次郎サンの歌は裕次郎サンのパーソナリティが深く関わっている。 子供っぽいところとか、シャイなところとか。 それが歌を歌うと、とても大人の雰囲気が出るという不可思議な魅力をたたえるのですが、それは裕次郎サンが石原プロを最終的に立ち上げる、という 「まわりを引っ張っていくタイプの人」 ゆえの責任感によるものではなかったか、と私は個人的に考えています。 それを単純に 「カリスマ性」 と括ることもできるけれども、もっと何か別の、台風にも似た 「中心に向けた吸引力」 が裕次郎サンを裕次郎サンたらしめているところがある。
 だからいくら似せようとしても、ひばりサンは出来るかもしれないが、裕次郎サンは無理。 私も何度もチャレンジしましたが(やってんのかよ…笑)、あの低音はマネできても、声質の持つ独特の人懐こさを再現出来ないんですよ。

 まあ、五木サンにそれを求める気はございませんが、五木サンは五木サンの歌を歌うのがよろしかろう、と。
 それにしてもこの、「夜霧よ今夜も有難う」 は、おそらく裕次郎サン、歌ったのが30代だったと思うんですよ(逆算して33歳程度か)。 33歳でこの、男の色気かよ、みたいな。 今どきこんな33歳なんかいやしないよ。
 ひばりサンにしても裕次郎サンにしても、亡くなったのが50歳とそこそこ。 信じられませんね、凡人の自分の人生と比べるべくもありませんが(笑)、成し遂げたものが巨大すぎる。

 そして再び北島サン。 「帰ろかな」 は、私このブログで何度も 「北島サンの中ではいちばん好きな曲」 と書き続けてきたので、この曲を聞くことが出来て本望です。 「思い出のメロディー」 レギュラーをいまいちど希望いたします。

 それにしても、こうして戦後70年を振り返ってみたとき、こと日本の歌謡界においては喪失感しか生まれてこないのは、なんともさびしい限りです。 かつてワールドワイドに曲を貪欲に追い求めてきた日本のミュージックシーンは、いまはとてもパーソナルな、つまり個人的な夢だか怒りだかの中に引きこもってしまって、とても閉塞している。 細分化の果てにある荒涼とした風景が広がっている印象です。

 「思い出のメロディー」 が 「思い出」 の中に埋没してしまっているこの現状から、どうやったら 「みんなが好んで歌える」 歌が量産されるのか。 日本人の心がその意味でも試されている気がいたします(と、説教臭く終了…)。

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「美女と男子」 売ろうとする以上は、自分の売りたいものを売る

 実は第3回まで見ていて、リタイアしていたこのドラマ。 当ブログにコメントをお寄せくださるかたの熱い要望で、第16回 「新しいパートナー」 から第17回 「ツインソウル」 第18回 「リベンジ大作戦」 まで視聴いたしました。

 なぜこのドラマを見るのをリタイアしたのか、というのはコメント欄でさんざん書かせていただきましたが、あらためて書かせていただくと、まずなんと言っても全20回、と回数があまりにも多い、ということ。 これって2クール、つまり半年近いでしょ。 「赤いシリーズ」 などかつてのテレビドラマのスタンダードは2クール、26~28回くらいでありましたが、いまは1クール10回が普通。 20回なんて、ダラダラしちゃってそんなに見てらんないって。

 それともうひとつの理由で最大だったのが、脚本家が田渕久美子サンだった、ということ。
 このヒト当ブログではまあ、あまり評判が芳しくない脚本家さんでして(笑)。
 歴代大河ドラマのなかでもものすっご評判の悪い 「江」 から端を発して(笑)去年HDDの容量の関係上見ざるを得なかった(爆)「同窓生」 に至るまで、当ブログではもう、大根おろしをするような感じでコキおろしまくり(笑)。 「どうせ結果ロクなものにはならんものを20回も見る必要はなかろう」、と(笑)。

 まあ、あとジョン・カビラサンのナレーションがウザかったのも少々(笑)。 で、リタイアいたしました。 いまにして思うと、3回もよく見たな、という感じですが(笑)。

 しかし当ブログには、このドラマを評価するかたが同時多発的にコメントをお寄せになりまして。
 あらためてネットでの評価(まあヤフー!ですけど)を見たところ予想をはるかに上回って評判がいい(まあヤフー!感想欄はかなり恣意的に感想が推移することが多いですが)。 なんなんだコレ、ということで。

 当ブログにおいては田渕女史のドラマで出来がいい場合は 「ゴーストライター」 を使っている、という意見が大勢を占めるのですが(笑)、その憶測が当たらずとも遠からず、という可能性が捨てきれないなか、考えられるのはこのドラマの題材が芸能界、ということが大きい、ということ。

