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2017年6月 4日 (日)

「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」 50周年周年記念エディション 21世紀のビートルズ 「聴きかた革命」

「はじめに」 際限なく繰り返し発売されるビートルズのクローンたち 


 「何度、同じものを買わせるのか」。

 ビートルズフォロワーにとってこの忸怩たる感情は常についてまわっている。

 これはなにも音源コンテンツだけに限ったことではなく、書籍や映像にも及ぶ。 私が最近記事にした 「ビートルズ史」 にしてもそうだ。 ビートルズの書籍で伝記タイプのものだけでも、私が購入したのは活動中だったビートルズの公認伝記であるハンター・ディヴィスのそれと、2000年に叶姉妹が買っただのなんだので話題になったオーラル・ヒストリー本 「アンソロジー」 に次いで3回目。 ほかにも作品解説だのインタビューだの写真集だの特集記事の載った雑誌だのムック本だの…まさに出版社のいいカモだ。
 いや、私以上にそういう本を買い漁っているファンはいるだろうと思われる。 商売として成り立つからこそ、今回のように、ビートルズの新しいものが出るとそれに便乗した本が際限なく出回るのだ。
 映像面でもハードが進化するとそれに伴って再リリースされるし、特にブルーレイが登場すると画質の全面リストア化とやらで4Kをうたう商品まで出されるようになった。

 そして本命である音。
 ベストで充分、という一般の人なら 「ビートルズ1」 1枚で足りるが、もうちょっと詳しく知ろうとすれば 「赤盤」「青盤」。 さらにもっと知りたければ、2009年にリマスターされたオリジナルアルバム13枚プラス 「パスト・マスターズ」 で、彼らの活動中に出した音源はほぼすべて手に入ることになる。 これに、解散後25年目に出した2枚のシングルを揃えれば、とりあえずビートルズの活動は全部押さえたことになろう。

 ふつうなら、ここで打ち止めになるはずなのだ。

 しかし売り手は、「ビートルズの深い森」 に入り込んでしまった迷子の財布を虎視眈々と狙ってくる。
 アウトテイク集だのラジオセッション集だのネイキッドだのアメリカ盤だの日本盤だの、レコード時代の過去に発売されてなかなか出なかったライヴ盤のCD化だの。 2009年のリマスター盤などは現在のいちばん大きな基本になってはいるが、CDというフォーマットとしては、もともと1980年代後半レコードから移行されたときにすでに1回出されたものなのである。 その時代の技術が20年たって古ぼけてきたので、もう一度よく聞こえるような形で出し直したのが2009年のリマスターだったわけだ。 私はさすがにレコードを持っていたので、最初のCD化に関しては重要作しか買わなかったが、全作CDで買っていた人は、「同じものをこれで2度買った(レコード時代に買い揃えていた人はこれで3度買った)」 ことになる。
 そしてついに、近年になって売り手が着目し出したのは、「ステレオリミックス」、という手段だ(かなり昔の 「イエロー・サブマリン・ソングトラック」 というのがリミックスの最初だったが)。


ビートルズの場合のリミックスとは


 この 「リミックス」、先に書いた 「リマスター」 となにが違うのか、というと、特にビートルズの場合、ステレオにおける楽器の位置とか、ヴォーカルの位置などを変えてしまうことを意味する。 リマスターは元の(マスター)音源をただただ忠実にCDに焼き付けることのみにその目的があるのだが、リミックスはもっと積極的に元の聞こえかたを変える作業だと言える。

 ただし、現代の音楽に触れている世代にとって、「ビートルズのリミックス」 作業なんてのは、ほとんど無意味でワケの分からんことに見えるんじゃないだろうか。
 なぜなら彼らは、楽器やヴォーカルの位置を変えただけではリミックスとは思わないだろうからだ。 21世紀を生きる世代にとってリミックスというのは、テンポを変えたりビートを強調したりして、元の曲とは全く違ったものになることを意味し、かつダンサブルにならなければならない。
 だからテンポが違ったいろんな曲を同じテンポのメドレーで聞かせることが普通に行なわれるし、バラード曲だってドラムを加えてダンスチューンに変貌してしまう。

