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2016年6月 4日 (土)

「トットてれび」 第2-5回 おそるべき空虚と、希望と(コメント欄で 「最終回まで見て」 の感想も書きました…もしよろしければ一読のほどを)

 前回のコメント欄に少し書いたことをちょびっとエラソーに発表したくなりました(笑)。

 この 「トットてれび」 というドラマ、満島ひかりサンのモノマネやテレビ界のうわべの華やかさに騙されてはいけない。

 このドラマは、老後に誰もが味わうであろう、「自分の知り合いが次々死んでゆく」 という 「おそるべき空虚」 をはからずも描いている。

 考えてもみてください。 森繁サンに渥美サン、沢村貞子サンに三木のり平サン、植木等サン、ハナ肇サン谷啓サン、このドラマに出てくる人たちは、現在ほとんどみんな鬼籍に入った、つまり亡くなった人たちばかりなのです(たぶん)(永六輔サン、篠山紀信サンなどはご存命)。

 そしてそれらの亡くなった人たちが、テレビという 「夢の箱」 で幻想のようなきらびやかな過去を映し出していくのを、100歳の徹子サンが眺めている。
 その100歳の徹子サンを演じる現在の徹子サンは、そこで過ぎ去っていく人たちに思いを馳せることで、現在に至る自分自身の人生がいかなるものであったのかを、見つめ直している機会を得ているのでしょうか。

 長生きすると、人はいろんな人と別れていきます。 若い頃なんかはそりゃ、不慮の事故で亡くなってしまう友人もいましたよ、私にも。 第5回の向田邦子サンのように、飛行機事故で亡くなった友人もおりました。 こんなことって滅多にあるもんじゃないような気もするのですが、徹子サンはこの向田サンと、(坂本)九ちゃんのおふたりの友人を飛行機事故で失っている。

 それが次第に 「若くしてそんな病気で…」 というケースになっていき、もっと歳を経るとみんな寿命で亡くなっていく。
 「櫛が抜けていくように」 と申しますが、本当にそんな感覚がいたします。

 その寂しさが、

 私たちフツーの人たちに比べればはるかに 「華やかな」 芸能界、テレビの世界においてだから、余計に激しく増幅されて、「100歳の黒柳徹子サン」 に押し寄せてくるのです。 「老い」 というものの恐怖をこれほど感じたドラマって、個人的にあまり記憶がない。

 しかしそれでも第5回のラストで、黒柳サンは幸せなおばあちゃんになる、と宣言するのです。 「おばあちゃんになった黒柳サンを書いてみたい」 と語っていた向田サンを失いながらも。

 確かにこのドラマに出てくる人たちは、みんな去ってしまった人たちだけれど、人はいくつになっても新しい人と出会い続けることができる。
 それは移り変わりが激しいテレビ界だからそのようなこともできるんだろう、という気もするのですが、それは自分がそれまでの自分に拘泥することなく、一歩を踏み出すことで新たな出会いもある気がするのです。 ブログなんかやってる私なんかも、実はそんなところで単なる仕事づきあいだけでない、楽しくおしゃべりできる人に出会う機会を得ているのでしょうね。

 とまれ、「電車の網棚にタヌキがいた」 みたいな不思議感覚(笑)で、はたから見ればつまらないことでもなんでも楽しそうに向田サンの留守番電話にしゃべりまくる徹子サン。 そんな 「なんでも面白がる」 という発想って、必要なんだな、って感じるのです。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウさん、こんばんは。
「おもしろがる」は大事ですね。
リウさんもコメントの返事で
「こうやってかいてやれ。」
と、楽しんでいるのがわかります。
こちらもおかげで一日三回はここを開いてます。

人はみんな死ぬけれど好きな人が死ぬのはつらい。
自分はほどほどまで生き、楽しい人生だったと
思える生き方をしたい。
ドラマの話をこうゆう風にやり取りするのも
楽しみのひとつだし。
リウさんもまだ死ぬにはまだ時がありそうなので
楽しい記事を書き続けてくださいね。

「わたしを離さないで」は書くのでしょうか。
あれ、最後まで見てなんともいえない
気持ちになったもので・・・。
こちらでは「結婚できない男」がまたまた
再放送してます。
この手の新ドラマ始まんないかな~。

ドラマ大すきおやじ50才 様
コメント下さり、ありがとうございます。

いや、私はかなり衝動的に書いてます(笑)。 と申しますか、最近では衝動的にならないと勢いで書き終わらない(爆)。 やっぱり感動というものはその場の勢いで書くのがもっともしっくりくる気がします。

けれどもそんな勢いで書いた記事というのは、「泣くな、はらちゃん」 以来パッタリない気がします。 この春ドラマで私をいちばんその気にさせるドラマは 「重版出来!」 なのですが、おかしいなあ、第1回以来レビューがないぞ?(笑)

なんか自分の寿命って、若い頃からの予感的には(笑)あと2、3年(つまり54くらいで死にそうな予感…笑)なんですけど、あくまで予感ですから(爆)。 それ以上生きたら人生設計がメチャクチャだ(54までの予定しか立ててない…笑)。 ただ、どうも死ぬまで怠惰な生活は続きそうです(ハハ)。

