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2016年5月 1日 (日)

「トットてれび」 第1回 おそるべき満島ひかり

おことわり この記事、初出時より若干加筆訂正いたしました。

 今回のNHK土曜ドラマは黒柳徹子サンが題材。 いつもの21時台だと裏で黒柳サンが出演していらっしゃる 「世界ふしぎ発見!」 とかぶってしまうためか、20時15分からのスタートです。 黒柳サンはNHKの専属タレント第1号であることからも、黒柳サンへの配慮が十二分になされている印象です。

 で、30分番組、という尺の短さ。 45分やるもんだとばかり思ってましたので、「アレ?もう終わりなの?」 という感じだったのですが、肩肘張らずに見るにはちょうどいい長さなのかもしれません。
 ただこれで全7回ですから、全部だと3時間半ということになりましょうか。 ずいぶん前にこの原作 「トットチャンネル」 は斉藤由貴サン主演で映画化されたことがありますから、それに比べると少しは長いけど、こちらの要望としてはまあ、無理を言って朝ドラで半年くらいやってもらいたい気持ちはあります(笑)。
 だって題材が、面白過ぎるもの。 テレビのホントのホントの草創期のエピソードが満載になるはずなんですよ。

 そう、黒柳サンの歴史というのは、テレビの歴史と丸々かぶっている。 黒柳サンの仕事をドラマで語る、ということは、とりもなおさずテレビそのものの歴史を語ることと、同義なのですから。

 今回のドラマは序盤で(30分番組の序盤って…笑)小学校校舎の3階くらいの場所から少女の黒柳サンが飛びだしてハタチの黒柳サンが 「マンモスの夢」 を見て、という段階から、想像と現実のあいだの境界線がまずない。 笠置シヅ子サンが 「買い物ブギ」 の録りをやるのと現実のレビューが一緒くたになってしまうエンディングまで、「テレビ」 という世界が 「みんなの夢」 と混然一体となっているメディアであることを、これでもかと描写していく方式を採用しています。

 母親の黒柳朝サンは朝ドラ 「チョッちゃん」 のヒロインであることはまあ、いや、昔の話だから知らない人ももういるだろうけれど(調べたら1987年、もう30年近い前だ…愕然)、今回の安田成美サンじゃなくて、古村比呂サンが演じてほしかったな、というのはある(去年 「表参道高校合唱部!」 に出演していたから、出来ないはずはないと思うのだが)。 そこはNHKの遊び心でしょう。

 それはともかく、両親はそんな徹子サンの 「常軌を逸した感性」(笑)を特段否定しにかかったりしない。
 だからその 「常軌を逸した感性」 のまま徹子サンはハタチになっちゃうわけですが(笑)、「お硬いテレビ局」 の代表みたいなNHKで、草創当初からそういう 「型破り」 の人材が採用されている、という意外性が、第1回目では展開していくのです。

 ただ面白いのは、普通ではない黒柳サン(失礼…)が 「普通だ」 と考えることが、テレビ(ラジオ)の世界では 「普通ではない」、という部分(はぁ?…笑)。
 ラジオドラマの収録リハで、通行人役の黒柳サンは倒れた軍人さんに 「どうしたの?大丈夫?死んじゃったの?」 と声を掛けまくるのですが(笑)、そりゃフツーのリアクションなんだけど(笑)「通行人役の役割」、としては、後ろで 「ザワザワする」、というのが仕事。
 この、「普通」 と 「普通じゃない」 ことの境界線がぼやけはじめるのが、またこのドラマの興味深いところなのです。

 ドラマは基本的にオールスターキャスト。 本人たちが実名で登場しています。 私が特に似ている、と感じたのは、永六輔サン。 「ゴリライモ」 の新井浩文サンが演じています(「ゴリライモの」 って…笑)。 森繁久弥サンは吉田鋼太郎サンで、こちらは似てるとかいう範疇ではないのですが(笑)「バカヤロー、コノヤロー」 という、「エラソーな有名人」 と 「喜劇役者」 のギリギリの境界線で笑わせる。
 渥美清サンは黒柳サンの盟友とも呼べる人ですが、今回は中村獅童サンが演じます。 おそらく渥美サンの光と影を演じきってくれるのではないか、と期待しています。
 「ブギの女王」 笠置シヅ子サンを演じていたのは、エゴラッピンの中納良恵サン。 エゴラッピンは昭和歌謡に影響を受けてるユニットなので、このキャスティングはハマっていました。

 しかしそのなかでも恐るべきなのは、主演の黒柳サンを演じる、満島ひかりサン。

 どの演者も、それなりに当人に似せて演じておられたのですが、満島サンの 「若き日の黒柳サン」 再現度は、レベルが違い過ぎる。

 確かに私も 「ヤン坊ニン坊トン坊」 の時代までは知りません。 3匹のコブタの人形劇 「ぶーふーうー」 はかろうじて幼稚園時代に見ていたけど、その声優のひとりが黒柳サンであったことを知るのは、ちょっとあとになってからです。
 しかし 「テレビ探偵団」 とか、NHKのアーカイヴによる 「夢であいましょう」 とか、初期の黒柳サンのしゃべりを後追いして記憶している立場で評価させていただくと、満島サンのそれはもう、「ど根性ガエル」 のピョン吉再現レベルに匹敵するすごさだと思われるのです。 満島ひかりは、たぶんこれらのアーカイヴを見まくって、研究しまくったのではないか。

