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2017年8月22日 (火)

「おんな城主 直虎」 第33回 小野但馬のコペルニクス的転回(以下続く…?)

 あまり知られていない人物を大河ドラマの主役に据える場合、そのいちばんの弱点である 「資料の少なさ」 をどう克服すべきか。 この大きな課題に対してこれまでの大河の前例を思い返すと、けっして成功してきたとは言えないことが分かるだろう。
 「おんな城主 直虎」 の場合、この主人公がそもそも男であったか女であったかの証明さえままならない。 しかし 「おんな」、と決めた以上、直虎=次郎法師=女である、という命題に従って物語は構築されねばならない。

 ここで脚本家の森下氏が打ち出した最初の設定が、のちに徳川家康の主要な家臣となる井伊直政の父親・直親(亀)と、井伊家の家臣だった小野家の嫡男・政次(鶴)を、主人公の直虎(おとわ)と幼馴染にさせる、というものであった。
 そしておきゃんな娘であるおとわに対して、そのふたりの男の子は、それぞれに秘めた恋を抱く。 直虎が女でなければ成立しない設定である。

 ここで物語的に大きなねじれを生じる原因となったのが、その小野の嫡男・但馬守政次が、父親に引き続いて史実的に完全なワルモノであった、ということだった。
 史実がワルモノであるのだから、小野政次もワルモノでなければならない。
 しかし設定上、政次は直虎に心を寄せている。
 このねじれを利用して、森下氏は 「表面上は井伊家を裏切り翻弄しながらも、実は陰で井伊家を今川の理不尽な支配から守る盾となっている」、というストーリーを作り上げた。

 これは発想的には、「樅の木は残った」 の原田甲斐をほうふつとさせる。 1970年の大河ドラマでもあった 「樅の木は残った」 は、それまで歴史的に不忠の者という評価であった原田甲斐を一転して忠義の者に変換させる、という役割を果たしたのだが、今回小野但馬守政次は、その大役に浴したのだ。

 しかしここで、ストーリー上の 「脆さ」 も同時に抱えてしまったように私には思える。
 つまり、但馬の真意が分かってしまうと、物語を引っ張っていく求心力も失われてしまう、という点だ。 具体的に言えば、要するに話がつまらなくなり、視聴者が離れて行ってしまう、ということだ。
 脚本の森下氏はここに盗賊や金の亡者を登場させるなど、一時はかなり苦心しているように私には感じられた。 城主となった直虎を支える配下の者たちもかなり頼りなく描かれていたために、物語が小野但馬の存在に極端に依存しなければならない構造になったことも大きい。

 そして物語のダイナミズムという点からとらえれば、「今川からの圧力→その危機を乗り越える井伊家」 という話の繰り返し、というスパイラルに巻き込まれてしまったような印象も受けた。

 だが、今回の小野政次の死はそもそもにしてそのスパイラルのクライマックス。
 ここは小野をワルモノからヒーローにコペルニクス的転回を企てた森下氏の、一世一代の 「ストーリーテラーとしての見せ場」 だった。 そのために泥をかぶったのは井伊の後見人のひとりであった近藤氏なのだが、史実がどうだとか後見人三人衆の力関係がどうだとかいう議論の前に、まず 「主人公は男なのか女なのか」 という、最初に述べたこの物語の成立時点から、この物語の根幹は霧に包まれているのだ。

 このクライマックスに向け、森下氏のそれまで苦心してきたさまざまな登場人物が、その存在を含めきちんとした理由を与えられた。
 なかでも盗賊の頭である龍雲丸は、武田信玄の今川攻めに際して情報が錯綜するなかで、井伊にとって草(忍びの者)のような役割を演じ、幽閉された直虎、政次の脱獄に際しておおいに盗賊としてのスキルを発揮し、しかも直虎と一時疑似恋愛的な関係であったがために、政次の本当の思いを察知し、今回政次が 「井伊のお家のためではなく、直虎のために行動しているのだ」、ということを喝破した。

 これは政次が直虎の分身とも思える白い碁石を懐に忍ばせていたことと相まって、平たく言えばスイーツ的な展開の最たるものなのだが(そしてそれを本能的に嫌う大河ドラマファンは多いのだが)、私は 「お家のためより個人的感情」、という理屈は現代において個人的には納得のいく理由づけだと感じる。 そうしなければドラマに没入できない弱みというものは確実に見る側には存在しているのだが、そもそもお涙頂戴というのは芝居のもっとも基本的な感情移入の方法なのである。
 たしかに、「お家のためだけ」 という理由は、やはり無味乾燥としている。 「家」 の重要度が当時どれだけの蓋然性を持っていたかは知る由もないが、いずれにしてもその 「家」 の 「構成員」 を守る、ということは人々の意識の根幹にあっただろうからだ。

 しかし今回その感情移入をもっとも残酷な形で終結させようとした森下氏の手法は、おおいに評価しなければならない。
 少しネタバレになるが、直虎と政次の最後の壮絶なやりとりは、少し前に虎松の護衛に向かわせた直虎の側近、奥山六佐の姿を直虎が 「武蔵坊弁慶は、あのような姿であったかのう」 とつぶやくところ(すぐさま中野直之に 「弁慶に失礼でしょう」 とたしなめられたが)と呼応している気がしてならない。 つまり武蔵坊弁慶も、関所を通り抜けるために白紙の巻物にモノが書いてあるかのごとく滔々とウソを並べ立て、挙げ句に主君の義経を関所の役人の前でブン殴りまくる、という苦渋の行動に出ていた。 今回このドラマにおいて井伊が政次も含めて今川氏に対して行なってきたことは、まさしくこの弁慶と義経の関所抜けの話が底流にある気がしてならないのだ。

