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2015年10月

2015年10月24日 (土)

2015年秋ドラマ、第1回目をひと通り見て

 「偽装の結婚」 については書いたのですが、そのほかに見た秋ドラマの感想を、簡単ではございますがひと通り書こうか、と思います。 最初から見る気のなかったものについては書いておりませんので、そこらへんはご了承ください(特に 「相棒」 とか)。

 まずはいきなり、リタイア組から(笑)。 これらは基本最初の10分程度しか見ておりませんので、マジメに見ているかたはお腹立ちのないよう、あらかじめお願いいたします。

 NHKの土曜ドラマ、「破裂」。 まず省庁がいきなり架空で興醒め。 話も 「ありそう」 という感じじゃないし。 あと登場人物たちがヘンに自信たっぷりなのが気に入らなかった(笑)。 もともと見たい役者さんがあまり出演してなかったし。

 それとフジテレビの月9 「5→9~私に恋したお坊さん」 と木曜ドラマの 「オトナ女子」。 前者の石原さとみチャンは、事務所のせいなのか本人の鑑識眼がないのか、なんかロクなドラマに出ない感じがしますね。 演技力はあるのに、すごく不思議だ。
 後者の篠原涼子サンは、私あまり見ないけれど出てるドラマはこれまで評判がよかった気がするのですが、今回のはダメじゃないですかね。 10分くらいしか見てないんで分からないけど、仕事に一生懸命になって独身貫いて部下からお局さんみたいに思われているのをトイレの便座で聞いて、電車でであったナマイキな男と偶然仕事をしなきゃならなくなって、とか…あまりにも話がアレだというか(涙)。 今どき中学生のライトノベルでもこんなベタな話は書かないんじゃないか、という…。
 そしてこのどちらとも、主人公が勤める職場の描きかたが薄っぺらで軽くてかなり前時代的。 大昔のトレンディドラマそのまんまで、フジテレビが 「昔はよかった」 とウジウジ懐かしんでいるようで、見ていてとてもガッカリしました。

 日テレ土曜21時の 「掟上今日子の備忘録」。 まあもとから期待はしてなかったのですが、登場人物たちの名前から、もう遊んでんな、という感じで(笑)。 なにが 「置き手紙」 だよつーか。 登場人物の名前からして遊んでるから、内容は推して知るべし。 新垣結衣チャン、「リーガルハイ」 みたいないいドラマにもっと出てキャリアを積まなきゃダメだよ、ずーっとこの世界で生きていく気なら。

 エラソー全開でドーモスイマセン。 書きたい放題書いてます。

 フジテレビに関しては前述の通り心底ガッカリしたのですが、ガッカリなりにちょっと拾いものみたいなドラマもありました。 土曜日深夜枠の 「テディ・ゴー!」。 「ちゃんぽん食べたか」「表参道高校合唱部」 などでなんかこのところ毎クール見ている感じの森川葵チャンの初主演ドラマ。
 まあ、新人女優抜擢という感じのレベルのドラマなんですが、このフツーの女の子が、殺された刑事の魂が宿ったクマのぬいぐるみとともに探偵みたいなことをやる。
 この死んだ刑事を哀川翔サンがやっているのですが、これが…(笑)。
 哀川翔サンって、ああいう声じゃないですか。
 その声で、今までどんなドラマを見てもヘンな違和感がついてまわってたんだけれど、今回このクマのぬいぐるみとの相性が、すごくいいんだこれが(笑)。 私の見立てでは、いちばんのハマリ役です(笑)。
 まあ蛇足ですが、ビートルズファンの私といたしましては、ドラマのタイトルがその昔、彼らが出演していたイギリスの音楽番組、「レディ・ステディ・ゴー!」 を連想させます。 元ネタがそれかどうかは分かりませんが。

 そして同じフジで水曜ドラマの 「無痛~訴える眼」。 医者が患者を診察するとき、最初に患者を見ただけで行なうことを 「視診」 といいますが、その能力が異常に発達した町医者、西島秀俊サン。
 その設定からしてかなりウソ臭いのですが、それが彼の演技力によって無理なくリアルを保っている、というのが見どころ。 西島サンのキャラは適度に彼が出演している柔軟剤とかのコマーシャルチックで、診察するところとニュートラルなところとのバランスがとてもいい。
 ただ気になるのは、彼の口癖 「面目ない」 がなんか出るたびに引っかかること(笑)。
 そして最大の引っかかりポイントが、その彼の能力を頼って捜査に協力を依頼してくる刑事に、仮面ノリダー、じゃなかった(いつの時代だよ)伊藤淳史クンが配されていること。
 ドラマでは西島サンの能力を買って引き抜こうとする伊藤英明サンも出てくるのですが、みなさん背が高くていらっしゃるのに、淳史クンはそのなかでずいぶんと背が低い。 そのチビノリダーが(だからちゃうって)かなり過激な性格をしとるんですよ。
 その違和感と言ったら。
 これはフジテレビが 「チームバチスタ」 とか過去の実績で選んでるのかな、という、まあここにもやーなコネとかが絡んでそうで。 凋落気味の会社というのは、こういう人事をよくやるんだな(ハハ)。
 ただまあ、彼はちゃんとした実力を持っているから、「こういう小柄な男なのに粗暴だ」 という、一種独特の空気はしっかりと作っている気がします。
 ただ彼の、関西弁の上司は少々ウザい。

 この、「無痛」 はこれから、「無痛治療」 をしていこうとする伊藤英明サンの出番が増えていくんでしょうけど、この伊藤サン演じる院長がいる白神病院関係の話が、西島サンの能力以上にリアルからほど遠い話ばかりで、それについていけるかどうかの自信がちょっとないです。
 この 「無痛」 と私が10分でリタイアした 「破裂」 の原作者というのは同じ人なんですが、どちらも話が突飛すぎるきらいがある。 「破裂」 では我慢ができなかったけれど、「無痛」 ではこれまでなんとか西島サンの演技力で見てきたようなものです。

 日テレ日曜の 「エンジェル・ハート」。
 上川隆也サンが 「あの」 冴羽リョウ(うまく変換できない機種があるようなのでカタカナ表記)をやる、というので注目が集まったドラマでしたが、私と同い年の50にもかかわらずあそこまでの再現度には、もうただひたすら感心。
 ただ、その冴羽が出てくる 「シティハンター」 にはだいぶハマったんだけれど、そのパラレルワールド設定、というこの 「エンジェル・ハート」 は一度も読んだことがなくて(笑)。
 だから相棒の槙村香の設定には少々違和感が。
 だって 「シティハンター」 じゃ、チョー女好きのリョウちゃんを10トンハンマーとかでブン殴りまくりだったんですよ(笑)。
 それが相武紗季チャンが演じる香は、なんかもう、儚げで今にも死んでしまいそうな感じで、で、死んじゃったんですが(…)、私の記憶の中では、香はもう喜怒哀楽が激しくて、それでもリョウちゃんに好意を寄せていて、すごく純真無垢な存在だったものだから、その彼女が死んじゃう、ということが、これがなんかね…。
 で、第1回を見ていて不覚にも、というか無意識に、香を見ているうちに泣けてきてしまって。
 それって 「自分のなかにある懐かしい昔が死んだ」、と同じ感覚だったのかな、と思ったり。

 ほかファルコンのブラザートムサンなど、驚異の再現度(笑)。 まあ高島礼子サンの冴子も、リョウちゃんが上川サンだから、年齢の釣り合い的にはいいのかな、と。 リョウちゃんの存在自体がリアルを超えてるから、ドラマ的に多少現実味が乏しくても気にならないし、ただの仮装大会に終わってない完成度ではあります。

 テレ東 「孤独のグルメ Season5」 では松重サン、台湾にまで行ってこれはかなりのご褒美かと。
 ただ原作者の久住サンは台湾にまではいく予算がなかったようで(訂正、台湾編2回目で出てきた…笑)。
 その同じテレ東で、だいぶ遅れて昨日始まった 「釣りバカ日誌 新入社員浜崎伝助」。

 コレ、かなり面白かったです。
 ただ、以前やってた映画のシリーズって第1作目とか、あとなんか、数作見た気がするけど、ほとんど見てなくて、あまりちゃんと比較できないのが悔しい。
 その映画のシリーズで伝助を演じた西田敏行サンが、同じく映画で三國連太郎サンが演じたスーさんを演じる、ということが最も注目でした。
 そして西田サンに代わってデンスケ役に抜擢された、濱田岳クン。
 原作の雰囲気からいうと、映画版よりはるかにこちらのほうがイメージが近い気がしました。 スーさんは三國サンでも西田サンでもないけども。
 濱田クンは去年大河でやってた黒田官兵衛の懐刀より、こっちのほうがイメージが合ってる気がする。
 「エンジェル・ハート」 にしても夏ドラマでやってた 「ど根性ガエル」 にしても、マンガの実写化って、昔に比べるとキャスティングでそのイメージを崩させないことが、すごく当たり前に行なわれるようになってきた気がしますね(それだけ昔は無神経だった)(たかがマンガ、という意識があったのは確か)。

