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2016年3月

2016年3月30日 (水)

「真田丸」 第12回 人質・信繁から見た、謙信公亡き後の上杉

 「正直、昨日まで私は御屋形様を尊敬しておりました。 …(しかし)今はそれ以上に、慕わしく存じます」。

 先代謙信公の志を引き継いで、清廉潔白な政をしていたと思われた上杉景勝。 しかし、その情けない実情を垣間見たとき、上杉に人質として送り込まれていた信繁は憚ることなく、景勝にこう述べるのです。

 今回のドラマでは過去2度にわたって、「いずれ上杉の人質となる」 信繁と、上杉景勝を邂逅させていた三谷サン。 その2度ともかなりフィクション色が強かったのですが、その下敷きがなければ、このセリフは出てこなかったような気がしました。

 しかし気が重いぞ。 実はこの記事、書きかけでいったん消えまして(笑)。 消えてしまうと前の記事以上のものが書ける気がどうしてもしてこない(笑)。 PC調子悪いのに新しいの買えない経済状況だからどーしよーもない(イカン、愚痴になってきた…笑)。

 …気を取り直して(笑)。

 過去2回の創作色強い邂逅がなにを意味するのか。 それは信繁と景勝が、互いの印象を良くするためのステップだった、と言えます。
 まずこれまでの経緯を考えれば、北条を封じ込めるために戦芝居に協力したものの、真田は上杉を裏切ったままの状態であり、徳川の脅威が迫ったから上杉と結ぼう、としても上杉が協力する可能性は、非常に低い。 そこで信繁が 「人質の駒」 となるわけですが、ただ初対面の設定で行かせるよりも、過去にきちんと出会って景勝に強烈な印象を残しといたほうが、信繁が効果的な駒となるだろう、という目論みです。

 そしてここで、信繁のほうも渡りに船、という設定になっている。

 室賀謀殺のショックが癒えないまま、謀略に明け暮れる父昌幸のもとにいるよりも、クリーンなイメージの景勝のもとで何かを得よう、というきっかけとなる流れを、三谷サンは独自に作り出している。
 歴史的に 「信繁は上杉の人質になった」 としか語られていない史実に、整合性と説得力を持たせた、周到なプロットと言うべきです。

 前に書いたときはもっと面白く分かりやすく書いたんだが…(笑)。

 ここで三谷サンが信繁に、「景勝に対するシンパシー」 という設定を盛り込んだのは興味深い気がします。
 だって上杉って、かつて真田が仕えていた武田の宿敵でしょ。
 その宿敵と手を結ぼう、という昌幸の 「節操のなさ」 にも興味引かれるところですが(笑)、信繁のなかにある 「若き日の葛藤」 にスポットを当てている、という点でこの設定は重要に思われるのです。

 信繁はこのドラマのなかで、「人を失うことなく戦をする」 という、戦の理想形を梅の助言から見つけ出している。
 そのとき 「昌幸」 と 「景勝」 というのは、ふたつの異なる回答なんですよ。 室賀暗殺という策略によって最小限の犠牲で最大限の効果を上げた昌幸。 そしてどこまでも 「義」 のためにしか戦をしない景勝。

 そしてこれはこれからの話になるのですが、信幸にとっても自らの葛藤を見据えたときに、父昌幸と、家康というのがふたつの異なる価値観に変貌していくはず。 三谷サンはそこまで見越していないわけがないですよね。

 景勝 「沼田の一件(戦芝居のこと)の折り、おぬし(信繁)は誰も死なせずに北条を追い払ってみせた。 民を大事にする謙信公の心を、わしはそこに見た」

 信繁 「義を忘れ、己の欲のためだけに生きると、人は、どうなりましょう?」

 景勝 「織田信長の惨めな最期を思い出してみよ。

 死にざまは、生き方を映す鏡。

 己に恥じぬよう、生きるのみじゃ」

 この、謙信公の遺志を受け継いだ、高潔な景勝の態度に信繁は冒頭に書いたように 「尊敬」 の念を強くしていくのですが、そこまでならまだ、若者が人生の始まりの時期に出会う 「心の師」 みたいな感覚の域を出ない。
 しかし次に信繁が見るのは、こころよい約束ばかりをしてその解決を先送りにしている、景勝の本当の姿なのです。
 これは上杉が当時置かれていた四面楚歌的な状況を思い合わせると結構切ないものがある。

 しかし信繁は、その暗黒面も見たうえで、「慕わしく感じる」 に至るのです。

 それは信繁が、上杉の当時置かれていた状況を理解した、景勝の人間的な弱さをそこに見た、という意味だけでなく、偉大なる先代の大いなる影と戦わざるを得ない後継・景勝に、かつて仕えていた武田勝頼の 「哀しみ」 と共通するものを見い出したからなのかもしれない。

 信繁と景勝の心のきずなを深めていくもうひとつの出来事は、それに絡んで創作されています。
 いわく、景勝が安請け合いをした漁民どうしの争いに用いられた、「鉄火起請」 です。
 訴訟を起こした者の両手に、神への起請文を書いた紙を乗せ、その上に赤く熱した鉄を置き、それを運べるかどうかでどちらの言い分が正しいかを決める、という方法。
 要するにそんなことすりゃどっちとも再起不能になっちまうのが関の山なんですが、私はこれを見て白土三平氏の 「カムイ伝」 第1部を思い出しましたね。

 お上に談判をする、ということはどっちに転ぼうとそれは死を意味している、という点で、江戸時代のほうがこの時代よりひどかったわけですが、このドラマではときに、こうした領民どうしのいさかいも俎上に上げている点に、私は感心するのです。 それを描くことで、上に立つ者と下々の者との位置関係をその都度確認できる。 単に 「エライ連中が庶民の頭の上でチャンチャンバラバラしている」 という 「雲の上の話」 にならない効果がある気がするんですよ。

 信繁がこの鉄火起請をやめさせたことで、景勝と信繁の心の絆は一層強まっていくのですが、よく考えてみると、ドラマ的にはそれでいいけど、「それで問題が、本当に解決したわけではない」、ですよね。

 つまり。

 そこで解決したのは、その漁民どうしの諍いだけで、実情としては上杉の 「先送り体質」 が根本的に改まった、とは考えにくい。
 ドラマの立場で言えば、「そこで信繁と景勝の心の絆が強まった」、そのことだけが進行すればよい、というからくりになっている。
 この、「どこまでを史実と絡ませていくか」、という三谷サンの匙加減が、また今回も絶妙なんですよ。

 あと。

 「昌幸」 と 「景勝」 の対立軸、みたいなものを先ほど述べましたが、このドラマではもうひとつの対立軸が展開しています。 「梅」 と 「きり」 です。
 今回、「梅が身ごもったというのは、虚言だったのか?」 という問題が進行します。 結局信繁との子供は無事に生まれてくるわけですが、ここで見えてきたのは、梅がオボコ娘のふりをしてホントは計算高い女なのか、それともそれだけ信繁に命を賭けているのか、という問題です。 奔放だけれども、実はまっすぐで信繁に対しても 「実は私は(マンガか)コワイ女だよ」 とハッタリを利かすしかできないきりの 「策略」 のレベルからいっても梅は格が上なのですが(笑)、それが一途さからきている、とすれば実に手強い。
 設定的に 「昌幸」 を 「梅」、「景勝」 を 「きり」 という図式に当てはめているっぽいところも面白い気がします。

 以上!