 今日は力尽きたのでまずここまでアップします。 細部に関して書くかどうかは未定(笑)。 よくまあ昔は毎日記事をアップしていたものだ(笑)。 これじゃ夜勤なのに眠れんぞ(笑)。

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コメント

リウ様お疲れ様です。
久しぶりの記事が大河とは、ありがたい事でございます。
直虎や先代、先先代も、詰めが甘い。人間としては好ましい優しさも、城主となると時に仇になる。
そこを、汚れ役として、忌み嫌われながら、井伊を守ってきたのが小野さん家。
近藤氏だって、史実じゃ悪人じゃないはずだけど、ドラマじゃ、木材ドロボーにあって井伊さん家のお裁きに不満なのは仕方ない。その盗賊が、直虎の今はCIAみたいなものでも。
直虎のそういう詰めの甘さが最後になってどカーンと返って来るのが、凄い。見ていて途中、緩くてもやもやしてたけれど。
小野政次がとにかく突出しているため、他の家臣が凡庸なのも仕方ないのかも。ゆきの字には、成長して欲しいけれど。もう一人だって、弁慶になってるのだから。
しかし、今後、直虎が城主としてやっていけるか、それは厳しい気がします。しかし彼女は非情の道を選んだ。城主になったのは亀の意志を継ぐためだったけど、今後は鶴の意志も継ぐのかな?
とにかく政次に槍を突きつける事で引導を渡し、見送った、その時のコウちゃんの眼の強さと、政次の満足気な咆哮は、大河に残る名シーンでしょう。
裏切り者が実は忠義の者だった。
樅の木は残ったの原田甲斐は私の永遠なので一緒にしないで下さいませ。(笑)平成では高橋一生の小野政次が随一という事でしょう。(笑)

投稿: ささ | 2017年8月22日 (火) 19時06分

リウさんこんばんわ。「カンが戻らない」と言って
ましたが、いいですよ~、は~い、その調子で
続きもいってみよ~か~(フフッ)。
仕事もあるのにおつかレビューでございました。
今回の幼い頃の淡い恋心から始まった大河に珍しい
ラブストーリーとおもいきや、
生き残るために駆け引きもできるようになり
慈悲の優しさも合わせもつ尼小僧になった時
こういう話好きだ。とっつきにくくない。
女目線で戦より知恵を使って難問に
立ち向かっていくあたりとても新鮮で
現代的だと。
しかし、但馬が敵が何を考えていてどうしたものかと
思考を巡らすが、それが冴え渡っていて、
直虎もがんばって追いつきながら成長している。
どきどきしながら見てたらこの前、あれでしょ~。
あそこのレビュー!、オネガイシマスネ。
(無理をするなと無理を言う)

投稿: ドラマ大すきおやじ51才 | 2017年8月23日 (水) 00時44分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

「樅の木」 の部分はたぶんにしてささ様のことが念頭にあったのですが、失礼をばいたしました(笑)。 別に平幹サマと比べるなんて大それたことではございません。

それにしても、「樅の木」 と今回の小野但馬の 「その人物に対する歴史的評価の書き替え」 という点において、どのレベルが違うのでしょうネ?
「樅の木」 の場合、山本周五郎サンが原作だったでしょうか?(違ったらご勘弁)、原作がある、という時点で作家性がすでにある、という点。 そしてひとりの作家が独自の取材を続け練り上げられた物語に、かなり説得力が伴っていた、ということは大きいです。

それに比べて小野但馬の場合、脚本の森下氏にじゅうぶんな推敲のいとまがあったか、という点には疑問がつきます。 なにしろ 「虎松の首」 からここ3回、展開が非常に速くてところどころ強引なのではないか、と思われる部分があった。

しかし翻って考えれば、「いくさ、戦争というのはそういうものだ」、という理屈もここで成り立つのです。

それはまた 「以下続く」 ということにしておきますが(笑)、ネットの感想での絶賛と批判の両方に、ちょっと距離を置いている今回のハシモトなのです。

投稿: リウ | 2017年8月23日 (水) 07時07分

ドラマ大すきおやじ様
コメント下さり、ありがとうございます。

以前このブログではセリフをずらずら聞き書きして 「この回のキモはこのセリフ!」 みたいなことをやっておったのですが、いつの間にやらそういうドラマブログは雨後の筍のごとく登場した気がするので、最近では極力避けています。 だから直虎と政次の最後の壮絶なやりとりも、ホントだったらセリフ起こしするはずですけどあんまその気がない(笑)。

だから、私のブログ記事を読んで 「感動がよみがえった~」 とか、「また泣けました」 というご期待はしない方が賢明かと存じます(笑)。 そういうブログは、ほかにいっぱいありますもんね。 私としては、「セリフの先にあるもの、作者の言いたいことの先にあるもの」 を書きたい感じですね、まあナマイキですけど。