 ただ設定的にはかなり変えてるんじゃないかな、今回の 「釣りバカ」。
 伝助の将来の嫁さんになるみち子サンも、こんなんだったっけなーみたいな。 すごく伝介に反感を抱いている感じで始まってるんですよ。 まあそこから逆転していくのが楽しみではありますが。
 そのみち子サンを演じているのは、広瀬アリスチャン。 広瀬すずチャンの妹とかなんとか? まあどっちもよく知らないんですが(笑)。

 「釣りバカ」 第1回で見ものだったのが、スーさんの会社である鈴木建設の万年係長、朝本に武田鉄矢サンが出てきたこと。 「もう半月で定年」、という設定だったから、もうこのあとは出てこないんだろうけど、武田サンと西田サンが反目し合ってる、という設定自体が 「アレ?現実にもそうじゃなかったっけな?」 みたいな(記憶があやふやですが)感じで。
 そのふたりが大ゲンカするんですが、もうそれがホントおかしくておかしくて。
 いや~、テレビドラマ見てこんだけ笑ったのは久しぶり、というくらい笑えました。 これが2回目以降見られないのはつまらんです(笑)。

 TBS金曜22時の 「コウノドリ」。 産婦人科のドラマ、というと数年前藤原紀香サンがやった 「ギネ」 を思い出すのですが、今回の産婦人科医、綾野剛サンは隠れてピアニストもやってる。
 そしてその印象は、ノリカサンがすごくツンケンした役どころでドラマ自体が寒々としていた印象があったのに対して、今回はあくまでほんわか、あったか。 この調子でずっとやられると飽きちゃいそうですが、やはり生命が生まれる瞬間は実に感動的なものです。
 …最後まで見んのかな(笑)。

 これも昨日始まった 「サムライせんせい」。 テレ朝金曜深夜枠ですが、錦戸亮クン演じる江戸時代からタイムスリップしてきた人物、というのが 「武市半平太」。
 そしてすでにタイムスリップしてきてるみたいなのが神木隆之介クン演じる、「坂本龍馬」。

 これってお分かりでしょうけど、数年前に大河でやった 「龍馬伝」 と、「JIN」 がごちゃ混ぜになってる設定ですよね。
 なんかその設定の無節操さが気に入らなくて、「どうせ開始10分でリタイアだろう」 と思っていたのですが、とりあえず、なんだか、見ちゃいました最後まで(笑)。

 ただどうなんですかね。

 こういう話の根底には、「現代の日本が気に入らない」 という批判精神があると思うのですが、それを大昔からやってきた日本人に批判させる、というのはある意味、それが作り話の面白味だとしても、ちょっとそれって潔くネクネ?みたいに思ってしまうんですよ。
 タイムスリップした人間のカルチャーショックとかも、もう今となっては手垢がつきまくりの題材だし。

 タイムスリップしてきた武市半平太に対して、「あなた大昔から来たんでしょ」 みたいに達観してるのは森本レオサンだけで、ほかのほとんどの人は彼を見てただギャーギャー騒いでいるだけ。
 もっと想像力、働きませんかね?

 そして 「このドラマ見る」 のコラムで大本命だった 「下町ロケット」「おかしの家」。

 スミマセン、「下町ロケット」 まだ見てません(笑)。 だって疲れそうなんだもん(笑)。 初回2時間とかやるなよな、という感じ(「釣りバカ」 も2時間でしたけど、こっちは気楽に見ることが出来たんで)。

 「おかしの家」 は、ちょっと独立して1記事書きたい感じです。 乞うご期待(…しなくていいです、書きかけてますけど、アップするかどうかは未定です…笑)。

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2015年10月18日 (日)

「あさが来た」 第3週 泳ぐあさ、澱むはつ

 前回、第2週レビューのコメント返信で私は、「あさ(波瑠サン)が両替商に嫁いだ、という現在の時点で物語を面白くするのは、あさの算盤の腕前と、ビジネスとの関連性が大きく前面に出てくることだが、どうも片手間になりそうな予感がする」…と書いたのですが、第3週の内容はその予想を大きく裏切っておりました(反省…笑)。

 ただその関連のしかたについては、不満があるようなないような(笑)。 それについては後述するとして。

 式の日取りを忘れて出歩いていた新次郎(玉木宏サン)。 しかしそれ以外には取り立てて突飛な出来事もなく、今週展開した物語の大部分は、この新しい場所であさがなにを体験し、行動したかに費やされたのですが、その語り口はあくまで軽妙でした。
 その軽妙さの根底にあったのが、あさが嫁いだ白岡家の家業、加野屋の 「風通しの良さ」 です。

 嫁にでも行けば、そこでは頑張っていろんなことをしなければならない、というのがこれまでの朝ドラのセオリーだったように思うのですが、母親の風吹ジュンサンは朝寝坊だし、別になにもやってなくてもOK、芝居にでも行ったら?みたいな、すごく緩い雰囲気。
 しかしだからと言って出しゃばって何かをやろうとしても、やっかみや横槍が入るわけでもなく、まあ水汲みでちょっとイケズをされる程度でしたがそれも大した怨恨が残らない。 何かを教えてもらおうとすると、みなさん嫌な顔もせずに付き合ってくれる。

 こんなに苦労してない嫁、というのは初めて見る気がした(笑)。

 ただそのなかで、時計代わりに見てると決して気付かないようなポイントが、ほんの数秒単位でインサートされる。 これが意外と、フツーに終始しそうなドラマにスパイスを与えているんですよ。
 その大部分の動きというのは、新次郎と父の正吉(近藤正臣サン)に集中している。

 新次郎はあさとの新婚初夜で、いちおうハグまでは果たすのですが(笑)ハグした 「流れで」 帯に手ぇかけたら、あさのほうも 「流れで」 まわし、いや違った帯に手をまわして両者がっぷり四つ(笑)、上手投げェェーーーっ!上手投げであさの勝ち…じゃなかった、投げ飛ばされて新次郎は小指にけがを負ってしまう。 新次郎はあさの様子に 「こりゃまだ子供や」、とその場をリタイアしたまま毎晩どこかに行ってしまうのです。

 あさがそれを気に病んで毎晩眠れないのか、というとまったく無関係に大の字で寝てたりするんですが(笑)、こういう状態を父の正吉が咎めるのか、というとそうでもなく、ちょっとワケがありそうな顔をする。 ほんの数秒。 いや、1秒未満かな?

 新次郎は新次郎で、ふつうここまで道楽をしていればなにか浮ついたような空気が醸し出されるはずなのだけれど、なにか確信を持って道楽をしているような模様。
 だいたいですよ、祝言の日にいきなり三男坊(つまり新次郎の弟)が出てきて、ゆくゆくはこの弟の榮三郎が加野屋を継ぐさかい新次郎はその後見人として頑張ってもらいますーみたいな、ちょっとちょっとなにソレ、そもそもそれがよく分かんない、というか(笑)。
 でもそういう体制にしよう、ということが既に、父親と新次郎のあいだで合意が成立していることが、「どうもなにかがある」 と思わせるんですが、これがなかなか気付かないような話の持ってきかたをかなり意図的にしている。

 見ている者の気持ちをそっちに持って行かせないために思えるんですが、新次郎が夜な夜な通う場所はどこなのか、という話題が週の前半は中心になります。 「頼もうーーっ!」 と道場破りさながら(笑)あさが新次郎を尾行してやってきたのは、三味線のお披露目会。
 旦那が夜遊びしてたらたいていは浮気なんですが(笑)。

 それと同時に進行していくのは、新選組が加野屋に関わっていく様子。 ここでは数年前に大河ドラマ 「新選組!」 で土方を演じた山本耕史サンがまったく同じ役でゲスト出演する、という視聴者サービスまで行なわれるのですが、これはじっさいに新選組が加野屋のモデルとなった両替商に金を借りに来た、という実話を基にして、膨らませてあるようです。

 史実とは奇妙なもので(笑)、新選組が活躍してたのは京都やろ? わざわざ加野屋のある大坂まで金を借りに来るんかいな?と思っちゃう。 しかし深く考えると、「京都で借りられなくなったから大坂に出てきた、つまりそれだけ借りまくってて困っていたのでは?」 という憶測が成り立つ(笑)。