 あ~なんか、消えたほうの記事になんかもっといいこと書いてた気がするんだが…(また今回も一回消えたし、どーにかならんかこのPC…)。

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2016年3月20日 (日)

「真田丸」 第11回 なんのためにその話をするのか

 三谷脚本は今回、信繁の祝言の席で小県の国衆のひとり、室賀を暗殺する、というプロットを考え出しました。
 信繁の祝言と室賀の暗殺が同時に行なわれた、という記録はたぶんないはずです。 前回の当ブログレビューでも触れたように、三谷サンはそのふたつを繋げて話を創作している。

 いったい何のためにそういう話を作り出すのか。

 特に室賀が出浦や高梨内記に斬られてからきりがとった行動を見て、ふと考えました。
 どうしてめでたい席でこういうことをして、どうしてきりはその現場に信繁を連れてきたがったのか。 三谷サンの真意は何か。

 浅知恵で考えつく限りでは、「おそらく信繁にとって徳川という存在を印象悪くするための、ひとつの段階的措置」。
 それは今回ラストで、室賀暗殺の策を見抜けなかったことに対する、信繁のセリフから読みとることが出来ます。

 「父上は、また見事に成し遂げられましたね。
 室賀の骸を見たとき、不思議と怒りはありませんでした。
 ただただ、父上の策を見抜けなかったことが悔しかった。

 そして…。

 兄上…」

 「うん…」

 「私は…。

 そんな自分が好きになれません…。

 あのとき、梅のために、怒り、泣いたのは、…私ではなかった。

 …(涙がこみ上げる信繁。 その肩を抱く信幸)。

 …私は、どこへ向かうのですか?」

 「悩め、源次郎…。 それでも、前に進んでいくしかないのだ…。 今の我らは…」

 ここから分かるのは、きりがどうして祝言の席にいた信繁をわざわざ奥の暗殺現場に引っ張っていったのか、ということです。 恋敵でもあるが気ごころが知れた友である梅にとってめでたい席なのに、こんなことが許されていいのか。 「梅のために、怒り、泣いたのは」、きりだったのです。

 さらに言えば、ものごとの道理を正面から見ることしかできないきりにとって、こういうことは許されなかった。
 信繁もこういうことを平気で出来るのか。 きりはそのことを訴えたかったのではないか。
 この場面を信繁が知らずに済ますことはできない。 きりはおそらく、そう考えた。

 そして信繁は、祝いの席でのそんな忌むべき出来事を目の前にして、「縁起悪いじゃねーかよ」 ではなく、「ああそれでか」 と考えてしまった。
 そんな策略に溺れた自分に気付くのは、この回ではそれが2回目だった。 そして限りない自己嫌悪に襲われ、策略に溺れたまま成長しきった未来の自分を、恐れている。

 そのきっかけを作っているのが、ほとんど徳川なんですよ。
 「真田丸」 という物語において、せっかく自らの策によって北条の補給路を断ち、徳川の勝利に貢献したのに、勝手に北条との和睦なんて奥の手を出されてしまうし、それに今回の室賀暗殺、でしょう。
 信繁のなかで徳川の印象がどんどん悪くなるような話に、三谷サンは物語を構築している。

 今回の話は、後半に血なまぐさい陰惨な話になるため、前半はかなり意識的に明るい話ばかりになっています。 このバランスのとり方がまたよい。
 そして後半、三谷氏お得意のグランド・ホテル形式の 「限定された空間」 のなかで話が進行していく。 これも秀逸。
 「祝言での暗殺」、という 「起きそうもない話」 を、そうやって劇場化しぐいぐい見せていく。 信繁のセリフではないが、「三谷サン、また見事に成し遂げられましたね」、という感じです。

 この回のカギとなったのは、信繁が梅とのできちゃった婚を実行するのに 「正室でなければ祝言を挙げられない」、というならわしです。
 梅は身分的に言って、側室という立場しか認められない。 しかし信繁は、祝言がしたい。
 その決まりごとをなんとかひっくり返そうと、前半はドタバタコメディ並みに、いわば 「しなくてもいいレベル」 の策を信繁は弄していきます。

 そして同時に描かれるのが、きりの心の動揺。
 これには三谷サンかなり神経を使って展開していたように思う。 なにしろ後半に信繁を血の海に引っ張り出すための助走となるべき部分だからです。 室賀よりも信繁よりも誰よりも、この回のきりには神経が使われていた、と私は感じます。

 まず父親の内記からできちゃった婚を最初に知らされたとき、かなり顔面蒼白でショックを受けながらも、「お梅ちゃんは、いい子です」。
 そしてそのお祝いに堀田の家にやってきたきりは、「こんなにうれしいことはないわ!」 とうれしがるそぶりをしながら、お祝いの鯉を持ってきた佐助と三十郎に 「早く入って!」「早くさばいて!」 と、いかにもイライラしたように怒鳴りつける。
 梅が佐助らと退場し、ちょうどそこにいた信繁にもお祝いの言葉を言うと、「お前に喜んでもらえるといちばんうれしいな!」 と返され、「それって何よ?」 という表情をしながらも、「これからも、仲よくしてくれるんでしょ?」 と信繁に念を押し、「もちろん」 という答えを得ると、途端に破顔一笑 「よかったあ~~!」。 この、きりの純情を考えると、私自身の胸の古傷が、チクチク痛んでくるのです(ハハ)。
 そこに戻ってくる梅。
 いきなり信繁とイチャイチャしだすと、きりは 「源次郎にはあなたがお似合いだ」 と過剰な笑顔で散々持ち上げた末に、その場を離れて家の外の門構えのところで号泣してしまう(そこに無神経な信幸がやってくる、というダメ押しまで)。

 かなり、きりの心情を丁寧に描いている、と感じました。 そして後半、祝言の直前に信繁への恋心を梅からバレバレで見抜かれていたことが判明し、ますますきりの心はズタズタになっていく。 「なにソレ…」。 何度も繰り返されるそのセリフに、打ちのめされていくきりの心がこちらにも伝わってくるのです。

 話は前後しますが、室賀の動きを察知した昌幸たちは結局、薫(高畑淳子サン)の反対で立ち消えになっていた信繁の祝言を執り行うことにします。 もちろんその目的は、室賀の暗殺。
 「なにもそんなことに信繁の祝いの席を使わなくても…」 とそれに反対する信幸なのですが、「室賀の真意を知るためだ」 という昌幸の言葉に、折れてしまう。 「せめて源次郎には知らせないでおきたい」。 兄はその思いやりでもって、病弱でコメディ担当の妻(笑)に 「祝言の間源次郎から眼を離すな」 と 「源次郎に秘密の状態」 をなんとか保持させようと画策する。

 さらに注目なのは、室賀が昌幸暗殺にあまり積極的ではないことを本多の要請時から明確にしている部分です。 なぜなら室賀は昌幸と 「幼なじみ」 だから。

 こうした布石が次々と打たれるなかで、後半の 「閉じた空間」 での劇場が開始するのです。

 祝言のあいだじゅう、いちばんうしろの席でふたりの幸せ見てるなんて、ひとこと言ってもいいかな、くたばっちまえ、アーメン状態の(あ、大昔の歌で 「ウェディング・ベル」 というのがございまして…)きりはその場を逃げるように抜け出し、あろうことか、昌幸が碁の席に室賀を誘いだした奥の間のそばに来てしまう。
 近くに侍っていた信幸は気が気ではない。
 「向こうに行ってろ」「いられては困るのだ」。 小声で信幸がきりを急かすのですが、きりは 「お構いなく」 と聞く耳を持たない。

 それほどきりの心痛はひどいのです。

 その頃 「兄上はどこなのだ?」 と探しに行こうとする信繁を、コメディ担当妻(笑)が引き留めます。 「これより真田名物雁金踊りをご覧に入れまする!どうぞ見てやってくださいゴホゴホ…」(笑)。