 しかしそもそもこの 「テンポを変える」、というのは、旧アナログ世代にとっては理解不能な世界だ。

 なぜならテンポが変わる、ということは音階が変わる、というように思われるからだ。 テープのスピードを上げれば音は高くなる。 逆に下げれば、音は低くなる。 レコードで、シングル盤で45回転のものを33と1/3回転で間違えて聞いたとき、女の子の声が男みたいになった、という経験は、レコード世代の人ならあるはずだ。
 しかし現代では音はデジタルの電気記号の集合体みたいな感覚で、テンポを上げても下げても音階が変わることがない。
 私などもよく、録画したテレビドラマなどを 「倍速で見た」(厳密には30%のスピードアップ程度らしいが)と書くことがあるが、倍速で見ても音の高さは変わらず、ヒヨコが早口でしゃべっているように聞こえないのは、これと同じ道理だ。

 この、アナログ的な 「テンポ」 と 「音階」 の齟齬に直面していたのが、当時のビートルズである。
 特に今回のテーマである 「サージェント・ペパーズ」 では、先行シングルとして当初アルバムに入る予定だった 「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」(今回スペシャルエディションには収録) がもっともそれに該当しているのだが、それはほかで語り尽くされているのでここでは言及しない。

 この 「テンポ」 と 「音階」 の違いなど、当時発売されていたモノラル盤とステレオ盤が、もっとも違って聞こえるのが、「サージェント・ペパーズ」 と次のイギリスオリジナルアルバム 「ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)」 だ。 1960年代後期はモノラルからステレオへの転換期にあったことからこういうことが起こったわけだが、「サージェント」 の頃(1967年)にはまだまだモノラルが主流で、ステレオミックスのときに彼らはほとんどその場に立ち会わなかった、と言われる。

 「立ち会わなかった」 ということを、今回、リミックスを担当したジャイルズ・マーティン(ビートルズの音楽をほとんどプロデュースしたジョージ・マーティンの息子)がブックレットに書いているのだが、これまでほとんど 「聖域」 とされたリミックスという作業に舵を切る大義名分(ホントは 「同じものを売りつける」 大義名分…笑)が、ここに集約されている。


「ビートルズ1(2015年バージョン)」 におけるリミックス


 ジャイルズの行なったリミックスの第1弾が、一昨年(2015年)に 「リイシュー(再リリース)」 された 「ビートルズ1」 だった。 これは2000年に発売されて超絶ヒットとなった 「ビートルズ1」 とラインナップがまったく同じだったのだが、ここにレコード会社(最近じゃどういうのか?)が編み出した付加価値が、「リミックス」 だったわけだ。 だから必然的に、「ビートルズのものなら何でも聴きたいビートルズ信者」 たちは、「ちょっとずつ違った同じもの」 を買わざるを得なくなる。

 けれども、このリミックスされた 「ビートルズ1」、私はあまりいいと思わなかった。
 なぜならば、「ビートルズの曲が持つ強烈なインパクト」 がかなり抑えられたように感じたからだ。
 確かに音自体はよくなり分離もよくなり、コーラスは全体的に各パートが聞こえるようになったのだが、あまりに整然とお行儀よくなってしまったせいで、曲のグシャッとしたような一体感が影をひそめてしまったように聞こえた。
 特に 「ア・ハード・デイズ・ナイト」 の最初の 「ガーン(もしくはジャーン)」。 なんでこんなに迫力がないのだろう。 私がガキの頃、この曲を最初に聞いたとき、このイントロにはかなり衝撃を受けたものだ。 それなのに、なんとショボイのだ、このリミックスは。 この1点だけで全体的な評価がかなり低くなった。 「抱きしめたい」 のあの騒々しさもそこにはない。 「アイ・フィール・ファイン」 で感じる、ジョンのヴォーカルとギターリフの匂い立つような危険さがない。 「愛こそはすべて」 エンディングの混沌としたきらびやかさがなくなっている。

 その失望から、買った当初私はこのブログでレビューをしなかったのだが、実際のところこの 「ビートルズ1」 2015年バージョンのウリはリストアされた映像集のほうだったろうと思われる。 彼らの映像は 「アンソロジー」 で以前強力にリストアされたものだが、その 「アンソロジー」 で不完全だったプロモーション映像を完全に4K・21世紀仕様にしたことが、このプロジェクトの本当の意義だったように思える。