「わたしを離さないで」 の記事は、ドラマの重さと比例してかなり重たいので、今のところ出さない予定です(スミマセン)。 途中で書いててあまりの重たさにやんなったので(笑)。 でもその重たい部分をバッサリ切って毒がなくなったら出す、かも、知れません(気分的には20パーセント以下…)。

リウ様
おはようございます。

先週の渥美清さんby中村獅童さんと、先々週の向田邦子さんbyミムラさん。どちらも大変濃い内容でした。本当に、30分ていう事が信じられないくらいです。

2つのエピソードは、お二人が「肝心な事」を徹子さんに告げず、向こう側に旅立たれたということが共通していました。残された徹子さんの寂寥感が一層強く胸に響くのですが、ただ、それを言わないことが、むしろ関係を深め、お互いを掛け替えのない存在にしていった。そのことを、ドラマ全体からヒシヒシと感じ取ることができました。「何でも話せる」友、家族、恋人・・一見麗しく見えますが、その関係は往々にして「何でも話さないといけない」という重圧を当事者に課すことになってしまう。そんな中、自分の興味や好奇心の赴くまま、まるで子どものように、自分の聞きたいことだけを聞き、言いたいことだけを話す徹子さんの軽やかさは、渥美さんや向田さんのような、心に金庫を抱えた人にとっては大きな救いになったのではないでしょうかね。

来週はいよいよ最終回、吉田鋼太郎さんの森繁さんも、最初は少し違和感があったものの、回を追うごとに森繁としか見えないようになってきました。大団円という言葉が、これほどしっくりくるドラマも珍しいと思います。どんなラストになるのか、楽しみですね。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

30分で濃密な内容を見せる、というのは脚本の中園ミホサンが 「花子とアン」 で習得したひとつの技のような気がします。 それに比べるといまの朝ドラは 「梅ちゃん先生」 並みにユルイですな(もうリタイアしたのでこれ以上の論評は避けます)。

吉田鋼太郎サンは私も 「一番似てねぇ~」 と思ってたんですが、あの苦み走った眉毛の当たりが、不機嫌な森繁サンに似てる感じですよね。 中村獅童サンは寅さんにしちゃエラの張りが弱過ぎる(笑)。 個人的には加藤清正の(アレ名前が出てこない)永六輔サンをもうちょっとちゃんと見たかった、というか。

渥美サンと向田サンの話のもうひとつの共通点は、「留守番電話」 ですね。 向田サンの場合出始めで徹子サンがかける側だったけれど、渥美サンのときは徹子サンの留守電に渥美サンがかけてくる。 渥美サンの最後の伝言を徹子サンが何度も聴き続けるシーンには、ハァ…泣かされました。

「共通項」 とか、コンパクトにまとまってて体裁がいいんだな、ドラマ全体の。

「とと姉ちゃん」 なんかよりこっちを朝ドラにしたほうがよほど見たいですね、もちろん中園サンの脚本で。

最終回、観終わりました。スタンディングオベーションです。心で号泣。横に家族がいなければ…。徹子さんたちは勿論自分よりずっと年上の人たちなのですが、自分も確かにあの世界を少しは知っている。そして今、その世界はどこへ行ったのか…。いつの間にか年上の人たちがいなくなってきている。最近、我に返って感じたことです。松重さん演じる王さんが入っている老人ホームのシーン、お年寄りばかりがみんなで知床旅情。王さんがバリバリお店をやっていた頃が重なって、心で号泣。自分もいつか、いや思ったより早くそこに行くのかもしれない。心がぎゅうっとつぶされる思いでした。徹子さん、最近年を取られたなと思ったけれど、大先輩としてまだまだああでいてほしい。
ほんと、朝ドラにしてほしいですね!
とと姉ちゃんは、??と思う展開が多いですが、梅ちゃんよりはましですかな。あれは、人として許せなかった。ぼやっとしてるのに上から目線で。でも、みんなが、梅ちゃんのおかげ、みたいな感じで。

たか様
コメント下さり、ありがとうございます。

「これを朝ドラで見たい」 と言っといてナンですが…。

NHKはこのドラマを作ってしまったことで、今後少なくとも10年は同じ題材の、つまり「テレビの国のトットちゃん」を主人公にした朝ドラを作る機会を喪った、と言っていい気がします。 やるとすれば16年後(だいたい15年は見送られる、という私のイーカゲンな予想です…笑)(いや、「存命中のかたが朝ドラ主人公はないでしょう」、というNHKの屁理屈で見送られ続ける、という気がする)。

だいたい、黒柳サンとテレビ、という題材で語り始めたら、こんなもんじゃ済まないし、黒柳サンはほかにもユニセフ大使で飢餓に苦しむアフリカの子供たちと接したりしていて、とてもじゃないが30分番組8回で語られるスケールの人物ではありません。 おそらくこれを朝ドラでやろうとするとき、「トットちゃんねる」「トットひとり」 という原作本2冊くらいでは黒柳サンの人生を完全にフォローしきれないのではないでしょうか。