 そして碁をしながら、互いの腹の内を探ろうとする昌幸と室賀。

 この入り組んで緊張を煽る演出、群像劇の名手の独壇場、と言っていいでしょう。

 この碁盤を挟んでの会話は、ほかのドラマブログに任せた(そこがメインだろ…笑)。 室賀はギリギリのところで自らの武士の面目も通しながら、信幸らによって斬り殺される。

 きりはこの惨劇を、見るべくして見てしまったわけですが、そこで私が考えてしまったのが、冒頭のことだったのです。

 私の念頭には、昨日から始まった大河ファンタジー、「精霊の守り人」 のことがありました。
 私は途中で爆睡してしまったのですが、途中まで見ていて、「この話って、なんのためにしようとしてるんだろう?なにを作り手は伝えたがっているのだろう?」 ということばかり考えていました。

 物語の目的が分からないまま、物語を見進めるのは、結構気力が必要なものです。
 そういう点では 「真田丸」 は、まだ分かりやすくてよかったなあ、というのが、今回の私の感想なのです。

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「真田丸」 第10回 資料がないのを武器にする、とはこういうことさ

 まずはお断りを。
 失敗した人に追い打ちをかけるのは甚だ不本意なのでありますが、実はホントはしたくて仕方ない根性ワルなので、ご了承いただきたいと思います。
 というのも、今年の大河を見ていると、まるで去年の大河の失敗の原因が、とてもよくあぶり出されてくる気がしてならないからなのです。

 去年の大河、主人公が結構無名の人だったのに関連して、当初脚本を担当したおふたかたのどちらかが 「それで却って自由に描ける」 と、実にポジティヴに捉えておいででした。
 しかしその結果は(言及を避けます…笑)(その失敗のからくりは、前回のコメント欄で述べました)。

 翻って、今年の真田幸村(信繁)。
 ウィキで調べると、長男の信幸に比べてティーンエイジャー時代は(いやそれ以降もか?)ほぼなにも書いてないに等しい。
 要するに資料がないのだと思うのですが、脚本の三谷幸喜サンはその 「資料がないこと」 を完全に味方につけ、それを武器にして独自の物語を紡いでいる。 出自はあるのかもしれないけれど、「これって三谷サンの創作なのではないか」 と思うことがよくあるのです。 この第10回も、そうでした。

 しかも完全フィクションとしてではなく、史実と巧妙に繋げながらだから、物語の緊張感というのはまったく損なわれることがないんですよ。
 そこから浮き彫りにされるのは、三谷サンなりの歴史解釈、という見方もできることはできますが、どちらかというと三谷サンのストーリーテラーとしての手腕なのだ、という気がする。
 ここで三谷サンの脳内における、物語の作り方を勝手に想像してみると。

 「まず徳川と北条が手を結んだことに関連して、徳川から真田に何らかのイイワケの場があったはずだよね。
 そこに今回の物語を面白くさせるカギがある。
 この場合、真田昌幸を徳川方に行かせて家康の弁明を聞かせるべきかな? いや、昌幸は狡猾だからそんなことしないでしょ。
 じゃ、誰を真田の名代として行かせよーかなー。
 そうだ、のちに徳川の人質となる信幸に行かせよっか。
 そこでのちの妻の父親である本多(藤岡弘、サン)と絡ませたら、こりゃ面白いよ! 大泉サンに藤岡サンが 『テメー!コノーッ!』 なんてやって大泉サンがビビってさー(笑)。
 真田がたは沼田との交換条件に何を出すだろう。 そうそう、上田城! 昌幸がのちに徳川にひと泡もふた泡も吹かせる城を、当の徳川に造らせた、という事実って話としてサイコーっしょ!
 でも家康にもタヌキの片鱗をちらつかせておかなきゃネ。 そうだ、人質だったばば様を木曽義昌から譲り受けた、ということにして、それを沼田城明け渡しのひとつの材料にしよう!」。

 三谷サンの思考回路は、おそらくかようにローディングしているのだと思うのですが(笑)、まず話の軸が念頭にあって(今回に関しては沼田城と上田城の重要性の喚起と、いかにして北条・徳川の結びつきを超える力関係を構築できるか、ということ)、「どの駒をどこに配置させるか」「その駒をどのように有効に動かすか」 ということを縦横無尽に結び付けていく。
 脚本家の 「ストーリーテリング力」 というのはそこに集約されていることを、しみじみと感じさせるのです。

 しかし、沼田城を守る昌幸の叔父・矢沢頼綱が北条への明け渡しを拒絶して 「ザケンジャネエゾぉぉ~~っ! 徹底抗戦じゃああああ~~~っ!」 と(笑)齢70にて 「ジーサン頑張る」 状態になり、対応に苦慮した昌幸は、上杉ともう一度結ぶ、という選択をするのですが、この史実を前に三谷サンは、まだティーンエイジャー真っただ中の信繁を駒として使おうとするんですよ。 ちょっとこれは暴挙ではなかろうか、と。

 だって、ことこの 「真田丸」 という物語において、信繁は叔父信尹の息子として、すでに上杉に潜入して、景勝と会話まで交わしているんですよ。 その話も三谷サンのフィクション色が強いのですが。
 そんなところにまだドラクエ換算レベル15くらいの息子をもう一度送ろうっていうのは、いくら昌幸でも無謀、というものです。

 しかし三谷サンの思考回路は、「いや、昌幸の出たとこ勝負、相手を食う力。 それらをさらに視聴者に強く印象づける流れになるはずだ」、という方向に向かうわけですよ(笑)。

 だから 「策はない。 信繁、お前が考えろ」 という 「丸投げ状態」 を作り出し、信繁に 「はい?」 と 「ちょ待てよ状態」 を作り出す。 こののち、信繁は見ている側をあっと言わせる策を編み出すのですが、それは完全な 「主人公アゲ」(主人公に必要以上に花を持たせる)の展開であるとはいえ、三谷サンが本当に書きたくて仕方なかったのは 「(策は)知らん」「はい?」 という、すっとぼけたやり取りだったのではなかろうか、という気がしてくるのです。

 しかし若い信繁は、親父から丸投げ状態にされたことが、うれしくて仕方ない。 「丸投げ」 イコール 「信頼された」 ということだからです。 こういうモチベーションが、良策の源泉となっていくのですが、三谷サンはそこに、「梅に信繁の子が出来た」 というもうひとつのモチベーションをくっつけた。
 モチベーション(動機)が出来る→人が行動する→もっとモチが出来る→行動に弾みがついていく、という図式を完全に踏襲しているんですね。

 にしても信繁、手が早ぇぇな(笑)。

 上杉に乗り込んだ信繁は、さっそく自分を取り囲む兵から、無数の槍を向けられます。 しかしそれにまったく動ぜず、上杉に厚かましい依頼を展開していく信繁。
 この光景も、主人公アゲのひとつの方法でありますが、実はこれ、同じ回の前半で、徳川に出向き厚かましいお願いをして本多忠勝から 「テメコノ」 と恫喝を受けビビりまくっていた、兄の信幸との好対照を狙っている。
 こういう対比がドラマを面白くする方法だ、ということを熟知したうえでの、確信的展開なんですよね。

 信繁の駆使した策とは。

 「現在徳川が上杉の攻撃に備えて上田城を築いている。 そこにはわれら真田が配置されることになっている。 しかし実は、それは徳川に備えるためのもの。 われら真田は、徳川に味方するつもりはない。 われらの領地は、われらが戦で正々堂々と勝ち取った土地なのだ。 その領地を北条と徳川は勝手に分けてしまった。 到底受け入れられない。 武士の面目に関わる話なのである(要約)」。

