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2016年7月10日 (日)

「真田丸」 第23-26回 人の世の業

 「このドラマは豊臣をはじめとした権力の崩壊の必然性を解説している」 などと前回までの感想文を眉間にしわ寄せながら書いていたところ、書き終わらぬうちに始まった次の 「瓜売」。
 完全なる 「笑わせ」 モードでまた先週との落差が激しい。 おかげで先週までのレビューは完全にボツ(笑)。 このところ三谷脚本は回ごとに舞台設定を縦横に駆使している印象です。
 ウダウダしているあいだにもう次回が迫っておるのですが、このあとどういう仕掛けで攻めてくるのかおおいに楽しみなところ。 ただ、訳知り顔で 「このドラマはこういうドラマだ!」 と偉そうにトータルで解説できないもどかしさがついてまわる(笑)。

 いまのところの結論としては、「偉りゃ~人間でもフツーと同じ、ただの人間」 という平凡なところ。
 どんなに人の上に立とうが、どんなに偉そうにふるまおうが、人は自らのなかに弱さを抱えながら生きている。
 このドラマで千利休は 「己の業(ごう)、さだめ」 と自嘲しましたが、それに翻弄されながら、「真田丸」 の世界の人々は生きているように思うのです。

 真田昌幸は自らの策士ぶりを発揮したくてたまらず、真田信幸は自らの生真面目さから生きにくさを感じている。
 秀吉は二面性を権力者のカリスマ性に転嫁できているけれど、実はそのなかで発生する自分の精神分裂に気付いていない。
 三成は立場的に偉くなった自分と本当の自分の実力がかけ離れていることにもがき、茶々は過去に無理に目をつぶって籠の鳥を演じている。
 家康も秀吉に頭が上がらず太鼓腹を出しながら溜息をつき、北条氏政は自分の顔色の悪いのをひたすら気味悪い化粧で隠そうとする。
 かようななかで、主人公の真田信繁はどうにもならない人の業のつぶさな観察者になっているのですが、信繁にしたって真田の処遇とかきりの扱いとか、どうにもならないことにもがいている印象があります。
 ただ観察者になることによって、信繁のなかには人の世の 「運命」 というものに抗う気概が徐々に培われているように私には感じられます。

 このドラマのなかの人間たちは、戦国時代のスーパーマンなどではなく、総じて限りなく人間臭い。 自分の欲望はむき出しにするし、気に入らないヤツはどんな手を使っても排除しようとするし、したくないことはあくまですっとぼけて先送りにする。 常識なんかあったもんじゃありません。
 その先に見えるのは、「何がいい、何が悪い」 とことさら 「正しさ」「モラル」 ばかりあげつらう、現代人の欺瞞に対する三谷氏のひそやかな抵抗である気がします。 あ~ハシモトはまたメンドクサイことを考えてるぞ。 だから新しいブログ記事が更新出来んのだ。

 「真田丸」 というドラマの特徴として、かなり近視眼的に豊臣政権を見つめていることがひとつある気がします。
 つまり足利、織田からの戦国時代の歴史的な流れをとても軽視している。 これは物語の主眼が 「主人公=真田信繁と豊臣との関係性」 にあるからで、そのために三谷氏はもう考えられるすべてをバッサバッサ切り捨てている。 そして近年の大河ドラマの主役たちもバッサバッサ切り捨てている(笑)。 軍師官兵衛も江もちーとも出てこない(笑)。
 足利将軍は完璧無視だし、織田信長は出てきたかと思たらあっという間に本能寺。 秀吉が自らの天下取りを大きくリードした清洲会議も、三谷氏自らがこの題材で映画を1本作っちゃったためか(たぶんそうだろう)無視している。 信長との関係性を軽視しているから、信長の後継、という流れも無視できるんですよ。

 であるから、秀吉が朝鮮出兵を決めた動機にも 「信長を超える」 という視点が入ってない。 このドラマを見ていると、天下の流動性をとめて豊臣主導の命令体系を確立させる目的で他国を侵略しようと秀吉が決断したように描かれているが、もっといろいろあると思うんですよ。
 そのひとつが 「巨大なカリスマであった信長を超えようとする野心」 だと思うのですが、そこを描いてしまうと物語の中心軸がぼやけてしまう。

