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2017年6月 4日 (日)

「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」 50周年周年記念エディション 21世紀のビートルズ 「聴きかた革命」

「はじめに」 際限なく繰り返し発売されるビートルズのクローンたち 


 「何度、同じものを買わせるのか」。

 ビートルズフォロワーにとってこの忸怩たる感情は常についてまわっている。

 これはなにも音源コンテンツだけに限ったことではなく、書籍や映像にも及ぶ。 私が最近記事にした 「ビートルズ史」 にしてもそうだ。 ビートルズの書籍で伝記タイプのものだけでも、私が購入したのは活動中だったビートルズの公認伝記であるハンター・ディヴィスのそれと、2000年に叶姉妹が買っただのなんだので話題になったオーラル・ヒストリー本 「アンソロジー」 に次いで3回目。 ほかにも作品解説だのインタビューだの写真集だの特集記事の載った雑誌だのムック本だの…まさに出版社のいいカモだ。
 いや、私以上にそういう本を買い漁っているファンはいるだろうと思われる。 商売として成り立つからこそ、今回のように、ビートルズの新しいものが出るとそれに便乗した本が際限なく出回るのだ。
 映像面でもハードが進化するとそれに伴って再リリースされるし、特にブルーレイが登場すると画質の全面リストア化とやらで4Kをうたう商品まで出されるようになった。

 そして本命である音。
 ベストで充分、という一般の人なら 「ビートルズ1」 1枚で足りるが、もうちょっと詳しく知ろうとすれば 「赤盤」「青盤」。 さらにもっと知りたければ、2009年にリマスターされたオリジナルアルバム13枚プラス 「パスト・マスターズ」 で、彼らの活動中に出した音源はほぼすべて手に入ることになる。 これに、解散後25年目に出した2枚のシングルを揃えれば、とりあえずビートルズの活動は全部押さえたことになろう。

 ふつうなら、ここで打ち止めになるはずなのだ。

 しかし売り手は、「ビートルズの深い森」 に入り込んでしまった迷子の財布を虎視眈々と狙ってくる。
 アウトテイク集だのラジオセッション集だのネイキッドだのアメリカ盤だの日本盤だの、レコード時代の過去に発売されてなかなか出なかったライヴ盤のCD化だの。 2009年のリマスター盤などは現在のいちばん大きな基本になってはいるが、CDというフォーマットとしては、もともと1980年代後半レコードから移行されたときにすでに1回出されたものなのである。 その時代の技術が20年たって古ぼけてきたので、もう一度よく聞こえるような形で出し直したのが2009年のリマスターだったわけだ。 私はさすがにレコードを持っていたので、最初のCD化に関しては重要作しか買わなかったが、全作CDで買っていた人は、「同じものをこれで2度買った(レコード時代に買い揃えていた人はこれで3度買った)」 ことになる。
 そしてついに、近年になって売り手が着目し出したのは、「ステレオリミックス」、という手段だ(かなり昔の 「イエロー・サブマリン・ソングトラック」 というのがリミックスの最初だったが)。


ビートルズの場合のリミックスとは


 この 「リミックス」、先に書いた 「リマスター」 となにが違うのか、というと、特にビートルズの場合、ステレオにおける楽器の位置とか、ヴォーカルの位置などを変えてしまうことを意味する。 リマスターは元の(マスター)音源をただただ忠実にCDに焼き付けることのみにその目的があるのだが、リミックスはもっと積極的に元の聞こえかたを変える作業だと言える。

 ただし、現代の音楽に触れている世代にとって、「ビートルズのリミックス」 作業なんてのは、ほとんど無意味でワケの分からんことに見えるんじゃないだろうか。
 なぜなら彼らは、楽器やヴォーカルの位置を変えただけではリミックスとは思わないだろうからだ。 21世紀を生きる世代にとってリミックスというのは、テンポを変えたりビートを強調したりして、元の曲とは全く違ったものになることを意味し、かつダンサブルにならなければならない。
 だからテンポが違ったいろんな曲を同じテンポのメドレーで聞かせることが普通に行なわれるし、バラード曲だってドラムを加えてダンスチューンに変貌してしまう。

 しかしそもそもこの 「テンポを変える」、というのは、旧アナログ世代にとっては理解不能な世界だ。

 なぜならテンポが変わる、ということは音階が変わる、というように思われるからだ。 テープのスピードを上げれば音は高くなる。 逆に下げれば、音は低くなる。 レコードで、シングル盤で45回転のものを33と1/3回転で間違えて聞いたとき、女の子の声が男みたいになった、という経験は、レコード世代の人ならあるはずだ。
 しかし現代では音はデジタルの電気記号の集合体みたいな感覚で、テンポを上げても下げても音階が変わることがない。
 私などもよく、録画したテレビドラマなどを 「倍速で見た」(厳密には30%のスピードアップ程度らしいが)と書くことがあるが、倍速で見ても音の高さは変わらず、ヒヨコが早口でしゃべっているように聞こえないのは、これと同じ道理だ。

 この、アナログ的な 「テンポ」 と 「音階」 の齟齬に直面していたのが、当時のビートルズである。
 特に今回のテーマである 「サージェント・ペパーズ」 では、先行シングルとして当初アルバムに入る予定だった 「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」(今回スペシャルエディションには収録) がもっともそれに該当しているのだが、それはほかで語り尽くされているのでここでは言及しない。

 この 「テンポ」 と 「音階」 の違いなど、当時発売されていたモノラル盤とステレオ盤が、もっとも違って聞こえるのが、「サージェント・ペパーズ」 と次のイギリスオリジナルアルバム 「ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)」 だ。 1960年代後期はモノラルからステレオへの転換期にあったことからこういうことが起こったわけだが、「サージェント」 の頃(1967年)にはまだまだモノラルが主流で、ステレオミックスのときに彼らはほとんどその場に立ち会わなかった、と言われる。

 「立ち会わなかった」 ということを、今回、リミックスを担当したジャイルズ・マーティン(ビートルズの音楽をほとんどプロデュースしたジョージ・マーティンの息子)がブックレットに書いているのだが、これまでほとんど 「聖域」 とされたリミックスという作業に舵を切る大義名分(ホントは 「同じものを売りつける」 大義名分…笑)が、ここに集約されている。


「ビートルズ1(2015年バージョン)」 におけるリミックス


 ジャイルズの行なったリミックスの第1弾が、一昨年(2015年)に 「リイシュー(再リリース)」 された 「ビートルズ1」 だった。 これは2000年に発売されて超絶ヒットとなった 「ビートルズ1」 とラインナップがまったく同じだったのだが、ここにレコード会社(最近じゃどういうのか?)が編み出した付加価値が、「リミックス」 だったわけだ。 だから必然的に、「ビートルズのものなら何でも聴きたいビートルズ信者」 たちは、「ちょっとずつ違った同じもの」 を買わざるを得なくなる。

 けれども、このリミックスされた 「ビートルズ1」、私はあまりいいと思わなかった。
 なぜならば、「ビートルズの曲が持つ強烈なインパクト」 がかなり抑えられたように感じたからだ。
 確かに音自体はよくなり分離もよくなり、コーラスは全体的に各パートが聞こえるようになったのだが、あまりに整然とお行儀よくなってしまったせいで、曲のグシャッとしたような一体感が影をひそめてしまったように聞こえた。
 特に 「ア・ハード・デイズ・ナイト」 の最初の 「ガーン(もしくはジャーン)」。 なんでこんなに迫力がないのだろう。 私がガキの頃、この曲を最初に聞いたとき、このイントロにはかなり衝撃を受けたものだ。 それなのに、なんとショボイのだ、このリミックスは。 この1点だけで全体的な評価がかなり低くなった。 「抱きしめたい」 のあの騒々しさもそこにはない。 「アイ・フィール・ファイン」 で感じる、ジョンのヴォーカルとギターリフの匂い立つような危険さがない。 「愛こそはすべて」 エンディングの混沌としたきらびやかさがなくなっている。