投稿: リウ | 2017年8月23日 (水) 07時17分

だって、樅の木、平さんが素敵でかじりついて見ていた以外、ストーリーとか覚えてないもの!(笑)それに、原田甲斐は最終回までいたはず。途中退場なし。主役だから。(笑)もっとも、小野政次だって、回想で最後まで出続けるという禁じ手は残っていますが。(笑)
ただご指摘のとおり後世に悪人と伝えられている人が、実は忠義の人だったという展開は一緒ね。(笑)小野但馬はそこに永遠の愛をくっつけた。もうね、いつかその身を投げ出そうと、構えていた。だって、そうしないと亀に追いつかない。井伊の為に死んでいい人になった、後は丸投げの先代に追いつかない。これは永遠の碁ならべと一緒。白を守るための黒なのだから。
この脚本が巧みだと思うのはラブストーリー!ふざけんな!スイーツはいらねえ!という世間の(多分私のようなくたびれた視聴者)文句を退ける愛の終焉の残酷さ。終焉はしていない。死は永遠だから。ただ死して全てをチャラにしたハンサム王子の亀ちゃんと違って、鶴ちゃんは永遠の悪で彼女を守る。なかなか練れていますよ。こんなに作者に愛された小野政次、高橋一生の名を更に飛躍させた事でしょう。
女主役の大河で、一番の残酷な終わり。いや終わっていないのだけれども。
もうこれを見た後は生温くとも許せる気がする。菅田くんを暖かく見れる気がする。彼は希望だ。
虎松は。みんなが、守ったのだから。希望がパパと違って中身も伴うものとなるかは、これからのお楽しみです。井伊家の危機はまだ終わっていない。でも、家康の土下座、わかるよ。井伊の女は怖いもの。(笑)

投稿: ささ | 2017年8月23日 (水) 08時47分

「樅の木は残った」は一族皆殺しと一方で部下や民が秘密に行った法要の寄せ書きが大正時代に発見されましたから、絶望と希望のふり幅が今回の政次よりさらに大きかったですしね。

資料の少ない主役云々を言えば「黄金の日日」でしょうか。戦時に海軍に在籍して経済小説にも詳しい人が原作(という名のストーリー協力)を担当して、体制側キャラの存在感が圧倒的(信長&秀吉は「太閤記」コンビ)なので直虎にキャンキャン吠えていた龍雲丸は弱いなぁ。

投稿: 巨炎 | 2017年8月24日 (木) 07時35分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

私が見た 「樅の木」 は原田甲斐が田村正和サンのバージョンでしたが、確か原田甲斐に思いを寄せる女の子がいたです。 たぶん平幹バージョンでは吉永小百合サンがその役だったのではと思う(ウィキを見て)。
田村サンはそのときすでにいいお年でしたので、どう見ても祖父と孫娘という感覚でしたが(笑)平幹サンと吉永サンでも父娘みたいな感覚だったかも。
いずれにしても年が離れているのでずいぶんと禁断の恋、原田甲斐にしてみれば 「老いらくの恋」、といった趣でしょうか。

そうした恋愛感情、今回はそれも 「樅の木」 の秘めたる恋に比べればかなり情熱がほとばしっていたのですが、それでも表面上はあくまでも、内面にある感情を周囲に悟らせまいとする 「フェイク」 を装った、と言える気がします。

ここらへんが 「樅の木」 とは違ってずいぶんと現代的だな、と思う点です。

ただ、ショッキングなシーンをラストに用意したことで視聴者側の感動を引き起こしたのではないか、という一部ネット民の穿った見方には賛同しかねる部分がある。

例えば 「虎松の首」 の回で首検分をやったときに(いずれにしろ)子供の首だから、という理由だったのかもしれないけれど、その首は画面に出てきませんでしたよね。

けれども、比較するのは違うかもしれないけれど、昔の大河なんか、わざわざ検分の場所に穴を掘って人を入れて首だけ板の上に出して、みたいな面倒なことをやってましたよ(笑)。 それだけえげつないことが許されていた時代だったんだ、と思うのです。

えげつないシーンの最たるものは、私が常々大河ナンバーワンと書いている 「炎立つ」 の、渡辺謙サンののこぎり引き処刑シーン。 もう身の毛がよだちましたもん。 あれに比べたら今回の政次の処刑シーンは、かなり可愛い部類に入る。

でも、今際の際の演じ方については、高橋一生サンも渡辺謙サンに負けていなかった。

こういう残酷シーンというのはたしかに子供には見せたくない種類の映像かもしれません。

けれども、人を守るとはどういうことなのか、戦とはどういうものなのかを学ぶには、必要不可欠なものがこの世にはある。 そこで何を感じ取るべきか。 それは人の愛なのだ、と思う。 大切な人を失うことの苦しみ、悲しみなのだと思う。

それを躊躇なく見せてくれた今回の大河は、少なくとも近年の大河の中では上級レベルの大河だ、と私は思います。

投稿: リウ | 2017年8月24日 (木) 08時30分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

龍雲丸のキャラクター設定には確かに稚拙の域を出ないものが(未だに)ある気がしています。 でも彼は、なにかを守ろうとかどうしても譲れない大切な思いがあるとかいう前に、みずからは何ものにも縛られない自由な風であろうとしている(自由、という言葉は当時ありませんですが)。
まあそこが彼をガキっぽく見せている所以でもあるのですが。