 真田の一見狡賢い策は、実は武士のプライドに関わる話なのだ、という価値の逆転を、若き信繁は説得力の柱とするんですね。

 「上杉が真田に加勢するなど、天地人が…いや天地がひっくりかえってもあり得ない!」 と一喝する直江謙続。 なお一部セリフを勝手に改竄いたしました(笑)。

 「ご加勢していただきたいわけではないのです。 我らが上杉を攻めるフリをするので、撃退したフリをしてほしいのです」。

 「どーゆうこっちゃ?」(またセリフを改竄しております)

 「上杉方は、真田を倒した勢いに乗って、次は上野の北条を攻めるらしい、と噂を流します。
 それを耳にした北条は、沼田どころではなくなる。 そのための戦芝居」

 この人を食ったような、あり得ない提案を上杉景勝が呑む動機として、三谷サンは景勝の自己内省能力を利用した。 「また騙されたら、それは信繁の人柄を買った自分の器がそれまでだ、ということで、自己責任だから」 と。
 当時の状況を鑑みれば、上杉方も四面楚歌の状態で真田の提案に乗っかるしかなかった、ということなのだろうし、ドラマで演じる役者の年齢を離れて見てみれば、当時景勝も謙続も信繁も、みんな若いんですな。 まったくあり得ない話に、三谷サンはしてない。

 ただしその 「戦芝居」 のありように関しては、ちょっと疑問は残りました。 こんな程度で情報操作とか、出来んのかな、と。 徳川方の忍者ハットリくんが見てるかも知んないんだし(笑)。

 梅の話にインスパイアされた 「兵を失わずに済む戦」 を見事実行に移した信繁。 次は梅とのできちゃった結婚だー(不適切な表現)。
 この、架空の話の組み立て方にも感心します。
 しかしそのままメデタシメデタシで済ませることはけっしてしない。 徳川の次なる一手は、室賀なのであります。

 ここで室賀が、「頼られるのがうれしい、実は健気な性格」 である設定をしていることが、また生きてくるんだな。 三谷サン、さすがです。

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2016年3月17日 (木)

「5人目のビートルズ」 サー・ジョージ・マーティン死去

 2016年はその初頭から洋楽における重要なヒーローたちの死が続いて、洋楽ファンにとってはまるで厄年のような年だ。 そして3月8日、我々ビートルズファンにとっては 「近い将来必ず来るであろう」 と危惧されていた、ひとりの名プロデューサーの死を聞かされることになった。
 サー・ジョージ・マーティン、享年90歳。
 死因は今のところ明らかにされていないが、比較的早死にが多いビートルズ関係者の中では、大往生の域に入る。

 その死を伝えるニュースで目立った彼に対する形容に、「5人目のビートルズ」 というものがある。 これはまことに的確な表現ではあるが、ビートルズファンの私に言わせれば、その形容に値するもうひとりの人物は、マネージャーのブライアン・エプスタイン(1967年死去)だ、ということになる。
 要するに、このふたりがいなければ、ビートルズはミュージック・シーンに出てくることはなかったし、またあれほどの伝説的なスーパーバンドとして、世界に君臨することはなかったであろう、という意味でだ。

 ブライアン・エプスタインは彼らをイギリスの片田舎で見いだし、彼らのマネージャーを申し出、彼らをレコード会社に売り込もうと腐心し続けた。
 しかし1961年当時、世の趨勢はロックンロールなどもう時代遅れ、メロウなミュージックが主流を占めていた。
 そんな時に彼らを言わば 「拾った」 のが、EMIのジョージ・マーティンだった、というわけだ。

 もともとマーティンにとってビートルズというグループは、「別に売れようが売れまいがどうでもいい、当たればそれはそれでラッキー」 というレベルだったのだろうが、まあ大手レコード会社デッカのオーディションに落ちるくらい 「落ち続け」 のバンドだったから、それくらいの誇張はレジェンドにとって不可欠な要素だろう。
 しかし採用するんだから、彼らに商品的価値を見い出さなかった、というわけではけっしてない、と思うのだ。

 その 「落ちこぼれ」 バンド採用に際して私が注目するのは、ジョージ・マーティンがもともと、スパイク・ミリガンとかピーター・セラーズ(ピンク・パンサーのクルーゾー警部で有名ですね)とか、コメディ・レコードのプロデューサーを務めていた、という点だ。
 その彼が、ビートルズとの最初の打ち合わせ終了時に、ジョージ・ハリスンに言われたことが彼のユーモアセンスと合致したことが大きいのではないか。 有名な話なので割愛するが…いやマニアの間でだけ有名なので(笑)とりあえず紹介すると、「なにか問題はないか?」 とビートルズに尋ねたら、「あんたのネクタイが気に食わない」 と言われた、というエピソードである。

 その話ひとつだけでは到底弱い気もするけれど、元来ビートルズのメンバーというのは皮肉やウィットに富んでいたから、会話の端々にマーティンが彼らのユーモアセンスを感じ取った、としても不思議ではないだろう。
 また、彼がEMIに就職するまでの道のりは、かなり紆余曲折を経ている。 要するに、仕事に 「面白さ」 がなければやりがいを感じない、というタイプの人間だったことは言えるのではないだろうか。 その彼がビートルズに、「面白さ」 を見い出した瞬間、歴史の歯車は大きく動いたのだ。

 もうちょっと突っ込むと、このエピソードで引き合いに出されているのが、ジョージ・ハリスンの言葉だった、ということも興味深いものがある。

 なぜなら、ビートルズのメンバーはジョン・レノンもポール・マッカートニーも英国人特有のユーモアセンスを持ち合わせているとは言うものの、初対面に近いマーティンに向かって 「アンタのネクタイが…」 などとはあまり言わなそうな気がするからだ。 ジョンなどはどちらかと言えば内向的な性格が表に出てしまうような気がするし、ポールに至ってはそのコマーシャル的な性格であまりひと様を皮肉るという発想が 「その時点では」 出てこない気がする。
 その点ジョージ・ハリスンはメンバーの中でいちばん若く、テディ・ボーイの精神をいちばんその時点で引きずっていたように思える。 若いからムチャするんだよな(笑)。 しかもユーモアに対するリスペクト度は人生を通じて高いし(笑)。

 ジョージ・マーティンのビートルズにおける仕事を俯瞰してみると、彼が彼らの音についてOK GOサインを出す基準は、「より荒々しく勢いのある音」 であったように私は感じる。

 多少のミスなどは気にしない。
 その姿勢はいちばん初期に当たる 「プリーズ・プリーズ・ミー」(デビュー第2弾シングル曲)ですでに顕著だ。

 今日ではこの曲はデビュー曲の黒っぽい 「ラヴ・ミー・ドゥ」 とはまったく違った路線のように思える。
 しかしもともとは、ロイ・オービソンのようなイメージの、スローなナンバーだった。 この曲をスローなイメージで頭のなかで再構築してみるがいい。 実際は 「ラヴ・ミー・ドゥ」 路線の黒っぽさを継続していたのではないか、という気にさせるだろう。
 しかしマーティンは、この曲のテンポを上げるという提案を、ビートルズに対してしてきた。
 彼らはそれに同調した。
 この時点でビートルズとマーティンのあいだには、すでに波長の合致が見られる。
 それは、デビュー曲にまつわるせめぎ合いが関係しているように、私には思える。