 しかしジャイルズの仕事で唯一感心したのは、それまでモノラルだった聞こえかたをステレオにし直している、という1点だった。

 例を挙げると 「イエスタデイ」。 この曲、もともとモノバージョンでは最初のリフレイン部分、「♪~something wrong Now I long for yesterday」 の部分がダブルヴォーカルになり深いエコーがかかるのだが、ステレオではそれがない。 それをジャイルズはきちんとモノの聞こえかたに直している。
 「ペイパーバック・ライター」 でも、コーラス部分の終わりにリバーブがかかるようになっているモノバージョンの聞こえかたを、ステレオで再現している。
 また、「イエロー・サブマリン」 の3番、後ろでがなっているジョンの声がステレオバージョンでは最初オフになっているのを、きちんとなっているモノバージョンと同じ仕様に直した。


今回 「サージェント」 で行なわれたリミックスについて


 今回ジャイルズが行なったリミックスは、この 「ビートルズ1」 と同じコンセプトによるものであると思われる。
 つまり、「ビートルズもプロデューサーのジョージ・マーティンもステレオミックスはもともと興味を示さず、モノの聞こえかたこそが彼らの求めていたものだった」「ステレオミックスは当時かなりヤッツケで行なわれたいい加減なものだった」(実際そうだったけど)、という 「大義名分」 をもとに、「本当のステレオミックス」 を目指したのだ。

 だからこれまでスタンダードとされた、2009年のリマスターステレオバージョンとは、まったく別物の(まあフツーの人には関係ないレベルだが…笑)「サージェント・ペパーズ」 がリリースされた、ということになる。 極端に言えばビートルズの21世紀における最新アルバムが出た、くらいの革命的な出来事なのだ(ことにビートルズファンにとっては)。

 先にジャイルズの仕事をクサした私がなぜここまでオーゲサなことを言うか、というと、なにしろ今回のジャイルズの仕事は、私がクサしたポイントをみんなクリアしているからだ。

 つまり、アルバムの全体的な印象がかなり迫力を増した、という点においてだ。

 先に触れたジャイルズのブックレット解説によると、「第1世代のピンポン録音する前のオリジナル・レコーディングに立ち返ることが可能になった」、と書かれている。
 これはかなり衝撃的な記述ではないか、と思う。
 最初何の予備知識もない状態でこのアルバムのCD1を聴いたときに私が感じたのも、この点だったからだ。 「もしかするとテイク○○の状態から構成し直しているのではないか?」。

 ここで解説を要さなければならないが、「サージェント・ペパーズ」 というのは基本4チャンネルで録音されたアルバムなのだ。 といっても一般の人には馴染みがないかもしれないが、要するに幅広のアナログテープに4か所、音を別々に入れられるという録音技術レベルのことだ。
 4チャンネルなんていうのは今の録音技術からするともう 「それで何ができるんだよ!」 と叫びたくなるようなチャンネル数の少なさなのである(笑)。 ビートルズはその、たった4つしかないチャンネルにもっと音を詰め込もうとして、1チャンネルにつき最初録音したものを再生しながらそこに新しい音を加える、という録音の仕方をしていくのだが、それを 「ピンポン録音」 という。 必然的に、前の録音の音質は劣化していく。

 「ピンポン録音をする前のオリジナル・テープに立ち返ることができるようになった」、というのは、4チャンネルのものをいくら分離しても1チャンネルのものは分離できない、という理屈が覆されたことを意味する。
 つまり、ピンポンで劣化した前の録音が、クリアに再現できるようになった、ということになろうか。

 これが出来るようになった、ということは、2009年のリマスタリングでも再現できなかった音を聞こえさせる手段が整った、ということだ。 「2009年リマスターより音が聞こえる」、というのは、ビートルズの聴きかた自体が21世紀仕様になったことを意味する。 とんでもない世界だ。

 実際に聴き比べてみよう。


各曲解説


 私が比較対象にしているのは、2009年ステレオリマスターに関しては、USBボックスの音である。 疎いのでよく分からないが、おそらくハイレゾ音源と同じくらいのクオリティではないかと思う。

