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2015年10月 4日 (日)

「あさが来た」 第1週 姉妹の運命の分かれ道

 朝ドラでは初、だという江戸時代からのスタート。 女性企業家の広岡浅子氏がモデルである、今井あさを波瑠サンが演じます。
 ほかにあさの姉に宮崎あおいサン、夫に玉木宏サン、母親が寺島しのぶサンなどなど。
 脚本は大森美香サン。 朝ドラでは 「風のハルカ」を書いたらしいですね。 私が印象に残っているのは、上戸彩サンと内野聖陽サンの 「10年先も君に恋して」。 切ないタイムスリップラヴストーリーでした。

 その事前のディティールを知るにつけ、「気合入ってんなあ」、という気持ちではおりました。

 まず江戸時代というのが、朝ドラの超過密スケジュールを考えたときにあり得ない(笑)。 そりゃ以前には明治時代とかはありましたけど、江戸時代となると、チョンマゲですからね。
 ただ第1週の終りで 「時代はあっという間に過ぎて」、ということなので(笑)次週からは明治時代なのかな? カツラのセットで大変なのは最初のうちだけなのかもしれません。

 そして宮崎あおいサンがヒロインの姉、というのもちょっと意外。 だって大河の主役まで張った人ですからね。 ヘタすりゃヒロイン食いまくりでしょ(笑)。
 朝ドラの出演者が豪華だ、というのは珍しいことではないのですが、その宮崎サンをはじめとして、寺島サンも玉木サンも、脇役じゃもったいないクラスの役者さんたちであることは確かです。

 ただ主役の波瑠サンは、クドカンサンの 「ごめんね青春!」 で、錦戸クンが一方的に好きになる彼女の役がちょっと印象的だっただけで、それ以外のプロフィールを見ても、「はて、このドラマ出てたっけな」 という地味な存在ですね、自分にとっては。
 玉木サンや寺島サンなんかと共演したら、それこそ埋もれちゃいそうな控え目な感じなんですが、今回このヒロインの役はかなりお転婆。 イメージとは正反対の役柄だと感じます。
 活発な女の子の役をどこまで立派に務めることが出来るのかは、まあ未知数、といったところかもしれません。 じっさい第1週で垣間見た彼女の演技は、少々硬めに感じた(エラソー)。

 波瑠サンにとって分が悪いように思えるもうひとつは、助走である第1週の子供時代を、芸達者な鈴木梨央チャンが演じてしまったこと。
 梨央チャンって 「八重の桜」 のチビ八重ちゃんですよね。
 ただまあ、梨央チャンの演技はちょっと上手すぎて、それが少々鼻についたかな、このエラソーなオジサンにとっては。
 まあ美空ひばりサンだって子供時代、あんまり歌がうますぎてそれが疎まれた、と言いますから、オッサンの戯言なんかどーでもいいことですが。

 ドラマはかように、「おてんばな女の子」 あさが、躾の厳しい京都の大商家で繰り広げる失敗を、半ばお約束のように見せていきます。

 まず主人公が木に登る、というのがお約束すぎる。 「おはなはん」 以来の伝統なのか(笑)。 梨央チャンは 「八重の桜」 でも木に登っていたぞ(笑)。
 ただ従来より主人公がパワーアップしているのは(笑)筧十蔵のごとく(真田十勇士ですがな)木の上から大凧に乗って空も飛べるはず(byスピッツ)と考えている部分(笑)。 このおてんば娘は実際にそれを行動に移し、「ケツが割れるかと思った」 と後年回想するほどの(笑)けがを負ってしまいます。
 おまけに女子のクセにめっぽう相撲が強く(笑)、ヘビ(のニセモノ?)を持ってガニ股で歩きまわり、男子に 「あさが来たー!」 と恐れられる(これが題名の由来…違うがな)。

 こういうパターンって、もうどれくらいテレビドラマで見たのだろう(笑)。

 ちなみにあさが持っていたこのヘビは、第1週後半に出てくる柄本佑クンの伏線では…ないでしょうね(単なるぐーぜんだっぺ…笑)。

 果てはあきんどの商売道具であるそろばんをトニー谷のごとく…(古すぎるぞハシモト)アナタのお名前なんてーの、と…(スマン、書いてしまいました…)。
 厳格な父親(升毅サン)からは当然、こっぴどく怒られる。