ただ柳楽クン。 「まれ」(途中リタイアでしたが)のときにも感じたけど、うーん、なんか…(笑)。 「まれ」 のときの役と龍雲丸はキャラ的に似てるからかもしれませんけど、う~ん、なんか彼の演技は好きになれない…(笑)。

投稿: リウ | 2017年8月24日 (木) 08時43分

今までが生温かったから、政次を直虎本人が突き刺すのは振り幅が大きすぎとか、ドン引きとか。そういう意見には、直虎は龍王丸が根負けするまで延々と蹴鞠勝負を挑む、えぐい所と情熱のある女の子だったのです。それに、これは二人の能舞台なんだから。と私は思うのです。
今回より正直蹴鞠勝負の方がドン引きしましたよ、私は。子供だから可愛らしいで許されるのですが、あの時も自分の手で権利を勝ち取った。
そういう前振りがあるので今回の結末はわりとすんなり受け入れられました。
それに、主人の手で送ってあげたのだし。傑山さんとかでも良かっただろうけど、直虎と政次の熱情が彼女に槍を持たせたのではないかしら?
まあ、政次の井伊は直虎であるという龍雲丸の言い分はとっても現代的だと思いましたが、もうラブストーリーでいいじゃん!(笑)気にせず見た。ただ、なつさんは可哀想かも。膝枕してあげたのに。(笑)愛とは罪作りですね。

投稿: ささ | 2017年8月24日 (木) 18時43分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

ストーリー構成上の話になるのですが。
今回のラストに向けた直虎、政次の行動を決定づけたのはお互いを 「うまく使え」、という考え方に集約されたのではと思われますが、ここに至るまでのめまぐるしい状況というのは、果たしてお互いを 「うまく使え」 という袋小路に追い込むだけの状況だったかな、というのは疑問に思います。

というのも、ここで悪意の張本人である近藤氏がどこまで徳川の 「井伊への疑念」 を掌握しているか、ということが分からないからです。 直虎には、徳川がどこまで井伊に対して疑念を抱いているのか、その程度が分からない。 だからここで「憎き小野政次をこの手で殺した」、といういわば 「見せかけ」 が、どこまで徳川(もっとピンポイントだと徳川の家臣である酒井氏)に通じるのかが、極めて不明瞭なのです。

だから事と次第によっては、この 「大芝居」 が、まったく無駄なものに終わる可能性が捨てきれない。 「うまく使った」、ということにならない可能性も大きいと思われるのです。 近藤氏にとってみれば、自分が徳川をたばかろうとして逆に直虎と政次に大芝居を打たれてしまったのだから、「これは嘘っぱちだ」、というのはすぐに分かる。 でもそのことを酒井氏に告げれば、入城の際に徳川方を襲ったのがいったい誰なのか、という方向に話が行ってしまうでしょう。 そしたら近藤氏自らが疑われてしまう、という可能性も出てくる。 近藤氏にとってみればこの処刑について、真実を言いたくても言いだせない、という状況になるはずです。 つまり、近藤氏がここで黙ってしまえば、近藤氏の井伊に対する怨念は、ますますくすぶることになってしまう。

まあ下らない展開予想をいろいろ書いてしまいましたが、ストーリー細部についてはただいま執筆中です。 アップするかどうかは未定(笑)。 どうにも 「カン」 というものが、戻らんのです。

投稿: リウ | 2017年8月25日 (金) 07時27分

でも、人間、追い込まれると選択肢も無くなりますよね。史実通り政次には磔になってもらわなきゃいけないし。
実際は近藤さんの怨念ってあったかどうか、多分無いでしょうし。当時のお心は誰にもわからない。
ドラマでは近藤さんが自分の行為を正当化させる為に直虎も政次に騙されているという立場。
だからそれに乗るしか残されてないです。逃避行は政次に拒否されたし。
亀も鶴も自分の命を最後を直虎に差し出したようなものだと思います。それは現代的感覚だと異常。お互いをうまく使うとか。
でも政次は内心嬉々としてたんじゃないかしら。この時を待っていたでしょう。自分の死を最大限に使って直虎を守る機会を。
これも含めて政次の筋書きだったらおっかないですよね。近藤さんへのしこりや、盗賊の柳楽くんへの処置の詰めを甘くしたのを結果的に見過ごしてきた。(笑)
近藤さんに恨み言を言われても、満足そうだったから。いつの間にか近藤さんの面目つぶしたのも政次になってるし。近藤さんの井伊進行が政次への私怨を晴らす場になってる。
二人にはもしかしたら約束があったのかも。
とはいえ、私は彼女がその手で突き刺して殺すとまでは思わなかった。
戦国の殿は苛烈です。

投稿: ささ | 2017年8月25日 (金) 07時50分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

「追い込まれると選択肢がなくなる」、というのはヤフコメ民の 「直虎」 批判の向きに言い聞かせてやりたいフレーズであります(笑)。 直虎が城開けの際に政次に 「罠じゃ!逃げよ!」 と叫んだのは不自然だ、とかね。

直虎も政次も、いつも今川の疑心暗鬼のもとで人生を切り抜けてきたのだから、なんとな~く不穏な酒井と近藤の様子にはビビッと来たはず。 そこに弓矢の攻撃ですから。 「緊急回避アラート」 がふたりの脳裏に鳴り響いたはずです。