 1. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド

 いきなり余談で申し訳ないが、この曲で以前から気になっていたのは、「どうしてペパー軍曹の楽団なのか?」 ということだった。
 今回ブックレットにも書かれているように、ポール・マッカートニーによれば、ローディだったマル・エヴァンスが 「ソルト・アンド・ペッパーを取ってくれ」 と言ったのを 「サージェント・ペパー」 と聞き間違えた、というのが定説なのだが、「ソルト&ペパー…ソルタンペパ…いや、聞こえんな」 みたいな(笑)。
 楽団というポールの発想はポールの父親ジムがやっていた 「ジム・マックス楽団」 からきているのだろうが、どうして軍人がここにしゃしゃり出てくるのだろう。
 私の勝手な憶測だが、これは1966年にアメリカでビートルズ以上に大ヒットした、サージェント・バリー・サドラーの 「悲しき戦場」 への対抗意識がポールの無意識下にあったのではないだろうか。 1964年、65年とビートルズはアメリカのチャートを席巻したのだが、66年はこの曲に後塵を拝した。 しかしこの曲を聞くと、とてもじゃないけどそんな名曲に思えない。 「軍曹」 だけあって、歌も大してうまくないし。 「こんなのにトップの座を奪われた」、という屈辱感が、ポールのなかにあったのではないだろうか。 「じゃ、軍曹の楽団としてパロディをして、ちょっと皮肉ってやろう」 みたいな発想。 ウィキにも書いてないから、まだ誰も指摘してないだろう、と期待しつつ(笑)。

 まず冒頭の観客のざわめきが、リミックスのほうがシャープに聞こえる。 この段階で 「これまでと違う 『サージェント』 が始まった」 と予感させる。 これまでのミックスでは 「司会役」 のポールが右側で歌い、ペパー楽団が左から登場するという段取り。 曲の途中から楽団は中央に移動してくる。
 ところがこれだと、ジョージのリード・ギターも右側に配置されていたために、ポールのヴォーカルとかぶってこれまではそのメロディラインがじゅうぶんに分からなかった。
 今回はポールが最初から中央で歌い、ジョージのギターの位置は従来通り右なので、ジョージのギターがよく聞こえる。
 こうなることで、この曲のロック感が若干上昇するのだ。 ジョンのサイド・ギターも従来の中央から左寄りに変更されているために、ポールのヴォーカルのツヤが増しているのが分かる。 ジョンとジョージのギターが絡み合うのが実感でき、とてもエキサイティングに生まれ変わった。
 楽団のコーラスもまんべんなくワイドに広がってその構成がくっきりとした。 アルバム1曲目をロックな方向に転換することで、聴き手の期待感を膨らませることに成功している。

 ただし、「Sit back & let the evening go」 のあとのブレイクで響くホルンの音が、従来では左からエコーが右に、という聴きどころがあったのだが、それがなくなっている。

 2. ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ

 ビリー・シアーズ役のリンゴが従来はセンターからやや左寄りで歌っていたのに対して今回は中央。 そしてやや左寄りから左にかけて入っていたバックコーラスが左右、ベースは従来と同じ位置。
 ただ従来ではそのベースがほぼ単独で右から聞こえていたために、その音像がかなりはっきりしていたが、今回はコーラスと重なるためにちょっと引っ込んだような印象を受ける。
 従来のミックスではその、ポールのベースにコーラスのエコーが絡む、という展開で、空間を抑えた味のあるミックスだったのに対して、コーラスで押してくる今回のリミックスは、やはり迫力重視、といった印象を受ける。 そこにジョン、ジョージ、ポールがいるよ、という感じ。
 また、ほとんど中央に固まって位置していたバッキングが分離され、今回一部右からも聞こえる(たぶんジョンのサイドギター?)。 これ、1チャンネルの音でまとまってたら分離できないでしょう。

 3. ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ

 モノラルバージョンでダブルトラッキングだったジョンのヴォーカルがステレオで初めて強調された。 このほうが浮遊感が出ていい。
 冒頭のハープシコードのような音が音階によって違う位置から聞こえてくるのがこれまでになかった。 これって単なるフェーダーの操作なのかな。
 ブリッジ部分につながる 「♪kaleidoscope eyes」 のところでエコーが強くなるのは従来通りだが、さらにヴォーカルが空に絵の具をぶちまけたようにぱあっと広がるような感じになる演出もよい。
 リフレインを告げるリンゴのドラム3発も、従来では左から聞こえていたのが中央に、そしてその音質がずっしり重い。 キーボードとエフェクターがかかったギターの音色が印象的な曲だったが、ひとつひとつの楽器がせめぎ合っているのが分かる。