 さらに、旧習に対して 「どうして女はそうしなければならないのか」 という 「お決まり」 の反駁を、主人公にさせていきます。 どうも名を上げ功をなす女性というのは、みなこのような疑問を持つものらしい(笑)。
 父親はそういう愚問に当然、烈火のごとく怒る。 父親はあさの 「なんでどす?」 をひどく忌み嫌います。

 
 しかし。

 
 それらは当初、既視感がありまくりの手垢のついた素材のように思えたのですが、その 「お約束」 のもたらす心地よい 「ユルい笑い」 は、4回目で一気に逆転し、それまでの緩さが実は計算されたフェイントだったことを、見る側は知るのです。

 このドラマ、主人公のあさと姉のはつはともに、生まれた頃から既に大坂の両替商に嫁ぐことが決まっている。
 これって、「昔はそんなもんだった」 とはいうものの、それを考慮してもかなり極端な設定になっている気がします。
 なんたってあさの許婚である新次郎は、あさが子役なのにいきなり玉木宏サンが出てくるという暴挙(笑)。 何歳差だよコレ(笑)。 どう見ても親子、いやあぶないロリコン…(爆)。

 さらにこのドラマ、姉のはつ(子役・守殿愛生チャン)を、あさとはまるで正反対のおしとやかでよく出来たキャラに設定している。
 ふつうここまで性格が違うと仲もどうなのかな、という感じなのですが、このふたりは互いの違うところを認め合って、奇妙にウマが合っています。
 姉妹の仲がいいので、少なくとも第1週においては、周囲の友人たちが割って入る隙がない。 ストーリーはほぼ今井家の中だけで展開していき、そしてその姉妹が嫁いでいく大坂の両替商、白岡家と眉山家の描写にそそがれます。

 第3話において、揃って父親に連れられ、大坂の嫁ぎ先へ顔見せにやってきた姉妹。
 あさが嫁ぐ白岡家の玉木宏サンはイーカゲンさ全開で、さすがのあさも呆れ気味なのですが、第4話、はつが嫁ぐ先の眉山家。 その様子はそれまでこのドラマが見せてきたほのぼのムードに、ちょっとした影を投げることになるのです。

 まずはつの夫となる惣兵衛(柄本佑クン)が、いきなり貧乏ゆすり。 そもそも両家ともあきんどですから、「貧乏」 関係はもってのほかのように思えるのですが、惣兵衛の両親とも、その癖をさほど気にしていらっしゃらない様子。
 そして惣兵衛の母親(萬田久子サン)が、自分の旦那(辰己琢郎サン)を牛耳っている印象。 辰己サンが自分ところの商売がけっして順調でないところをポロっと口に出しそうになるとそれをすかさず制し、調子のいいことばかりをひけらかす。
 その堅苦しい場で 「畳滑りまくり」 というワケ分かんない粗相をしてしまうあさ(オマエは東八郎か?…笑)に、惣兵衛のリアクションはかなり冷たい。
 その表情はまるで、惣兵衛の頭上に飾られた能面のようで、はつはその得体の知れない冷たさに、身をすくませるような表情をします。

 これって明らかに、はつが貧乏くじを引かされた印象です。
 白岡家のボンボンは少なくとも、イーカゲンななかにそれなりの 「心」 があることを感じさせるし、父親の近藤正臣サンや母親の風吹ジュンサンの対応は、あさに対してけっして当たりがいいわけではないが、まっとうに常識を兼ね備えていることを示していた。
 それに比べると、眉岡家は見るからに居心地が悪く将来性に期待が持てない感じ。

 しかし救いなのは、升毅サン演じる姉妹の父親が、そのことをきちんと把握している部分。 この父親のちょっとした動作をどう作り手が料理していくかで、ドラマが深いものになっていくかどうかが分岐していくような予感がします。 少なくとも父親がそのことを認識しているとこは、第1週では確認できた。 そのうえで、父親がそれを見て見ぬふりみたいな展開に持っていくと、やはり見ているほうも興醒めしてしまう気がするのです。

 ドラマは姉妹の不安に焦点を当てていきます。

 大坂から戻ったその夜、はつは目に焼き付いた惣兵衛と能面の冷たさに、なかなか寝付くことが出来ません。 起こされたあさは、昼間の粗相を謝ります。 「今日はかんにんな」。