そしてその取材がNHKには出来る。 だってもともとNHKの専属タレントだったのだから、ほかの民放なんかよりも、「黒柳サンのドラマを作る」、ということにかけてNHKは優位に立っているんですよ。

ともあれ、今回のドラマがその巨大なエッセンスの柱となるべき部分を見事に抽出して終わった、という気はとてもいたしますね。

特にこのブログ記事でも指摘した 「老い」の問題について、このドラマはとても深い部分まで切り込んだと思います。

それは最終回の森繁サンの姿と、ワンさんの姿にとてもよく現れていた。 吉田鋼太郎サンはこれまでこうした、ただひたすらみっともないところを見せる役なんか見たことがありませんでした。 「花子とアン」 のときでも、いくらみっともなくとも、あくまで男の哲学や品格を感じさせていた。

ところが今作の吉田鋼太郎サンは、吉田サンなりにカッコつけようとするのだけれど、脚本がそれを許さない。

最後の出演となった 「徹子の部屋」 でずっと黙りこくったままの森繁を演じる吉田サン。 これまで自分が醸し出してきた 「ダンディズム」 と 「老いのみっともなさ」 が葛藤を続け、ついに折れて、「知床旅情」 をかすれた声で歌いきる。 そこには吉田サンなりの演技におけるこだわりがギリギリ残った 「老いの哀れさ」 が表現されていて、息をのみました。 満島サンはその年月の重さに、ただ涙を流すしかすべがなくなる。

そして松重豊サン演じる王サン。 これはたか様のとても素晴らしいコメントに私の感想を譲ります。
松重サンはこの春ドラマで 「重版出来!」 の虎キチ編集長もなさってましたが、まったく別の役柄で、しかもそのどちらともかなり突き抜けてました。 もともとすごい役者さんでしたが、「孤独のグルメ」 を始めたあたりからなのかな、なんかひと皮ふた皮、さらにむけた気がする(これ以上むけたら穂先メンマになってしまう…笑)。

最後に、どこまでも絶望的な内容のこのドラマをなんとか押しとどめたのは、黒柳サンの生きていく姿勢でした。

「みんな死んじゃったけれど、みんな 『死』 というものを乗り越えることができた。 だから私だって大丈夫。 死ぬのは怖くない」。

「死ぬのは怖くない」 までは言ってませんでしたが(笑)、まるで 「死ぬ時ってどうなるのかしら」 という黒柳サンの飽くなき好奇心が、そこに見える気がしたのです。

そして 「より良い 『死』 を迎えるためには、より良い 『生』 を生きなくちゃならない」、という哲学を、そこに見た気がしたのです。

…思わず 「最終回まで見て」 みたいなコメント返信になってしまいました。 たか様には失礼にあたりますが、ちょっとこの記事のタイトルも 「最終回まで見て」 も含む、と改題させていただきます。 なにとぞご了承のほどを。

リウ様 ぎゃー、恥ずかしい。コメント褒めていただいて嬉しい!のですが、自分のを読み返して顔から火が出る思いです。お願いします!リウ様、王さんのあのシーンについて、お書きくださいませんか!? 読みたいです!

たか様
コメント下さり、ありがとうございます。

いや、大した感想を持っていなかったからこそ、たか様にお譲りしたのです(笑)。

王サンは若い頃からNHKの近くで店を開いていたから(もちろん現在地の渋谷じゃない)「ワタシ森繁にも渥美清にも会ったことあるよ!店来てたよ!」 と自慢ばかりしてましたよね。 だからもともとテレビ、という 「夢の世界」 と現実との境界線が希薄な意識の持ち主だったと思うんですよ。

それが老いて自分の見ていた夢の世界が、夢ではなかったことを確信していく、というより完全に仮想と現実が融和してしまう。 そしてそこに、自分の確かな存在というものを見つけていく。 人生そのものが夢、というスタンスに通じるものがあります。

森繁サンもその点においては同じなのだが、「呆け」 という記憶の雲散霧消状態のなかで、かつて自らが作詞作曲し、現実世界に向けて放った 「知床旅情」 という 「夢」 を再確認しようともがく点において、王サンと構造がさかさまに思えるのです(「夢」 と 「現実」 のどちらが主体か、という部分で)。 簡単に言えば王サンは 「夢」 の受け手、森繁サンは 「夢」 の発信者。

「ザ・ベストテン」 では久米サンが出てこなかったのが残念だったけれど(笑)、あそこで歌われた 「ヤン坊ニン坊トン坊」 の歌もとても象徴的でした。

リヴァル様
ありがとうございました!さすがです。

たか様
どうもです…って、どうすればリウがリヴァルになるような誤入力が出来るのか不思議だ…(笑)。 リヴァルってカッコイイから、今度からリヴァル・Hとでも名乗ろうかな(笑)。

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BOOKS

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

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    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
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    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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