政次が 「これは誤解である」 ということを徳川方に弁明しようとしないのも不自然だとか。 誰が敵で味方なのか分からないのですから、動きようがないでしょう。 とりあえずは身を隠すしか。

いずれにしても、「こうすりゃもっといいのに」、というのは、頭の中でしか生きられない人のヘタクソな優越感でしかない。

私だって、「あんときこうしときゃよかった、こうすりゃもっと生きやすかった」、という後悔は腐るほどありますよ。 しかし 「自分はこういうふうにしか生きられなかった」、というのも同時に思うんですよ。

なんか話がヘンな方向になってしまいました(笑)。 直虎だって政次だって直親だって同じでしょう。

投稿: リウ | 2017年8月26日 (土) 07時56分

私達は歴史という結果を知ってるだけであって、物語を語り紡ぐの脚本家の裁量だと思います。
井伊さん家が真田さん家のように抜け目がなかったら、徳川に助けてもらえる事もなかったかもしれない。そうしたら女城主など置かなくても済んだ。他にメンツがいなくなったからの女城主だけど、もしかしたら男だった?どっちにしろ女城主としておいたほうが過酷な時期を耐えるには都合が良かったのでしょう。
政次が弁明しないのがおかしいのですか?
政次にとってはなつさんと甥っ子を逃す必要はあっても、井伊での憎まれ役を辞める必要はないでしょう。政次が恨みを引き受ける事で直虎が生きるならむしろ都合いいし。直虎ほど徳川に期待していない節もある。もし自分が罪を被る事で直虎が御構い無しになるならその方いい。直親の時、徳川に対して全幅の信頼を政次は持てなかっただろうし、今も徳川の力量にはシビアだと思うんですよね。何たってご家老様、対外的には外交内政一人で回しているのだから。
後悔先に立たずですよ。それに政次に後悔はないでしょう。昼間の碁ができなかった事くらい。
男の本懐はをつまらないちゃちゃで矮小化して欲しくないです。
むしろ、直虎に突き刺され清々しく死んだ政次への現代人の嫉妬でしょう。高橋一生の演技、素晴らしかった。柴咲コウの激しさ強さ、あの眼の力。息をのむ美しさだった。
ロミオとジュリエット逆バージョンって感じでしたが。もしくはなぜユダは裏切り者となったのかという聖劇を見る様な。
私も炎立つの鋸引きは怖かったです。とっても若い稲垣吾郎が出てたんですよね。

投稿: ささ | 2017年8月26日 (土) 18時58分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

続きの記事を書くテンションが下がってきたのでここで書いてしまいますが(笑)、結局 「井伊家」 というのも260年続いた徳川幕府、という「権力側」 の名家へと昇格したために、その歴史も都合のいいように変えられてしまったかもしれない。 だから城主が男なのか女なのかも分からない、という人物を作り上げて、その都合の悪さをかき消そうとしたのかもしれない。

まあ、井伊家にとってみれば、今川の配下だった状況から徳川へと裏切る過程です。 今回は今川を比較的ではあるがワルモノとして描くことで井伊の側の正当性を通り良くさせようとしている。 却って真田家は、あからさまにあっちこっち寝返ったりしていたというほうが、徳川にとっては都合のいい話で、大泉洋サンがやった信幸(松代藩)が江戸時代を生きていくうえでも、都合のいい話だった、と言えます。

近年出てきた傾向は、「歴史というのは都合のいい側から書き替えられるものだ」、という考え方が浸透してきたことではないでしょうか。

だからこれまで不忠の者とされてきたものが、今回のようにその評価さえ一変されてしまうような可能性というのは、少なくともどの歴史にもあるんだ、と思います。 現代にもその評価が分かれる人物というのはたくさんいる。 「その人にとって見たら大悪党でも、別の人からしたら大恩人」 とか。 人というのは、やはり一面から見てもその本質というのは見えてこないものでしょう。

あ~なんか、これは続きで書こうとしていたことなので、続きを書く大きな理由がなくなりました~(笑)。

投稿: リウ | 2017年8月27日 (日) 08時54分

いやいや、続くを期待していますよ。(笑)
歴史はその時々で都合よく書き換えられ解釈されていく。
これってこのドラマの真意では?
でも子孫にとって生きやすい様に変えられる事を先人は咎めはしないはず。(日本人に限る)
真実が何処にあるのか、時が過ぎた今、本当には分かりません。
でも、井伊さん家は虎松に、小野さん家は玄蕃の家系が受け継がれる事は決まっている。
そこに至るまで、女城主の秘められた愛の葛藤があったとしても、誰も困らないはず。
墓の下の直虎が男だったら困るかなあ。そこはBLにでも置き換えましょう。二次創作ができるでしょう。(笑)

投稿: ささ | 2017年8月27日 (日) 10時46分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

「セリフ起こしおよびストーリーなぞるだけをしない」、という方針は、どうも不評のようですね(反応がささ様しかございませんので…笑)。 それじゃ以前のように詳細な解説とかしましょうかね。 いや、私自身がもうセリフ起こしとかがしんどいんですよね。 よくやってたよな~ホント、以前は。 歳のせいですかね。 情熱がなくなったせいですかね。