 満島サンは私以上に当時の人間ではないから、その研究に際してあるのは、リスペクトではない。 おそらく 「当時の黒柳サン(とかピョン吉とか)を見ていた人が感じるであろう違和感を出来る限りなくそう」、とする意志によるものなのではないか。

 満島サンと私の最初の出会いは、「ウルトラマンマックス」 での 「感情を持たないロボット」 でした。
 満島サンは円谷プロ制作の、このような 「息の長いコンテンツ」 のありかたから、「昔からのファンの気持ち」 のなんたるかを、そこで学習しているように思う。 

 ただもうこれって、あまり似せすぎると却って器用さばかりが目に付いてしまって逆効果なのですが、満島サンの場合、黒柳サンの 「あまりに個性的すぎて味わう挫折感、疎外感、劣等感」 をきちんと表現できている、というのがすごいんですよ。

 いや、見る人によってはそういう器用さのほうが目に付くかもしれない。 満島サンの評価って、かなり分かれるじゃないですか。 うまい、という人と、演じすぎが鼻につく、という人と。 満島ひかりという女優は、いつもどこか、世間の評価からはみ出そうとする印象を受ける。 「普通ではいられない意思」 みたいなものを感じる、というか。

 今回見ていて思うのは、満島サンの 「演じすぎること」 と、黒柳サンの 「個性的すぎること」 の 「劣等感」 が、見事にリンクしているのではないか、ということなのです。

 ともあれ、ドラマのなかの黒柳徹子にとって、テレビの世界というのは、おもちゃをひっくり返したような夢の世界。
 今回のドラマは、それを見事に再現構築していると感じます。 たった30分というのは、それ以上やるとリアルな感情のほうが勝ってしまいそうになる、ぎりぎりの時間なのではないか。
 ただ100歳の黒柳サンは、ちょっとリアル過ぎる(笑)。 テレビの世界でいつまでも老いない、そんなマジックをどこかで期待している自分もいます。

 脚本は 「はつ恋」「花子とアン」 の中園ミホサン。 その今までの、どのドラマとも違う。 料理のしかたがうまいな、という気がしています。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様
こんにちは。

テレビ創世記は、30分というのが、番組枠の基本単位だったように思います。と、言っても私もその頃は生まれてないので、定かなことは申せませんが。
ただ、当時のテレビは殆ど生放送ですし、1時間枠の番組が多くなるのは、やはりVTR技術が一般化してからではないかな、と思います。

「トットてれび」は、そういう面も含め、当時のテレビが「夢の箱」だったことを、改めて思い出させてくれました。
それと同時に、30分という枠の中で、「黒柳徹子」という、どう見てもフツーの社会生活を送るには困難な個性が居場所を見つけるまでを、しっかり描いてましたね。
私には、このプロセスが、「ラヴソング」でさくらが歌に出会い、人生に喜びを見出していくことに重なって見えてしまいました。
はからずも同時期にはじまった2つのドラマですが、「人と違う事」「悪目立ちすること」(ヤな言葉ですね)が殊更嫌悪され、攻撃される今の世に放つことは、それなりに意味があることではないかと思います。

そういえば、劇中で徹子さんが笠置シズ子に初めて会ったとき、「本当にいらっしゃった」的な事を言ってましたが、それが「ラヴソング」のヒロイン発表会見で、福山雅治サンの事を「本当にいたんだ。生き物だったんだ」と表現したリアル藤原さくらチャンと被り、少し可笑しかったです。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマで最初に強調されたのが、「テレビではなくテレビジョン」、ということでしたね。 当時のテレビったら観音開きの扉がついてまして(笑)、上にはなにか物々しい置物が置いてございまして(笑)、下には4本の、しっかり存在感を主張する支柱がついておりました(笑)。 スイッチをつけてからしばらくは映らない。 声だけがだんだん近づいてきて、そのうちおぼろげに画像が映り出す(笑)。 消すと真ん中に小さな白い点がいつまでも映って、フェードアウトしていく(笑)。 「チャンネルを回す」 ことが実際に行なわれておりまして(笑)、チャンネルのひねり具合によって映りが良かったりするので、その加減にコツがいる(笑)。 ゴーストなどは当たり前。 ゴーストったって、今の若い人にゃ分らんでしょう(笑)。 オバケが出るんですから(知らんと思って…笑)。

