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2017年11月17日 (金)

声優の鶴ひろみさん急死…

 「アンパンマン」 のドキンちゃんの声で知られる声優の鶴ひろみさんが、昨夜(11月16日)首都高の都心環状線で、ハザードランプをつけたまま停車していた車の中から意識不明の状態で発見され、病院に搬送されたが死亡が確認された。 57歳。

 事故の形跡がないために身体的要因で亡くなったとみられる。

 彼女がいちばん知られているのはドキンちゃんや 「ドラゴンボール」 のブルマの声によってなのであるが、私にとってはデビュー作である 「ペリーヌ物語」(1978年) のペリーヌの声、これに尽きる。 私が13歳の時だった。

 声優の声に恋をしたのは、これが初めてであり、最後だった。 現代の表現で言い直せば 「声優萌え」 ということになろう。
 当時は番組中の彼女の声だけをつなげた編集テープを作るなど、かなり 「病的に」 恋をしていたことを告白する。

 キャンディーズのスーちゃんにしてもそうだったが、自分が恋していた人の訃報を聞くのはいつも耐えがたいものがある。 自分の若かりし頃の思い出が、共に剥落していくような感覚がするのだ。 しかも、まだ若過ぎる。

 彼女の魂が安らかならんことを。

 さようなら、在りし日の私の恋心。

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コメント

これは本当にショックです。

しかしマナーの悪いドライバーのニュースも
多い昨今、最後の行動は凄いです。
ペリーヌはマリさんの境地にまで来たのでしょうか。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「ペリーヌ物語」 という 「おはなし」 でいちばん引っかかるのは、ペリーヌが夫エドモンの死をまだ引きずったままの母マリを、むりやりフランスへの旅へと駆り立てたこと。 母親の病状を悪化させたのは娘のペリーヌではなかったか、という疑問です。 まあ、ペリーヌとしては母親を元気づける気持ちだったのだから問題はない、とは言えますが。

結局マリがペリーヌに遺してあげられたものというのは、祖父のビルフランにすべてのわだかまりを氷解させた自立心、節約の心、人を思いやる心という 「心の宝物」 だったわけです。

「心の宝物」 を遺した、という点で、鶴ひろみさんはマリと同じ境涯に立っていた、ということでしょうね。

「ペリーヌ物語」 のときは 「靍ひろみ」 という名前で、読めなかったことを思い出します。

>母親の病状を悪化させたのはペリーヌでは
なるほど、そういう見方もありますか。「ペリーヌ物語」序盤はアニメオリジナルで父の死の直後がスタートなのは「ペリーヌが親の死を悲しむ」でエドモンとマリ、「エドモンの死を悲しむ」でペリーヌとビルフランで二度同じイベントが発生して印象が散漫になる事を防ぎ、なおかつビルフランの悲しみを理解しつつ支えるペリーヌのスタンスを明確にするためですが。

脚本を担当した宮崎晃氏なら、その種の毒を仕込む事はありえます。前番組「あらいぐまラスカル」でも、原作にかなり含む所があるのか、かなり主人公スターリングを否定的に描いていました。世間では母アライグマを猟師に撃ち殺されたラスカルを保護した等と言われていますが真相は野生のアライグマを飼ってみたいという思いつきでアライグマ親子を巣から追い出した所に猟師(←原作にはこんな人はいない)が通りかかったという内容。しかも、このク〇ガキは自分のした事に何の責任も感じていない。ただ脚本家が、この主人公を肯定しているという事は無く
「ラスカルを住処から追い出したスターリングは台風による父の事業失敗で生家を去る」
「ラスカルの母親を死に追いやったスターリングの母が亡くなる」(原作ではアライグマを飼う前に病死)
「ラスカルが雌アライグマを娶る一方、スターリングはGF(←アニメオリキャラ)と破局」

これらは全てアニメオリジナル展開で大自然からの主人公への復讐劇(笑。負の連鎖です。「ペリーヌ物語」では自分の命より娘の事を案じるマリさんの献身は亡き母を悪しざまに罵られる衝撃に打ちのめされても祖父を愛する気持ちに一点の曇りも無いペリーヌに受け継がれ、ビルフランの心を溶かした正の連鎖な訳です。

こういう要素が「カーネーション」に受け継がれたのでしょうか。BS枠で同時期に「ペリーヌ」や「トム」といった宮崎作品(ジブリじゃないよ)の再放送をしていましたし「花子とアン」等、NHKは日本アニメーションと何かしらの提携を結んでいるらしい。