 その失望から、買った当初私はこのブログでレビューをしなかったのだが、実際のところこの 「ビートルズ1」 2015年バージョンのウリはリストアされた映像集のほうだったろうと思われる。 彼らの映像は 「アンソロジー」 で以前強力にリストアされたものだが、その 「アンソロジー」 で不完全だったプロモーション映像を完全に4K・21世紀仕様にしたことが、このプロジェクトの本当の意義だったように思える。

 しかしジャイルズの仕事で唯一感心したのは、それまでモノラルだった聞こえかたをステレオにし直している、という1点だった。

 例を挙げると 「イエスタデイ」。 この曲、もともとモノバージョンでは最初のリフレイン部分、「♪~something wrong Now I long for yesterday」 の部分がダブルヴォーカルになり深いエコーがかかるのだが、ステレオではそれがない。 それをジャイルズはきちんとモノの聞こえかたに直している。
 「ペイパーバック・ライター」 でも、コーラス部分の終わりにリバーブがかかるようになっているモノバージョンの聞こえかたを、ステレオで再現している。
 また、「イエロー・サブマリン」 の3番、後ろでがなっているジョンの声がステレオバージョンでは最初オフになっているのを、きちんとなっているモノバージョンと同じ仕様に直した。


今回 「サージェント」 で行なわれたリミックスについて


 今回ジャイルズが行なったリミックスは、この 「ビートルズ1」 と同じコンセプトによるものであると思われる。
 つまり、「ビートルズもプロデューサーのジョージ・マーティンもステレオミックスはもともと興味を示さず、モノの聞こえかたこそが彼らの求めていたものだった」「ステレオミックスは当時かなりヤッツケで行なわれたいい加減なものだった」(実際そうだったけど)、という 「大義名分」 をもとに、「本当のステレオミックス」 を目指したのだ。

 だからこれまでスタンダードとされた、2009年のリマスターステレオバージョンとは、まったく別物の(まあフツーの人には関係ないレベルだが…笑)「サージェント・ペパーズ」 がリリースされた、ということになる。 極端に言えばビートルズの21世紀における最新アルバムが出た、くらいの革命的な出来事なのだ(ことにビートルズファンにとっては)。

 先にジャイルズの仕事をクサした私がなぜここまでオーゲサなことを言うか、というと、なにしろ今回のジャイルズの仕事は、私がクサしたポイントをみんなクリアしているからだ。

 つまり、アルバムの全体的な印象がかなり迫力を増した、という点においてだ。

 先に触れたジャイルズのブックレット解説によると、「第1世代のピンポン録音する前のオリジナル・レコーディングに立ち返ることが可能になった」、と書かれている。
 これはかなり衝撃的な記述ではないか、と思う。
 最初何の予備知識もない状態でこのアルバムのCD1を聴いたときに私が感じたのも、この点だったからだ。 「もしかするとテイク○○の状態から構成し直しているのではないか?」。

 ここで解説を要さなければならないが、「サージェント・ペパーズ」 というのは基本4チャンネルで録音されたアルバムなのだ。 といっても一般の人には馴染みがないかもしれないが、要するに幅広のアナログテープに4か所、音を別々に入れられるという録音技術レベルのことだ。
 4チャンネルなんていうのは今の録音技術からするともう 「それで何ができるんだよ!」 と叫びたくなるようなチャンネル数の少なさなのである(笑)。 ビートルズはその、たった4つしかないチャンネルにもっと音を詰め込もうとして、1チャンネルにつき最初録音したものを再生しながらそこに新しい音を加える、という録音の仕方をしていくのだが、それを 「ピンポン録音」 という。 必然的に、前の録音の音質は劣化していく。

 「ピンポン録音をする前のオリジナル・テープに立ち返ることができるようになった」、というのは、4チャンネルのものをいくら分離しても1チャンネルのものは分離できない、という理屈が覆されたことを意味する。
 つまり、ピンポンで劣化した前の録音が、クリアに再現できるようになった、ということになろうか。

 これが出来るようになった、ということは、2009年のリマスタリングでも再現できなかった音を聞こえさせる手段が整った、ということだ。 「2009年リマスターより音が聞こえる」、というのは、ビートルズの聴きかた自体が21世紀仕様になったことを意味する。 とんでもない世界だ。

 実際に聴き比べてみよう。


各曲解説


 私が比較対象にしているのは、2009年ステレオリマスターに関しては、USBボックスの音である。 疎いのでよく分からないが、おそらくハイレゾ音源と同じくらいのクオリティではないかと思う。

 1. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド

 いきなり余談で申し訳ないが、この曲で以前から気になっていたのは、「どうしてペパー軍曹の楽団なのか?」 ということだった。
 今回ブックレットにも書かれているように、ポール・マッカートニーによれば、ローディだったマル・エヴァンスが 「ソルト・アンド・ペッパーを取ってくれ」 と言ったのを 「サージェント・ペパー」 と聞き間違えた、というのが定説なのだが、「ソルト&ペパー…ソルタンペパ…いや、聞こえんな」 みたいな(笑)。
 楽団というポールの発想はポールの父親ジムがやっていた 「ジム・マックス楽団」 からきているのだろうが、どうして軍人がここにしゃしゃり出てくるのだろう。
 私の勝手な憶測だが、これは1966年にアメリカでビートルズ以上に大ヒットした、サージェント・バリー・サドラーの 「悲しき戦場」 への対抗意識がポールの無意識下にあったのではないだろうか。 1964年、65年とビートルズはアメリカのチャートを席巻したのだが、66年はこの曲に後塵を拝した。 しかしこの曲を聞くと、とてもじゃないけどそんな名曲に思えない。 「軍曹」 だけあって、歌も大してうまくないし。 「こんなのにトップの座を奪われた」、という屈辱感が、ポールのなかにあったのではないだろうか。 「じゃ、軍曹の楽団としてパロディをして、ちょっと皮肉ってやろう」 みたいな発想。 ウィキにも書いてないから、まだ誰も指摘してないだろう、と期待しつつ(笑)。

 まず冒頭の観客のざわめきが、リミックスのほうがシャープに聞こえる。 この段階で 「これまでと違う 『サージェント』 が始まった」 と予感させる。 これまでのミックスでは 「司会役」 のポールが右側で歌い、ペパー楽団が左から登場するという段取り。 曲の途中から楽団は中央に移動してくる。
 ところがこれだと、ジョージのリード・ギターも右側に配置されていたために、ポールのヴォーカルとかぶってこれまではそのメロディラインがじゅうぶんに分からなかった。
 今回はポールが最初から中央で歌い、ジョージのギターの位置は従来通り右なので、ジョージのギターがよく聞こえる。
 こうなることで、この曲のロック感が若干上昇するのだ。 ジョンのサイド・ギターも従来の中央から左寄りに変更されているために、ポールのヴォーカルのツヤが増しているのが分かる。 ジョンとジョージのギターが絡み合うのが実感でき、とてもエキサイティングに生まれ変わった。
 楽団のコーラスもまんべんなくワイドに広がってその構成がくっきりとした。 アルバム1曲目をロックな方向に転換することで、聴き手の期待感を膨らませることに成功している。

 ただし、「Sit back & let the evening go」 のあとのブレイクで響くホルンの音が、従来では左からエコーが右に、という聴きどころがあったのだが、それがなくなっている。

 2. ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ

 ビリー・シアーズ役のリンゴが従来はセンターからやや左寄りで歌っていたのに対して今回は中央。 そしてやや左寄りから左にかけて入っていたバックコーラスが左右、ベースは従来と同じ位置。
 ただ従来ではそのベースがほぼ単独で右から聞こえていたために、その音像がかなりはっきりしていたが、今回はコーラスと重なるためにちょっと引っ込んだような印象を受ける。
 従来のミックスではその、ポールのベースにコーラスのエコーが絡む、という展開で、空間を抑えた味のあるミックスだったのに対して、コーラスで押してくる今回のリミックスは、やはり迫力重視、といった印象を受ける。 そこにジョン、ジョージ、ポールがいるよ、という感じ。
 また、ほとんど中央に固まって位置していたバッキングが分離され、今回一部右からも聞こえる(たぶんジョンのサイドギター?)。 これ、1チャンネルの音でまとまってたら分離できないでしょう。