 この史実をこのドラマでは、あさがビジネスへの興味を喚起していく大きなファクターとした。
 この組み合わせはうまいです。

 しかしその端緒的なエピソードで、米会所という、まあ今で言えば証券株式市場みたいな場所で再会する五代才助(ディーン・フジオカサン)。 これがまた不自然だしてな(笑)。
 どうもこの五代、あさに目をかけてるみたいなんだけれども、惚れとるつーわけでもない。
 だって初見のとき、あさはこーんなに小さかったし(どーんなや)、それじゃロリコンだよみたいな(笑)。
 そしてその再会の場であさが既に夫がいるということが分かったはずなのに別にそれで失恋したというふうでもない。
 五代があさに手紙を寄こした時点で、あさのその快活さに新時代を見た、みたいな解釈がされていたようだけれども、それだけなのがちょっと弱いんですよ。
 もうちょっと必然性が…(まあいっか)。

 それと、あさが番頭の雁助(山内圭哉サン)に商売のからくりを教わるシーンがあったのですが、そこであさが取り出しましたる新次郎からもらったそろばん、それを使ってなに計算しとるんや?みたいな(笑)。

 また、新選組から借り入れの申し出があってからあさは門外不出の大福帳を新次郎に持って来させ、1週間かかって借入金の貸し出し精算状況を調べるのですが、その調べ方をどうやっているのか、期日は、利息はどうなのかなど、詳細がほぼ伝わってこない。
 別に伝える必要がないと作り手が判断しているならそれでもいいんですが、それがあったほうが、あさがどこまで商売のからくりを習得しているのか判明するし、当時の経済のありようなども立体的に浮かび上がってくるのではないか。
 ちょっとそんな気がしたんですよね。

 いずれにしても、このドラマでビジネスの話がされる場合、最も基本的な部分にあったのは、「信用」 という問題でした。

 大福帳に興味を示すあさに、義父の正吉はこう言い含めます。

 「先祖代々から使うてきた帳面だす。 ええ、まあ…お金の貸し借りとか、お米や砂糖の取引なんてぇのは、この中に全部書いてある。 けどこれは、おなごはんは見てはならんもんだす。
 昔からのしきたりだしてなぁ。
 両替商というのは、信用が第一。 その信用を守るためには、古うからいわれてる、このしきたりというもんを粛々と守っていかなあかん」

 また番頭の雁助に商売を習うシーンでも。

 「両替屋ちゅうのんは、金や銀を交換するのが仕事だす。 あとはお大名や商家や何かにお金を貸し付けてます。 我が加野屋は、長州藩、薩摩藩など、百数十の藩に貸してまして、額はざっと、百万両はありますやろかな」

 「百万両! そないに貸してて大丈夫なんだすか?」

 「そやから信用におけるところにしか、貸したらあかんのだすよ。 両替屋は、信用をお金に換えますのや」
 ここであさがそろばん出して何かを計算するんですが、さっきも書いたようになにを計算しとるのやら…(笑)。

 そのほか、あさは京都の母親(寺島しのぶサン)から意味深な歌の書かれた手紙を受け取ることで、時代の変わり目ということを強く意識していくのですが、ここで夜遅く、借金の申し込みに新選組が副長の土方を交えてやってくる(第17回)。
 別に土方が来る必要はないように思うのですが(笑)先に書いたように視聴者サービスと、それほど隊が困っていたというのと、まあ両方考えられるとして(笑)。

 その新選組に対して、あさはこう言い放ちます。

 「幕府は今、どないなったはるんですか? 先ほど土方様は、『幕府最高(じゃなくて再興)』 と言わはりました。 もし幕府に何かあったら、その4百両、ほんまに返してもらえるんだすやろか?」

 「何?」 とすごむ土方。

 「いや…両替屋は、信用が何より大事だして、そやさかい、あなたさま方を信用してええもんかどうか思いまして…」

 怒りだし腰のものに手をかける隊員。 義父の正吉は、嫁いできてから初めて、あさに怒鳴ります。 「はよう謝りなはれ!」 ガタガタ震えながら、あさは返します。

 「謝れまへん! 刀と信用は、真逆のもんだす!

 うちは、『お金返してくれはりますか』 て訊いてるだけだす! うちは、この家の嫁だす。 このお家守ることが、嫁の、うちの務めだす!」

 土方は 「新選組を怖がらねえとは大した度胸じゃねえか」 と、返済を確約します。 「俺が生きていればの話だけどな」。

 くぅぅ~~っ、カッコいい(笑)。 シラッと 「いい女じゃねえか」 なんて言ってからに(笑)。 ホリキタを、大事にしろよコンニャロ~~っ(爆)。

 それはそうと。

 この一件で先に書いたように大福帳の総洗いをするあさ(第18回)。
 加野屋の経営的問題点を見つけ出したあさは蔵の中を確認してその実態を現状把握。 そして正吉に 「お金を返してもらおう」 と大々的にぶち上げるのですが、ここでの正吉の反応が、またよろしおましてなあ(笑)。

 「お父様。 貸したお金、回収しませんか? すぐにでも貸付先まわって、貸したお金、返してもらうんだす。 戦が始まってしもてから慌てたんでは、遅いさかい。 (雁助に)期限とうに超えてんのに、まだ返してもろてへんお金がぎょうさんあるのと違いますか? 世の中かがまるで変わってしまうのやとしたら、人やお店かて変わっていかな、生き残られへんのやさかい!」

 慌てて止めに入るうめ(友近サン)を制して、正吉。

 「あさちゃん。

 私はな、あきんどの家に、おとなしいだけの嫁は要らん。 あんたには、根性のあるごりょんさんになってほしいと思うてます。

 けど、あんたの考えは、ちょっと浅はかやなぁ。

 この加野屋の取引先はな、何十年、何百年という古ーいつきあいがおますのやで。

 それを慌てて、取り立てに行ったりしたら、こら、うちが、そのお相手さんを信用してへんということになりますのや。

 あんたが新選組はんに言わはったように、両替屋というのは、信用が第一。 お金という大切なもんを、扱うてますのやさかいなあ。

 お互いにこう、まことの心を持って、信用をし合わんことには、どうにもならしまへんやろ?

 まあまあ、いろいろ心配をしてくれて、ほんまにおおきに。 けど、店のことは、私らにまかせていただきまひょ」

 ここで新次郎のことを、チラッと一瞥する正吉。 これだよ、気になるの(笑)。

 その直後、「なんでそないに(商売のことに)一生懸命になれるのやろなぁ」 と感想を漏らす新次郎に、あさは言うんですよ。 「なんでそないに一生懸命やあれへんふりしはるんだす?」。 その屈託ない、何気ない言葉にギクッとする新次郎。 やはりなんかあるよ(笑)。

 それはそうと。

 このシーンには、単純なセリフ以外にいろんな情報が詰め込まれてます。
 まず、ようお父はん、ガーとあさちゃんを怒らなかったなあいうの。
 それってもうとっくにあさちゃんがなにか言いに来る、ということを見越していたんじゃないか、という。
 だって部屋中大福帳だらけになるほど、門外不出の大福帳を新次郎が持ち出してたんですよ?(笑) 約1週間。
 そして自分の非を察したときにすぐに謝りに入るあさ。 こういう素直な朝ドラヒロインは、反発買われませんよヤフー感想欄で(爆)。
 そしてここまで言いたいことが言える、という、加野屋全体の自由な空気感が伝わってくる。
 その自由な水の中を、闊達に泳いでいくあさ。

 しかし物語は、はつ(宮崎あおいサン)が嫁いだ天王寺屋に移ると、途端に重苦しさを増すのです。

 さっきの何げない言葉のあと、寄合に天王寺屋が来ないことを知ったあさは、心配になって天王寺屋へと向かいます。 はつの弾く琴の音を聞いたあさでしたが、はつはそのころ、天王寺屋の蔵に閉じ込められていた。

 この第3週、はつは都合3回出てきたのですが、最初は夫の惣兵衛(柄本佑クン)に芝居に連れていってもらえる、という感じでまあまあ安心できた。 それが週の半ばで母の寺島しのぶサンが訪ねてきたときに、要らんこと姑の萬田久子サンに立ち聞きされてとても居心地悪そうだった。
 それがこの週の終わりには、最初琴を弾いてて問題なさそうだったのに、訪ねてきたあさの声を聞いて出ようと思ったはつを、萬田サンはもう、なんつーか有無を言わさず蔵に押し込めてしまう。

 これって飼い殺し状態、ってことでしょ。

 こういう派手な実力行使は、もしかして初めてだったのか、はつはびっくりして閉じられた蔵の戸を叩くのです。

 「いやや…。 開けとくなはれ! 開けとくなはれ!

 あさ…。 あさ!

 お願いします。 なんでも言うこと聞きます! もう二度と、勝手に表に出たりしぃしまへん!

