« 2016年10月 | トップページ | 2017年1月 »

2016年12月

2016年12月19日 (月)

「真田丸」 最終回まで見て

 三谷幸喜氏による真田幸村の物語は、私がこれまで見てきた幾多の 「真田」 のドラマとは、微妙に一線を画していた。
 真田が徳川に盾突き、そして同時に生き延びていくという歴史物語は、徳川が理不尽なワルモノに徹することで、見る者の感情を惹きつけリードしていく類のものだ。
 さらにこの物語は、織田信長時代からの描写を確実にこなさないと、主要な登場人物たちの本質が見えてこない。 逆に言えば、その人物のバックボーンが理解できることで見る側は確実に物語への思い入れを強めることができるのだ。

 しかし三谷氏の 「真田丸」 は、その2点を意識的に回避しているように思えた。 要するにそれをしてしまえば、私たちが今まで見てきた 「真田物語」 と同じになってしまうからであるが、私はこのドラマの中盤、石田三成の描写を見ていくうちに、「このドラマってかなり近視眼的に作られているのではないか」、と考えるようになった。 つまり、真田信繁の目線で物語が狭い範囲で推移しているような印象を受けたのだ。

 もちろん、信繁の目線だけでは話は進行しないから、信繁の与り知らぬ徳川の動きなどもなかったわけではない。 ただそれはあくまで必要最小限な範囲だったように思う。

 まず私がそれを最初に感じたのは、「本能寺の変」 が非常に粗雑な描写で終わったところだった。
 私はこれを見たとき、「そりゃそうだ、真田にとって本能寺の変なんかどこか遠いところで起こっている話なんだから当たり前だ」 と感じたのだが、ここから秀吉の大返しやら清洲会議やら浅井三姉妹の処遇やら、まるでスッ飛ばされるのを見て 「淀殿を理解しておくためにはこれらの出来事はとりあえずちゃんとやっておかねばならないのではないか?」 と思い始めた。

 この物語において顕著なように思えるひとつは、この 「淀殿」 についての描写があまりにも少ないことだ。

 これまで真田の物語に限らず、豊臣の滅亡を描いてきたドラマで、淀殿は例外なく 「かなりでしゃばって」 いる。 淀殿は政治に口出しし秀頼を束縛し、情念の権化みたいな形でまるで豊臣滅亡の元凶のように描かれてきた。
 しかし 「真田丸」 は、それを真っ向から拒絶しているように見える。 三谷氏の描く淀は、あくまで 「過去におびえ過去に囚われた女性」 だったように思う。 「真田丸」 における淀は、けっして政治的な言動をみずからしようとしない。 いわば現代の 「トラウマによる引きこもり」 のプロトタイプとして描かれているように見える。
 さらにこのドラマでは、これまであまたのドラマが問題にしてきた、秀頼の出自に関する疑惑をまったく描かなかった。 秀頼はあくまで秀吉の息子。 DNA鑑定するまでもない。 なぜならこの物語が描きたかった豊臣家というのは、「豊臣家」 というひとつの結束された家族、ひとつの船だったからだと思われるのだ。

 これは中盤に至るまで物語の中心を果たした秀吉の描写があくまでかれに対して同情的だったことからも分かる。 三谷氏は秀吉を、極端な二面性を持つ人物として恐ろしい部分もしっかりと描いたが、全体的に憎めない、そして哀れな愛すべき男として表現していた。 三谷氏は秀吉を、豊臣という名前だけ威圧的な船の、陽気な船頭として登用したのだ。

 また、先ほどちらと述べた 「石田三成の描写」 についてであるが、「真田丸」 において中盤もっとも三谷氏が力を注いだと思われるのが、この石田三成の人物像だった。
 真面目であるがとっつきにくくボッチである、その三成を側近としていちばん見ていたのが信繁だった。 信繁という近視眼で見ているから、かなり細かいところまでやっていた。
 しかし信繁が三成のもとを離れると、ドラマにおける三成の描写は途端に粗雑になる。 しかも、たぶん意図的に。
 その最たるものが、三成が蟄居の際に加藤清正に何かをつぶやいた、という描写だったのだが、これまでまったく人望のなかった三成に、いきなりみんな加勢する。 「なんじゃコレは」 といぶかって、おそらくその原因は三成が清正につぶやいた一言が原因だと思って注意深く見ていたのだが、結局その謎が解き明かされたのは、だいぶ回を重ねて清正が謎の死を遂げたときだった。

 これまで三成がいかに人望がないかを執拗なまでに描いてきたのにこういうのはないだろう、という感じなのだが、これも 「だってこのドラマ、おもに信繁の目線だから」 と考えると腑に落ちる。 あくまで謎は、信繁が分かった時点でないと種明かし出来ないからくりなのだ、と。

 「(おもに)信繁の目線で見た物語」 という主眼は最終回まで引き継がれた。 つまり、秀頼と淀の自害に関する描写もまったくなかったのである。

 それではまた。 休眠いたします(再開時期未定)。 書きたくなったらまた書きます(書き足らない感じだけど久々に書いて疲れたんで)。

| | コメント (16) | トラックバック (0)

« 2016年10月 | トップページ | 2017年1月 »