 3. ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ

 モノラルバージョンでダブルトラッキングだったジョンのヴォーカルがステレオで初めて強調された。 このほうが浮遊感が出ていい。
 冒頭のハープシコードのような音が音階によって違う位置から聞こえてくるのがこれまでになかった。 これって単なるフェーダーの操作なのかな。
 ブリッジ部分につながる 「♪kaleidoscope eyes」 のところでエコーが強くなるのは従来通りだが、さらにヴォーカルが空に絵の具をぶちまけたようにぱあっと広がるような感じになる演出もよい。
 リフレインを告げるリンゴのドラム3発も、従来では左から聞こえていたのが中央に、そしてその音質がずっしり重い。 キーボードとエフェクターがかかったギターの音色が印象的な曲だったが、ひとつひとつの楽器がせめぎ合っているのが分かる。

 この3曲まで聴いて感じるのは、ポールのベースがかなり主役の座を奪われている、ということだ。 しかしそれにも関わらず、曲自体のドライヴ感が増している。
 それは従来のミックスでポールのベースが、いちばん最後に録音され続けてきたからではないだろうか。 だから音質のいいポールのベースが曲自体の印象を決め、そのトリッキーさ、縦横無尽さが前面に出ていた。 しかしこうしてほかの楽器の音もよくなったことで、バンドとしての一体感が飛躍的に増しているように思えるのだ。

 4. ゲッティング・ベター

 従来のステレオミックスではかなり成功している例だと思うのだが、今回それを凌駕させるためにジャイルズは中央に位置していたベースを右に配置した(つーか、ここまでベースすがずっと定位置なのだが?…笑)。 トリッキーなようだがこうすることでヴォーカルが立ち、ベースはギターと一体化し、孤立化を防いでいるように聞こえる。
 この曲の生命と言えるのはおそらくこのギターのカッティングだ。 バンドの音が強調されて、この曲はさらにパワーアップした。
 昔から感じていたことだが、この曲は構成が結構複雑だ。 1番2番と、3番は微妙に違ったりする。 カッティングをヤケに強調した発想というのは、それまでのビートルズには見られなかったように思える。 これも 「自分たちとは別のバンド」、という意識が働いていたからこそできた発想なのではないかと思う。 

 5. フィクシング・ア・ホール

 従来のこの曲のステレオミックスは、ハープシコードが左、ギターが右、といった極端で音像の狭い聞こえかたをしていたのだが、それが両方から聞こえてくることで、視野が一気に広がったように思える。
 従来の聞こえかただと、途中で右のギターが登場するまで右は無音。 また無音になって…という繰り返しで、最終的に右チャンネルにはコーラスも入ることになるが、かなりバランスの悪い配分だった。
 それが今回は、両方からハープシコード、ドラム、ギターが聞こえるのだ。 ほかの楽器はともかく、ドラムスはスネアやタム、バスドラなどが別々に録音されていたとは考えにくいのだが、右からはスネアっぽい音が聞こえる。 もしかするとタンバリンなのかもしれない。 いずれにしてもかなり聴きやすくなった。
 ただしこの曲においてもベースは右から(オリジナルは左から聞こえる)。 なんかこの位置で定着してないか? これも従来に比べてかなり引っ込んでしまった印象を受ける。

 この、「ベースが引っ込んで聞こえる」、というのは近年の傾向とは逆であることは書いておかねばならない。 近年のビートルズリイシュー盤の傾向として、ドラムとベースのリズム隊が強調されてきたことはたびたび指摘される。 それはまだ生きているポールとリンゴに対する配慮なのだ、とまことしやかに囁かれ続けてきたものだが、ビートが強調されてきた近年のミュージックシーンに寄り添っている可能性もある。 いずれにせよそれは 「気がする」 世界なので、なんとも断定のしようがない。

 6. シーズ・リーヴィング・ホーム

 1970年代後半の 「旗オビ世代」 である私は、ビートルズのレコードをステレオで聴き続けて育ってきたわけだが、2009年のリマスター盤発売のときに同時に出されたモノ・マスターズで初めてモノラルの 「サージェント」 を聴き、いちばん不思議に思ったのがこの曲だ。
 ステレオ盤ではこの曲、もともと録音されたテープスピードのままなのだが、モノラル盤では若干スピードが速いのだ。
 先ほど解説したように、アナログのテープスピードの変化は、そのまま音階の変化を意味する。 つまりこの曲のモノラルは、ステレオに比べて半音高く、ポールの声もそれだけ若く(子供っぽく?)なっているのだが、どう考えても元のスピードのほうがいいように思えるのだ。
 この曲は小編成のオーケストラをフィーチャーしたアレンジなのだが、テープスピードが早められたことで、なんとなく重厚感がなくなり、おもちゃっぽい音になってしまった。 そしてビートルズは、本命であるモノラル盤に、この安っぽい音を選んだのだ。 どうしてなのだろう。

 これも私の推測の域を出ない話だが、もしかするとポールはこのアルバムを作るうえでいちばんのモチベーションとなったビーチ・ボーイズのアルバム 「ペット・サウンズ」 のなかの1曲、「ドント・トーク」 の弦の音に近づけたかったのではないだろうか。 なんとなくスピードが上がったバージョンのほうが、「ドント・トーク」 の弦の音を彷彿とさせる気がするのだ。

 従来のバージョンではこの小編成のオーケストラが小ぢんまりと左右に振り分けられているような印象を受ける。 そして左チャンネルからはヴィオラやチェロなどの低音部、右からはヴァイオリンやハープなどの高音部がよく聞こえるのだが、今回のリミックスでは中央の周辺も使ってまんべんなく楽器が配されているように思われる。 音の広がりとしてはやはりリミックスのほうに軍配が上がる。 蛇足のようだが、もちろん今回のリミックスは、テープスピードが上がったモノラル仕様を踏襲している。

 7. ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト

 今回のリミックスで特に白眉だと思われるのがこの曲。 従来右から聞こえていたジョンのヴォーカルが中央。 というより、ダブルトラッキングされた声が中央の少し右と少し左から聞こえるような感覚。 おかげでオルガンなど移動式遊園地を思わせる楽器が縦横に配置されることになり、深いエコーがかかることによってそのきらびやかさが飛躍的に増した。 特にその効果はヘッドホンよりもスピーカーから大音量で聞いたほうが実感できる。
 さらに指摘したいのは、オリジナルのモノラル盤では、この曲はとても唐突にブツッと切れる感じで曲が終わるのだが、ジャイルズの行なった今回のリミックスはどちらかというと自然なエコーで終わるステレオ盤の終わりかたに近いほうを採用していることだ。
 要するに、「モノラル盤の単なるステレオ化」、という狭義な目的でこのリミックスは作られていない、ということになる。 極めて柔軟な判断のもとで、ジャイルズはいちばんいい方法を模索しているのだ。

 8. ウィズイン・ユー、ウィズアウト・ユー

 アナログレコードのB面1曲目。 このアルバムでは唯一のジョージの曲だが、ジョージのキャリアの中では最も完成されたインド音楽影響下にある曲で、故に抹香臭くこのアルバムの中ではもっとも異端で敬遠されるタイプの曲だ。
 しかしこの曲の優れたところは単にインド楽器だけで演奏されているだけでなく、これにインド音楽の音階とうねりを強く意識したオーケストラが絡んでくるところなのだ。
 その絡み合いのスリリングさがもっとも味わえるのが、5拍子で展開する間奏部分なのであるが、今回のリミックスではその楽器のひとつひとつの音が粒立ってとてもエキサイティングに生まれ変わっている。 特にインドの打楽器であるタブラのドゥウーンといううねった重低音が、従来では左チャンネルから極めて狭いレンジで聞こえていたのが左から中央あたりまで広がって聞こえるから、ビートが強調されているように感じられるのだ。
 エンディングで聞かれる、インド楽器演奏者たちのものと思われる笑い声もモノラル盤に準拠しているが、妙に引き笑いが露骨な感じだったものが軽減されている気はする。