 せやから、お願いですから、出しとくなはれ…」

 駆け付ける惣兵衛。 「惣兵衛。 出したらあかんで」。 冷たく言い放つ萬田サン。 惣兵衛は、つき従うしかありません。

 「旦那様…。 助けとくなはれ。 旦那様、助けとくなはれ。 旦那様…旦那様…」

 苦しそうな表情で去っていく惣兵衛。 遠ざかる足音を聞きながら、絶望していくはつ。

 「旦那様…! 助けて…。

 助けて…。

 あさ…。

 助けて! あさ」

 もう、なんつーか。

 ここのシーンだけで、一気にドラマのすべてをかっさらってしまう宮崎サン(笑)。 ホント、先週に続いて、タメイキが出ます。
 加野屋で自由に泳いでいくあさと、天王寺屋で澱んでいくはつ。 その対比がこれほど鮮やかに展開するとは。

 この惣兵衛、先週では新次郎に、母親に対する殺意まで告白していた。 今週初めの夫婦のなかよしぶりを思い返せば、この一件も惣兵衛の殺意に火を注ぐきっかけのひとつとなるのは、確実のように思われるのです。

 面白くなってきたぞ。

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2015年10月11日 (日)

「あさが来た」 第2週 静かなる 「お付き」 争奪戦

 前回、第1週レビューのコメント返信で私は、このドラマの主題歌がAKB48であることに触れ、「つまりそういうスタンスのドラマなのだろう」、ということを書きました。
 それは、親しみやすさ、分かりやすさがまず目的であって、そんなに小難しいことをしようとしているドラマではないのだろう、という意味です。

 同時に 「AKBは人気あるから」 という、制作側の安易な部分も感じ取れる。
 ドラマの内容が高尚なものであれば、国民的アイドル(しかも全国民的人気がある、という本質的な意味とはちょっと離れているアイドル)の歌を安易にテーマ曲に起用しよう、などとは考えないはずです。
 ただまあ、出来上がった曲は 「AKBって結構いい曲歌うじゃん」 ということを感じさせてはくれます。 制作側の狙いもそこにあるのでしょう。

 けれど 「それなりのスタンスなのだろう」、ということは、主役の波瑠サンが本格的に登場した第2週、第1週にも増して思いました。

 まず話が結構飛ぶ(笑)。 ひと月、ふた月、しまいには半年後。
 また、細かいけれど入れたほうがいい描写が抜けている、または説明不足。 特に週の後半で死んでしまう、新次郎(玉木宏サン)の兄の扱いがとても雑。
 「ここでこうしたらもっと感情移入出来るのに」「もっと深読みが出来るのに」 ということを、見ていてたびたび感じました。

 それとおそらくのちにまた出てくる布石なんだろうけど、脈絡もなく五代才助(ディーン・フジオカサン)から主人公のあさ(波瑠サン)に手紙が来る。 どうしてことさらあさのことを思い出して手紙をくれるのか、どうも不可解なんですよ(理由は述べられてたけど)。 布石の打ち方としてはヘタクソだな、という感じでした。

 また、これも危惧していたことですが、主役の波瑠サンの演技が、脇役である姉のはつを演じる宮崎あおいサンに、やはり食われていた(笑)。

 波瑠サンはおてんば娘を演じるのが、総じてなんとなく苦痛そうな感じ。 廊下をドタドタ歩くのもなんとなく不自然(笑)、セリフの端々に気の強そうなところを無理に出そうとする感じで、なんとなく見ているこっちにも肩に力が入ってしまった。

 しかも宮崎あおいサンが童顔でしてね。
 あの人もうアラサーなのに波瑠サンよりよほど顔が幼い(笑)。

 あんな顔でよく篤姫の晩年まで務め上げたもんだ(しかも篤姫やったのは22歳のとき!)、と逆に感心してしまったのですが、その大女優としての貫録で、なんとか姉に見せている…つーか、姉にしか見えない、というのがすごい。 第2週の朝ドラとしての体裁は、ほぼ宮崎サンの演技で定まった、といってもいい気がします。

 しかしながら波留サンは、なんとか廊下をドタバタ歩きながらも、主役として演じきった。 私は波瑠サンが、いつもより余計に目力を使って、あさの気の強さを表現しようとしていたように思えるんですよ。 「この人、こんなに目が大きかったかな?」 と思うことが多かったので(笑)。 その一生懸命さ、今後に期待が出来ます。

 第2週の主題は、「姉妹ふたりが嫁ぐ日まで」。
 物語は表面的に、あさが新次郎に送った果たし状のようなすごい字の手紙(笑)を中心に回っていくのですが、私が見ていていちばん興味深かったのは、嫁ぐ姉妹にお付きとして同行させるふたりの女中、うめ(友近サン)とふゆ(清原果耶チャン)をめぐる動きでした。

 はじめ、年上のうめはおてんばのあさに、幼いふゆは姉のはつに付かせるという話でした。 あさのおてんばぶりをフォローするには年季の入ったうめが適当、はつはしっかり者だからふゆでいいだろう、という父親の判断のもとです。
 しかし今週、はつが嫁ぐ先の惣兵衛(柄本佑サン)の、危うげな様子を初めて見た母親の寺島しのぶサンが、「頼りがいのあるうめのほうをはつに付かせてもらえないか」、と父親の升毅サンに頼むんですよ。

 「はつはあさと違ごうて、苦労や悩みがあっても、外には出されへん性分どす。 あんな、見るからにいけずなお姑さん(萬田久子サン)とこへはつをひとりで行かせるなんて…」

 「とにかく、もう決めたことや! 口出しは許さん!」

 にべもない父親なのですが、ここで寺島しのぶサンの反撃の仕方が、こりゃもう絶妙でして。

 「分かりました。 それやったらもう何も言わしまへん。

 (立ち上がってその場から離れようとするが立ち止まり、振り向いて)お嫁入りまで、あとみつきございます。 …どうなさるんが賢明か、よう、おひとりで考えとくれやす!」

 押さえとったけどそりゃえらい剣幕でしてな(笑)。 いったん引きさがっているもんだから、升サンは 「あれほど怒るとは…」 と溜息をつくしかない(笑)。 男が絶対的上位の時代の操縦法(笑)。 こういうとき、寺島しのぶサンはうまいなぁと感じる。

 そして婚礼の1か月前。 改まった席で父親の升サンは自らの考えを撤回、はつにうめ、あさにふゆを付かせる、と宣言するのです。 寺島サンはしてやったりですわなぁ(笑)。
 しかしそんなこととは別に、そこで見せる宮崎あおいサンの表情が、これがまた深いんだ。

 「本当は逆だったはず…」。
 そう顔に書いてある(笑)。

 みんな私のためを思って予定が変わっている。 自分は心配されている。 情けない。 それでいいの? あさにはうめがつくのが本当なのに。

 そういう表情を、ものの2、3秒画面に映る、一瞬で作るんですよ。 あらためてすごい女優だ。

 そして、これはドラマ好きの勝手な思いなのですが、「うーん、心情的には、はつにはうめをつけたほうがいい。 でもさ、ドラマとしてはどうなんだろうね? うめ役の友近サンが主人公についていったほうが、ドラマとしては面白いんじゃないの? 友近サンのほうがギャラ高そうだし(笑)」 などと考えてしまうんですよ(笑)。 そこらへんのせめぎ合いを考えるのも、楽しい。

 作り手はその思いを見越したように、次のシーンであさとうめに、相撲をさせるんですよ。 しかも姉妹で 「この結婚、どーにもならんのか?」 という焦燥感を描いた直後にです。
 久しぶりにうめと相撲が取れる、と喜ぶあさ。

 「今日は、負けへんえ!」

 「へぇ! うちかて、これがおあさ様との最後の勝負どす。 手は抜かしまへんえ」

 その言葉に、一瞬にして表情が曇るあさ。 勝負が始まり、がっぷり四つになりながら、あさは泣き出してしまいます。

 「なんでどす?
 なんで、お家の都合で嫁に行かなあかんのどす?
 なんでお姉ちゃんがいけず言われなあかんのどす?
 なんで笑うてくれへんのどす?
 なんでお返事くれへんのどす?
 なんで?
 なんで?
 なんで!?
 なんで!?」

 うめに投げ飛ばされてしまうあさ。 「大丈夫どすか?」 と駆け寄るうめにすがりつき、あさは泣きじゃくります。

 「お姉ちゃんを、よろしゅうな!」

 「おあさ様…」

 「おおきに、うめ…。 うめ…」

 それを見ていたはつ。 心に何かを秘めたようです(第10回)。

 このシーン、あさとうめとの心のつながりをもっと印象的なエピソードとして挿入してたら、もっと感動的なシーンになるのにな、という感じはしました、確かに。 そこに至るまで10回にも満たないスケジュールじゃ、それは難しいでしょうけどね。
 でも友近サンは第1週も、寺島サンより出てた?というくらい出てたし、見る側にはなにしろ 「想像力」 というものがあるのです(笑)。 うめがいかにあさにとって重要な存在だったか、どんだけ相撲をよく取り合った仲だったのかは、こちらが想像すればいいのです(笑)。
 そうした想像力を働かせながら、私はこのシーン、見ていて泣きました。