 この3曲まで聴いて感じるのは、ポールのベースがかなり主役の座を奪われている、ということだ。 しかしそれにも関わらず、曲自体のドライヴ感が増している。
 それは従来のミックスでポールのベースが、いちばん最後に録音され続けてきたからではないだろうか。 だから音質のいいポールのベースが曲自体の印象を決め、そのトリッキーさ、縦横無尽さが前面に出ていた。 しかしこうしてほかの楽器の音もよくなったことで、バンドとしての一体感が飛躍的に増しているように思えるのだ。

 4. ゲッティング・ベター

 従来のステレオミックスではかなり成功している例だと思うのだが、今回それを凌駕させるためにジャイルズは中央に位置していたベースを右に配置した(つーか、ここまでベースすがずっと定位置なのだが?…笑)。 トリッキーなようだがこうすることでヴォーカルが立ち、ベースはギターと一体化し、孤立化を防いでいるように聞こえる。
 この曲の生命と言えるのはおそらくこのギターのカッティングだ。 バンドの音が強調されて、この曲はさらにパワーアップした。
 昔から感じていたことだが、この曲は構成が結構複雑だ。 1番2番と、3番は微妙に違ったりする。 カッティングをヤケに強調した発想というのは、それまでのビートルズには見られなかったように思える。 これも 「自分たちとは別のバンド」、という意識が働いていたからこそできた発想なのではないかと思う。 

 5. フィクシング・ア・ホール

 従来のこの曲のステレオミックスは、ハープシコードが左、ギターが右、といった極端で音像の狭い聞こえかたをしていたのだが、それが両方から聞こえてくることで、視野が一気に広がったように思える。
 従来の聞こえかただと、途中で右のギターが登場するまで右は無音。 また無音になって…という繰り返しで、最終的に右チャンネルにはコーラスも入ることになるが、かなりバランスの悪い配分だった。
 それが今回は、両方からハープシコード、ドラム、ギターが聞こえるのだ。 ほかの楽器はともかく、ドラムスはスネアやタム、バスドラなどが別々に録音されていたとは考えにくいのだが、右からはスネアっぽい音が聞こえる。 もしかするとタンバリンなのかもしれない。 いずれにしてもかなり聴きやすくなった。
 ただしこの曲においてもベースは右から(オリジナルは左から聞こえる)。 なんかこの位置で定着してないか? これも従来に比べてかなり引っ込んでしまった印象を受ける。

 この、「ベースが引っ込んで聞こえる」、というのは近年の傾向とは逆であることは書いておかねばならない。 近年のビートルズリイシュー盤の傾向として、ドラムとベースのリズム隊が強調されてきたことはたびたび指摘される。 それはまだ生きているポールとリンゴに対する配慮なのだ、とまことしやかに囁かれ続けてきたものだが、ビートが強調されてきた近年のミュージックシーンに寄り添っている可能性もある。 いずれにせよそれは 「気がする」 世界なので、なんとも断定のしようがない。

 6. シーズ・リーヴィング・ホーム

 1970年代後半の 「旗オビ世代」 である私は、ビートルズのレコードをステレオで聴き続けて育ってきたわけだが、2009年のリマスター盤発売のときに同時に出されたモノ・マスターズで初めてモノラルの 「サージェント」 を聴き、いちばん不思議に思ったのがこの曲だ。
 ステレオ盤ではこの曲、もともと録音されたテープスピードのままなのだが、モノラル盤では若干スピードが速いのだ。
 先ほど解説したように、アナログのテープスピードの変化は、そのまま音階の変化を意味する。 つまりこの曲のモノラルは、ステレオに比べて半音高く、ポールの声もそれだけ若く(子供っぽく?)なっているのだが、どう考えても元のスピードのほうがいいように思えるのだ。
 この曲は小編成のオーケストラをフィーチャーしたアレンジなのだが、テープスピードが早められたことで、なんとなく重厚感がなくなり、おもちゃっぽい音になってしまった。 そしてビートルズは、本命であるモノラル盤に、この安っぽい音を選んだのだ。 どうしてなのだろう。

 これも私の推測の域を出ない話だが、もしかするとポールはこのアルバムを作るうえでいちばんのモチベーションとなったビーチ・ボーイズのアルバム 「ペット・サウンズ」 のなかの1曲、「ドント・トーク」 の弦の音に近づけたかったのではないだろうか。 なんとなくスピードが上がったバージョンのほうが、「ドント・トーク」 の弦の音を彷彿とさせる気がするのだ。