 「ううん。 ええんや。

 そやけどあのおかた(惣兵衛)…。

 いっぺんも笑わへんかったな」

 「そういうたら、そやな」

 「あさがそばで倒れてんのに、手ぇも貸さんと…。 なんや、ちょっと冷たい人に思たわ」

 「細ーい目してはったしな」

 「せやなあ。 細かったな」

 「細かった。 ちょっと蛇みたいやったわ」

 「(気を悪くして)なあ。 そんなこと言わんといて」

 「かんにん」 いつものように、口をがま口のようにつぐむあさ。

 「けど…やっぱり蛇に似てはったな」

 「うん! せやろ!」 同意を得て喜ぶあさですが、すぐに向こうを向いてしまう姉に、ちょっと慌てます。

 「あっ。 いや…そやけど、白いヘビは幸せを呼ぶいうしな。 あのかた、青白いお顔やさかい、白蛇さんや」

 「そんなアホ話とちゃうねん」

 「かんにん…」

 あさはその場を取り繕おうとします。

 「そやけど、うちの許婚さんに比べたらええわ」

 実はあさは、粗相のあとに惣兵衛が慇懃無礼に薩摩の武士(ディーンフジオカサン)を追い返したのを見ていたのですが、玉木宏サンのスチャラカぶりに話をすり替えた。
 しかしはつは、さめざめと泣き始めてしまうのです。
 いつもおしとやかで、冷静に状況を判断できる、あのはつがです。

 「はれ?(起きあがってはつの顔をのぞき込み)え? いやや…。 お姉ちゃん、泣いてんの?」

 「泣いてへん」

 「泣いてる。

 ウソや…。 お姉ちゃんが泣くなんて」

 あさが持ってきた手拭いで涙を拭きながら、なおも泣いていることを否定するはつですが、ここで本音が漏れてしまうのです。

 「あ~あ…。

 平気や平気や思うてたけど…。

 なんや悲しいな…」

 「うん…」

 「大坂、…行きたないな」

 「うん…」

 「けど…。 行かなあかんな」

 返事が出来ないあさ。

 起き上がるはつ。 「どうしたらええんや…。 けど、どうにもできへんな…」

 「お姉ちゃん…」 思わず、はつの手を握ってしまうあさ。 はつの目から、こらえていた涙があふれ出します。 あさにすがって、はつは大泣きしてしまう。 あさも、それほどではなかったとはいえ、やはり親の都合で有無も言わさず見知らぬところに嫁に行かされる不安を抱えていたのでしょう。 姉の涙に誘発されるような形で、ふたりは抱き合って号泣してしまうのです。 その大声に弟の久太郎が起きてきて、びっくりします。 「お母はん、泣いてる! 泣いてるで!」

 なんか、泣けたぞ。

 ピョン吉がシャツから離れちゃったとき以来(最近やがな…笑)。

 しかし翌朝になると、はつはまるで思いを振り切ったかのように昨晩のことをなかったことにしようとします。 あさはでも、姉の心の痛みを体で受け止めたがゆえに、父親に対して思いのたけをぶちまけるのです。
 その様子を見ていた母親の寺島しのぶサン。 実は本当は、惣兵衛のところにはお前が嫁に行くはずだったのだ、とあさに打ち明ける。 それがあさの筧十蔵騒ぎで(笑)オジャンになったのだ、と。 姉には内緒の話です。

 これは物語の展開を考えたとき、かなり重要なポイントになりそうな気がします。

 母親はあさが 「物みたいにもらわれていく」 とぶちまけたのを否定し、実は父親はお前のことをよく考えているということを分からせるために話したんだろうけど、それがこれからのあさの、大きな負い目になっていきそうな予感がするからです。
 このドラマ、それまで寺島しのぶサンがほとんど重要な役割を果たしていなかったんですが(出てくるのはお付きの友近サンばかり)、ここにきて急に存在感を発揮した。 物語の 「よくある」 ほんわかムードも、寺島しのぶサンが三味線弾いてたのも(実際に弾いてたわけじゃないですよ念のため…笑)、すべてはフェイントだったんですよ。

 物語冒頭で、「活発な女の子」 によくありがちなエピソードに思えた、あさの木からの落下が、実は姉妹の運命を分けた重要な出来事だった。 これがドラマとしてどう展開していくのかには、興味がそそられます。