 はつはちょうど当事者たちが居合わせたその場を幸いと、母親に話しかけます(第11回)。

 「お願いがございます。

 あさのお供は、うめにしてやってもらえませんやろか?」

 驚く一同。

 「あさは気丈にしてるけど、中身は、まだまだ子供や。

 この子にはまだ、お父はんやお母はんの代わりに、いろいろ教えてくれはる大人が、そばにいたほうがええ」

 「そやけど、お姉ちゃんは…」 と尋ねるあさに、はつは。

 「うちは心配ない。 ふゆは年も近いし、気ぃも合うし、きっと仲ようやっていけます。 なぁ、ふゆ?」

 ふゆの同意を得て、はつはあらためて、母親に頼むのです。

 「そやからお母はん。 どうぞ、おたのもうします。

 …うちの、この家の最後の思い出に、ちょっとだけ、姉らしいことをさしてください」

 この、はつの申し出によって、二転三転したお付きの争奪戦(笑)は決着を見るのですが、その決断ははつにとって、茨の道であることは自明なのです。 ふゆは幼いがゆえに、はつをあのもののけみたいな母子から(笑)かばうことができる可能性は、異常に低いと言わざるを得ないからです。 それを覚悟した、姉としての佇まいには、胸が締め付けられる。

 しかし蛇足ですが、「年が近い」 ゆうて、ふゆを演じている清原果耶チャンの実際のトシ、いくつだと思います?
 13っスよ!(笑)
 宮崎サン、若過ぎ。
 この人が年取った姿が想像できない(その頃には私もこの世にいないであろう…笑)。

 話は戻りますが、このあと新次郎の兄が亡くなってしまったために、あさの婚礼は先延べされ、はつは一足先に惣兵衛のもとに嫁ぐことになります。

 その、姉妹の別れのシーンは、「その時代、嫁いでしまうともうほぼ生き別れ状態」 というナレーションを聞いていたために、まさしく今生の別れというほどの泣けるシーンとなりました(第12回)。

 しかしこのシーン。 姉の乗った小舟を大泣きしながら追いかけていくあさとは対照的に、姉の宮崎サンは、目をかすかに赤くしながらも、けっして泣くことはないのです。
 はつは途中から、妹の追いすがる声を断ち切るように前に向き直り、ただただ前を見ながら、新しい人生への覚悟を決めていくのです。

 どんなに、ちょっとくらい抜けベンベンのストーリーでも(笑)、キモがしっかりしているとすべて帳消しにされてしまう。 そんなことを感じもしましたが、いずれにしても宮崎サンの力をまざまざと感じた第2週でした。

 で、そのシーンの次が、冒頭に書いたとおり、もう半年後(笑)。 新次郎のもとに嫁いできたあさ(はつの嫁ぎ方といろいろ違うんやないの?という疑問もございましたが…笑)は、いきなり新次郎が婚礼の日を忘れて三味線弾きに出歩いている、というしょーもない現実にぶち当たるのであります(笑)。

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「偽装の夫婦」 第1回 パターンの読める遊川脚本だが…

 数年前NHK朝ドラで放送され、ヤフー感想欄では空前の批判対象となり、未だに評判の悪い 「純と愛」。 その遊川和彦氏脚本による(この形容は意地悪だ…笑)(「女王の教室」「家政婦のミタ」 といったドラマのスーパーヒットメーカー、と言い直します)、日テレ水曜・秋ドラマの登場です。

 この人の作るドラマは基本的に過激で極端であり、良くも悪くも奇を衒いすぎる傾向にあるように思います。 設定が奇抜すぎるので、どうしても煽情的な形になる。 「もっと先が早く見たい」 と視聴者を誘導しすぎるのです。 結果、視聴率だけはいつもついてくる。
 しかしその、遊川ドラマを見た視聴者の反応というのは人によってかなり違ってきます。 これほど違う感想を導き出す脚本家というのは非常に珍しい。

 私も長年この人のドラマは見てきたのですが、この人の作り出す物語というのは、基本的に社会批判や社会に対する失望がベースとなっているように感じます。
 だから世の中を肯定的に捉える(または憎しみとか怒りを好まない)(または建前を軽んじない)人々にとっては、まさに神経を逆なでされるような感覚がする。 社会に対する不条理とかを感じている人にとっては、「ユカワよくぞ言ってくれた」 的なカタルシスが得られる。

 遊川サンのその社会批判には少なからず、「人間不信」 というものが横たわっている気がします。 家族とか友人といった、人がフツー大切にする信頼関係の、「欺瞞」 をえぐり出すのが好きなんですよ(笑)。
 しかもどうも見ていると、この人の根底にあるのは 「性悪説」 なのではないか、と思うことがよくある。 人間の本性は悪である、という中国の古い教えですね。

 それをすごく感じたのは近作の 「○○妻」。 ネタバレになるので書きませんが、あのラストは、「人間いくら懸命に生きようとしても、結局悪意によってすべてダメになってしまうんだよ」 という極端な諦観が支配していました(ネタバレしたも同然?…笑)。
 しかし、途中リタイアした 「純と愛」 もひっくるめて(論じる資格はないのですが…笑)、遊川作品に私がいつも感じるのは、「荒涼とした風景の先に見えるもの」 なんですよ。

 人生、理不尽の連続。

 つまらないことばかりで、明日なんて見えない。

 不幸ばかりで幸せなんか来ないんじゃないか。 幸せになる資格そのものが自分にはないんじゃないか。

 どうせみんな最後は死ぬ。

 なにやっても同じ。

 そんな絶望の支配するなかで、遊川作品は、「それでも、生きてゆくんだよ、人間は」 という結論を見る側に突きつけ続けている気がする。
 絶望したからって死んじゃっちゃそこで終わりなんだよ。 明日を良くするも悪くするも、みんな自分にかかってるんだよ。 いいことないからって脱力して死んでいくなんて、結局死んだあとも負けたまんまだ。

 ただ、言いたいことはたぶんそうなんだろうけど、物語としては、見る側を勇気づける内容には、けっしてなっていない、というのが、遊川作品のクセなのでありまして(笑)。

 見る側というのは、物語の整合性というものを本能的に求めているわけですから、「こうなってこうなったから、こうなった」 というチャート通りにいかないとすごく気分が悪くなる(笑)。

 例えば、「努力したから報われる」。 「自らの正当性が相手に分かってもらえたから、または誤解やボタンの掛け違えが解けたから、今後はうまくいく」。
 実際に生きていればお分かりでしょうが、けっしてそうじゃないですよね(笑)。

 「偽装の結婚」 の第1回においても、主人公の運動会での頑張りはいったん報われたような形になるのですが、けっしてそううまく展開していかない。
 最後も、「これで話がまとまるか、やれやれめでたしめでたし」、と行きそうになると、けっしてそういかなくなる。

 物語的には、ゲイの沢村一樹サンと天海祐希サンが(役名で話しないでスミマセン)きちんと結婚できるには、「女の友情」 というものを利用するしかないんじゃないか、という気がするのですが、そんなことを考えてしまうのは、やはり私自身もどこかで 「予定調和」 というものを考えてしまうからであって(笑)。
 別に沢村サンと天海サンが結婚しなくってもいいんですもんね(笑)。
 でも天海サンは沢村サンと別れて25年も悶々として読書に逃避して独身を貫いて人格まで変わってしまったわけですから、沢村サンといくらヘンな形でも結婚してほしいと思うのは、これまた人情でして(笑)。 いや、そもそもドラマで主役の男女が出てくると、このふたりはくっつくべき、いやそーじゃないなどとやるのは、ドラマを見る側の悪いクセなのであります(笑)。

 しかしユカワの向いている方向は、けっしてそっちじゃない(笑)。

 おそらく遊川サンは最終回に向かって、この主役ふたりに難易度が高まっていく問題を、それこそRPGのように繰り出してくることでありましょう。 でもその先に待っているのは、「いくら絶望的な状況でも、生きてかなきゃならんのだ、負けたままで終わるのが人生ではないのだ、前を見て生き続けることにのみ、人生の意味があるのだ」 という結論だ、と思うのです。 けっしてふたりの幸せな結婚、という単純図式ではなく。

 小賢しい理屈に終始してまいりましたが、このドラマ、かなり軽妙で面白く仕上がっております。
 前作の 「○○妻」 も、ヒガシクンの微妙に憶病な俺様キャラと柴咲コウサンのオバケみたいな神出鬼没キャラがうまく合致して、そこそこのコメディとはなっていたのですが、いかんせん話にシャレが利いていない気がして、そこで思い切り笑えない部分があった。
 でも今回は違います。