 従来のバージョンではこの小編成のオーケストラが小ぢんまりと左右に振り分けられているような印象を受ける。 そして左チャンネルからはヴィオラやチェロなどの低音部、右からはヴァイオリンやハープなどの高音部がよく聞こえるのだが、今回のリミックスでは中央の周辺も使ってまんべんなく楽器が配されているように思われる。 音の広がりとしてはやはりリミックスのほうに軍配が上がる。 蛇足のようだが、もちろん今回のリミックスは、テープスピードが上がったモノラル仕様を踏襲している。

 7. ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト

 今回のリミックスで特に白眉だと思われるのがこの曲。 従来右から聞こえていたジョンのヴォーカルが中央。 というより、ダブルトラッキングされた声が中央の少し右と少し左から聞こえるような感覚。 おかげでオルガンなど移動式遊園地を思わせる楽器が縦横に配置されることになり、深いエコーがかかることによってそのきらびやかさが飛躍的に増した。 特にその効果はヘッドホンよりもスピーカーから大音量で聞いたほうが実感できる。
 さらに指摘したいのは、オリジナルのモノラル盤では、この曲はとても唐突にブツッと切れる感じで曲が終わるのだが、ジャイルズの行なった今回のリミックスはどちらかというと自然なエコーで終わるステレオ盤の終わりかたに近いほうを採用していることだ。
 要するに、「モノラル盤の単なるステレオ化」、という狭義な目的でこのリミックスは作られていない、ということになる。 極めて柔軟な判断のもとで、ジャイルズはいちばんいい方法を模索しているのだ。

 8. ウィズイン・ユー、ウィズアウト・ユー

 アナログレコードのB面1曲目。 このアルバムでは唯一のジョージの曲だが、ジョージのキャリアの中では最も完成されたインド音楽影響下にある曲で、故に抹香臭くこのアルバムの中ではもっとも異端で敬遠されるタイプの曲だ。
 しかしこの曲の優れたところは単にインド楽器だけで演奏されているだけでなく、これにインド音楽の音階とうねりを強く意識したオーケストラが絡んでくるところなのだ。
 その絡み合いのスリリングさがもっとも味わえるのが、5拍子で展開する間奏部分なのであるが、今回のリミックスではその楽器のひとつひとつの音が粒立ってとてもエキサイティングに生まれ変わっている。 特にインドの打楽器であるタブラのドゥウーンといううねった重低音が、従来では左チャンネルから極めて狭いレンジで聞こえていたのが左から中央あたりまで広がって聞こえるから、ビートが強調されているように感じられるのだ。
 エンディングで聞かれる、インド楽器演奏者たちのものと思われる笑い声もモノラル盤に準拠しているが、妙に引き笑いが露骨な感じだったものが軽減されている気はする。

 ともあれ、この曲が旧B面1曲目に、そしてこのアルバムのなかの1曲として採用されたことに、私たちはもっと注意を払わねばならないように私などは思う。 それは当時のイギリスとインドの関係を見れば理解のできる程度の必然性を伴っていることは確かだが、メンバーの中でいちばん年下だったジョージの目はサマー・オブ・ラヴのノーテンキで無責任な処世術からとっくに目をそむけ、人間は何を律し何をなすべきなのかという内面的な世界に没入していたのだ。

 9. ホエン・アイム・シックスティー・フォー

 このアルバムのセッションでいちばん最初に着手された曲。 厳密には先行シングルのはずだった 「ストロベリー・フィールズ」「ペニー・レイン」 より後だが、前のアルバム 「リボルバー」 のいちばん最初のセッションがあの前衛的な 「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」 だったことを考えるとかなり大人しい感じがする。 つまりこの曲自体が、アルバム全体を先に言及した 「ジム・マックス楽団」 の路線でいくことの宣言のようになっているように思えるのだ。 ビートルズはビートルズであることを、ここではっきり拒絶した。 だからいつもにない発想の 「ゲッティング・ベター」 や 「ミスター・カイト」 が生まれたのだろう。 ジョンがポールのこの企画に乗ったのも、キリスト発言やツアーの無期限終了宣言で 「ビートルズであること」 に根本的な疑いを生じていたからなのだろう。