 三谷氏がことこのドラマにおいてあくまで強調したいのは、「天下を取ってからも秀吉の頭脳は明晰だった」 ということなんじゃなかろうか。
 近年の大河ドラマの傾向として、「天下取ったら秀吉は鋭角に落ち始める」 という 「ある種の見くびり感」 というものがある気がするのですが、利休を切腹させたのもあくまで三成と刑部の陰謀によるものだったし、「瓜売」 における仮装大会でも、全軍の士気が下がっていることを敏感に察知している。
 重要なように思うのは、秀吉はけっして呆けてないというのを観察しているのが、また信繁だ、ということです。 信繁は、秀吉とその周囲の微妙な温度のずれを感じ始めている。

 別のドラマのコメント欄でも言及したのですが、もうひとつここ数回私が気になっているのは、きりですね。
 彼女は最初現代的なアプローチでドラマをひっかき回すトリックスターだったのが、今じゃ秀次の聖母的立場に変化している。
 しかし聖母でありながらその目はあくまでシビア(笑)。 彼女は豊臣家の最暗部、最深部に潜入しているのですが、そこから物語をどう掻き回していくのか、とても興味があります。 なにしろこのキャラはおそらく、このドラマにしか出てこないですからね、後にも先にも。

 冒頭でちょっと書いた 「権力崩壊の必然性」 ですが、これは次回以降にとっておきましょう。 蛇足ですが、NHKBSで並行再放送している 「武田信玄」 において、信玄の息子四郎(のちの勝頼)が冷たい瓜に呼ばれていた(笑)。 まさか 「瓜売」 ってこれつながりじゃないだろうな(笑)。

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コメント

レビュー、お疲れ様です。完成おめでとうございます。うれしいなあ!
しかし、つらつらと思い浮かべるに、遠き彼方のようでもありますね。
それぞれの生きにくさ。でも、真田は生き残る為にそれぞれが生きにくさと折り合いをつけています。北条は我をとおしたが故に滅びた。だが北条だって怯えていたのだ。白塗りで顔色を隠し、香を焚いて匂いを誤魔化そうとするほどに。
しかし、北条は果てる。家康、景勝、真田昌幸と北条の栄華を知る者達の取りなしも辞退して。豊臣の一大名に下るよりも関東の覇者として滅ぶ道。汁かけご飯、ちょびちょびじゃなく、思いっきり全部かけたのは、諦観なのか、人生やり尽くしたからか。
茶道の開祖、千利休。彼の退場について、今までの主人公はたいてい千利休の擁護派なのです。江にしても官兵衛にしても。今回、告発側というのが新しく感じました。
しかも、千利休がカリスマというよりとっても俗物。堺の商人。死の商人。しかしカリスマでもある。業の深い茶。どんな味なのでしょうか。しかも、足すくわれたのが、利休の等身大フィギュア。(笑)それが、茶々さんんのおねだりが元。しかもお寺に寄付したのも茶々さん発案。艶福家と発覚した文枝さんの実生活と織り交ぜて三谷さん仕込んでいましたね。そしてその利休の死と鶴松の死。利休の呪い。いやいや、呪いというなら、今後みんな呪われます。(笑)
刑部も呪われていないと言ってますがらい病にかかるんですよね。多分。そして三成と敗軍の将です。信繁だって、茶々だって、茶々の子秀頼だって。これは利休の呪いと茶々の呪いの副産物ですか。(笑)豊臣の滅亡は茶々の呪いと利休の呪いによるという。ホラー仕立てでした。
ホラーの後は瓜売。語呂合わせかよ!うりうり、楽しい。真田父ちゃん、とっても美声。うますぎて秀吉とかぶるとまずい。だから辞退。これって軍略の天才昌幸が、秀吉の和平の時代に居場所がないのと同じ。
結局仮装大会は秀吉優勝。だって出来レースだもの。家康だってたぬき腹を晒して笑って秀吉を讃えつつ、目は冷ややか。もちろん秀吉も。朝鮮出兵の士気なんてとっくに下がっている。というか、秀吉政権そのものが下り坂。だがその政権内部で、関白秀次は赤ん坊の秀頼に慄く。秀次、人が良すぎる。器量が足りない。本人も自覚ありすぎなので、痛々しい。
繊細な秀次ってのはよく見かけるけど、ここまで繊細で気弱ってのは。政治に不向きだったのよね。生まれてすぐに死んだ子供に詫びている姿、母性本能をくすぐられました。理由の勝手さはさておいて。己の弱さを知る者って本当は強き者のはずなんですが。ちょっと己の弱さに逃げてる所が。逃げ道はないのに。そこがもののあわれ、いとおかしなんですね〜〜。
昨日は選挙報道で繰り上げ放送。題名不信。参議院議員選挙にとっても相応しい題名。不信、うんぴったりだわ。出来レースだしね。
多分勝頼の瓜と瓜売、掛けていると思います。勝頼、初回と第二回で復権させていますもの。三谷さんは滅びゆく敗者がお好きなんですって。歴史はほぼ勝者のものだけど。新選組では、国会に呼ばれたけど。今回は史実にうまくフィクションを混ぜています。仮装大会は史実。そこで翳りゆく政権の構図を炙り出していく。笑いが冷笑になりやがて凍りつき悲嘆になって行く。瓜売の悲喜こもごもで笑ってるそばで、大阪では関白秀次が秀頼誕生に慄き、我が子を亡くし泣き崩れている。
世間的には利休の回と瓜売はいまいちだろうけど、心理劇としては楽しめました。新納秀次、可愛い、最高!