 なにしろ天海サンの 「顔と本音が全く違う」 キャラの演じ方がうまい(笑)。 そしてその本音がスケスケだ、という微妙なさじ加減が絶妙だ(笑)。 彼女の演じる嘉門ヒロという女性は、毎朝鏡を見て作り笑顔の練習をしている(笑)のだけれど、相手から理不尽なことをされるとすごくムッとしてるのが、笑顔なのにバレバレなんですよ(笑)。
 コレ、私自身がよくあるケースなので、「よく見てるよなあ人間」 みたいな(笑)。 いくら愛想良く笑顔で応対していても、本心がマル透けみたいな(爆)。

 そして昔のサイレント映画の字幕のように出てくるヒロの本音が、もう笑える。

 (母親の躾が悪いから、そんなガキになるんだよ)
 (おいおい、ここはおめ~らの家じゃねえぞ)
 (だったらひとりで生きろよ、小娘が!)
 (こいつらになにを言っても無駄…)

 そんな凍りついた笑顔の仮面のままで生きる 「氷漬け」 の天海サンの頭上から、沢村サンがやかんでお湯をかけているオープニングの提供で流れるシーンが、ホントよく出来てる(笑)。
 その沢村サン、いくら本気で天海サンのことを怒っても、それがオネエ言葉だから、ちっとも深刻にならないんだな。 「○○妻」 では、ヒガシクンの演じるニュースキャスターが、かなりマジメすぎていくらギャグの場面でもそれが深刻になってしまう、という悪循環に陥っていたように思うのだけれど、今回はそれがないだけすんなり入ってくる気がする。

 遊川サンの作り出すシニカルな展開がもうダメ、という人にはお勧めできませんが、コメディドラマという点では、今年の冬ドラマだった 「デート」 以来、笑わせてくれます。

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2015年10月 6日 (火)

遅くなりましたが、とりあえず秋ドラマ、…ん?どーなの?

 ちょっと茶飲み話レベルで恐縮ですが。

 今年(2015年)の秋ドラマ。
 一瞥したところ世間的に注目されるであろうドラマはなんと言っても 「相棒」(テレ朝) の続編でしょうか。 前のシーズンでやたらと物議をかもしたみたいで、この手のドラマをほぼ敬遠する私にもその噂は耳に入っておりましたが、別に見てないからどーでもいーですハンソン…(どこかのブロガーみたいなダジャレだな…)。

 ただ反町クンが今度の相棒らしいので、彼を密かに応援している私としては、頑張っていただきたいです。

 それにしても、積極的に 「見たい」 と思うようなドラマがないです。 正直。

 先のコメント欄にも書いたのですが、NHK朝ドラ 「あさが来た」 はまあいいとして(第1週レビューも書いちゃったし)、とりあえず見る予定なのは(第一候補で 「とりあえず」 だからなあ)「下町ロケット」(TBS日曜21時)。 阿部寛サン好きだから(それだけの理由…笑)。 池井戸潤サン原作とか、別にいいし(やる気ないねどーも)。

 あとはNHK土曜ドラマの 「破裂」 かなぁ。 医療ドラマですが、心臓の新治療法と国家的陰謀がどうのこうの、という、ややこしそうな話(ハハ)。 ただ出てくる役者さんが、あまり見たいと思うような人が出てこない、というか。 10月10日22時スタート。

 綾野剛サンが産婦人科医でありピアニスト、という、マンガ原作の 「コウノドリ」(TBS金曜22時、10月16日スタート)。 これも医療ドラマか。 まあとりあえず、いちおう…(消極的すぎる)。

 アレ?オダギリジョーサンと尾野真千子サンが共演するぞ? 10月21日スタートのTBS 「おかしの家」。 下町の駄菓子屋を舞台にした心温まる笑いと涙の物語、だって(ちょっとちょっと、鼻で笑ってません?)。 23時53分からって、ナメとんのかコラ(笑)。 ともかくこれ、チェックだな。

 フジテレビ木曜22時の 「オトナ女子」…、別に(別にばっかだな)見たくないけど、尾崎将也サン脚本というのがちょっと気になるかもしれない。

 「ぼんくら」、2やるのか(NHK木曜20時)。 1、結構長いこと見てたんだけど、なんか途中でやんなってきてリタイアして(笑)。 岸谷五朗サンの演技が、なんかマジメにも不マジメにも突き抜けてなくて、ちょっとイライラするんだよなァ(笑)。

 「釣りバカ日誌」 やるのかぁ~(テレ東金曜20時)。 でもなぁ。 映画のシリーズ、第1作くらいしか見てないし(ハハ、ハハ…)。 ただ西田敏行サンがスーさんをやるというのは、なんかこう、グッと来るものがありますね。

 テレ東と言えば、「孤独のグルメ」 の新シリーズですよ。 もう第1回目やってますけど、今回の第1回目は 「深夜のグルメテロ」 久々に復活、という感じでした(笑)。 なんたってガッツリ焼き肉。 上級者は焼き肉店の前を通るだけで、その匂いでその肉はいい肉かどうかが分かるのですが(笑)、ホントにいい肉使ってる店の前は、正直通るのが苦痛ですね(笑)。 「匂いのボーリョクだ」 と思いながら通ります(笑)。 松重豊サン、頑張って食いまくってください(役者にとっては、体に悪そうなドラマですが)。

 あと、まあ冷やかしレベルで羅列いたしますと(笑)、イケメン僧侶の山下智久クンと石原さとみチャンのラブコメ、「5→9~私に恋したお坊さん」、これフジ月9か。 「エンジェル・ハート」(日テレ)は、上川隆也サンがどこまで冴羽獠になってるか、とりあえず確認のこと(笑)。 錦戸亮クンがタイムスリップしてチョンマゲになって、という 「サムライせんせい」(テレ朝)?ん~、まあありがちだけど最初の5分くらいは見てやってもいいぞ(期待度5パーセント未満…)。 新垣結衣チャンが白髪の探偵をやる、という日テレ土曜21時ドラマ、「掟上今日子の備忘録」。 これも5分くらいは見てみようかなっと(なにソレ…)。

 10月7日、というから明日からか、水曜22時台の日テレとフジの激突。
 「偽装の夫婦」(日テレ)はあの 「純と愛」 の(と書くとイメージ悪いぞ)遊川脚本で天海祐希サン。 この組み合わせは 「女王の教室」 ですね。
 「無痛~訴える眼」(フジ)は、西島秀俊サンが視診だけで病気が分かっちゃう、という現実味に乏しい設定の(笑)医療ドラマ。 そのウソ臭いのをどこまでありそうに見せるのかが最初のハードルですね。

 いろいろと書きたい放題書いてしまって関係者の方々にはまことに失礼いたしました。
 ただまあ、視聴者はかように自分勝手ですから。 みなさん、頑張って面白いドラマを作ってくださいまし。

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2015年10月 4日 (日)

「あさが来た」 第1週 姉妹の運命の分かれ道

 朝ドラでは初、だという江戸時代からのスタート。 女性企業家の広岡浅子氏がモデルである、今井あさを波瑠サンが演じます。
 ほかにあさの姉に宮崎あおいサン、夫に玉木宏サン、母親が寺島しのぶサンなどなど。
 脚本は大森美香サン。 朝ドラでは 「風のハルカ」を書いたらしいですね。 私が印象に残っているのは、上戸彩サンと内野聖陽サンの 「10年先も君に恋して」。 切ないタイムスリップラヴストーリーでした。

 その事前のディティールを知るにつけ、「気合入ってんなあ」、という気持ちではおりました。

 まず江戸時代というのが、朝ドラの超過密スケジュールを考えたときにあり得ない(笑)。 そりゃ以前には明治時代とかはありましたけど、江戸時代となると、チョンマゲですからね。
 ただ第1週の終りで 「時代はあっという間に過ぎて」、ということなので(笑)次週からは明治時代なのかな? カツラのセットで大変なのは最初のうちだけなのかもしれません。

 そして宮崎あおいサンがヒロインの姉、というのもちょっと意外。 だって大河の主役まで張った人ですからね。 ヘタすりゃヒロイン食いまくりでしょ(笑)。
 朝ドラの出演者が豪華だ、というのは珍しいことではないのですが、その宮崎サンをはじめとして、寺島サンも玉木サンも、脇役じゃもったいないクラスの役者さんたちであることは確かです。

 ただ主役の波瑠サンは、クドカンサンの 「ごめんね青春!」 で、錦戸クンが一方的に好きになる彼女の役がちょっと印象的だっただけで、それ以外のプロフィールを見ても、「はて、このドラマ出てたっけな」 という地味な存在ですね、自分にとっては。
 玉木サンや寺島サンなんかと共演したら、それこそ埋もれちゃいそうな控え目な感じなんですが、今回このヒロインの役はかなりお転婆。 イメージとは正反対の役柄だと感じます。
 活発な女の子の役をどこまで立派に務めることが出来るのかは、まあ未知数、といったところかもしれません。 じっさい第1週で垣間見た彼女の演技は、少々硬めに感じた(エラソー)。