 田渕女史に関しては 「江」 の頃さんざんウォッチしてまいりましたので、彼女が異常なほどのイケメンフェチであること、そしてこの業界に対して大きな興味がおありなんだろうな、というのはなんとなく察しがつきます。
 要するに芸能界とかドラマ制作とかに対して興味がなければここまで長尺の物語を紡げないだろう、と。 好きこそものの上手なれ、なのだろう、と。

 同時に興味がある、ということは、芸能界やドラマ制作に対して、評価分析する能力に長けている、ということです。
 第16回 「新しいパートナー」 では、主人公の沢渡一子(仲間由紀恵サン)が発掘した新人俳優である向坂遼(町田啓太サン)が、一子の手を離れて主演を務める映画の中で、ベテラン俳優の名高達男サンとのあいだで 「演技とはなにか」 という問題にぶち当たります。
 そこでものを言ったのが、「気持ちをしっかり持って、役に入り込んで、心を使って演技をする」 という一子の言葉。
 このセリフ自体は特に取り立てて目の覚めるような性格を帯びていない。 彼女はフツーの人の感覚で、自分の今売り出そうとしている新人女優に語りかけているだけに過ぎない。 しかしそれをそばで聞いていた向坂の心にそれが響き、「演じる」 ということからその役の人の心になりきる、ということを向坂はつかむ。

 これは役者の演技について田渕女史がどう考えているか、ということを表明している部分なのではないか、と私は感じるのです。
 と同時に、穿った見方をすれば(笑)「脚本に書いてある以上のことを、役者は自分の心で引き出さなければならないのよ」 という、自分の脚本のまずさを役者に転嫁する言い訳のよーにも聞こえる(笑)。
 すぐれた映像作品を作るうえで最も大事なのは、脚本ではない(事実この、向坂が演技の本質をつかむ追加シーンの追加脚本は、ペラペラの紙一枚、スンゲーテキトーなプロットだった…笑)。 その現場にいる者すべてが、どうしたらよりよいもの、もっともよいものを作り上げるかにいかに腐心するか、という心構えにかかっている。

 …勝手な脚本家だよまったく(笑)。

 しかし実際、この追加シーンのプロットというのは、劇中映画のプロットとは逆に、よく練り込まれている(笑)。
 仲間サンが現在推している新人女優というのがですね、「あまちゃん」 で沖縄のGMTだった蔵下穂波チャン。 これが今度は秋田出身の女の子を演じているのですが、沖縄出身のクセに秋田弁も結構うまい(笑)。 この子が名高サンと向坂が飲み屋で呑む追加シーンの中で名高サンと同郷の店員として割って入ってくるのですが、このシーンは先に述べたように簡単なプロットしかないために、すべてがいわば、アドリブで展開していく。 そこでこの蔵下穂波チャン(役名、田中幸子)が、秋田音頭を踊り出してしまうんですよ。 それを見ていた仲間サンは、もう気が気じゃない。

 しかしその突飛なアドリブが、功を奏していくさま。 一子はシロートだからオタオタするのですが、名高サンも監督も、してやったり、という表情なのです。 向坂を巻き込んで踊りは続き、倒れ込んだ名高サンはこれまた、アドリブだらけの自分の身の上を向坂に語り、向坂はそれを見て、素直に自分の感情を出していく。

 おそらく一子は向坂に惹かれているのだと思うのですが(そりゃまあ見てれば分かるか)、そこで向坂が演技者として脱皮していく様子を、うれしくもあり、どこかせつない表情で見守る。 その仲間サンの演技が、物語にかなり効果的な深みを与えている、と感じるのです。
 そしてそれを引き出している土台に、田中幸子のキャラ構成が深く関わっている。 この秋田弁丸出しで自信過剰、「このドラマの中で」 どこか光るものを持っている、と周囲に評価されている田中幸子の存在がなかったら、このシーンの特異性が引き出されることがなかった。 蔵下穂波チャン、「このドラマの中」 だけでなく、結構 「使える」 女優さんなのではないか、と感じましたね。
 名高サンが演じている 「ベテラン俳優」 が、この徹頭徹尾アドリブの状況の中で、秋田音頭まで踊る、という状況にも注目します。 コレ、自分が秋田出身の人間になりきって、徹底的に調べていなければ、ここまで出来ませんよ。 そうした土台にある設定がすべて生きて、このシーンが感動を呼ぶものに昇華していたのではないでしょうか。

 だからゴーストライター説が出るのだ(爆)。

 続く第17回 「ツインソウル」。
 ここで主題となる同名のテレビドラマのタイトルのコンセプトは、もともとひとつだったふたつの別れた魂が互いに強くひき寄せあう、という、霊能力者の江原啓之サンあたりが提唱しそうな(笑)オカルトチックなスピリチュアル理論に基づいています。 江原サンのスピリチュアル理論って、前世で一緒だった人が今世でまた一緒に巡り合うとか、人の情緒に深く訴えかけるものがあるんだよなー。 
 これ、こーゆーの、田渕女史、好きそ~~っ(笑)。