 彼らのデビュー曲に、マーティンは他人の書いた曲(「ハゥ・ドゥ・ユー・ドゥ・イット」)を用意してきたのだが、彼らは頑として自分たちのオリジナルでデビューすることにこだわったのだ。
 「ハゥ・ドゥ・ユー・ドゥ・イット」 は現在 「アンソロジー1」 で聞くことが出来るが、「結構ヌルい」(笑)。 おそらくヒット性はあった。 当たり障りのないいい曲、という印象なのである。 そして彼らも、これもいちおう仕事、と割り切って、きちんと演奏している。 そこらへんはプロの意識が既にある。

 しかしビートルズは、より玄人受けするような 「ラヴ・ミー・ドゥ」 を使いたい、と主張したのだ。 マーティンはそのとき、なにを感じたのだろう。

 「ま、当たってナンボだからい~か」(?…笑)。 そこにいい加減さがなかった、とは言えまい(笑)。 しかし彼は如実に、このグループの 「こだわり」 というものも肌身で感じたに違いないのだ。

 それに対してマーティンも、自分なりの 「プロのこだわり」 で応じているように思える。
 すなわち、ドラムのダメ出し、である。

 まずこの 「ラヴ・ミー・ドゥ」 のレコーディングの最初は、ドラマーがピート・ベストのときに行なわれている(その時点ですでにこの曲をデビュー曲にしよう、というせめぎ合いがあったかは不明だが)。 しかしマーティンは 「ドラムがまずい」 と一蹴。
 ピート・ベスト・バージョンも 「アンソロジー1」 で聞けるが、なるほどテンポは一定してないしいかにもシロートっぽい。

 しかし、また話が脱線してしまうが(笑)「ラヴ・ミー・ドゥ」 という曲、間奏部分で彼らは、テンポを意図的に変えているように、私には聞こえるのだ。
 それと同じ発想の曲が彼らにはある。 「アイ・コール・ユア・ネーム」 だ。 この曲、間奏部分でいきなりリズムが変わって、スカ・スカになる。 「アンソロジー1」 のピート・ベスト・バージョンの 「ラヴ・ミー・ドゥ」 ってそれに似てないか。 テンポを間奏で意図的に変えるって、かなり難しいように思えるんだが(笑)。

 マーティンのドラムダメ出しに対して、ビートルズはピート・ベストをあっさり解雇。 まあおそらく、当時メンバーの中ではいちばんいい男で人気のあったピートをどーにかしよう、という気もあったのだろうが(笑)、ここで担ぎ出されたのが、リンゴ・スターだった、というわけである。

 ロリー・ストーム・アンド・ザ・ハリケーンズというリバプールきってのバンドのドラマー、リンゴを引っ張ってきてレコーディングは再開されたが、マーティンの判断はまたもや 「NO」。 結局アンディ・ホワイトというセッションドラマーを連れてきて 「ラヴ・ミー・ドゥ」 は完成された。

 これって、かなりゴタゴタの末の完成だ、と私は思うのだが。

 ただそれによって、マーティンが当時していた仕事のなかでビートルズの占める意識の割合、というのは、しょっぱなからかなり大きくなった、と言えるのではないか。
 「プリーズ・プリーズ・ミー」 をテンポアップさせる、という発想は、だから彼らの 「勢い」 をレコードに刻みたい、という思いから生まれたものであるように、私には感じられるのだ。
 現にこの曲の中で、ジョンとポールのコーラスで歌詞がバラバラな部分があったりする。 そのミスをそのままレコードにした、ジョージ・マーティンの意図に、思いを致さざるを得ない。 そして同曲で、彼らはブレイクした。

 彼がクラシックの素養を持ち合わせていたことも、ビートルズにとっては大きなステップの要素となった。
 初期の頃からピアノで彼らのレコーディングに参加することの多かったマーティンだが、そのクラシック的才能のもっとも早い披露は、ポール稀代の名曲 「イエスタデイ」 に最大の貢献を見せる。

 この曲の弦楽四重奏のスコアは今聞いてもまったくすごい、としか言いようがない。
 それをダブルにして八重奏にし、ロック的要素を加味したのが 「エリナー・リグビー」。 この曲の弦の響きはあくまでスタンダードな 「イエスタデイ」 と比べてアタック音がかなりダイレクトだ。 マーティンはそれをなんとかの影響、と言っていた気がするのだが、今ちょっと思い出せない(笑)。 いずれにしても、マーティンのクラシック的素養がビートルズのアレンジメントに影響を与えていく様は非常にエキサイティングだった。

 そのストリングスアレンジの最も昇華したものが、「アイ・アム・ザ・ウォルラス」 だったことは納得いただけるのではないだろうか。 グリッサンドの応酬みたいなあの気味の悪いストリングスは、ジョン・レノンの現代音楽に対する大きな扉を開いているように、私には思える。
 テープ・スピードの調整による別アレンジの結合、といった離れ業もやってのけている。
 「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」 である。
 今ではMPEGだかなんだか、機械が簡単に 「音程を変えずにテンポを変える」 とかやってくれるご時世なのだが、当時はスゲーアナログな方法でそれを実現した。
 もともとジョンが 「こっちのアレンジもいいけどこっちのもいい、ふたつつなげてくんない?」 というムボーな要求をしたために(笑)マーティンはそれをしなくてはならなくなったのだが、重要なのは、マーティンがそれを 「面白がって」 実行した、ということだ。

 特にジョン・レノンのムボーな要求、というのは彼のモチベーションを高めたはずで、それがビートルズの音作りに多大の貢献をしたことは、あらためて言うまでもない。
 「ストロベリー・フィールズ」「ウォルラス」 などは、現代のアーチスト表記法で言えば 「ジョージ・マーティンfeat.(フィーチュアリング)ビートルズ」、となってもおかしくないほどの貢献度なのである。

 最近発表されたリミックスバージョンの 「ザ・ビートルズ1」 では、息子のジャイルズ・マーティンがステレオ・バージョンの音配置を大幅に現代用に直したが、この発想もすでにCD出始めの時代に彼によって始められていた。
 すなわち、1960年代のステレオミックスというのはステレオ効果を大々的に強調するために、演奏左ヴォーカル右、みたいな極端なことがなされていたのだが、それをLP 「ヘルプ!」 と 「ラバー・ソウル」 で彼は自然な聞こえ方に直したのだ。
 結局その作業はこの2枚のアルバムで終わってしまったわけだが、今回の 「ビートルズ1」 は未来に向けてジャイルズがその父親の作業を引き継いだ、ひとつの過程なのだ、と私は位置付けている。

 ジョージ・マーティンが生前、ビートルズの仕事でいちばん最後に行なったのは、マッシュアップアルバム 「ラヴ」 において、「もうひとりのジョージ」、ハリスンの遺した 「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」 のギター1本で歌われる美しいデモ・バージョンにつけた、ストリングススコアだった。 それはかつて彼がアレンジメントで駆使したスリリングさに欠けてはいる、とは言うものの、その旋律は故人に寄り添うように、限りなく美しい。

 かつて 「アンタのネクタイが気に食わない」、と憎まれ口を叩いたジョージ・ハリスンと、今ごろマーティンは天国でどのような会話を交わしているのだろうか。

 レスト・イン・ピース。 サー・ジョージ・マーティン。

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2016年3月13日 (日)

「真田丸」 第9回 「人の命を失わないこと」…なんて、当たり前じゃん?