 波瑠サンにとって分が悪いように思えるもうひとつは、助走である第1週の子供時代を、芸達者な鈴木梨央チャンが演じてしまったこと。
 梨央チャンって 「八重の桜」 のチビ八重ちゃんですよね。
 ただまあ、梨央チャンの演技はちょっと上手すぎて、それが少々鼻についたかな、このエラソーなオジサンにとっては。
 まあ美空ひばりサンだって子供時代、あんまり歌がうますぎてそれが疎まれた、と言いますから、オッサンの戯言なんかどーでもいいことですが。

 ドラマはかように、「おてんばな女の子」 あさが、躾の厳しい京都の大商家で繰り広げる失敗を、半ばお約束のように見せていきます。

 まず主人公が木に登る、というのがお約束すぎる。 「おはなはん」 以来の伝統なのか(笑)。 梨央チャンは 「八重の桜」 でも木に登っていたぞ(笑)。
 ただ従来より主人公がパワーアップしているのは(笑)筧十蔵のごとく(真田十勇士ですがな)木の上から大凧に乗って空も飛べるはず(byスピッツ)と考えている部分(笑)。 このおてんば娘は実際にそれを行動に移し、「ケツが割れるかと思った」 と後年回想するほどの(笑)けがを負ってしまいます。
 おまけに女子のクセにめっぽう相撲が強く(笑)、ヘビ(のニセモノ?)を持ってガニ股で歩きまわり、男子に 「あさが来たー!」 と恐れられる(これが題名の由来…違うがな)。

 こういうパターンって、もうどれくらいテレビドラマで見たのだろう(笑)。

 ちなみにあさが持っていたこのヘビは、第1週後半に出てくる柄本佑クンの伏線では…ないでしょうね(単なるぐーぜんだっぺ…笑)。

 果てはあきんどの商売道具であるそろばんをトニー谷のごとく…(古すぎるぞハシモト)アナタのお名前なんてーの、と…(スマン、書いてしまいました…)。
 厳格な父親(升毅サン)からは当然、こっぴどく怒られる。

 さらに、旧習に対して 「どうして女はそうしなければならないのか」 という 「お決まり」 の反駁を、主人公にさせていきます。 どうも名を上げ功をなす女性というのは、みなこのような疑問を持つものらしい(笑)。
 父親はそういう愚問に当然、烈火のごとく怒る。 父親はあさの 「なんでどす?」 をひどく忌み嫌います。

 
 しかし。

 
 それらは当初、既視感がありまくりの手垢のついた素材のように思えたのですが、その 「お約束」 のもたらす心地よい 「ユルい笑い」 は、4回目で一気に逆転し、それまでの緩さが実は計算されたフェイントだったことを、見る側は知るのです。

 このドラマ、主人公のあさと姉のはつはともに、生まれた頃から既に大坂の両替商に嫁ぐことが決まっている。
 これって、「昔はそんなもんだった」 とはいうものの、それを考慮してもかなり極端な設定になっている気がします。
 なんたってあさの許婚である新次郎は、あさが子役なのにいきなり玉木宏サンが出てくるという暴挙(笑)。 何歳差だよコレ(笑)。 どう見ても親子、いやあぶないロリコン…(爆)。

 さらにこのドラマ、姉のはつ(子役・守殿愛生チャン)を、あさとはまるで正反対のおしとやかでよく出来たキャラに設定している。
 ふつうここまで性格が違うと仲もどうなのかな、という感じなのですが、このふたりは互いの違うところを認め合って、奇妙にウマが合っています。
 姉妹の仲がいいので、少なくとも第1週においては、周囲の友人たちが割って入る隙がない。 ストーリーはほぼ今井家の中だけで展開していき、そしてその姉妹が嫁いでいく大坂の両替商、白岡家と眉山家の描写にそそがれます。

 第3話において、揃って父親に連れられ、大坂の嫁ぎ先へ顔見せにやってきた姉妹。
 あさが嫁ぐ白岡家の玉木宏サンはイーカゲンさ全開で、さすがのあさも呆れ気味なのですが、第4話、はつが嫁ぐ先の眉山家。 その様子はそれまでこのドラマが見せてきたほのぼのムードに、ちょっとした影を投げることになるのです。

 まずはつの夫となる惣兵衛(柄本佑クン)が、いきなり貧乏ゆすり。 そもそも両家ともあきんどですから、「貧乏」 関係はもってのほかのように思えるのですが、惣兵衛の両親とも、その癖をさほど気にしていらっしゃらない様子。
 そして惣兵衛の母親(萬田久子サン)が、自分の旦那(辰己琢郎サン)を牛耳っている印象。 辰己サンが自分ところの商売がけっして順調でないところをポロっと口に出しそうになるとそれをすかさず制し、調子のいいことばかりをひけらかす。
 その堅苦しい場で 「畳滑りまくり」 というワケ分かんない粗相をしてしまうあさ(オマエは東八郎か?…笑)に、惣兵衛のリアクションはかなり冷たい。
 その表情はまるで、惣兵衛の頭上に飾られた能面のようで、はつはその得体の知れない冷たさに、身をすくませるような表情をします。

 これって明らかに、はつが貧乏くじを引かされた印象です。
 白岡家のボンボンは少なくとも、イーカゲンななかにそれなりの 「心」 があることを感じさせるし、父親の近藤正臣サンや母親の風吹ジュンサンの対応は、あさに対してけっして当たりがいいわけではないが、まっとうに常識を兼ね備えていることを示していた。
 それに比べると、眉岡家は見るからに居心地が悪く将来性に期待が持てない感じ。

 しかし救いなのは、升毅サン演じる姉妹の父親が、そのことをきちんと把握している部分。 この父親のちょっとした動作をどう作り手が料理していくかで、ドラマが深いものになっていくかどうかが分岐していくような予感がします。 少なくとも父親がそのことを認識しているとこは、第1週では確認できた。 そのうえで、父親がそれを見て見ぬふりみたいな展開に持っていくと、やはり見ているほうも興醒めしてしまう気がするのです。

 ドラマは姉妹の不安に焦点を当てていきます。

 大坂から戻ったその夜、はつは目に焼き付いた惣兵衛と能面の冷たさに、なかなか寝付くことが出来ません。 起こされたあさは、昼間の粗相を謝ります。 「今日はかんにんな」。

 「ううん。 ええんや。

 そやけどあのおかた(惣兵衛)…。

 いっぺんも笑わへんかったな」

 「そういうたら、そやな」

 「あさがそばで倒れてんのに、手ぇも貸さんと…。 なんや、ちょっと冷たい人に思たわ」

 「細ーい目してはったしな」

 「せやなあ。 細かったな」

 「細かった。 ちょっと蛇みたいやったわ」

 「(気を悪くして)なあ。 そんなこと言わんといて」

 「かんにん」 いつものように、口をがま口のようにつぐむあさ。

 「けど…やっぱり蛇に似てはったな」

 「うん! せやろ!」 同意を得て喜ぶあさですが、すぐに向こうを向いてしまう姉に、ちょっと慌てます。

 「あっ。 いや…そやけど、白いヘビは幸せを呼ぶいうしな。 あのかた、青白いお顔やさかい、白蛇さんや」

 「そんなアホ話とちゃうねん」

 「かんにん…」

 あさはその場を取り繕おうとします。

 「そやけど、うちの許婚さんに比べたらええわ」

 実はあさは、粗相のあとに惣兵衛が慇懃無礼に薩摩の武士(ディーンフジオカサン)を追い返したのを見ていたのですが、玉木宏サンのスチャラカぶりに話をすり替えた。
 しかしはつは、さめざめと泣き始めてしまうのです。
 いつもおしとやかで、冷静に状況を判断できる、あのはつがです。

 「はれ?(起きあがってはつの顔をのぞき込み)え? いやや…。 お姉ちゃん、泣いてんの?」

 「泣いてへん」

 「泣いてる。

 ウソや…。 お姉ちゃんが泣くなんて」

 あさが持ってきた手拭いで涙を拭きながら、なおも泣いていることを否定するはつですが、ここで本音が漏れてしまうのです。

 「あ~あ…。

 平気や平気や思うてたけど…。

 なんや悲しいな…」

 「うん…」

 「大坂、…行きたないな」

 「うん…」

 「けど…。 行かなあかんな」

 返事が出来ないあさ。

 起き上がるはつ。 「どうしたらええんや…。 けど、どうにもできへんな…」

 「お姉ちゃん…」 思わず、はつの手を握ってしまうあさ。 はつの目から、こらえていた涙があふれ出します。 あさにすがって、はつは大泣きしてしまう。 あさも、それほどではなかったとはいえ、やはり親の都合で有無も言わさず見知らぬところに嫁に行かされる不安を抱えていたのでしょう。 姉の涙に誘発されるような形で、ふたりは抱き合って号泣してしまうのです。 その大声に弟の久太郎が起きてきて、びっくりします。 「お母はん、泣いてる! 泣いてるで!」