投稿: ささ | 2016年7月11日 (月) 09時11分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

「ウルトラマン」 の記事を書いてたら、ささ様からコメントが入っていたのに気付いたのですが、ちょっとボリュームあり過ぎて(笑)。 明日の朝にちゃんと読んで返信いたしますので、よろしくお願いいたします。 これから夜勤に備えて寝ます(もう2時間余りしかないっ)。

投稿: リウ | 2016年7月11日 (月) 11時53分

リウ様。私暫くネットから離れます。読む事に専念します。お仕事頑張って下さい。

投稿: ささ | 2016年7月11日 (月) 22時38分

ささ様
ちょっと青天の霹靂です。 理由はあえてお訊きいたしませんが、たぶん私の記事アップがあまりにないので見放されたのでしょう。

私もこのところ、「真田丸」 の記事に関しましてはささ様の反応が楽しみで書いていたところがございますので、ささ様の反応がない、となるとこの先書くモチベーションがございません。 ちょっと情けないのですが、「真田丸」 のレビューは、これでおしまいになる気がします。

ささ様の長文のコメントを読ませていただきましたが、物語の詳細についていつもながらの鋭い考察でした。

実のところ私、前回のレビューも今回のレビューも、この 「物語の詳細」 についてあえて回避し総論的なレビューにしています。 その原因は、1回の話のなかにキモがいくつもあって、いちいち見返してあれもこれも、というレビューの作り方をするのにちょっとウンザリしたからなのです。

ですから、せっかくアップされた私のレビューを読んでも、それにどうコメントすればいいのか、ささ様はさぞ書きにくかったのではないか、と思います。 ドラマを見て語り合いたいのは総論的なものではなくて、「おばばがなかなか死ななかった」 とか(笑)「昌幸は瓜売りに命を懸け過ぎている」 とか(笑)、そういう細かい部分ですもんね。

ささ様がいらっしゃらないなんて、あ~あ、つまんないな~(笑)。 ブログやめちゃおうかしら(すでに休業状態だけど)。

投稿: リウ | 2016年7月12日 (火) 07時07分

マイダーリンがワイハイ料金払えなかったみたいです!で、携帯からだとコメント書きづらいので。決してリウ様のせいじゃありません。ダーリンがいつお仕事の対価を頂けるかわからないので、料金が暫く払えないんです。私も休業中で懐が厳しいので。我が家は貧困でして。ただ読むのはなんとか出来るので。これからも時々、お邪魔します。真田丸大阪編になって信繁が傍観者というか歴史の立会人みたいで、真田の物語としてはサブストーリーを見ているようでもあって、見る熱がやや下がってます。楽しいのですが。ちゃんと送れるかしら?ではまた。携帯上手く扱えないんですよ(笑)

投稿: ささ | 2016年7月12日 (火) 08時05分

ささ様
私も超ボンビーですよ(笑)。 未だに8年前(いやもう9年前だ、ガーン)のPC使ってますし(おかげでサクサク行かなくて操作しにくいことこの上ない…というのは何度かお話ししましたよね)。 未だガラケーだし(「あまちゃん」 のアキ仕様のヤツ…)(つーかスマホなんか必要ない、料金高いし)。

ささ様は骨折もしておりましたね。 ガンガン長文コメントが来るのですっかり忘れてましたが。 理由が分かりましたので 「もうブログもやめちゃおうかな」 というのは戯言になりつつありますが、じっさい反応がない、というのはやってて虚しくなるもんです。

