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2016年1月23日 (土)

2016年冬ドラマ、第1回目を見て その2(「ちかえもん」 だけ…)

 前回の終わりで 「一番面白く見たのは 『フラジャイル』」 などと書いてしまったのですが、そのあと見た 「ちかえもん」(NHK総合木曜夜8時) に、やられてしまいました(笑)。

 この時代劇、スランプにあえいでいた近松門左衛門が傑作 「曽根崎心中」 を作るまでを、NHKの許容範囲において(笑)出来るだけパンキッシュに描いています。 流れとしては、大昔に美空ひばりサンなんかがやってた無国籍風の時代劇を彷彿とさせるのですが、とにもかくにもそこには 「NHKの許容範囲」 がほどよいリミッターとなって働いている。

 「NHKの許容範囲」 というのは、時代劇なのに主役の近松がしゃべってるナレーションに英単語を紛れ込ませたり、みたいなことなんですが、これは 「あの世」 の近松が現代人に語りかける、というシチュエーションを想起させ、特に羽目を外しているわけではない。 その最大の許容範囲は、近松に 「大阪で生まれた女」 の替え歌を歌わせ、そこに 「うた 近松門左衛門」 というスーパーインポーズを入れる、という遊び心、といったところでしょうか。

 特にこのニューウェーブ風時代劇の、ひとつ間違えば単なるコメディドラマに堕してしまいそうな危ういバランス感覚を支えているのが、主演の近松を演じる松尾スズキサンであることは確かでしょうね。
 この人、「あまちゃん」 で有村架純チャンを雇っていた喫茶店 「アイドル」(だったっけな)のマスター役、というのがいちばん有名なところですが、コメディ演劇集団主宰の個性派俳優、という括りでよければ、その肩書きが 「あまちゃん」 なんかのチョイ役より、最大限に生かされている作品になっている、と思う。

 このドラマにおける笑いのツボ、というのは、「他人に決して伝わることのないツッコミ」 ではないか、という気がします。
 このドラマの近松は、本人がナレーションで明かしている通り、「スランプ中のシナリオライター」。 他人から褒められたくて、昔ちょっと味わったいい時代の栄光にしがみつきたくて、自分の才能の限界を思い知りたくなくて、ウジウジしている男。
 そんな男が日々直面するのは、「他人が自分に対して向けてくるさまざまな思い」 なのです。 あわよくば利用してやろうとか、昔はよかったのに、という憐れみとか、なんという情けない人生を送っているのだ、という失望とか。
 それらに対して、近松は心の声でいちいち弱々しいツッコミを行ないます。 弱々しいから、他人には絶対伝わらない。 ドラマ的にはそこが面白いのだが、また同時に、それが哀しくもある。

 その、「弱々しい心の叫び」 を表現する、松尾スズキサンの演技が絶妙なさじ加減なんですよ。

 それらは確かにパンチに欠ける笑いなのですが、その 「力の抜け加減」 でこのドラマを引っ張っていってしまう。 正面突破のお笑いではない弱々しさに味をつけられるのが、コメディ演劇集団主宰、としての才能なのではないでしょうか。

 その面白うて哀しい戯作者に絡んでくるのが、字幕では黄色で実はこっちが主役扱い、という青木崇高サン。 青木サンが演じる万吉、という男、最初 「親不孝の不孝糖」 という飴を売っている棒手売りなのですが、半ば(いや完全に)強引な形で近松に近づいてくる。
 ここで当時の時代背景を説明しなければならんのですが、面倒なので簡単に言うと、当時の将軍綱吉が親孝行を奨励していた(ホンマ簡単やな)。
 世の中親孝行がもてはやされるそんな風潮に 「オレも親孝行せにゃイカン」 と近松の精神的な足枷となっていたところに、その万吉は 「そんなもん辛気臭い」 という、逆説的な存在として登場してくるんですよ。
 だからその、万吉自体が実に現実味のない存在。 素性が知れないし、もしかすると近松のなかにくすぶっている 「世の風潮に対する反駁」 の具現化した、「もうひとりの自分」 なのかもしれない。
 近松は万吉の突飛な行動にいちいち呆れ果て反発するのですが、彼は近松をスランプから脱出させるアイコンであることは、容易に想像がつきます。

 しかしこれらの話の運びかたが、いちいち浄瑠璃とか歌舞伎とか、落語とかの下敷きの上に構築されているのは、さすがに 「ちりとてちん」「平清盛」 の脚本家、藤本サンの手腕であります。

 さらに注目すべきなのは、劇中でも触れられていましたが、この話が戦国の世が終わってからおよそ100年後の話である、ということ。
 つまりこの物語は、元禄時代という大昔を描きながら、実はいまから30年くらいあとの日本(いま戦後70年ですからね)を予見しよう、という、壮大な試みも隠されている可能性がある(オーゲサすぎ?)。

 今週放送された第2回目はまだ見ておりませんが、いまんとこ 「フラジャイル」 を抜いてこれが冬ドラマの中でベスト。

 そしてこの記事は、その3に続くのであります(「フラジャイル」 の感想はどうした?)。

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コメント

青木崇高サンは毎度毎度、藤本サンと懇意ですね。
その内、京本政樹も出てくるかな?

「花燃ゆ」に批判的な人からは逆に好評だった
寿姉さん役の優香さんも登場。周囲に
年増扱いされていないと、そんなにオバサンかな?
という気がするのですが、嫁さんに逃げられた50歳
な主人公としては結構、気があったりする話。

投稿: 巨炎 | 2016年1月23日 (土) 22時28分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマ、近松の年齢が50というのも、自分と近くてシンパシーを感じるのですが、よく考えてみると、当時の50というのは、「下天のうちを比ぶれば」 の世界ですから、実はほとんど人生終わってるわけですよね。

つまり 「死ぬ前にもう一花」 という話になりそうなんですが、母親の介護問題も控えている感じで(笑)ずいぶん現代ナイズされた感じは、いたします。

投稿: リウ | 2016年1月24日 (日) 10時47分

リウさま、おじゃまいたします。

クイズ番組での回答が「近松門左衛門」だった時
「答えはちかえもん!」と言ってしまうくらい
ハマってしまいました。
続きが気になって、来週が待ち遠しい、というドラマになってます。

ついついリウさまの文章をも
ドラマ口調の関西弁で読んでしまってました。
くっくっと笑いつつ見てますが、なんだか最後は泣かされてしまうんだろうな、という感じがしてます。

投稿: あおぞら | 2016年2月 7日 (日) 07時06分

あおぞら様
コメント下さり、ありがとうございます。

ボク「はしえもん」です(笑)。 って、続きをちーとも見てないっ(笑)。 「あさが来た」 がたまり過ぎて、見倒してる最中なのですが、やっと正月分までたどり着いて(笑)。

「冬ドラマ」 の記事の続きも、だからなかなか出来ません。 そのうち冬クールが終わってしまいそうです(笑)。

投稿: リウ | 2016年2月 7日 (日) 14時49分

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