 なんか、泣けたぞ。

 ピョン吉がシャツから離れちゃったとき以来(最近やがな…笑)。

 しかし翌朝になると、はつはまるで思いを振り切ったかのように昨晩のことをなかったことにしようとします。 あさはでも、姉の心の痛みを体で受け止めたがゆえに、父親に対して思いのたけをぶちまけるのです。
 その様子を見ていた母親の寺島しのぶサン。 実は本当は、惣兵衛のところにはお前が嫁に行くはずだったのだ、とあさに打ち明ける。 それがあさの筧十蔵騒ぎで(笑)オジャンになったのだ、と。 姉には内緒の話です。

 これは物語の展開を考えたとき、かなり重要なポイントになりそうな気がします。

 母親はあさが 「物みたいにもらわれていく」 とぶちまけたのを否定し、実は父親はお前のことをよく考えているということを分からせるために話したんだろうけど、それがこれからのあさの、大きな負い目になっていきそうな予感がするからです。
 このドラマ、それまで寺島しのぶサンがほとんど重要な役割を果たしていなかったんですが(出てくるのはお付きの友近サンばかり)、ここにきて急に存在感を発揮した。 物語の 「よくある」 ほんわかムードも、寺島しのぶサンが三味線弾いてたのも(実際に弾いてたわけじゃないですよ念のため…笑)、すべてはフェイントだったんですよ。

 物語冒頭で、「活発な女の子」 によくありがちなエピソードに思えた、あさの木からの落下が、実は姉妹の運命を分けた重要な出来事だった。 これがドラマとしてどう展開していくのかには、興味がそそられます。

 そして本来なれば嫁のとっかえっこなど無理難題なのに、それが解決したのは玉木宏サン、新太郎の 「別にいいっスよ、あさちゃんは小さい頃からよく知ってるし」(笑)という承諾だった。 ふらっと今井家に現れて、あさが欲しがっていたそろばんをさりげなくプレゼントするし。 そうした新太郎に、あさが惹かれていく様子。

 「まれ」 のトリッキーさに、結局ついていけなかった私ですが(笑)、こういう堅実な作りの朝ドラには、ついていけそうな気がしております(笑)。

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2015年10月 2日 (金)

「ルパン三世」 新シリーズ2015バージョン、深夜に始動

 「ルパン三世」 のテレビシリーズ。 実に前シリーズの 「ピンクジャケットのルパン」 から30年ぶり、ということです。 当然大注目なのですが、なんかもうすでにイタリアで先行放送してるらしい。 スゲエな。
 そのせいで、劇中に出てくる活字はみなアチラのお言葉。 それだけでも従来のシリーズとは異なる雰囲気が醸し出されている気がするのですが、いちばん従来と違う気がするのは、描線のタッチがGペンで描いたように思えるところです。 そのせいで今までのいわゆる 「アニメーション」 という世界から、「マンガが動いている」 という独自の感覚が働いている。

 要するに、アニメーションというのは強弱のつかない単一な描線によって対象を描くわけですが、それって漫画の強弱のついた描線とは似て非なるものです。 そこに 「アニメと漫画」 というふたつの別の世界が存在することになるのですが、今回はその境界線がほとんど感じられない。

 それにしてもこのアニメについて、私たちは今までどういう付き合い方をしてきたんでしょうか。

 このアニメほど、放送されるたびにオールドファンから批評の嵐に遭遇するアニメもないですよね。
 絵が違う、声がオカシイ、作ってるヤツはルパン三世のなんたるかを分かってない。
 それはルパン三世という作品が、まるでそれ自体が神出鬼没の怪盗のように、作品ごとに違う顔を見せるからです。

 そしてその新作に文句をいう人たちの層は、大きく分けてふた通りあるような気がしています。
 まず、テレビの第1シリーズの主に前半、ハードタッチの作風が好きな人。
 そして、第1シリーズの後半から参入し、第2シリーズでも 「アルバトロスの翼」 など病的な(笑)作品を制作し、果ては 「カリオストロの城」 という不滅の名作まで作り上げた、宮崎駿氏による作風が好きな人。
 あと、亜流で(笑)原作者のモンキー・パンチ氏の作風に準拠したものが好きな人とか(マモーが出てくる映画の第1作目のファンとか…笑)。

 なかでも一時期は 「カリ城」 が神話的な扱いを受けていた時期もあるように思うのですが、どうも最近は 「カリ城」 にケチつけても許されるような状況になってきたよーな気もする(笑)。 聖域みたいな感じでしたからね、かつては。
 なんかいろいろ甘ったるいんだよな 「カリ城」(笑)。

 それはともかく、テレビシリーズが終わっても、単発のスペシャルでよくやるんだこれが。
 そのたびに失望の声が渦巻き(笑)、最近じゃオールドファンも失望するのに疲れたのか(笑)新作SPじたいが話題にもなりゃしない(なってんの?…笑)。

 その怨嗟の声が封殺されたように思えたのは、3年前に放送されたいわゆるスピンオフ作品、「峰不二子という女」。 題名の通り峰不二子がストーリーの中心で、ルパンや次元などとの過去の出会いを描いたものでした。
 これが、とんだハードボイルドだどでして(笑)。
 私がネットで見た限り、この作品に対してあまり批判を読んだことがない。
 まあ、なんだか話が難解すぎて、気楽に観賞できない部分はございましたが、「オールドファンを黙らせるにはこういう作り方をすりゃいいんだな」、というのがよく分かった作品でありました(当ブログでも記事にいたしました…→ http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2012/04/lupin-the-third.html)。

 今回のテレビ新シリーズは、その 「出来過ぎたゴシックバージョン」 のような 「峰不二子という女」 とも違う。
 のっけからあの、大野雄二サンの 「有名すぎる」 テーマ曲(インスト)が2015バージョンで鳴りまくるし、タイプライターで打たれたようなタイトルもそのまんま、CMに入る前とCM明けのジングルも第2シリーズのズッコケバージョンみたいで、エンディングテーマもきちんと作っているし(石川さゆりサンが歌っているとは思えない)次回予告も 「いつもの感じ」 だし、全体的な印象としては懐かしいテレビバージョンという感じで、なかでもその 「赤いジャケット」 の第2シリーズに雰囲気が似ている、と感じました。

 でも、画面の描き込みはその比じゃない。
 まあ、締め切りに追われて作った感じじゃないです(冒頭にも書いたけど、イタリアですでに放送されてるらしいし、もうほぼ最後まで出来てるんだろうな)。

 しかしまあ、

 「ルパン」 の新作について、あれこれアーダコーダとアラさがしをするのも、もういーんじゃないか、と(笑)。

 別に思い入れなんか別にして、面白けりゃそれでいーんじゃないか、と。

 でも作り手は、「オールドファンにとってルパン三世というアニメのイメージとはどういうものなのか」 を、今回は考え尽くしている気はする。
 それって、私のようなオールドファンが 「もうあんま期待してねーし」 というのと、ちょっと齟齬を起こしているかもしれないけど(笑)。

 まあ、初回を見た限り、やっぱりそのー、「雰囲気が似ている」 と感じた第2シリーズのストーリーが、少々よく練られた、という感じだったかなぁ。 単発SPのダイジェスト版みたいな。 単純に面白かったですよ。
 30分番組なのに、結構展開が二転三転して(予想つきやすかったけど)(←こーゆー揚げ足取りが、いらないんですよね)。

 そして同時に感じたのは、「カリ城」 に対するリスペクト(あ~この言葉、あまり使いたくないんだけど)。

 着ていたものを瞬時に脱ぎ捨てて女の子にダイブとか(笑)屋根伝いのかけっことかロープでつかまった枝が根元から落ちて頭を直撃とか。

 「甘ったるいんだよ」 とは書いたけど、実はこれらの動作が 「ルパン」 を 「ルパン」 たらしめている部分なんだよなあ。 そういう 「キャラのイメージを強烈に見る側に植え付ける」 ということにかけては、宮崎駿サンは比類なき天才だと思います。 「アルプスの少女ハイジ」 の長~いブランコとかとろ~りチーズのパンとか(笑)。 そんなのを考え出す天才なんですよ。

 ただ深夜枠ってのがどうも。

 第1回目からいきなりラグビーの中継が延長したので時間を変更してるし(まあいくら放送時間延長してもフォローできる録画機だからいいけど)。
 こういうの、昔みたいに夜7時からとか、出来ないのかなぁ?
 「ヤッターマン(リメイク)」 で懲りてるか(笑)。

 放送時間、放送される地域はまちまちなので、詳細は番組HPでどうぞ。 → http://lupin-new-season.jp/

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