 ともあれ、この曲が旧B面1曲目に、そしてこのアルバムのなかの1曲として採用されたことに、私たちはもっと注意を払わねばならないように私などは思う。 それは当時のイギリスとインドの関係を見れば理解のできる程度の必然性を伴っていることは確かだが、メンバーの中でいちばん年下だったジョージの目はサマー・オブ・ラヴのノーテンキで無責任な処世術からとっくに目をそむけ、人間は何を律し何をなすべきなのかという内面的な世界に没入していたのだ。

 9. ホエン・アイム・シックスティー・フォー

 このアルバムのセッションでいちばん最初に着手された曲。 厳密には先行シングルのはずだった 「ストロベリー・フィールズ」「ペニー・レイン」 より後だが、前のアルバム 「リボルバー」 のいちばん最初のセッションがあの前衛的な 「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」 だったことを考えるとかなり大人しい感じがする。 つまりこの曲自体が、アルバム全体を先に言及した 「ジム・マックス楽団」 の路線でいくことの宣言のようになっているように思えるのだ。 ビートルズはビートルズであることを、ここではっきり拒絶した。 だからいつもにない発想の 「ゲッティング・ベター」 や 「ミスター・カイト」 が生まれたのだろう。 ジョンがポールのこの企画に乗ったのも、キリスト発言やツアーの無期限終了宣言で 「ビートルズであること」 に根本的な疑いを生じていたからなのだろう。

 この曲における大きな変更は、左から聞こえていたポールのヴォーカルが中央に配置された、ということくらいで特に目立った印象の違いはないように思える。 この曲の従来のステレオバージョンは、もともとかなり各楽器の分離がいい部類に入るからだ。
 ただしコーラスはきちんと広がってリミックスされており、ここにジョンやジョージの存在を確実に感じることができるのも事実だ。

 10. ラヴリー・リタ

 リズム隊が中央に配置され、コーラスが縦横に広がるというのはこれまでと一緒だが、この曲で常に鳴っていた印象のあるピアノがかなり引っ込んだために、イントロではこれまで以上にギター(エレアコ?)の絡み合いがはっきりと分かる。 傾向が同じだから説明するのに飽きてきたな(笑)。 ただこのアルバムの中では、いちばん 「ペパー楽団」 ぽくない、ビートルズっぽい曲のような気は昔からしている。

 11. グッド・モーニング・グッド・モーニング

 「ミスター・カイト」 と並んで、私がこのリミックスのなかでもっとも白眉だと思う曲。

 特にイントロ、ニワトリの鳴き声に続いて飛び出す重低音が凄すぎる。 なんだろうこの、バスドラ以上に響いてくるこの爆発音は。 各楽器の聞こえるレンジを広げる、という今回のリミックス最大の特徴がこの曲では最大限に発揮され、かなりハードロックな1曲として主張し出した。
 凄い。
 凄い。
 ただひたすら、凄い。
 かつて 「イエロー・サブマリン・ソングトラック」 でリミックスされた 「ヘイ・ブルドッグ」 が曲に新たな生命を吹き込まれたように、いやそれ以上に 「ジョンが自らクサすようなただの曲」 が生まれ変わったのだ。 その瞬間に立ち会えたことに感謝する。 ご託は要らん、まず大音量でこの曲をスピーカーで聴くべきだ。
 こういう蘇生の仕方が出来るのならば、全部のアルバムをリミックスしまくってもらいたい。 そしてそれこそが、21世紀に聴き継がれていくビートルズの、新しい 「ステレオスタンダード」 になっていくことだろう。 2009年のステレオリマスターが、霞んでくる日が来ようとは思わなかった。 これはビートルズフォロワーとしては、大事件の部類に入る衝撃だ。

 12. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(リプライズ)

 この曲はいちばん変更が少ない曲ということになろうか。 ただし原曲がかなりストレートなロックナンバーなので、別に大した問題ではないし、いじるほうが悪い部類には入るだろう。 ただし観客の歓声には広がりが生まれ、ジョージのリード・ギターも心持ち左寄りに配置された。 元のステレオミックスでは楽器が中央の狭いレンジでなっていたのでここは改善点か。

 13. ア・デイ・イン・ザ・ライフ

 このアルバムのなかで最も問題曲であるが、旧ステレオバージョンでは右から中央に移動してくるジョンのヴォーカルが、中央に固定。 代わりに中央で鳴っていたリンゴのベスト・プレイとも思えるドラムが中央よりやや右に配置された。 そのせいかもしれないが、リンゴのドラムのレンジがヤケに広い気がする(耳の錯覚だろう)。 徐々に盛り上がるオーケストラの背後では、従来のモノラル盤でもよく聞こえていた、ローディのマル・エヴァンスのカウントする声が、さらによく聞こえる。

 ミドル部分のポールのヴォーカルも、従来の右から中央に変更。 ポールの歌が終わると入れ替わりで入ってくる 「アーアアアー、アアアー、アアアー」。
 余談であるがラジオ日本の番組 「ビートルズ10」 ではこの 「アアアー」 を歌っているのが誰なのか、ちょっとした論争になっている(笑)。 私も最初は 「ジョンだろ、バカバカしい」 と思っていたのだが(爆)、なんかポールの声にも聞こえるし、挙げ句にジョージの声にも聞こえてくる始末で(笑)。 今回このデラックスエディションのCD2を聴くと、なんかジョンのヴォーカルだけが入っている段階のテイクで、ジョンが 「アアアー」 と歌ってない(さらに、ポールのヴォーカルが入っているテイクでも 「アアアー」 が入ってない)。 キイが高いからあとから入れた、と考えられるが、いったい誰なのか謎が却って深まった気がする(笑)。 MCのカンケサンはポール説を主張して、「ジョンにはあの高いキイは出ない」 と言っていたが、ジョン、かなり高いキイ出せますよ。 まあ時代は違うけど、ソロ時代の 「心の壁愛の橋」 のなかの1曲、「ホワット・ユー・ガット」 なんか、かなり高いキイですってば(笑)。

 それはそうと、この 「アアアー」 がまたはっきり聞こえるんだな、今回のリミックス。 表現するのが難しいけれどあえて書くと、「アーアアアー、アアアーアアアー」 のあとに、「アーアーアー」 と歌ってるのが、今まで聞こえなかったんだけどこれが聞こえる。 そしてそのバックで鳴るオーケストラの低音が、これまた今回よく響いているんだな。

 そして 「アアアー」 の旅から戻ってきてジョンが再び歌い出す3番、従来では左チャンネルからなのも中央に固定。 そしてエンディングに向けてこの曲はひたすら盛り上がり続けるのだが、最後の5台のピアノによる(4台だったっけな)「ガーン」(この効果音に関しても 「ビー10」 では諸説あり…笑)。 これが今回はかなり強調された。 まさに 「ガーン」 である。

 そして 「ガァーーン…」 が消えるその直前、異音が少しするのだが(笑)これはピアノの椅子の軋みであると言われている(笑)。 ビートルズフォロワーはこういう、「どーでもいい音」 にまでこだわってしまうがために、レコード会社(だから最近じゃなんていうのこういう会社のこと)の 「重箱つつきたい」 マイナーチェンジにまんまと引っ掛かってしまうのだ(笑)。 しかしヴォリュームを最大にしても、今回のリミックスでこの 「椅子の軋み」 が聞こえなかった(気がする…笑)。 こういうところで 「雑音」 というのは、ビートルズの場合あり得ませんからジャイルズさん(笑)。