とにかく今年の夏ドラマは結局全滅になったので(笑)大河ドラマに精力を傾けるのもいいかな…。

投稿: リウ | 2017年8月28日 (月) 08時41分

昨日の回はざーっと見でした。
やっぱり政次ロスは大きい。龍雲丸に政次ほどの求心力(視聴者の)を期待するのは酷!
自由奔放に楽しくなんて無理。永世中立の為には強力な防衛力戦闘力がいるんだわ、ボケ!
でもですよ、龍雲丸や気賀の危機に直虎は政次ロスで使い物にならず。お陰で出しゃばりようもない。(笑)
徳川の黒歴史はまさかの酒井忠次の暴走という。
おいおい、部下に黒歴史を押し付けるのは、現代人と同じ卑怯さですよ。(笑)
と、ぱっと見のうちに、見終わりました。
いや、きっと酒井忠次は徳川における政次の様な汚れ役なんでしょう。(笑)
龍雲丸、柳楽くん、子役がピーク!じゃ駄目なの!龍雲丸よ、いつまでも、ピーターパン気取ってるんじゃないよ。!

投稿: ささ | 2017年8月29日 (火) 00時31分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

まさか今朝の、北朝鮮のミサイル発射を予想したコメントではなかったものと思いますが(笑)、防衛力より撃ち落とす能力すらないというのが現状です。

というより、あの刈り上げぼっちゃんは絶妙な位置に落としますな。 米韓の軍事演習に抗議するのであれば、平壌からの西南である韓国の海上に落とせばいい話であるのにそれをやらない。 グアムまで飛ばしてしまえばすぐにアメリカに滅ぼされるからそれもしない。 結局憲法で戦争が出来ないとする日本のアタマの上を通過すればグアムまで飛ばせるんだという示威表示になるし日本だけがカッカするだけで済む。 それで日本がどうかしてもアメリカなんかお前らを守ってやるわけねーじゃんとバカにしくさる。

それに比べると今回の酒井の暴走には計算というものがあるのかどうか。

いや、これから井伊は徳川の配下になろうというのに、このドラマでは徳川のイメージがすごく悪いのがとても気になるんですよ。 高嶋兄とかね。 なんか感じ悪い、みんな。 とりあえずもと今川の目付三人衆のうちのひとりは反省して井伊の力になってくれそうだけど。

まあ、今回の柳楽クンの演技はよかったと思いますけど、ささ様がご指摘したようにこの子は子役のときに大きな賞をとっちゃったせいか、どっか我流のまま成長してしまったような気はします。 確かに演技力はあるんですが。 自分の顔をじっくり見て、自分はどのような印象を他人に与える顔なのだろう、というところから出発するといい気がします。 自分の個性を把握しろ、ということかな(柳楽クンからしてみればですが、エラソーに批評して申し訳ないです)。

投稿: リウ | 2017年8月29日 (火) 07時28分

リウさま
朝のニュース。「どうやってミサイルに気をつけたらいいんですか」という街中のコメントに、あの戦争がはじまるときも庶民の認識はそんな風だったかもしれない、などと薄ら寒さを覚えたりしたのが最新の個人的な心境でしょうか。 
 最後にコメントさせていただいたのはいつでしたっけ…気合いを入れて観てみようと思い立ったのでした。
 二、三回、ちゃんと観ました。観ましたら、ながら見のときは気にならなかったことが気になってまいりまして…やっぱり無理して観る必要はないかな、でもむきになって視聴をやめるのはおとなげないかなと(笑) 今のところ国産のドラマはこれしか観ていないってこともありますし。
 今週(34回?)は、鈴木氏に和尚さんはなにをすごんでいるのとか、あれ、こんなところになつさんがひょっこりとか、ストーリーの展開と登場人物の言動がすんなりつながっていかなくて…ちゃんと観ていないせいだとわかっております。失礼しました。
 柳楽くんが我流のまま――ああ、そういうことかもしれない! と思いました。表情のつくりかたが独特すぎるかなぁと思っていたので。

 

投稿: ヤクミン | 2017年8月29日 (火) 19時22分

ヤクミン様
コメント下さり、ありがとうございます。

日本というのはくみしやすい。 安倍サンや菅サンがほおを紅潮させて頭カッカして 「最大限の言葉で非難する」 とか言ってるのは、なんか滑稽にすら見えます。 騒いでいるのは日本だけ。 刈り上げクンみたいなオコチャマがちょっかい出したくなる国なんでしょう、日本は。 もともと韓国も同じ民族ですからね。 同じ民族にミサイル向けるなんてしないでしょ。 対立ごっこしてるだけですよ。 下らないことに巻き込まないでほしいな。 安倍サンもカッカしてないで 「日本は関係ない。 ミサイル打ちこまれていい迷惑だ。 当事者同士(アメリカと韓国と北)で解決しろ。 それとアメリカ、うちらを守る気ないんならこの国からいなくなれ」 くらいのことを言ったらどうなんだ。

私はそう思います。

なつサンはまあいろいろ但馬とありましたし(笑)。 鈴木サンは目付三人衆のひとりで今回ワルモノの近藤サンと行動を共にしてましたからね。 近藤サンのいや~な行動を止められなかったということで和尚さんも怒っていたのでしょう。