 上杉と北条との狭間で揺れた真田、なんとか両軍を信州から引き揚げさせたはいいものの、今度は北条と徳川との間で揺れ動く。 それを分かりやすくCG地図で指し示してくれるのが、ドラマガイドとしては秀逸だなぁ、といつも感じています。 毎回テンプレートが変わるステージを見せられているようで、ゲーム世代の状況把握能力に則した作りである、という気もする。

 その刻々と変化する状況のなかでメインの動きを見せるのが真田昌幸(草刈正雄サン)なのですが、浅く見ただけでは 「老獪、狡猾」 という評価を下してしまいがちです。 あっちこっちと配下につく戦国大名を鞍替えし、のらりくらりと前言を翻し、実はとてもイーカゲンに一族の行く先を決めている、ように、脚本の三谷サンは昌幸の性格を構築しているように見えます。
 そのイーカゲンさはだいたい長男信幸(大泉洋サン)の前と決まっていて(笑)、そのたびに信幸が呆れたように 「ちちうえぇぇぇ」 とやるもんだから昌幸のテキトーが目立つようにはなっている。

 でもちょっと昌幸の行動パターンにダイブしてみると、彼は実に小心者で臆病な本質を持っていることが分かります。 出浦昌相(寺島進サン)などに持ち上げられてその気(大名になること)にはなっているものの、迷いながらかつて仕えた武田信玄の霊気にすがろうとしたり、奥方の膝枕で徳川への人質をさりげな~く打診しようとして言下に断られ、「では、お休みなさい…」 とすごすごと退場したり(この言いかたには爆笑しました)。
 今回昌幸は信濃を国衆による合議制、すなわち合衆国みたいにしようと決断し、なにかっつーと反発する室賀(斎藤雅彦サン)もそれに乗ってきたのですが、途中でまた自分が中心となって大名になることに方針転換。 しかしそれをなかなか室賀に言い出すことが出来ず…というシーンまでありました。
 つまり、臆病で踏ん切りがつかないからこそ 「わしゃ決めた!」 と皆の前で宣言しなければ前に進めない。

 室賀は室賀で、どーしても45分に1回は 「黙れ!小童!」 と信幸に怒鳴らなきゃ気が済まない設定ではあるものの(笑)、実は合議制を昌幸から提案されてうれしかった…というツンデレな部分まで備えています。 こうした 「人物の性格に深みを与える」 ことが三谷サンの職人技とも言える。
 だいたい 「黙れ!小童!」 を言うときの室賀、どっかうれしそうだもの(笑)。 快感なんだろうな(笑)。

 そんななかで今回私が注目したのは、春日信達の謀殺によりちょっとした反抗期に突入した信繁(堺雅人サン)が、どのようにして戦国時代における自分のアイデンティティを見つけたのか、という部分です。
 ひとり沈思する信繁は作兵衛(藤本隆宏サン)を見かけ、国衆どうしの農民たちの諍いごとについて話を聞きます。 「武田様の時代は治安がよかった。 強力な指導者がいなければダメなんですよ」。

 そしてさらに梅(黒木華サン)のところで彼女から戦が百姓にとってどのようなものであるのかを聞きます。

 「私は(春日信達が殺されて)ほっとしました。 だって、戦をしなくて済んだから。 戦が起きないに越したことはありませぬ。 戦が続けば、畑が荒れて、食べ物も奪い合いになります。

 それに…。

 源次郎様(信繁)には、死んでほしくないのです。
 大切な人を、戦に送り出すのはつらいことなんですよ。 最後の別れになるかもしれないのですから。

 戦さって、勝てばそれでよいのですか?

 もし戦に勝って、でも、みんな死んでしまって、自分ひとりになってしまったら?

 大事なのは、人の命を、出来る限り損なわないこと。 そんな気がいたします」

 この梅の言葉が後年、大坂夏、冬の陣に参戦していく信繁にどのような影響を与えるのか。 「戦は、勝てばいいというものではない」 という部分ではないか、という気がするのです。
 そしてここで梅が語っている内容は、ここ数年の大河の潮流であるようにも思える。 「人の命は大事だよ」 ということ。

 でも今年の大河は、それをあえて超えようとする展開を用意するんですよ。 きり(長澤まさみチャン)です。

 「私は、策というものの意味を教えてもらった気がする。 人を死なせぬ戦をすることだ」 とお梅をベタ褒めする信繁に、「ワケが分からない」(笑)。

 「どれだけ、兵を死なせずに勝つか。 策とはそのために用いるものなんだ」

 と得意顔の信繁に、きりは即答。 「そんなこと、当たり前じゃないですか」(笑)。

 これはなんてことないシーンのように思われるかもしれませんが、妙にヒューマニズムを標榜する昨今の大河に 「そんなのわざわざ大仰に言わんでも、当たり前のことじゃん」 と呆れてる三谷サンの顔が浮かんだ気がしたのです。 そのテレを隠すためなのか、三谷サンはきりが持ってきた饅頭(形状的にはおはぎに似ている)を小道具に使って、二度も同じ場所にぶつけさせるんですよ(笑)。 ぎょっとする信繁(笑)。 「(すげえいいコントロールしてるな…)」(笑)。
 これを見た視聴者が 「食べ物を粗末にして」 という反応を起こすことも見越している気さえする。 しかし私などの世代はドリフのコントで免疫がついているせいか(笑)コントロールの良さのほうに目が行ってしまったのですが(笑)、「食べ物が貴重な時代だったからこそ余計に」、それを投げつけるきりの怒りを感じるのです。 他愛もない若い恋なのでありますが。

 そして家康から上田の地ほかを安堵するという約束を取り付けた小県の国衆たちがいざ北条と徳川の戦に参戦しようとした際、軍議の場で 「兵を失わずに済む戦」 を信繁は早速提言するのです。 「補給路を断つ」。

 この作戦は非常に図に当たり、見ている側も信繁の活躍や兄信之の温かい援護も見られて気分がアゲアゲになるのですが、その先に三谷サンは 「北条と徳川の和解」、という歴史的事実をぶつけてきた。
 「補給路を断つ」、という作戦が信繁のものであったかどうかは分かりません。
 ただ、その演出的効果を北条と徳川の和解で反故にしてしまう、というこの展開、やはり 「ただのヒューマニズムになんか、ぼくちゃんしないもんねー」 という三谷サンの思惑が感じ取られる気がするのです。

 そしてそのどんでん返しを、この回の最初から仕込んでいたのが、北条氏政(高嶋政伸サン)が飛ばした鷹。 この鷹は結局、偵察の役目を果たしていたことになるのです。
 鷹が 「真田はこうやっとりました」 と氏政に報告するわけではありませんが(笑)、こういう 「その回による差別化」 は見ていて少し感心するのであります。

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NHK 「震災から5年 明日へコンサート」 SMAPの存在を実感する契機

 東日本大震災から5年と1日が経った12日、被災地の復興を念頭に置いた生放送のコンサートが福島県の會津風雅堂をメイン会場に行なわれたのですが、その全体的な印象はまるで 「プチ紅白」 のようでした。
 司会がSMAPの中居クンと有働由美子アナで、曲の前説に出てくるスーパーインポーズの体裁、そして巨大スクリーンをバックに繰り広げられる演出などが紅白歌合戦にかなり似せた作りをしていたからで、それが會津風月堂という規模の小さなキャパのなかで展開し、見ているほうはなんとなく 「大晦日の疑似体験」 をさせてもらった気さえするのです。

 ただ会場がNHKホールと比較してかなり狭いため、体裁は紅白ながらも出演者と観客との距離はぐんと縮まり、紅白のよそ行き感よりも断然アットホームな雰囲気であったことは確かです。
 そして紅白と決定的に違ったのは、出演者たちの歌に絡んで流される、被災地の人々と出演者たちの交流のVTR。 これが流されることで、復興から5年を経た東北の現在を垣間見せる努力がなされていた、と感じます。 歌番組において震災の遺してきたものに思いを致すには、申し分ない内容だったのではないでしょうか。