 そして本来なれば嫁のとっかえっこなど無理難題なのに、それが解決したのは玉木宏サン、新太郎の 「別にいいっスよ、あさちゃんは小さい頃からよく知ってるし」(笑)という承諾だった。 ふらっと今井家に現れて、あさが欲しがっていたそろばんをさりげなくプレゼントするし。 そうした新太郎に、あさが惹かれていく様子。

 「まれ」 のトリッキーさに、結局ついていけなかった私ですが(笑)、こういう堅実な作りの朝ドラには、ついていけそうな気がしております(笑)。

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コメント

今、ダイジェストを見ました。ちびあさちゃん、ちび八重ちゃんだ〜(笑)。やっぱりお転婆ヒロインは木に登るんだ。(笑)
何気に面白そう。キャスティングが豪華。あおいちゃんはもう朝ドラも大河も主役か経験済み。それを差し置いて、主役を張るってのが、ヒロインさん、プレッシャーにならないといいですが。共演陣、豪華だし。育てる朝ドラなんでしょうね。今回は。ヒロインを育てる中には、視聴者も入っています。
新人(多分)ならでは、新鮮さ、煌めきもあるでしょう。手堅いドラマの中、唯一の冒険が当たります事祈っております。ちびあさちゃん、可愛かったです。

20世紀大河ならともかく朝ドラ主演経験者が
もう一回、それに近いポジションを得るというのは
幕末設定も併せて異例ですね。
父親に叱られる場面も顔面、ぶん殴られる等の
度胆を抜かれる訳では無く
「カーネーション」程、スタート設定以外の部分で
挑戦的な感じはしませんが安定志向で
良いドラマを作ろうとする姿勢は伝わってきますので
後の展開にご期待といったところでしょうか。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

雑誌の記事によれば、波瑠サンは京都弁が上達しなくてNG連発、京都弁を梨央チャンに教えてもらっているそうであります(笑)。
その真偽は置いても、波瑠サンがどこまで演技出来るのかは、ドラマの重要なポイントになりそうな気がしますね。

波瑠サンに期待が持てなくなってくると、第2週以降眉山家へ嫁いでいく予定のはつ、宮崎あおいサンがどう苦労していくのかばかりに注目が行ってしまいそうな気がする。

「ヘタすりゃ主役を食いまくり」 と冗談めかして書きましたが、冗談じゃなくなった時がコワイ(また冗談みたいに書いてます…笑)。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「カーネ」 はある意味で掟破り、クレーム無視のど根性の据わったドラマでしたが、それでもやはり善作が糸子を直接殴る瞬間は画面から巧みに外してました(よね?…笑)。

私なんかもむやみにリアルを求めてしまって、「あさが来た」 の第1週でも、「ここは升サン、殴るところでしょ」 などととっさに思ってしまった瞬間がありましたが、作り手がそれが出来ないのは、視聴者の側におそらく愛情と憎しみの区別が出来ない親が、比率的に多くなってきてしまった部分もあるのではないか、と感じます。

でも昔だってね(笑)。

子供をブン殴るのは、いつの世だって感情的なものですよ。
問題は、そのあと。

たいていの家族は、ひどいことをしたりされたりしても、結局寄り添って生きている。 それはお互いに依存しているからであって、本当に嫌なら、ばらばらになって離散するはずです。

そして互いの依存を、「家族の絆」 とか認識しようとする。

でも、いつもいつもすごく仲がいいだけの家族より、そうした 「お互いの悪い部分もどこかで肯定しながら、そして否定しながら一緒に生きていく」、という家族のほうが、人として成長していく気は、するんですよ。

「カーネ」 はそこんところまで深く切り込んだので傑作なのですが、今回の場合は 「姉と妹」 のコントラストが、いまのところの主題のようですね。

>「姉と妹」 のコントラスト
正反対な性格だけど仲がいい以上の感じは無しで
互いにコンプレックスを抱いているような
心理の機微は今の所、見えませんな。

>善作が糸子を直接殴る瞬間は画面から巧みに外してました
これも、ちゃんと意味があるんですよね。
オノマチ糸子で描いたのは第2&5&7週で
描写を避けたのが第4&6週。
(第1週は直接はさすがに殴っていないでしょうが、
ハルさんが千代さんの「ギョ!っとした表情を
差し挟んで臨場感を高めた。)
引退を考える糸子が回想したのが2と7。
糸子からは40代の善作も50代の善作も同じように
見えているという演出でした。
(そもそも何故、殴られていたのかも正確に理解していない)