柳楽クンには言い過ぎました。 まあこんな場末のブログ、ご当人が読んでなきゃ別になに言ったって構わんと思いますが(ハハハ…)。

投稿: リウ | 2017年8月30日 (水) 07時35分

永世中立のスイスじゃ地下シェルターが必須!(笑)丈夫な地下、配給してくれ〜〜(笑)
Jアラートの案内聞きながら、だからって5分かそこらで何処に逃げろと言うんじゃ!と思ってしまいました。
それに朝早く起こされ、眠くて。非国民ですいません。(笑)
政次ロスを何とかしないと。
気賀の徳川によるぶん取りも、家康より家来の暴走、となると瀬名さんが殺されるのも家来の暴走かな(笑)でもこの家来の暴走を暗黙している、むしろお互いが都合いいようにしているとしたら、徳川さん家闇深し。
家康だって、信長や信玄の前じゃビクビク!土下座で逃げるのもわかります。(笑)このビクビク家康を知ってるから真田昌幸は馬鹿にしてたんだろうなあ。(笑)以外と去年と繋がってる!

投稿: ささ | 2017年8月30日 (水) 09時30分

さささま

Jアラートを聞かれたのですね。聞いた人間は逃げる方法を考えなければいけないってことでしょうか? やめてくれー!

リウさま

 北朝鮮問題に関する御説に賛成します。刈り上げ坊ちゃんですか(笑)習首相もきれいに狩り上げているしあれ共産党ヘアなんでしょうかね。「日本を守ると約束してくれた大統領と緊密に連携して…」と安倍首相が勢い込んでいるようにみえるのが以前から気になっていました。またもや「日韓併合」まで持ち出されてしまったようで、やはり日本は外交が不器用みたい? 大国同士の牽制・探り合いがつづくなか小国は(日本はそうとも言い切れないにしても)どう自らを処していくか。昨年の真田さん達が一つの方向を示してくれたように思うのですが。したたかに! これしかありません。って上から失礼ながら政治家のみなさんどうかご自愛の上がんばってくださいませ、と(汗)

 大河ドラマというと亡くなった両親を思い出します。テレビの前で二人とも息を殺すようにして、じいっと画面を観ていました。子育てと仕事に追われ大河どころではなかった私が何の話なのと訊ねると、父が説明する時代背景は「秀吉のことだ…」とか大雑把だったし、母は歴史的なことはどうでもよかったようだし、今思うと大河ドラマの典型的な視聴者でした。
 彼らに比べると、結局私はかわいげのない視聴者になったみたいです。いやでも比較するものが多くなりましたしね。

 「樅の木…」は原作をすいぶん前に読みました。悪人とされた人物を別の視点から解釈するという試みは、常に敗者や弱者に心配りする山本周五郎だから成し得たのではないかと感動したものです。大河ドラマはみていませんが、そういえば田村正和のはみたような……原作をよんでいなかったら話がわからなかったかもしれないと思った覚えがあります。逆説的な言い方になりますが小野但馬も、それぐらいわかりにくかったら私てきにはむしろよかったかなぁと思ったりします。それはそれで文句をいうのでしょうが(笑)
 
 


投稿: ヤクミン | 2017年8月30日 (水) 15時22分

ヤクミン様、嘘はいずればれるので、訂正しておきます。J、アラート画面を緊急放送する朝からのニュースに起こされました。
目覚ましが5時になるので、そうしたら部屋のテレビを寝てるのにつけるんです。横着者なので。
そうしてたら緊急地震放送ならぬJアラートの放送が。私が見てたのはフジテレビです。朝はめざましテレビで。
茨城県が対象になっていたので、隣県なので起きました。でも、悪いことばかりじやないと思うんですよ。日本には逃げ込む地下シェルターほとんどないんです。有事の時逃げよ!と通達が来るなら逃げ場所を整備してもらわなきゃ。それを各家庭で用意するのかどうかとか、突っ込みどころ満載でして、政府も有事をまだ本腰入れて考えていないのが露見したじゃあありませんか。
国民の安全を守るのはお高くつきます。
昔は皆防空壕に逃げたそうですけど。
中東での空爆画像が日本で現実のものになるかもしれない。北朝鮮の坊ちゃん、本当迷惑ですわ。
相手のトランプさん、全く信用出来ないし。
うーん、途中で随分早く、政次が実は嫌われ役をやってる、直虎と信頼しあってるのはバレバレでストーリー展開しちゃった。
まあ井伊さん家は皆いい人なので。
みんないい人大河、実はあまり好きじゃないけど。
今回直虎は政次を突き刺すの事で城主としての非情さを見せた。本当は政次への愛情だとしても。
というわけで、その後の気賀の悲劇の回、実はよく見てないんです。
ではでは、Jアラートを実際に聞いたのじゃない事を報告しておきます。でも、ニュースってその気になるから、テレビの臨場感はまだまだネットに負けていないのかも。

投稿: ささ | 2017年8月30日 (水) 18時51分

ささ様、ヤクミン様
コメント下さり、ありがとうございます。

国防のことで話が盛り上がっているようなので、一括で返信してしまいます。

日韓併合という言葉が出てきたので反応いたしますが(笑)、北が今回日本をアタフタさせてそのカタキを討った、という理屈を持ち出したら、こりゃ韓国の人たちもキムジョンウンよくやったてなもんで。 要するにEEZだの上空を飛んでっただの、北も南も 「日本なら別にいい」 みたいな同じ感覚であるということでしょう。