 會津風月堂を 「メイン会場」 と先に紹介しましたが、これも紅白の体裁と同じように、出演歌手によっては東北の別の地域からの中継でした。

 プリンセス・プリンセスは実に紅白の出場以来何年かぶりの(年数忘れた…笑)歌番組出演で、宮城県のライヴ会場から。 被災地への義援金を募るために再結成していたプリプリ、その寄付額が3億円とかいうニュースを最近聞いて驚いたばかりでした。 「3億…オイシイな(笑)」。 義援金目的でなくてもプリプリで食ってけるのではないのか?みたいな。
 歌ったのは代表曲の 「ダイアモンド」 でしたが、数年前紅白で見たときより、奥居サン…もとい、岸谷サンは声がよく出ていたような気がしました。
 さだまさしサンは 「絆診療所」 という被災地の病院(申し訳ない、注意深く見てなかったので情報が曖昧です)で、それこそ 「生さだ」 クラスの2、30人程度の観客を前に、「家族に乾杯」 の主題歌 「Birthday」。
 これら中継の趣旨は紅白のそれと違って、被災地からのものであるだけにきちんと意義が存在している。 紅白での中継って、「NHKホールで一緒にやんなきゃ意味ねーじゃん、カッコつけてんの?」 と思うことが多いけれど、こちらの番組は違います。

 「観客との距離が近い」 という点では、Kis-My-Ft2などはモロに客席に降りていっての歌唱で、メンバーのひとりなどは(ゴメン名前知らん)被災地でこの11日まで営業していた食堂のオバサンにかなりしっかりと手を握られ(笑)そのオバサンの 「手が震えてます」 と状況を説明するなど、キスマイをよく知らん私などにもほほえましい内容になってました。 歌知らんでもこういう演出はいいな。

 八代亜紀サンはもう、ガチのなかのガチ(スイマセンなってない日本語で)「舟歌」。 これ聴くだけで世界は一気に 「紅白」。 高倉健サンと倍賞千恵子サンの気分になれる(笑)。

 セカオワはNHK合唱コンクールの課題曲 「プレゼント」 を、郡山第二中学校(だったっけ?)の合唱部の子たちと。 この合唱部の女の子の 「いろんなことがあったから…」 と涙がこみ上げてしまうVTRではもらい泣きしてしまいました。

 キロロも久しぶりに見たのですが、VTRで歌ってた 「Best Friends」が聞きたかったけど、より被災者の方たちの心に寄り添ってると思える 「未来へ」。 沁みますね。

 そのほか、ゆずとか乃木坂46とか。 やはり楽曲は被災者たちのために歌われている、といった風情でしたが、やはりもっとも沁みたのは、綾瀬はるかサンが主導で出演者全員で歌われた 「花ーははーなは花は咲くー」。 亡くなった人への手紙が届くポスト、というパートで、そのポストの管理人さんが 「手紙を書いているあいだ、書く人の心は亡くなった人を思っている」 という言葉が、重たかった。 そのうちの手紙のひとつを綾瀬はるかサンが読んでから歌に入る、という演出でしたが、どうも以前の紅白のように、綾瀬はるかサンを泣かそう、という演出が入っていたような…(笑)。 でも泣きませんでしたよ、彼女(笑)。
 ちなみに綾瀬はるかサンはちょうど1週間後に始まる 「大河ファンタジードラマ 精霊の守人」 の主演ですね。 その関係でこの歌番組に出たのかな?

 ラスト近くでは北島三郎サンが、これもガチのなかのガチ、「まつり」 です。
 サブちゃん、やはり紅白にどうしても必要だぞ。 この人がいなくなった紅白は気の抜けたサイダーも同然ですよ。 戻ってきてくれーっ。

 そしてPerfumeの歌のとき、コケシスターズと会場のみなさんと一緒にペンライトを振ってた中居クン。 すごいコワイ顔でムチャクチャ吹きました(笑)。

 その中居クン、やはりさすがにさすがの司会進行…だったのですが、私がこの1時間半の番組を見ていていちばん気になったのは、年明け早々解散騒動があった、SMAPのあいだに流れる空気感だった気がするのです。

 そしていちばん感じたのが、SMAPの存在感。

 「人気歌手不在の時代」 みたいなものがどうも日本のミュージックシーンの主流となっているように感じる現在。 そんな時代がずいぶん長いように思っていたのですが、VTRで東北のかたがたと交流するSMAPのメンバーって、老若男女全員に認知されている。 「これってすごいことなんじゃないのかな」、と。
 そして彼らは例外なく、周囲から歓迎されている。 誰が人気ないとか、ないんですよ。 全員が均等。

 この番組、まずSMAP全員が会場の観客出入り口からこっそりと場内に入り、歌歌いながら観客席を通りステージに上がっていく、という演出だったのですが、そこでもうすでに会場の空気を主導していた。
 そしてラストの 「世界にひとつだけの花」 でも観客席に降りていって、観客との一体感を高めていく。 きっちりと、ホントにきっちりと締めてくれる。
 なんなのかなー、こういう種類の観客席って、SMAPのファンばかりじゃないわけですよね。 それが、みんな例外なく熱狂するんですよ、彼らと触れ合いたくて。 はからずも木村クンとデュエットしてしまった女性などは、恍惚とした感じにも見えた。
 これって彼らが、漏れることなく全員エンターテイナーである証拠ですよ。
 たしかにあの騒動の後だから、SMAPの存在の有り難さをみんなが分かってしまった証拠でもある気もする。
 彼らはどうしても、この5人のユニットでしか、実現できないパワーというものを持っている。

 そのアビリティを、彼ら自身がどう評価するのかはまた別の次元の話なんですが、もし彼らが今後ホントにひとりひとりでやっていく、という決断をした場合、そのかけがえのないアビリティはもう再び戻ってはこない、ということだけは確実に言える。 それを自分たちがどう天秤にかけるのかの問題、なのでしょう。

 最後になりますが、東北の復興状況を考えた場合、保育所の問題よりもよほど 「日本死ね」 的な気分にはなりますね。
 それこそ五輪のエンブレムとか国立競技場とかで、数千億円も無駄に使っている。 数千億ですよ? 数十億でも数億でも数千万でもない。 アホの集団だと思いますね政治家は。 あげくに足りないお金は税金増でなんとかなると思ってる。 日本の人口が減少してるのにどうして国家予算が史上最高とかなんのか、ワケが分かんない。
 どっかの野合は自分たちの名前決めるのに汲々としてるし。 「寄せ集め党」 とでもしとけ(笑)。

 で、「コストが安い」 とかいう理由で原発をやめらんない連中。 結局高くついてんじゃん(イカン、言葉がぞんざいになっとる)。 おまけに何十万年とかゴミだけが残るし。

 「死ね」 とか言われて躍起になって。 程度が知れる、というものです。

 復興は、遠い。

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2016年3月 5日 (土)

「真田丸」 第8回 信繁が開けた 「大人への扉」

 北条と上杉のぶつかり合いに挟まれた昌幸が次に打った手は、息子信繁を上杉に送り込み、元は武田家家臣で今は上杉についている春日信達を北条方に寝返らせよう、とするものでした。
 意気揚々と信達の調略に向かった信繁でしたが、昌幸の本当の狙いは…というのが今回の内容。

 ちょっとウィキで調べてみたんですが、春日信達は真田昌幸らと内通していたことが発覚して、上杉景勝に殺された、とありました。 つまり信達は信繁に促されるまでもなく、「自分から」 上杉への謀反を考えていたことになる。
 要するに、今回の話は私が知る限り、ほぼ三谷サンの創作です(そんな小説とかあれば別ですが)。