おわりに


 とりあえず現在のところはこんなところだ。 私はまだスペシャルパッケージをとことんまで味わっていない。 解説もポールとジャイルズのところしか読んでないし、写真満載のブックレットなどパラパラめくった程度。
 CD2以降のアウトテイク集は、1回聴いたがこれまでにその商魂たくましいところでリリースされ続けてきた先行盤でオイシイところをほぼ出しちゃってたために、ショボいテイクしかなかった気がする。 同じ内容のDVDとブルーレイの両方が入っていることで、「同じものなんか要らん」 という意見もあるようだが、私の場合クルマのなかで聴くにはブルーレイが使用できないので却ってDVDの存在が有り難かったりする(これで 「ビートルズ1+」 のブルーレイが車内で聞けない、という憂き目に遭った前例から)。

 それと、CD1のオリジナルアルバムジャケットよりも、CD2、3のボツジャケットのほうが画質がいいというのはちょっと複雑な気分になる。 オリジナルのジャケットの元となるネガは、もう存在しないのだろうか? 「ストロベリー・フィールズ」 などのプロモーション映像まで4K画質で綺麗にした技術で、オリジナルジャケットも綺麗に生まれ変わらせてほしかった気がするのだ。 もともと極彩色のアルバムジャケットなのだ。 旗オビ時代に買った(いや、正確に言うと母方の伯父さんに買ってもらった)私のLPレコードでは、ちょうど右端の 「ウェルカム・ローリング・ストーンズ」 の人形の部分で写真が切れちゃっているのだけれど、今回きちんとアナログ盤で端まで写っているのを購入しただけに、画質が旧盤と同じ、というのはちょっとな、とは思う。

 それから最後に、このスペシャルパッケージの価格についてだが、アマゾンレビューなどでは 「高過ぎる」 という意見が散見される。 確かに原価で19,000円くらいするのはあまりと言えばあまりなのだが、どうも近年、ポール・マッカートニーのアーカイヴシリーズにおけるスペシャルパッケージの値段のあまりの暴騰ぶりで免疫がついてしまっていたせいか、今回あまり高く感じなかった(ハハ…ハハ…)(なにしろ最新のやつで28,000円なんですよアータ)。 いずれにしてもこういう 「いたいけな」 ビートルズフォロワーのおかげで暴利をむさぼっているレコード会社には、そのうち天罰が下るであろう(ハハ)。

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コメント

こんばんは、リウさん。

ジャイルズの肩を持つわけじゃないですけど、ビートルズのリミックスが、万人に受け入れられるのって難しんでしょうね。だって、僕たちファンが、好きになったビートルズの音じゃないですもんね。ファン歴が長ければ長いほど、受け入れがたくなるんだろうなぁ~と。リミックスを受け入れるために、自分の好きだった音の否定から入いらなければいけないことが、ファンとしてはつらいです。

久しぶりに『ザ・ビートルズ 1+』を聴いていて思ったんですけど、なんで、2000年盤と同じ収録曲と曲順でリミックスをしちゃったんでしょう。新しい音の配置なんだから、違う性格のアルバムをもう一枚作ってあげた方が、2000年盤と比較されることもなかったことでしょうに。

僕の中でも、「ア・ハード・デイズ・ナイト」の始まりの音の弱さが、耐えられないです。また「エイト・デイズ・ア・ウィーク」のイントロも、音がクリアになりすぎていて、ギターの音だけ、よちよち歩いてきそうで気持ち悪いです。他にも違和感のある事ばかりなんですけど、そんな中、「エリナー・リグビー」のリミックスだけは、よくなかったですか?。オリジナルが、ステレオの出だしの頃の配置そのものに感じていたので。

『サージェント』のリミックスが、記事の本題でしたのに、そこに触れずにコメントしてしまいました。(*^_^*)


のぶや様
コメント下さり、ありがとうございます。

ジャイルズの肩を持たないつもりで申し上げますが(爆)、ヤツは凡人です(ウッ言っちゃった)。 それゆえ「サージェント」のリミックスはヤツにしちゃあ驚天動地の仕事でした(ハハハ…)。
「ホワイト・アルバム」のリミックスをまーだよく聴くんですが、そのうち慣れるだろうと思っていたけど未だ聴いててストレス感じる。 ヤツはなんか、勘違いしてますよ(言いたい放題ですね)。 自分で別物のビートルズのアルバムを作っているつもりなんじゃないのか?(あーもう、勘弁して下さいね)。

前にも書きましたけど、「今まで聞こえていた音を何で絞るのか?」、という一点でもうクソ。 「バンガロー・ビル」の直前のスパニッシュ・ギター、「アイム・ソー・タイアード」のイントロのギター、「ヘルター・スケルター」のリンゴのシャウト。 etc、etc。
それも、「こいつはロック心というものが分かっとらんな」と痛感させられる音の絞り方をしているのが気に食わん。
そのくせオヤジのストリングスアレンジなどの仕事は念入りにやっとるし。

別に難しいことを要求しているわけじゃないんですよ。 全部ラウドにしてくれれば、たいした文句はありません。 「サージェント」では、それができてた。

「ビートルズ1+」の「エリナー・リグビー」は、「イエロー・サブマリン・ソングトラック」のピーター・コビンがすでに同じアプローチでやっちゃってたからなぁ~。 「ビートルズ1+」でよかったのって、何だろう。 「ジョンとヨーコのバラッド」ですかね。 いや、別にたいして変わってないかオリジナルと。 1曲もないですね(辛辣)。

どーしてそんなヤツが、「サージェントリミックス」みたいな真似が出来たのだろう。 それだけが今では不思議です。

リウさん、こんばんは。

『ホワイトアルバム』のリミックスに関してかなりの辛口ですね~(*^▽^*)
それだけ、リウさんの中で期待度が高かったことなんでしょうけど。
でもこれからは、安心ですね。仮にビートルズ関連でリミックスが発売されても、ジャイルズなら、同じ過ちを犯してくれるはずです(*^_^*)。
過ちを犯すと覚悟さえできていれば、あとは冒険をするだけですよ。 僕は、『ビートルズ 1+』のあまりの情けなさからそのことを学びました。
ありがとうジャイルズ。もう二度と期待しない。

「エリナー・リグビー」の配置の変更は、先にやられていましたか。『イエロー・サブマリン・ソング・トラック』は、リミックスものと聞いていたので購入を後回しにしていたら、すっかり購買欲を無くしてしまいまして、これまで聴いたことないんですよね。それにしても、ビートルズ関連のリミックスで良かったイメージを保てたのって、ジョンのソロぐらいしか思いつかないなぁ~


のぶや様
コメント下さり、ありがとうございます。

いやいや、同じ過ちを犯したら、「アビイ・ロード」の50周年も買えないし、「レット・イット・ビー」でなんかやっても買えませんがな(もう「ネイキッド」出てるから出ないかな…笑)。

「ホワイト・アルバム」リミックスでヤツのいちばんのカンチガイは、先に指摘した「自分で作っちゃってる」部分ですけど(「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」のイントロの拍手とか論外レベルでしょ)、その失敗の原因をたぐると(あ…これはもう出そうとしている記事のネタバレになってしまいますが)、もうすでにこのアルバムでは8トラックで分離が進んじゃってることに、ジャイルズのやる気がかなり削げてしまったところにあるのではないか、と私はにらんでいます。

「ソングトラック」はジャイルズの仕事と比較すれば2倍くらいの点数はつけてあげていい気がします。 特にタイトルトラックの「イエロー・サブマリン」。 特筆すべきなのは、2番に被さる波の音がもう、右に左にウズ巻いているんですよ。 「ヘイ・ブルドッグ」はかなり迫力増してますしね。 「ひとりぼっちのあいつ」(このアルバムで私のイチ推し)に至っては、コーラスがもう全方位からこちらに攻め込んでくる。 ピーター・コビンの名前を最近聞かないけれど、ジャイルズみたいな凡人よりもよほどリミックスの適任者だ、と私は思います。