安倍サンは目くじら立ててイギリスのメイ首相とかトランプさんだとかに言い付け外交してるけど、イギリスなんか日本がどうなろうと別にどうでもいいでしょう。 来日して接待してもらったから合わせてるだけです。

だから日本は必要以上に北朝鮮に圧力をかけるべきではない、と思うんですよ。 日本がムキになればなるほど、日本とアメリカを一蓮托生だと捉えて攻撃目標にするのだから。 安倍サンは、わが国を守る、と言いながら、日本を危険に晒している。

だいたい安倍サンは、拉致被害者のことをどう思っているのかな。 日本が先頭切って国際圧力をかければ拉致問題の解決なんかさらにさらに先の話になってしまいます。 まあ、めぐみさんももう死んでる、と思ってるんでしょう。 でなきゃあんなに北を挑発するような怒り方は出来ないはずだ。 めぐみさんはちなみに私と同学年。 安倍サンが拉致被害者の救出なんてことを言うたびに、「ホントは何もできないししたくもないクセに」、と思っています。 まあ最近は、安倍サンもその言葉すら口にしませんが。

中国やムンジェインが 「対話による解決を」、と言っているのは正しいと思います。

でもどうやって対話するの? きれいごとや正論を言ってるだけで実際にはする気もないんじゃないの? 対話をしたいんならさっさとしなさいよ、と思う。

加川良の 「教訓Ⅰ」 ではありませんが、有事になったらどんなに無様でも逃げなさい隠れなさい、というのは戦争に負けてから数年の 「日本人の覚悟」 だったように思います。 「あたらしい憲法のはなし」 ではないけれど、「戦争をしないと世界に向かって宣言することはいちばん勇気の要る強いメッセージになるのだ」、ということは、もっと現代に則して発展して考えてみる必要があるのではないか。

話がさらに難しくなりそうなのでここでやめます(笑)。

大河ドラマというのは私も子供のころ、親が難しそうな顔をして見るものだ、という認識をしていました。
時代は変わって、女性層にもアピールしなければいけなくなったので、たまには「江」 のようなツワモノも出てまいります(笑)。 しかし歴史的な出来事のその場に次々居合わせる主人公より(爆)、今回の大河は今のところ、過去の伏線もみな総動員している感じなので、楽しく見ています。

今週の 「直虎」 は、気賀がかなり混乱状態であることだけは分かりました(笑)。 あまりに混乱し過ぎで、直虎の夢までミックスアップしてしまった感じ(笑)。 シュールでよかったです(笑)。

投稿: リウ | 2017年8月31日 (木) 08時08分

ささ様
 返信くださりうれしいです。Jアラート、全国民に聞く機会はあったわけですね!それにしては国民の反応は(少なくとも私の周囲では)冷静というか冷やかというか……この事態を、さしあたり自分はどう受け止めておけばよいのか決めかねています。

リウ様
「有事になったら逃げる」覚悟。
 勇気ある提案? をいただいた気がします。メイ首相との記者会見でも安倍さんは「日英協力して北朝鮮に対する牽制の強化を」みたいなことを力説していましたが、対話をするにしろ対抗措置をとるにしろ、ロシアや中国とも、何か具体的な合意にいたって欲しいなぁと思っているところです。
 
シュールな大河!
 といえば個人的には断然「平清盛」です。皇室、藤原家、武士、三者の抗争についての史実(とされるもの)をデフォルメしてシュールに描いたからこそ、なんともいえない雰囲気と説得力が生まれたのではないか と。
 そういう印象は「龍馬伝」にも少し感じたのですけど、主役に気を遣いすぎるようにみえるところが気になった覚えがあって、その点では今年の、但馬にたいする思い入れがたっぷりの描写とダブっているような気がします。おまけに今年の場合は、感動すべきなのだろうなと思う場面でも思わず苦笑してしまう展開が多すぎるわけで、うん、これはシュールだ! そう思えばたのしく?(笑) 


投稿: ヤクミン | 2017年9月 2日 (土) 15時53分

ヤクミン様
コメント下さり、ありがとうございます。

「逃げる勇気」、というと非国民だ、となじられるような世の中が戻ってきてますが、私が言いたいのは、「自分たちは戦争はしない、無抵抗だ、その国に対して攻撃を仕掛けるのか」、と世界に発信する攻撃、とでもいうのでしょうか。
これは日本人自体の 「生き方の選択」、という問題だと思うのです。
「無抵抗」、という 「抵抗」。
私はガンジーのことを念頭に考えていますが、そんなことは理想に過ぎないのだ、とする考え方がいちばん危険だ、と思う。
「守る」、ということは、降り注いでくるミサイルを撃ち落とすことまで。 だけど毎日のニュースで出てくるキムジョンウンを見ていると、憎々しさだけが募っていくでしょう。 殺意みたいなものまで湧いてくる気がする。 それを 「ニュースが憎悪を煽っている」、とニュースに責任を転嫁するのはたやすい。
だいたい武器というのがいちばんの癌なんですよ。 あんなものがあるから気に入らないヤツを殺したくなる。

私はミサイルを撃ってくるようなヤツに対しては、「無抵抗という抵抗」 で死んでいく覚悟でいこう、と思っています。 そういう悲惨な覚悟を国民がしなくていいように、外交があるんじゃないでしょうか?

投稿: リウ | 2017年9月 3日 (日) 00時20分

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