 物語の序盤でここまでフィクションに頼り切った話を三谷サンが展開させたのはなぜなのか。

 私の考えでは、まずこの話を信繁にとっての 「大人への扉」 にしたかったのではないか、ということ。
 なにしろ信繁はまだどうくつのなかのよっぱらったモグラのボスと戦うくらいの(笑)、ドラクエで言えばせいぜい10とか13あたりのレベル(笑)。 モグラが調子ガン外れの歌を歌って苦労する、というレベルのときに、いきなりゾーマが現れてエアリスを殺すとか(イカン、FFとごっちゃになってる…笑)そういうショッキングな出来事なんですよ。

 と同時に重要なのが、その 「大人への扉」 の向こうにあるものが、けっして清廉潔白なものではないのだ、ということ。
 これはここ数作、主人公たちの 「負の側面」 をひたすらロンダリングしたがったNHK大河に対する、三谷サンなりの危惧であり、ひとつの反旗だったのではないか。
 やるかやられるか、の世界において、手段はときとして選んでいる場合ではなくなる。 そして生きることに貪欲でなければ、がむしゃらでなければ、どうしても達成できないことが人生にはある。
 そこを 「潔癖な」 視聴者から文句が来ないように聞こえのいい話に骨抜きにしてしまうと、いかにもお行儀のいい、つまんない話になってしまう。
 だから主人公レベル10くらいの段階で世の中というものを、理不尽なほどに思い知らせる。
 濁悪とした世の中の真実を、信繁がどう学びとっていくのか。 それこそが重要であり、そこにこそドラマが伝えるべき使命がある。
 そんな主張が見える気がするのです。

 正直に申しますと、今回の話、「信繁に戦国の世の厳しさを叩き込む」 という趣旨であるわりには、結構話に 「堅固さ」 が欠けているな、とは感じました。 なんかどこか、三谷サン作の数年前の人形劇、「三銃士」 みたいなスピード感はあったけれど、「もっとじっくり見てみたかった」、というか。

 それは、信達が信繁や、叔父の信尹(のぶただ)の説得に応じていく理屈に、ちょっと性急さが見られたことに理由があります。 もう少し早い段階から、春日と武田家との関係とか、物語にちょっとした布石を打っておけなかったものか。 高坂弾正の話とか、矢継ぎ早で頭に入ってこないんですよ。
 「ぼくちゃんこんな話に数回もかけてらんないから」 という三谷サンの饒舌ゆえの展開、というか(逆にそれで、今後も創作話がてんこ盛りになりそうな期待も高まります)。

 信達に対する説得にもう少し神経を使っていれば、のちに信繁が直面するショッキングな出来事にも、じゅうぶんなタメが出来る。 説得の過程が性急過ぎるから、途中から昌幸と信尹の本当の思惑に気付かされてしまうところもあった。 創作であるがゆえに、もっと話に真実味を持たせたほうがよかったかも、というか。

 話はそれますが、途中でインサートされるエピソードで、黒木華チャンの兄上、藤本隆宏サンが 「どっちが敵だか分かんないけど、とりあえず攻めてきたヤツが敵だ~っ! とりゃ~~っ!」 と出陣していくとことか(笑)。 これを見てても 「三銃士」 を連想した(笑)。 いま小山田茂誠を演じている高木渉サンがよくやってたようなキャラ。

 まあ、「とりゃ~~っ!」 は置いといて(笑)、結局信達は、昌幸が、これも 「三谷流」 の 「成り行き」 で得た北条氏政の花押入り書状を受け取った瞬間、信繁の目の前で、叔父信尹によって謀殺されてしまう。
 まあ、信尹に殺された、というのはフィクション、としても、ここで 「なにも殺さなくても…」 というのは現代人の発想です。 だって生きてりゃ上杉景勝に申し開きしちゃうもんね(笑)。 「死人に口なし」 だもんね。

 ただそこで、上杉景勝の右腕、直江謙続が信尹に対して疑いの目を向ける、という話の運びはさすがです。 妻夫木謙続だったら 「なぜ御屋形様があれほど目をかけていたのに…」 ときっとその場で泣いていたでしょうから(ハハ)。
 直江の目もあって信尹と信繁は上杉からそそくさと撤収しようとするのですが、信繁は目の前で起こった信達の謀殺に未だショックが抜けず、磔にされた信達の亡骸に手を合わせてしまう。
 そこに上杉景勝が、間の悪いことに現れるんですよ。
 信達に手を合わせるなんてやはり怪しい、と思われてしまうのか。 その緊張感の中で、景勝は 「つくづく、人の心は分からぬものだな」 と、虚しさを吐露していく。 信繁はその場で、信達が海津城の守りにつけられて相当悔しがってました、とウソを述べるのですが、景勝はそのウソを、見破っていたかどうか。 同時に信繁は、上杉に叔父信尹の息子であると自らを偽って潜入していた。 そのウソも見破られていたかもしれない。

 ここらへんの 「いろんな想像が出来る」 物語の紡ぎ方が、もう最高にうまいんですよね。 だからフィクションでも、ぐいぐい見せていく。

 それと、上杉と北条が共に撤退、という話を 「ただひとり昌幸の謀略のせい」、という話の大きさ、大袈裟な印象を和らげるシーンも周到に用意している。 すべてが終わって 「湯につかってきた~」 とサッパリ顔で信幸・信繁の前に現れた父、昌幸とのシーンです。

 「いくらなんでも話がデカ過ぎるじゃん」 という視聴者の思いを代弁したのが、「マジメ」 信幸。 「父上…どこまでが狙いだったのですか?」 まさか全部思いどおりじゃないよね?みたいな(笑)。

 それに対して昌幸は当然のような顔をして 「すべてじゃ」。

 いや、それは、たまたまってのもあるでしょうに(笑)。

 でもそれを、全部自分の手柄みたいにして自慢するのが、話を面白くする源泉なんだ、と私は思うんですよ。 死せる孔明生ける仲達を走らす、みたいな。
 親父が息子にする自慢話、というのも、誇張だらけでちょうどいいのです。
 世の中みんな謙遜する人たちばっかりだったら、つまらんでしょう(爆)。

 その、「たまたま」 っていう要因のひとつに、昌幸がかなり遅れて北条のもとに馳せ参じたときにたまたま御隠居の身の北条氏政がやってきた、というのもあるでしょう。
 昌幸は信繁による説得が難航してるのを見かねてもう見切り発車で 「春日信達を調略した」 という土産話を持っていくのですが、氏政の息子氏直はバカにしくさって取り合わない。 そのときにたまたまやってきた氏政が昌幸を褒め称え、書状を書くのもふたつ返事するのですが、氏政にとって真田昌幸などどうでもいいことで、要するに天狗になっていた息子の氏直を諌めるために昌幸をほめちぎった、というこの 「たまたまな」 展開。

 この話の構成も…うまい、うまい。

 ここでもうひとつ説得力を増すのは、まあドラマ上の年齢構成なんですが、氏政を演じる高嶋政伸サンのほうが、昌幸役の草刈サンより、ずいぶんと年下なんですよね。
 なのにもう御隠居をやってる。
 だから権力に対する執着はまだまだ強くて、息子をなんとかコントロールしようとしている。 その気持ちと、老練そうに見える真田昌幸に対する、ヘンな余裕を持ちたいという自尊心。 それがこのキャスティングの年齢差で説得力を持たす要因となっているように、思えるのです。

 そしてこの、殺伐としている今回の話を和らげてくれる役を、徳川家康の内野聖陽サンに託した(それについてはほかのドラマブログに任せた…笑)。

 ともあれ、なんつーか、実に気配りが行き届いていて、気持ちのいい脚本なのであります。

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