リウさん、こんばんは。

リウさんによる『イエロー・サブマリン・ソングトラック』の解説をみると、なんか遊園地みたいで楽しそうですねぇ。全方位コーラス、漫画の集中線のようなをイメージなんでしょうか。想像するだけですごすぎる・・・。

ジャイルズのリミックスを今回久しぶりに聴いて感じたのが、音がいろんな場所に散らかりすぎているなと。右斜めにあったり、真ん中にあったり、後ろの方にあったりと、聴き方によったら楽しくなれたかもしれない。また、立体感のある音の形につく直したことには、称賛に値するものなのかもしれません。だけどリウさんのおっしゃる通り、聴かせなければいけない音を遠くでなっているかのように、または奥の隅っこでさけんでいるかのようにしてしまったのはいただけませんね。

ビートルズのモノボックスやステレオボックスの2つの種類を聴いたとき、自分の慣れ親しんだ方の音じゃなくても、新しい出会いに喜びと感動を覚えたのになぁ~。ジャイルズのリミックスにはそれができなかった。もうリミックスを受け入れる寛容さをなくしてしまっているんじゃないのかと常に自問自答しております。(おおげさな(#^^#) )

そういえば、ステレオバージョンの「プリーズ・プリーズ・ミー」には、終わりのほうでエコーをかけていますよね。モノラルとの違いが顕著です。そこで疑問に思うんですけど、「プリーズ・プリーズ・ミー」の基準となるのは、リウさんの場合、モノラルとステレオのどちらなるんでしょうか。モノボックスは、限定生産のはずだからステレオを標準規格と考えるべきなんでしょうけど、2009年以前の旧CDにおいては、モノラルミックスで統一していたはずです。CD世代の自分は、頭の中が、ごちゃごちゃになっています。
ビートルズと青春を過ごしたリウさんなら、周りの友達と、モノラルとステレオのどちらが良いのか、どちらがまがいもの(笑)だとか、色々論争があったことと思います。もしよければ、いつの機会かにきかせてください。

のぶや様
コメント下さり、ありがとうございます。

いやいや(前回と同じ出だし)、モノとステレオの論争なんかちーとも起きませんでしたよ我々旗オビ世代の若い頃は。

旗オビ世代の中心となる時代は1970年代中盤からおそらくCDが台頭してくる1980年代後半になると思いますが、その頃の日本においては、完全にモノバージョンが正規の市場から封印されていた印象を受けます。 当時はアメリカ盤も日本盤も発売されていましたが、私の手持ちで確認できる限り、日本盤はステレオをモノにしただけのシロモノ。 だからどっちがいいとかの話自体が出てこない。

最初の赤盤でも、「ラヴ・ミー・ドゥ」などの初期のモノしか存在しない曲でも疑似ステレオに直していました。
ですので、CD時代になってイギリス盤だけしか流通しなくなり、さらに初期の3枚のアルバムでしたっけか、モノで統一しましたよね。 あっちのほうが違和感ありましたね。 アルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」もずっとステレオで聴いてましたし。

「ハード・デイズ・ナイト」も最初期CDではモノだったから、「恋に落ちたら」とかヴォーカルがダブルトラックじゃないんですよね。 買ってないから知らないけど。

ポールが言ってましたけど、「(新しい仕様のものが)気に入らなきゃ自分がもともと聴いていたヤツを聴けばいい。 もとのやつが無くなったわけじゃないんだから」。
それはそうなんですが、こちとら「もっともっと」、となるわけじゃないですか。 つまり今まで聞こえていた音はそのままに、そこでさらにプラスアルファを求めるわけです。
それが、「この音を前に出してこの音を引っ込めよう」みたいな取捨選択したようなものは、そりゃもう完全に別物だろ、オマエは指揮者かなんかか、と言いたくなる。

ですから、「自分にリミックスを受け入れる寛容さがなくなったのか」、とお嘆きになる必要は全くないのでは、と私は思います。 大丈夫!

こんばんは、リウさん。

『○○世代』、ファンならではの言い回し、いいですねぇ~。ファンだけの共通の歴史があって、『○○世代』と聞くだけでその人の時代背景をほんの少しのぞける。現在のような情報のあふれていなかった社会では、この『○○世代』にどれだけの思いを託して、ファン同士話をしていたんでしょう。いろいろな世代のファンの話をみたり聞いたりするだけで楽しすぎます(*^-^*) 

さて、「今まで聞こえていた音はそのままに」ここが大事ですよねぇ。もしやるなら中途半端が、一番納得できないんですよね。ジャイルズの場合、『ラヴ』は、それまであったビートルズの概念を変えてくれたように感じて、楽しめたんですけどねぇ。

旗オビ世代の方も聴ける音が、限られていたなんて驚きです。僕のイメージでは、ビートルズの去った後に、残った人たちによる金儲けのための販売の乱立をアップルが許している時期だと思っていたので。

のぶや様
コメント下さり、ありがとうございます。

のぶや様はさしずめ、「第1CD世代」ということになるのでしょうか。 すると次に来るのは、「9.9.9.リマスターCD世代」なのかな。 ジャイルズの作った「リミックス世代」なんてのが出来たら、その世代の人たちとは永遠に話が合わなそうだ(爆)。

我々のいちばんの憧れるのは、やはりビートルズをリアルタイムで体験した第1世代の人々ですが、ビートルズ研究の核となっているのは、旗オビ世代なのではないか、という気がします。

旗オビのリリース群は先にも書いたとおり、モノラルバージョンが封印された形でしたが、おそらくそれまではアメリカ盤など、日本の市場には出回ってなかったのだろう、と思います(輸入盤としてはあったでしょうけど)。
この、日本における大量のリリースを企画したのは、東芝音楽工業(のちの東芝EMI)の洋楽担当だった石坂敬一さんだろう、と思います。 石坂さんは1973年、最初にリリースされた赤盤青盤で「ビートルズ概論」という論文を書き残しましたが(ちなみに赤盤青盤とも同じ内容)、それが我々旗オビ世代の、ビートルズ研究の出発点だったのではないでしょうか。

おそらく石坂さんなくしては、解散後のビートルズが日本においてこれほどまでに熱狂的に受け入れられ続ける土台は、存在しなかったのではないか。

「ラヴ」は私も好きですよ。 ビートルズはもともと、こういう「ハチャメチャにやれ」、という精神性のカタマリなんだと思います。 ジャイルズもあのときはオヤジがついてたし、そのお墨付きのもと、若さに任せてじゅうぶんハチャメチャにやれたんだ、と思います。

「ホワイト・アルバム50周年記念バージョン」には、それがじゅうぶんに出来なくてまわりからのプレッシャーに配慮しながらビクビクやってるようなジャイルズが見える。 それじゃ21世紀に誇る作品なんぞ出来ゃしません。

リウさん、こんにちは。

リアルタイム世代といえば、『アウト・ゼアー・ツアー』を観に行ったとき、前に座っていたおじさんが、例の中止になったウイングスのチケットというものを見せてくれました。(本物だったのかなぁ~?) もう一枚『ゲット・ツアー』を仕事で行けなくなった時の未使用のチケットも見せて頂きました。なんでこのおっちゃんは、わざわざ持ち歩いているんだ?~と思うのと同時に、この人の青春はまだ続いているんだなぁと。
一生好きでいられる音楽と出会えた人は、幸運です。すでにビートルズは解散しているのに、存在しないグループに恋をしてしまった旗オビ世代。もしこのファン層の想いが続いているのなら、おそらくどの世代よりも多くの熱量を持っているんでしょうねぇ。

ビートルズの引き起こす、何らかのムーヴメントに寄り添った人たちの時代の区切りを『○○世代』と自分の中で位置づけています。残念ながらジャイルズのリミックスは、何のムーヴメントも起きていませんので、『リミックス世代』といわれる人もいなければ、名乗る人もいないんじゃないかなぁ~。あえて、あてはまるなら『デジタルダウンロード世代』なんでしょうか。