かようにテレビというものは、特別な存在であり、生き物であり、高級家具でもあったのです(笑)。

そんなテレビのなかの登場人物が目の前に現れたら、やっぱりそれこそ 「出たぁ~~っ!」 ですよ(笑)。

>朝ドラ 「チョッちゃん」
「おしん」と並んでアニメ化された朝ドラ
らしいですが、知らないです(涙。

>満島サンの 「若き日の黒柳サン」 再現度
確か朝ドラ「おひさま」では満島サンの晩年を
黒柳サンが演じたのでしたっけ。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「おひさま」、リタイアしたので知らなかったんですが、ああ、そういう経緯があったんですねぇ~。 今回の朝ドラ 「とと姉ちゃん」 は、なんかあまりにフツーすぎてレビューする気が起きない、というか(笑)。 大地真央サンを、こんなにおばあちゃんにしなくてもいいのにな、という感想だけはある(笑)。

リウさん、こんにちは。
やっぱり昔の題材のものには目がないですね。
再放送をみました。おもしろかったですね。
満島さんはホントに演技が飛びぬけてて
個性のある役者さんですね。
キラキラ光っててワクワクして見てました。

エー、話は変わってただ今サンマの生焼け食って
腹こわして一日半、やっと調子が戻ってきました。

あと、大地真央さんのミュージカルのような
しゃべりかたどーしたもんかの~。

ドラマ大すきおやじ50才 様
コメント下さり、ありがとうございます。

BSで再放送されている 「武田信玄」 にも大地サンは出てらっしゃるのですが、全然役作りが違いますね。
つまり今回のオーゲサチックなしゃべり方は、わざとやっているのかな、と。
大地サンのおばあちゃんが脚本だけで感じられる底意地の悪さを感じないのは(なにかっつーと常子を青柳の家に入れたがるとことか)、おそらく大地サンの堂々としたミュージカルっぽいしゃべり方のせいなのではないか、という気がするのです。

つまりこのバーチャンは、毅然としている(笑)。 このバーチャンは、一本筋が通ってる。

だから嫌味を感じないのではないか、と私は分析しています。

まあ、おやじ様が嫌味を感じていたら私の説は根本から成り立たないのですが(爆)。

それはそうと、

さんまはよーく焼いて召しあがられますよう(ハハ…)。

録画していたトットチャンネル、見終わったところです。満島ひかり、ほんとにすごい。私は好きです。ほんとにうまいなー。彼女の出るドラマは外れがないように思います。彼女の演技だけでも良いドラマになるような。黒柳さんの役は彼女以外にあそこまでできないんじゃないでしょうか。
おひさまで、満島ひかり役のその後を誰がやるのかと家族で予想した時に黒柳徹子じゃない?なんて当時当てたことありましたよ!だから今回の配役はには、なるほどーという思いでした。
ドラマ、キラキラしてました。途中泣けもきました。大物たちを誰が演じるかも楽しみ。豪華メンバーですよね。毎週楽しみ。変わってるけど品が良くて背筋がピンとはった徹子さんの姿に自分もシャンとしなくちゃと思いました。
リウさんの書かれた昔のテレビの表現…消した時に白い点が残りしばらくして消える…とおーーーい記憶が呼び起こされなんともいえない懐かしい気持ちになりました。
ととねえちゃんは、家具や小物の並べ方などセンスや暮らし方の丁寧さがなんとなく心地よいなーと思って見ております。 ではではり

初代「夫婦善哉」の話も出てきましたね。
あの頃の森繁サンはあそこまで厳つく無いと思うけど
自分は80年代のお爺さんしか知らないし。

たか様
コメント下さり、ありがとうございます。 返信が少々遅れまして、申し訳ございません。

「とと姉ちゃん」 で今のところ私がいちばん印象に残っているのは主題歌(笑)。 なんか宇多田サンではなく高畑充希サンが歌ってるような錯覚にときどき陥りますが、この曲を最初に聞いたとき、「なんかお葬式の歌みたいだな」、と思っていたら、伝え聞いたところによると宇多田サンの亡くなったお母様に捧げた歌だそうで。

満島サンに対する評価の両極化というのは、うまい女優ということの証明でもあるように感じます。 演技にのめり込むタイプの女優さんには、こうした両極端の評価がついてまわりやすい。 つまり、「出る杭」 なわけです。 役者たちの波のなかに埋もれてしまうことを拒絶する演じ手。

「ブラウン管じゃ分からない景色が見たい」 と言われて理解できる世代、なんですよね(笑)。 「垂直同期」 とかいうツマミがあって(笑)、それを動かすとまるでフィルムがパラパラめくれるように画面が上下していく、なんてのもありましたね(爆)。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

私もお爺さんの頃しか知らないんですが、森繁サンの社長シリーズはBSのどこかでよくやってますよね~いまでも。

今週は番組お休みで寂しい。
垂直同期…ありましたかねえ。画面が上下はあったようなないような。

たか様
私もプロ野球なんかもう見ないんですが(笑)。 なんだあのオレンジのユニフォーム(笑)。 大巨人軍の威厳がない(もうとうに枯れたか)。

「トットてれび」、これは実に恐ろしい空虚のドラマだ、という気がしてまいりました。 なにしろ永六輔サン以外、みんな死んでるんですよ? そこに佇む100歳の徹子サン。 原作 「トットひとり」 の空虚が、そこに厳然とある。

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    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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