 この曲における大きな変更は、左から聞こえていたポールのヴォーカルが中央に配置された、ということくらいで特に目立った印象の違いはないように思える。 この曲の従来のステレオバージョンは、もともとかなり各楽器の分離がいい部類に入るからだ。
 ただしコーラスはきちんと広がってリミックスされており、ここにジョンやジョージの存在を確実に感じることができるのも事実だ。

 10. ラヴリー・リタ

 リズム隊が中央に配置され、コーラスが縦横に広がるというのはこれまでと一緒だが、この曲で常に鳴っていた印象のあるピアノがかなり引っ込んだために、イントロではこれまで以上にギター(エレアコ?)の絡み合いがはっきりと分かる。 傾向が同じだから説明するのに飽きてきたな(笑)。 ただこのアルバムの中では、いちばん 「ペパー楽団」 ぽくない、ビートルズっぽい曲のような気は昔からしている。

 11. グッド・モーニング・グッド・モーニング

 「ミスター・カイト」 と並んで、私がこのリミックスのなかでもっとも白眉だと思う曲。

 特にイントロ、ニワトリの鳴き声に続いて飛び出す重低音が凄すぎる。 なんだろうこの、バスドラ以上に響いてくるこの爆発音は。 各楽器の聞こえるレンジを広げる、という今回のリミックス最大の特徴がこの曲では最大限に発揮され、かなりハードロックな1曲として主張し出した。
 凄い。
 凄い。
 ただひたすら、凄い。
 かつて 「イエロー・サブマリン・ソングトラック」 でリミックスされた 「ヘイ・ブルドッグ」 が曲に新たな生命を吹き込まれたように、いやそれ以上に 「ジョンが自らクサすようなただの曲」 が生まれ変わったのだ。 その瞬間に立ち会えたことに感謝する。 ご託は要らん、まず大音量でこの曲をスピーカーで聴くべきだ。
 こういう蘇生の仕方が出来るのならば、全部のアルバムをリミックスしまくってもらいたい。 そしてそれこそが、21世紀に聴き継がれていくビートルズの、新しい 「ステレオスタンダード」 になっていくことだろう。 2009年のステレオリマスターが、霞んでくる日が来ようとは思わなかった。 これはビートルズフォロワーとしては、大事件の部類に入る衝撃だ。

 12. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(リプライズ)

 この曲はいちばん変更が少ない曲ということになろうか。 ただし原曲がかなりストレートなロックナンバーなので、別に大した問題ではないし、いじるほうが悪い部類には入るだろう。 ただし観客の歓声には広がりが生まれ、ジョージのリード・ギターも心持ち左寄りに配置された。 元のステレオミックスでは楽器が中央の狭いレンジでなっていたのでここは改善点か。

 13. ア・デイ・イン・ザ・ライフ

 このアルバムのなかで最も問題曲であるが、旧ステレオバージョンでは右から中央に移動してくるジョンのヴォーカルが、中央に固定。 代わりに中央で鳴っていたリンゴのベスト・プレイとも思えるドラムが中央よりやや右に配置された。 そのせいかもしれないが、リンゴのドラムのレンジがヤケに広い気がする(耳の錯覚だろう)。 徐々に盛り上がるオーケストラの背後では、従来のモノラル盤でもよく聞こえていた、ローディのマル・エヴァンスのカウントする声が、さらによく聞こえる。

 ミドル部分のポールのヴォーカルも、従来の右から中央に変更。 ポールの歌が終わると入れ替わりで入ってくる 「アーアアアー、アアアー、アアアー」。
 余談であるがラジオ日本の番組 「ビートルズ10」 ではこの 「アアアー」 を歌っているのが誰なのか、ちょっとした論争になっている(笑)。 私も最初は 「ジョンだろ、バカバカしい」 と思っていたのだが(爆)、なんかポールの声にも聞こえるし、挙げ句にジョージの声にも聞こえてくる始末で(笑)。 今回このデラックスエディションのCD2を聴くと、なんかジョンのヴォーカルだけが入っている段階のテイクで、ジョンが 「アアアー」 と歌ってない(さらに、ポールのヴォーカルが入っているテイクでも 「アアアー」 が入ってない)。 キイが高いからあとから入れた、と考えられるが、いったい誰なのか謎が却って深まった気がする(笑)。 MCのカンケサンはポール説を主張して、「ジョンにはあの高いキイは出ない」 と言っていたが、ジョン、かなり高いキイ出せますよ。 まあ時代は違うけど、ソロ時代の 「心の壁愛の橋」 のなかの1曲、「ホワット・ユー・ガット」 なんか、かなり高いキイですってば(笑)。