でもくれぐれもご無理はなさらないように。 私も無理はしません、などと言って記事を書きゃしない(ここ数日連続してますが、正直やる気にムラがあるのです)。

投稿: リウ | 2016年7月12日 (火) 09時12分

今書いてる途中でコメントが消えました(泣)百字くらい(泣)コメントは携帯だと左手の親指で打ってます。頭がローマ字表記に慣れてて携帯の文字配列に慣れないです。とりさんの死ぬ死ぬ詐欺!明るい大往生!豊臣の栄華と違って悪意が入らないし真田一族無理をしない。草刈さん美声です。でもとりさんからはうるさいですって(笑)とりさんは息子ではなく次世代に遺言する。一族が揺るがない。真田は一つ。策略をめぐらすけど真田は一つ。だから明るい大往生!草笛さんの毅然としたとりさん。彼女の明るさと強さ。真田丸の道標なのでしょう。死ぬ死ぬ詐欺。笑いました。

投稿: ささ | 2016年7月13日 (水) 14時40分

リウさんこんばんは。最近コメントしたくなる
ドラマが無いのですっかりご無沙汰しています。
毎日ここにお邪魔はしているのですが何もコメント
せず申し訳ないなとおもっています。
が、ワタクシも無理しないようにしているもので・・。
ただブログやめるのは悲しいです。
ほんとに戯言ならいいのですが・・・
ほかのブログしか見れないならワタクシ
パソコン開くことがなくなりかねません。
(しかしユーチューブのエッチのは見るかも・・)
ということで200字位コメント書いて何度も
消えたにも関わらず(ちょっとオーバーに・・・)
このブログのアツい読者の一人である
ワタクシからのお願いです!!!。

あ、そうそう「はじめまして、愛しています」は
唯一面白そうです。

投稿: ドラマ大すきおやじ50才 | 2016年7月13日 (水) 23時31分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

実は私もなんですよ(笑)。 昨日新しい記事を書いていざ投稿!という段になったら途端にフリーズ(おやじ様への返信で言及しましたが、リクエスト・トゥー・ラージというエラー状態です)。 ふて寝しました(笑)。 「こんなに短い記事なのに!」(笑)。

短い記事だったから今日はそれを思い出してまたチャレンジします。

おばばの遺言は、実はあまり心に沁みませんでした(笑)。 冒険してるなと思ったのは、死ぬ死ぬがナレーションの有働サンを巻き込んだ手の込んだものだったこと(笑)。 でもこれも、「瓜売」 の回だから出来たと思うんですよ。

このところ私の親世代の訃報ばかりで、草笛サンの臨終シーンも、あまりシャレにならないよな~と思っていたので、一度コクっ、というドラマの常套をひっくり返して、清々しく夕日を見つめながら孫に教示する草笛サンの姿で終われたことは、なにかとても救われたような気がしたんですよ。 草笛サンもこういう三谷サンの処し方がとても気に入ったように感じました。

投稿: リウ | 2016年7月14日 (木) 07時09分

ドラマ大すきおやじ50才 様
コメント下さり、ありがとうございます。

いや、前回から1ヶ月近くアップしないから、コメントを寄こす機会もないわけで、おやじ様が気になさることは、一切ございません。

ささ様のコメントにも書いたのですが、昨日フリーズしてポシャった新しい記事の内容は、「今のところ夏ドラマ全滅」 というタイトルでして(笑)。 春ドラマが出来のいいものばかりだったから余計にダメダメが目立つ。

ただおやじ様の挙げてくださった 「はじめまして、愛しています」 はノーマークでした。 私ヤフーの新ドラマ特集を見て、見るドラマ決めているもので。 確かなかったぞ?(あったのかな)。

このところ新しい記事を書くより、こうしてコメント欄でチャットをする方が面白いもんで、反応がないと気分が萎えるんですよ。 ブログなんてもう古いコミュニケーション手段なのかな、と考えてしまいます。