 しかし肝心なのは、この設定が劇中ドラマだけでなく、向坂と一子の関係にリンクしていく、という絡ませ方をしていく点です。 しかもこの回では、向坂の劇中映画のいちばん肝心なシーンの撮影日と、「ツインソウル」 の主題歌の締め切り、真野響子サンが 「ツインソウル」 に出る日と、その3つの出来事を 「1週間後」 という同じ日に設定している。 こうすることでドラマは緊迫性を帯びたものになり、見る側を惹きつける大きな要素となる。

 こうしたダブルミーニング、トリプルミーニングなどの、複数の要因を複雑に絡ませる、という手法って、頭脳が冴えてなければ出来ないと思いますよ。 ますますゴーストライターが…(笑)。

 そしてそのドラマ主題歌を依頼されたのが、一子の会社であるひのでプロモーションの一発屋シンガー、たどころ晋也(高橋ジョージサン)。

 このドラマの魅力のひとつって、こうした、「現実とリンクしている」 部分なのではないか、という気もします。 そのなかでも高橋ジョージサンが演じるこの役は、もっともシャレにならない類のもので(爆)、「ヒットが1曲だけ」「女房子供に逃げられた」、と、「高橋サンそのまんまじゃねーか」 という…(笑)。

 そして高橋サンは番組プロデューサーにダメ出しをされながらも、一子と向坂の関係を見て、ドラマ主題歌の大きなヒントをつかむわけですが、その出来上がった曲 「ふたり」 が、意外なことに(失礼)曲として結構いい出来なんだなコレが。
 いい曲だからこそ、それが出来上がったときの感動が増していく。

 これは向坂がドラマの中で主演している 「リ・ターン」 という映画にしても同様で、この劇中作品の出来が、そこそこいい線いっている、ということにも通じている気がします。 やはり 「ドラマのなかのものだから」 という気で作られるとどうしたって手抜き感が感動の足を引っ張ってしまう。
 逆に、その劇中映画がよく出来ているからこそ、向坂が役に没頭していく様に説得力が生じるし、ドラマ主題歌がよく出来ているからこそ、一子がそれを必死になって売り出そう、という気持に見る側が感情移入することが出来る。

 このドラマが大勢の共感を得ているのは、向坂と一子の切ない恋愛(なんか三角関係っぽいですが)が魅力的なことは言うまでもなく、バーニングプロとか(しがらみないからこういうのもバンバン書けちゃいます)現実の芸能界を彷彿とさせるエピソードに事欠かないこともさることながら、「自分たちが納得するまで粘り強く介入し、売りたいと思わなければ、その商品を売ることは出来ない」、という 「お仕事」 の原理にこのドラマが迫っているからなのではないか、という気がします。

 その 「商品」 というのは、ことこのドラマにおいてはタレント、「才能=人材」 なのですが、どんな会社であれ、「こんなもの売ってどーすんだよ」 みたいな気持じゃセールスなんかできませんよね。
 それをどうやって、自分たちの納得できる商品に仕上げていくか。
 そして自分たちが納得したとき、それをどうやって売り出していくか。
 第18回の 「リベンジ大作戦」 では、そこのところをクローズアップさせたストーリー展開でした。
 自分たちが必死で作り上げた商品だからこそ、「視聴率」 というまあ、はたから見ればとっくに価値崩壊しているような数字に一喜一憂する。 業界の人がどうしてそこまで視聴率にこだわるのかが、なんとなく納得できる気がしてくる。

 これも芸能界のなんたるかに興味津々そうな田渕女史なら作れそうな話だ(笑)。

 たどころ晋也の 「ふたり」 を売り出そうと、この回で一子はたどころを街なかに引きずり出してストリートライヴを敢行、ネットで動画を配信するのですが、冷静に考えるとこのやり方というのは一発屋のたどころを更にネット住民の前に晒し者にする逆効果を生む性格が強い気がする。 ネット動画でのコメント欄をこのドラマでは無視していましたが、そのコメント欄の評価が悪いと致命的なものですよ。
 そこでドラマはその効果以上に、テレビ番組を通じた口コミを主題歌ヒットの最大の武器にする。
 こうした発想が出るのも、やはり田渕女史がその筋に興味がおありだろうから。
 まあ、「SONGS」 とかに出れたらもうヒット間違いなしなんだろうけど(笑)。

 途中の視聴がごっそり抜けているので、欠かさずご覧になっているかたには大変的外れな批評であったかと思いますが、なにとぞご了承くださいまし。

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