ちなみに、どうでもいい個人的な事なんですけど、僕は、『アンソロジー世代』と『1世代』の間でビートルズに目覚めた中途半端なファンです(*^▽^*)。おかげ様で、流行だけにとらわれず、ず~っとはまりぱなしです。

のぶや様
コメント下さり、ありがとうございます。

「ゲット・ツアー」って何でしたっけ? 「ゲット・バック」つーライヴDVDはあった気がしますが。 いずれにしても最近のライヴチケットはみーんな同じであまり持ってても感慨がわいて来ない感じはしますよね。 武道館ライヴのチケットで、「1966年ビートルズ日本公演」のパロディみたいなことをやってましたが、あれも普通のチケットよりは経費がかかるんでしょうね。 それも高額チケット代の一部みたいな。

1980年のウィングス幻の日本公演のチケットを持っていたおっちゃんに張り合うわけではありませんが(笑)、「マッカートニーⅡ」の予約特典に、その幻の日本公演のパンフレットがついてました。 持ってます(笑)。 「寿」のケースに入ったヤツですが、プロモーターも捨てるわけに行かないからこうやって捌けたんでしょう(笑)。 たぶん持っている人は多いと思います(笑)。

リアルタイム世代の方々はそれこそ日本公演の時に観に行った、ばかりでなくテレビで見たとか学校で行くの禁止されたとかライオン歯磨を買いまくったとか、いろんな思い出があるのが羨ましいですね。

何しろ当時に放送された日本公演のバージョンはブライアン・エプスタインがビデオを持ち帰っちゃって、それきり行方知れずというのがかなり悔しい。 我々旗オビ世代が日本公演を見たのは1978年、日本テレビの「木曜スペシャル」で再放送されたものだったのですが、それは'66年当時ボツになったもの。 例の、スタンドマイクのセッティングが悪くてポールがいちいち直したりしてイライラしているバージョンだったのです。 エプスタイン家をあら探ししたい心境です(笑)。

ところがアルフィーの坂崎さんなどは'66年の正規のバージョンを見たはずなのに、「ポールがスタンドマイクにイライラ」、という記憶にすり替わっちゃってたりする(笑)。 面白いもんですね。

さらにリアルタイム世代では、67年の「愛こそはすべて」が世界同時に放送された「アワ・ワールド」を見たりしている人もいる。 確か日本では午前3時だか4時だか、という時間帯だったんじゃないかな(うろ覚えですが)。 これも羨ましい限りです。 どうも「アンソロジー」の映像とは若干違っているらしい(これも不確かな記憶です)。

「アンソロジー」と「1」の中間、ということは、テレ朝でやった「アンソロジー」はご覧ではないのでしょうか。 あれは最初に小宮悦子さんなんかが出てきて、いま出回っているDVDの「アンソロジー」とは構成とか若干違っていた気がします。 VHSに録画したままだから、容易に確認できないのがもどかしい(笑)。

リウさん、こんにちは。

『ゲット・ツアー』ではなくて『ゲット・バック・ツアー』でしたね(>_<)
たかが一枚のチケットなんでしょうけど、その一枚からポール愛ならだれにも負けないという無言のメッセージを受け取りました(笑) 
だけどですねぇ、このおじさんが、以前に書きましたソロ曲中にカメラを確認する人なんですよ。

リウさん、すごいなぁ~。『寿』ケース、テレビの特番でしかみたことないですよ。このパンフって、予約するだけでついてきたんですか?追加料金とか発生しなかったですか? それにしても、すごい太っ腹ですねぇ。僕が売りてでしたら、当時の新作ではなく、『バック・トゥ・ジ・エッグ』につけただろうなぁ。新作は、おまけをつけなくても売れるでしょうに。ただ、そこはやっぱりポール。お詫びの心をわかっていたんだろうなぁ~(*^▽^*)
ちなみに、当時、演奏されるであった曲も載っているんですか?もうひとつ、そのパンフでウイングスファンの心は慰められました? 

なんか質問ばかりですみません。


「VHSが容易に確認できない」・・・全くそのとおりですね。どちらかで読みましたけど、確か、リウさんは、ブルーレイ・レコーダー壊れたとか。実は、僕も時を同じく(僕の場合、夏ごろです)故障しちゃいまして。(パソコンも故障したんでしたっけ?これまた偶然なんですけど、同じころ合いにパソコンのOSが、ダメになりましたんでかなりあたふたしました)
故障したブルーレイ・レコーダーが、VHSとつなげれる代物でした。(ちなみに新しい機器は、つなげられない機種が多いらしいです。現在は、パソコンでデジタル化を少しずつしております) 時間が空いたら、ビデオテープのデジタル化をしようと考えて、かなりの本数をためていましたよ。(物は言いようだなぁ~)その中にビートルズ関連の映像が結構ありました。あったのは、あったんですけど、ほとんどが、動画で探したらありそうなものばかり。ビデオからのデジタル化は、倍速で録画できないので、確認しながらやらなきゃいけないんで本当にめんどくさいんですよ。ということで本当にVHSは、容易に確認できないんです。あっそうそう、アンソロジーのテレビバージョンは、視聴したことありません。


のぶや様
コメント下さり、ありがとうございます。

追加料金は発生しませんでしたね。 「マッカートニーⅡ」を予約した人はあらかた持っているんじゃないか、と思います。 「ていのいい処分方法だ」、と当時高1の自分は思ったものですよ、すごく嬉しかったけど(笑)。

セトリは残念ですが載ってません。 メンバー紹介と、中村とうよう、福田一郎、湯川れい子といった、当時の第一線の音楽評論家各氏が筆を執ってます(渋谷陽一さんは…書かねえだろうなぁ…笑)。 あとはほとんど写真集、という感じ。

この予約特典、どちらかというと、慰められたと言うより、ちょっとばかり醒めた目でポールを見始めたきっかけだったのかもしれません。 何しろ「マッカートニーⅡ」には「フローズン・ジャパニーズ」という曲が入ってましたからねー。 ポール、そりゃねーだろ、という気分でしたね。 原題が「フローズン・ジャップ」というのも当時は全く知らなかったのですが、もし知ってたら余計に悪印象になった気がします。

「バック・トゥ・ジ・エッグ」発売の時はまだ来日もタイーホもされてませんから(笑)パンフはつかないですよね(笑)。 確か「バック・トゥ・ジ・エッグ」の時はA1かA2のポスターが予約特典でついていた気がします。 日本盤シングルの「グッドナイト・トゥナイト」のジャケットを大きくしたヤツでしたね。

当時はレコード屋さんが独自にオマケをつけたり、すごくよくありましたよ。 布製のLP収納袋とか。 「レット・イット・ビー」のアルバムジャケットが印刷されているんですよ。 あとはノートカバーとか。 「アビイ・ロード」なんかの表紙で。 これは近所の玉川高島屋の中にあった、「すみや」というレコード屋さんのサービスでしたけどね。

「バック・トゥ・ジ・エッグ」は、自分が初めてリアルタイムで予約して買ったアルバムだったので、かなり思い入れが強いです。 このアルバムの評価がイマイチなのが信じられない。 ゴージャス感からいうと、このアルバムと「ヴィーナス&マーズ」が最もウィングスのアルバムのなかで飛び抜けている気がします。 ウィングスのサージェント・ペパー、マジカルと言ってもいいくらい。

パソコンは新しくしたのですが、なんかイマイチ使い方がよく分かっておらず…(笑)。 とりあえずネットが見れりゃい~か、みたいな。 スマホないんで。

まったく、アナログ→デジタルの移行は面倒ですよね。 私はずいぶん前にVHSからDVDにダビング作業をしまくっていたのですが、最近そのDVDを見たら、「再生できません」の目白押し。 気が狂いました(爆)。 まあ、もとのVHSはまだあるので、ジジイになったらゆっくり見たいと思ってます…って見るのかなぁ? 何しろコンテンツが多すぎて一生じゃ賄いきれませんよね、この情報量。