投稿: リウ | 2016年7月14日 (木) 07時18分

iPad生活に戻りました。どういうわけかワイハイが復活しました。ダーリンのプライドを傷付けたくないので喜ぶだけで深く追求しません。
暑いですねえ。
ポシャったコメント。とりさんの明るい死と、豊臣の栄華取り繕う為に死そのものを罪にされ、葬式もおざなりにされたひでやすくんについて考察してました。豊臣、無理矢理なんだもの。
秀吉の善意と秀次の善意。善意のすれ違いと空回り。不信とは、いとも簡単に作られ身内が故にがんじがらめですねえ。秀吉の凄いのは、一族の栄華を自分が出世する事で築き上げ、今度は秀頼を支えるはずの一族を悉く排除し、自ら豊臣を滅していく事。でもこれって身内じゃないと、とっても冷静に見てられる。(笑)でも、真田だって、兄ちゃんの官位を貰うのにあたり兄弟親子で軋轢が。好意が必ずしも通じる訳じゃない。昌幸、信繁の頭の良さに蚊帳の外の兄ちゃんは、面白くない。病気以外、貰えるものはもらっとけ。昌幸パパ、兄ちゃんのデリケートさがわからないのよね。(笑)
でも、きりちゃんと信繁。信繁、本当にきりちゃんを秀次に厄介払いしようとしている(笑)
きりちゃんを見送る堺さんの清々しいきっぱりとした表情。それに全くめげずのきりちゃん。
出奔した秀次。次回でお別れなのでしょうか。

投稿: ささ | 2016年7月14日 (木) 22時33分

ささ様
参りました。 窓開けて仕事行ってたらPCが雨かぶってまともに入力ができません。 しばらくお待ちください…。

投稿: リウ | 2016年7月15日 (金) 07時26分

ささ様
あらためて返信いたします。 実はPC本体ではなく、キーボードがポシャったのですが、 「ほ」 の字が入力できず少々不正確な記述となりました。 本日ようやく替えのキーボードがアマゾンから届いたのでそれを使って入力していますが、少々勝手が違いますね。 てなわけで一応、とりあえず、なんとかかんとか復活です。

と思ったら仕事なので(笑)(どうもカーソル移動のキーの位置が違って打ちにくい…笑)、また明日の朝あらためて返信いたします。 お待たせばかりして申し訳ございません。

投稿: リウ | 2016年7月18日 (月) 13時06分

ささ様
あらためて返信いたします。

今回の大河での三谷氏の目論みのひとつとして、「秀次の鎮魂をしよう」 という側面があるように感じます。 歴史解釈として常に 「アホの」 という形容がついてまわっていたように思える秀次。 アホのくせに、アホだから、秀吉の怒りを買う。

いっぽうで秀吉に対しても新たな解釈を図ろうとしている側面があります。 本文にも書きましたけど、秀吉の頭脳が明晰だった、ということと、秀次に関しては身内の情が高じていたということ。

高じ過ぎて。

まあ、ここらへんのことは新たなレビューに書きたいと思いますが、とりあえずPCが正常に戻ってよかったです。 …いや、依然としていろいろと難儀ですが…。

投稿: リウ | 2016年7月19日 (火) 06時58分

リウ様、パソコンがご無事でなによりでした。一昨日、秀次が亡くなりました。いやあリウ様、きりちゃんマリア説!当たり!流石です。
しかし、秀次の死への描写は、三谷さんの独自の見解を歴史に合わせるように、秀吉が追いかけるというものでした。ちょっと強引だったけど。
よもや、お兄ちゃんが絡んでくるとは思いませんでした。お兄ちゃんのコンプレックスも。(笑)
では、また。新番組では、まともそうなのは、寺尾さんの仰げば尊しくらいでしょうか。あの、寺尾さんが番宣してる!その一生懸命さ!若いイケメン君達!見習えよ!
後、波瑠さんの透明感だよりのON見ました。殺伐としている中、ヒロインは美しい。それだけでしたね。(笑)
秀次の死へのリウ様のレビュー、期待しております。私はちょっと肩透かしをくらった感じでした。でも、秀次の死よりお兄ちゃんの立ち直りが優先というのは、真田丸だという事でしょうか。

投稿: ささ | 2016年7月19日 (火) 08時29分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

「仰げば」 …ゲバ…ゲバゲバ…(笑)。 ゲバゲバと言えば巨泉、野球は巨人、司会は巨泉…。

亡くなってしまいましたね。 巨泉サン。

ところで 「仰げば」 のほうはまだ見てないのですが、見る前から 「どうなのかな」 という気はしてます(笑)。 だって 「スクール・ウォーズ」 みたいだし(笑)。

「ON」 は私の嫌いな事件モノですが見ました。 波瑠サンはこういう使い方では生きない。 フジテレビはヘタクソだ。

というようなことを書いた記事だったんですが、先に 「消えた」 と言った記事(笑)。

投稿: リウ | 2016年7月20日 (水) 10時08分

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