>問題はそのあと
これも実は「カーネ」は意味があったりして。
「人が被った仮面」というものを描き、
「仮面を被った場所でそれが取れる」という
本作の法則が善作でまず示される。
第1週で糸子を殴る場面は安岡兄弟が見ている手前もあり
威厳ある小原家当主を演じようという意識がある。
でも次回の同じ場所で千代さんしかないとオタオタ。
第2週でも糸子にヤクザキックを食らわしたお茶の間で
次回に清三郎にケチョンケチョンにされると小さくなっている。

で、後々の代の小原家トップが↓。
周防編で世間を強く意識した優子は
中学・高校と進学する中、
外で直子と顔を合わさなくなる事も手伝い、
「無敵の外面」を被っていく。
10代で仮面を被る事を覚えた優子は妹に対し
姉の面目を保つため「優等生」の仮面を被るが
天才の直子にそれを剥がされる。
http://i.imgur.com/uOn4kvU.jpg?1
で、やっとこ糸子のターン。
家の中には三人の中で一番、素直な聡子一人。
「母親らしい事してやり」という千代さんの言葉。
物分りのいい母親を演じてみたくなったが、
自己中女の本性が今度は優子に剥がされた!

テニスの優勝報告に対する姉達と母の反応の
温度差が既に伏線なんですよねー。物件の話が
出た後に娘達を見送り北村と二人きりになっても
糸子は母親としてのアクションを全く起こさなかった。
聡子の力量に見合う居場所や将来への無頓着さの裏返し。
直子は東京に戻る直前、北村に指示を出した時点で
姉に独立を促す事で家業を継ぐ立場が妹にスライドする
後の展開が脳裏に絵図面として出来上がっていましたし、
優子もその意図を感覚で理解した。
対して「お父ちゃんがウチに託してくれた看板」で頭が一杯の
糸子は優子一人が家業を継ぐと言っていた頃から刻々と
変化していた状況に対応できず先攻でありながら無為無策。
父の心境を理解して同じ境地に到達していたのなら
後の展開を自ら「カッコよく」プロデュースできたいたものを…。

リウさま

本当にお久しぶりでございます。
私も前作は途中脱落してしまった口ですが、今回は極めて手堅い作りで、確かに安心して楽しめそうです。そんな中でも、幕末と言う時代背景を、朝ドラにしては(失礼!)、しっかり描いているのには好感が持てます。升毅さんが、娘の行く末を案じる父の顔と、冷徹な商人の顔とを上手く演じられてますね。薩摩からの融資依頼を慇懃無礼に断った柄本"白ヘビ"祐クンと対照的に、キラーン!とばかり「会津と長州からは(資金を)早う回収しとけ」と決断したところなどは、升さんが現代劇でよく演じられる切れ者ビジネスマンの片鱗が伺えて、面白かったです。

ところで、どうでもいいことっちゃいいことなのですが、成長した姉妹の顔の系統が、何だか子役と頃と逆になっているような気がするのですよ。どうみても、鈴木梨央ちゃんが成長して宮崎あおいさんになった方がしっくりくるし、波瑠サンは、「ごめんね!青春」のときもそうでしたが、どこか薄幸感が漂う美女の役が多かった気がします。
まあ、これから観ていくうちに馴染んでくるのでしょうが、その一方で、波瑠サンがはつで(紛らわしいですな)、もう少し下の世代で宮崎あおいさんと同系統の顔した女優さん、例えば、二階堂ふみちゃんがあさ、というのでもよかったのでは。うん、それはそれで面白そう、観てみたい、などと、勝手に妄想しております。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

巨炎様の長~い 「カーネ」 分析、久しぶりに読んだ気がします。 しかしこういった詳細な分析を、さして調べもしないような感じで(?)繰り出せるのですから、もう 「カーネ」 に関しては学士号はおろか博士、と呼ばせて頂きますconfident