 それはそうと、この 「アアアー」 がまたはっきり聞こえるんだな、今回のリミックス。 表現するのが難しいけれどあえて書くと、「アーアアアー、アアアーアアアー」 のあとに、「アーアーアー」 と歌ってるのが、今まで聞こえなかったんだけどこれが聞こえる。 そしてそのバックで鳴るオーケストラの低音が、これまた今回よく響いているんだな。

 そして 「アアアー」 の旅から戻ってきてジョンが再び歌い出す3番、従来では左チャンネルからなのも中央に固定。 そしてエンディングに向けてこの曲はひたすら盛り上がり続けるのだが、最後の5台のピアノによる(4台だったっけな)「ガーン」(この効果音に関しても 「ビー10」 では諸説あり…笑)。 これが今回はかなり強調された。 まさに 「ガーン」 である。

 そして 「ガァーーン…」 が消えるその直前、異音が少しするのだが(笑)これはピアノの椅子の軋みであると言われている(笑)。 ビートルズフォロワーはこういう、「どーでもいい音」 にまでこだわってしまうがために、レコード会社(だから最近じゃなんていうのこういう会社のこと)の 「重箱つつきたい」 マイナーチェンジにまんまと引っ掛かってしまうのだ(笑)。 しかしヴォリュームを最大にしても、今回のリミックスでこの 「椅子の軋み」 が聞こえなかった(気がする…笑)。 こういうところで 「雑音」 というのは、ビートルズの場合あり得ませんからジャイルズさん(笑)。


おわりに


 とりあえず現在のところはこんなところだ。 私はまだスペシャルパッケージをとことんまで味わっていない。 解説もポールとジャイルズのところしか読んでないし、写真満載のブックレットなどパラパラめくった程度。
 CD2以降のアウトテイク集は、1回聴いたがこれまでにその商魂たくましいところでリリースされ続けてきた先行盤でオイシイところをほぼ出しちゃってたために、ショボいテイクしかなかった気がする。 同じ内容のDVDとブルーレイの両方が入っていることで、「同じものなんか要らん」 という意見もあるようだが、私の場合クルマのなかで聴くにはブルーレイが使用できないので却ってDVDの存在が有り難かったりする(これで 「ビートルズ1+」 のブルーレイが車内で聞けない、という憂き目に遭った前例から)。

 それと、CD1のオリジナルアルバムジャケットよりも、CD2、3のボツジャケットのほうが画質がいいというのはちょっと複雑な気分になる。 オリジナルのジャケットの元となるネガは、もう存在しないのだろうか? 「ストロベリー・フィールズ」 などのプロモーション映像まで4K画質で綺麗にした技術で、オリジナルジャケットも綺麗に生まれ変わらせてほしかった気がするのだ。 もともと極彩色のアルバムジャケットなのだ。 旗オビ時代に買った(いや、正確に言うと母方の伯父さんに買ってもらった)私のLPレコードでは、ちょうど右端の 「ウェルカム・ローリング・ストーンズ」 の人形の部分で写真が切れちゃっているのだけれど、今回きちんとアナログ盤で端まで写っているのを購入しただけに、画質が旧盤と同じ、というのはちょっとな、とは思う。

 それから最後に、このスペシャルパッケージの価格についてだが、アマゾンレビューなどでは 「高過ぎる」 という意見が散見される。 確かに原価で19,000円くらいするのはあまりと言えばあまりなのだが、どうも近年、ポール・マッカートニーのアーカイヴシリーズにおけるスペシャルパッケージの値段のあまりの暴騰ぶりで免疫がついてしまっていたせいか、今回あまり高く感じなかった(ハハ…ハハ…)(なにしろ最新のやつで28,000円なんですよアータ)。 いずれにしてもこういう 「いたいけな」 ビートルズフォロワーのおかげで暴利をむさぼっているレコード会社には、そのうち天罰が下るであろう(ハハ)。

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