リウさん、こんばんは。

旗オビ世代の生体験、すごく興奮しながら読んでしまいました。『マッカートニーⅡ』は、幻のパンフでさえ、ごまかすことのできないものがありましたか。当時の情報では、アルバムに収録されている曲でも、特に「フローズン・ジャパニーズ」が、逮捕とコンサートの中止を連想させるものだったらしいですからね。ケチをつけられても、しょうがないと言えばしょうがない曲ですけど、「フローズン・ジャパニーズ」って逮捕されるより前にとりかかれたものなんですよね。

この曲は、ポールの配慮のなさを露呈してしまったんですけど、それ以上にきになったのは、曲調でした。あの曲調は、西洋人による中国人と日本人の区別ができなくなっているイメージそのものだと思います。

いやいや、『バック・トゥ・ジ・エッグ』にパンフをつけた方がいいと考えたのは、中止になったコンサートで、『バック・トゥ・ジ・エッグ』からの曲をメインにやっただろうなぁと思えたからなんです。もちろん、逮捕された後に出荷されている『バック・トゥ・ジ・エッグ』限定でですよ。現在のレコード会社なら、同じ作品を再度購入させることも厭わないだろうけど、その点、当時のレコード会社には良心があったんだと思います。レコード会社、ポールのどちらかに、ファンに対する申し訳なさから、同じ作品を買わせちゃいけないと考えた結果『マッカートニーⅡ』にパンフをつけたんだと思います。

CDが欲しいとき、街のCD屋に買いに行きます。定価なのがつらいんですけど、よくポスターをいただけるので、ビートルズ関連を買うときは、必ずここに行くと決めています。また、質量を感じながら、そして、これから聴く音楽に希望を抱きながら家に帰るのが楽しくて仕方ないんですよねぇ(*^-^*)
ダウンロードの世代では味わえない喜びだと思います。

『バック・トゥ・ジ・エッグ』は、僕も大好きなんですよ。『サージェント』や『ヴィーナス・アンド・マーズ』のように、うまくいかなかったですけど、十分内容の伝わるコンセプトだったと思います。

のぶや様
コメント下さり、ありがとうございます。

まあ、パンフの予約特典というのは、おそらく招聘元のウドーの意向だったと思います(笑)。

ポールが日本のファンに対して申し訳ない、と思っていたのかどうか。 当時はあまりそういう印象は、私自身は感じていませんでしたね。 「マッカートニーⅡ」のライナーノーツに、仰々しく有り難がらせようとしたような宣伝文句で「ポール直筆メッセージ」ってのが載っていたのですが、谷啓の似顔絵みたいな(谷啓って分かるかなぁ?クレイジーキャッツの)イラストが添付してあって(笑)。
このイラストは当時のポールが好んで描いていたものだったのですが、なんか日本人をバカにしたような感じがしてですね(笑)。
せっかく日本に来といてファンに歌を聴かせないで拘置所の犯罪人に「イエスタデイ」を聴かせた、ということひとつとっても、こちらはちょっとムカムカしてるのに。

また、「マッカートニーⅡ」のライナーノーツで、「ダークルーム」は日本の拘置所を連想させる、だの、なんか書きっぷりがあんまりよくなかったんですね。 立川直樹さんでしたけどね。 高1あたりだとライナーノーツに結構影響されちゃうんですよね(笑)。 当時はライナーノーツしか情報源がない、と言っていいくらいでしたから。

そして「マイ・ブレイヴ・フェイス」のPV(笑)。 日本人のビートルズコレクターをバカにした内容でしょ(笑)。 小野洋子という日本人がいたうえ、大麻所持逮捕、という一件から、ポールは日本にけっして好印象を持っていない、というイメージはつきまといましたよ。

ただそれでポールが嫌いになったか、ということは全くございませんで(笑)。

「フローズン・ジャパニーズ」はテキトーですが当時よくキーボードで弾いたもんです。 黒鍵盤(ポール流に言うと「エボニー」、ということになりますか)だけで弾けるんですよ。
のぶや様のおっしゃるとおり、この曲は中華風味のほうが強いですよね。 その認識の甘さもポールらしいと言えばポールらしいのですが、この「中華風」の流れが数年後にジョージのほうに行っているのは興味深い。 「母なるイングランド」や「上海サプライズ」あたり。 ただジョージのほうは、しっかりこれはチャイニーズ系、と意識して作ってたみたいですね。

ポスターは中学あたりの時はビートルズ買い漁ってたのでレコード屋さんからもらいまくりで、壁から天井から部屋じゅうポスター隙間なくベタベタ貼ってましたよ!(笑) 懐かしいなぁ~。 親から呆れられていました(爆)。 出張に行っている間にほとんど捨てられましたが(ああ…)。 ポールとリンダがピカソの絵をバックに写っていたポスターは雰囲気があって好きだったなぁ~。

リウさん、こんばんは。

好きなアーティストを好きでいられるか、離れてしまうのかの分かれ道が、必ずあります。ポールだって例外ではないと思います。リウさんの記事やコメントを読んでいると、ビートルズに関することから、かなりのストレスをあたえられているはずなのに、それでも好きでいられる。その思いの強さは、ファンの鏡ですね(*^-^*) 

「マイ・ブレイヴ・フェイス」のプロモ。今では、立派なコレクター(CDに限りますけど)の一人として、好きだったなぁ~(笑) 
たしか、コレクターの犯人は日本人でしたけど、防犯カメラと捕まえる人も日本人だったかなぁ。なんかポールが、言い訳をしてた記憶が・・・。言い訳をするから余計に心の底にある思いを読み取りたくなるんですよねぇ。

私事なんですけど、明日から2週間ほどネット環境を使えない状況となります。リウさんとお話しできないのが、ちょっぴりさみしいです(>_<)
だけど、次にお会いできるときは、眠っていたビートルズ関連の記事を読めるのだろうと楽しみにしております。

そういえば、5月に『エジプト・ステーション』の新型がでるとか。すごい楽しみだぁ~

のぶや様
コメント下さり、ありがとうございます。

「エジプト・ステーション」の新型ですとぉ~っ! トラベラーズエディションの追加発売ちゃうんですか? とりあえずこれで前回の「完全限定発売」が覆されたわけですよね(笑)。 今回も完全限定とか謳ってますけど。 中身が少々違う、ということなんですかね。 なら初回版も限定発売だったわけで。

長~いポールファンの歴史のなかで、やはりちょっと熱量が低かった時期というのはございまして。

それが自分にとっては、「ヤァ!ブロードストリート」「プレス・トゥ・プレイ」「フラワーズ・イン・ザ・ダート」「オフ・ザ・グラウンド」あたりでしたね。 「ブロードストリート」は過去の焼き直しがポールの現役感を減退させ、「プレス・トゥ・プレイ」は内容的にもプロデューサーのヒュー・パジャムとの相性があまりいいようには思えず、その後「バック・イン・ザ・USSR」とか「公式海賊盤」とか、かなりフラフラしていた感じがして、「フラワーズ・イン・ザ・ダート」は、世間ではその迷走感が払拭されてポール復活だ!と評判がよかったのですが、自分的にはエルヴィス・コステロとのコンビもそんなにいいと思えず。

「マイ・ブレイヴ・フェイス」の頃はちょうど日本がバブル景気の最盛期で、日本が批判とか揶揄とかされることが多かった。 このPVもその流れのひとつだと、自分には認識されました。
まあ、私自身も仕事を始めた時期だったので、仕事が忙しくてあまり音楽も聴かなかったしテレビドラマもこの時期はほとんど見てなかった。 全然というわけではないですが。

ポール熱が完全復活したのは2002年の「ドライヴィン・ジャパン」でしたね。 まあ、昔話はおいおいと…(笑)。

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    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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