「家族」 というものの持つ欺瞞と、それでも離れずにい続ける奇妙な関係というものを、「カーネ」 では繰り返し問うていた気がします。

ドロドロとした怨念もそこにはある、というのに、そこは一種懐かしい、故郷のようなものであり、だからみんなそこに戻ってくる。

家族というものは、実に不思議なものです。

小原家ではそこに、「ライバル」 というほかの家族にはなかなかない感情も存在していた。

こういう朝ドラって、ほかに例を見ない気がするなぁ(いや、朝ドラに関しては半分シロートなので分かりませんが)。

私の視聴範囲では、リタイアしたクチでしたが 「純と愛」 が、そうしたドロドロを描いていた気がするけど、あれは単に性悪説に立っていたから、見ていて不快だった気がします(ハハ)。

「カーネ」 の場合、それでも離れることのできない何か、を描いていた。

人間というもの、本性は善でも悪でもなく、両者が複雑に入り組んでいる。
それをきちんと描くことが出来ると、「カーネ」 という傑作が仕上がります(笑)。

Zai-Chen様
お久しぶりです。 コメント下さり、ありがとうございます。

「まれ」 って、かなり 「あまちゃん」 を意識した作りだったように思います。 やたらとおおごとにしたがる、というか。 最初の 「文ちゃんクイズー!」 でちょっと不安になったのですが(爆)あの傾向がどんどんエスカレートしていって、なにかっつーとテレビ中継が入ったりですね…(笑)。

でも、「基本的にみんなの生き方がふざけて」 いないと、「あまちゃん」 的なコメディドラマは成立しないような気がするんですよ。

「ふざけて」 と書くと誤解を招きそうですが、要するに人生に対して、開き直っている、ということです。 別の言い方をすると、「ケツをまくっている」。 「覚悟が出来ている」。 「だからなんなんだバカヤロー!」 みたいな(笑)。

「まれ」「あまちゃん」 比較になってしまいました(笑)。

Zai-Chen様のコメントは、いつも適宜を備えていて、私の記事を完全に補足してくださいますね。
そうです、姉妹の輿入れの話以外にも、幕末ならではの話が実に庶民レベルで展開していた気がします。

ただまあ、会津と長州の貸付金回収というのは、その基準がどこなのかはよく分かりませんでしたが(笑)、とりあえず政情不安だ、ということで(笑)。 幕府が立ち行かなくなるのだって、庶民レベルならばあれこれと評論できたはずです。 だって太平洋戦争中みたいに憲兵がいたわけでも隣組の監視が厳しかったわけでもないんですから。

言ってみれば、木曜時代劇のレベルだったかな(笑)。

しかし朝ドラと木曜時代劇の違いというものは、これからだんだんとその姿をあらわにしていくことだろう、と思います。 波瑠サンに正直、あまり期待はしておらんのですが(失礼)、リタイアはしないで済みそうです(またエラソー)。

リウ様

こんばんは。
最近気づいたのですが、朝ドラのOP(オープニング)は制作側の取り組み姿勢、思い、あるいはドラマのテーストが描かれています。
1分間の中にそれらが凝縮されており、OPを見ればドラマの性格が何となく見えてくると思います。
(尤も、後半はOPの思惑とかけ離れる場合も多々あり)

「あさが来た」のOP曲は何故かAKB、映像も何だか手抜き・・
内容はあれだけ豪華で本格的かつ硬派なのにOPとのギャップが大きいです。
おまけにナレーターはアナウンサーで言葉が心に響きません。

この違和感が単なるコスト削減なのか、それとも今後の展開に表現されていくのかが気になっております。

リウ様、御無沙汰しています。
払暁より感想UPに推参致しました。

自分も「まれ」脱落組で「あさ」復活組の類です。
成長ヒロイン、おべべで木登り。活動的キャラは、
袴を着用させた方が、御居処どころか御下露見に
ならないのに……。あくまでビジュアル優先か?

「ビックリポン」ムリ繰り過ぎ。其れを除けば、
出だしは及第点の本作品でしょうか。
後は、時代の変わり目の血走った殺伐さを、挿入
すれば掴みはOKでしょうか。
ファンタジーよりもリアリズムで以って。

次週は? 山本氏の土方副長が劇中登場との事。
バルザックの人間喜劇宜しく、大河・朝ドラの
同時代・登場人物が劇中クロスオーバーの描写も、
楽しみかと。

「GOOD OLD DAYS」作品群>
来年の「とと姉ちゃん」も含めて朝ドラは、過去
志向の作品群が顕著ですね。
「まれ」も、ネット上では失敗作扱いですし。

敢えて「まれ」擁護の立場で語らせて頂くと、
・サザエさん原点の「三世代同居家族」
・「明るく直向き」なヒロイン像

が「ガラパゴスなファンタジー」化してる点に
有るのでは?
現状は、西原理恵子氏の「毎日かあさん」が
セミスタンダード状態に感じますし……。
(役立たずの夫と子どもを抱えた一馬力家族」

此方で何時も、語らせて頂く内容ですが大多数の
視聴者層が忌避しそうなネタにこそ、ドラマの
鉱脈が見つかると思います。
「格差社会」「ドロップアウト」「同性愛」
「家族という病」等々。

それから主人公のモデルケースが、世俗的成功を
収めた企業創始者ばかりなので、それと正反対の
・沢田 美喜……エリザベス・サンダースホーム
・宮城 まり子……ねむの木学園

方々の半生を、朝ドラのモチーフにすれば?
いずれも血縁無き、日本社会のマイノリティーの
「母」と成り、心身と財産を削って彼ら彼女らに
「無償の愛」を注いで「家族」とした女性です。

「金が無ければ クヨクヨします
 女(男)に振られりゃ 泣きまする」

守屋 浩の「ありがたや節」的な、通俗人生描写に
辟易しているので、偶には主人公のグレード高い
心の「襟を正す」人生模様も、視聴したい処です。

ノブ様
コメント下さり、ありがとうございます。

AKBのテーマ曲にはあえて触れませんでしたが(笑)、あえて書かせていただくと。

そのスタンスはドラマ自体のスタンスとおそらく合致するのだろうな、という気はしています。

つまり、そんなに知識層を唸らせるドラマに、制作陣がしようとしていない(第1週の出来を考えるとそう思えます)。

ただどこかで、大昔の朝ドラの復権を目指しているような空気は感じます。 OPの切り絵のような体裁というのは、ずいぶん昔の朝ドラにはよくあった気がするんですよ。 AKBの歌もかなり神妙にできている気がしますね(笑)。 少なくとも見る者の気持ちを朝っぱらから逆なでする曲ではないと思うのですが、AKBというだけで拒絶反応、という人、かなり多いですからね(笑)。 あえてNHKはサカナデしようとしているのかもしれない、その点では冒険だと思います(笑)。

アナウンサーがナレーション、というのも大昔の朝ドラっぽい気がします。

M NOM様
お久しぶりです。 コメント下さり、ありがとうございます。

「なんでどす?」 や 「ビックリポンや」 は、ここ数作に顕著な、朝ドラの 「柳の下のじぇじぇじぇ」 だと思います(よーするに流行語大賞狙い)。

先のコメントとつながりますが、それがこのドラマのスタンスなのだ、と感じます。 特別ヤヤコシイことをしようとしているわけではない。 親しみやすさ優先。 山本耕史サンが 「新選組!」 の頃の土方そのまんまで出てくる、というのも、視聴者サービスでやっている。

私もちょっと、「まれ」 擁護をしてみたいと思います(反発必至…笑)。

「まれ」 というのは、「人間、自分の思ったようにはなかなか生きられないんだよ」 ということを言おうとしていた、っていうのはどうでしょう?水曜どうでしょう?(ハハ)

たとえば自分の人生をジャバラの年表みたいにして予定を書き出し、「最終目標は世界制覇!」 なんて、まあ若い頃は調子に乗りたがるものですよ(笑)。 私も 「教科書に載るような詩人になる!」 なんて大それた目標を立ててましたから。

しかしそれを、こと 「目標→達成」 という図式がないと成立しないテレビドラマましてやNHK朝ドラでやる、というのは、ちょっと無理過ぎたのでは、と。

人生なんて、達成感充実感で埋まるほど気楽なもんじゃないですよ。
でもその現実を見せてしまうことに、見る側は本能的な反発があるように思うんですね。
せめてテレビドラマくらい、目標達成させろよ!と。 中途半端にいろんなことやってんじゃねーよ!自分を見てるみたいじゃねーか!と。

そして、まともなこともろくすっぽ出来てないというのに、エラソーに生き生きと生きてんじゃねーよ!と。

でも、みんなそうなんじゃないの?と。
もし篠崎サン(「まれ」 の脚本家さん)がそう考えていたとしたら、そりゃそれで爆弾ですが(笑)。

そう考えたとき、「まれ」 というのは却って自分の襟を正したくなる反面教師ドラマだったのでは?みたいな(ハハ…)。

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  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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