主人公が災いの発端というのは「カーネ」の場合、パッチ屋解雇直後に清三郎の引き抜きを知らない善作が就活を指示したのに仕事に貪欲な糸子がこれを好機と全く捉えなかった事。「妹達の学費稼ぎ」という大義名分を得て祖母や母を味方につけ父の説得に当たる事も出来たのに、同じ場所で貞子さんとミシンについて語り祖父との会話までは思い出すが約束だけは思い出さない。むしろ逆の事をやらかして善作を怒らせ、これが小原呉服店の致命傷となるミシン購入まで繋がった。
件の「ミシン買うて!」は背後から見ているハルさんの視点基準のアングル。ミシン購入にあたり「親に手を挙げる」という状況を作り出し善作に親の立場への自覚を促したのもハルさん。しかし善作をぶった切る場面だけは糸子を睨み付けていた。ハルさんは善作が飲んだくれた元凶が糸子である事を知っていた。糸子を表だって責めないのは善作に対する人生の師として
「己を殺してでも我が子の背中を押してやるのが親の責務」
という「ペリーヌ」のマリさんに通じるスタンスがあったため。

https://i.imgur.com/TTZorwo.jpg

で、以前に述べたように三姉妹編に回想した時には、このカットが糸子自身のアップに差し替えられる。
(「ラスカル」の最終回でもスターリングは母アライグマが猟師に撃ち殺される場面だけ回想して自分のした事は都合よく忘却)
しかし、この時期から悪行のツケが糸子に巡ってくる。優子は最初の上京では糸子同様に自分の為の土下座でしたが二度目は直子の為で、それを自身の飛躍に結び付けて糸子の立場を脅かし始める。
引退を考えた矢先に物件の話が出た直後、北村と二人きりになる。直子に先んじてこれを押え後の展開をカッコよくプロデュースも出来ていたのに妹の将来を考えて自分が外に出た経験が無いから聡子の将来を考え優子を外に送り出す発想が無くノーアクション。善作が根岸先生に土下座した場所が糸子が神戸の祖父母と会話したのと同じ場所な事、糸子の後に直子が北村に接触し物件を押えた事。
「糸子が家族の事を考え行動すべきポイント(場所OR人)で何もしなかったのに対し異なる世代がストーリーを動かした」
という事で自分中心にしか家族の事を考えてこなかった糸子の思惑は、ことごとくひっくり返され非情の引退勧告に繋がる。
画面右側の糸子を起点に善作の位置にお爺ちゃん子だった優子、千代さんの位置にお婆ちゃん子だった直子、三人の立ち位置を年長者の立場から見ているハルさんの位置に年少者の立場から見ている里香。栄之助の土下座シーンでハルさんと里香の視点をリンクさせたのが伏線と。
「お父ちゃんよかウチのが家族を支えとんのや!」
「あんな仕事、ホンマはどないでもなんねん。お母ちゃんは何も心配せんでええ」
優子を介しての善作の復讐であると同時に激でもあった。「もう、お前は家族の中心じゃない」「もう、お前は戦力外だ」この屈辱を噛みしめた上で己の成すべき事をやってみせろと。
ビルフランがペリーヌを介してマリさんを理解したように、糸子も優子を介して洋物嫌いの善作がどんな気持ちで自分を支えてくれたか身をもって理解した。だから孫を立ち直らせるためにも齢70歳を超えてブランド創設に向けて立ち上がる事が出来た訳でした。

巨炎様
ウワっ!(笑)

コメント下さり、ありがとうございます(笑)。

「世界名作劇場」 の原作まで読んでいらっしゃる巨炎様には、とても太刀打ちできません(笑)。 特に 「ペリーヌ物語」 の原作、「アン・ファミーユ」 でしたっけ、ネットで探しゃ見つかるでしょうけれど、ネットがなかった時代に探したけれどもまったくなくてそれっきり 「人生の先送り事項」 となっておりました(爆)。

そうか~、原作ではきちんと2度、エドモンの死を悲しませていたのですね。

「あらいぐまラスカル」 は私、ちょっと見てなかったので議論に加わることが出来ません。 残念。
ただし巨炎様の説を拝読する限り、昨今の(というか 「ラスカル」 が起源の)「あらいぐまをペットにすることにおける諸問題」(笑)に脚本の人はあらかじめきちんと楔を打っていたわけですね。 ラスカルがカワイイからアライグマをペットにした→飼えなくなってスターリングと同じことをした(笑)→野生化して作物を食い荒らすなど問題化(ハハ)。

すごい話だな考えてみると(笑)。 最終回しか見てないけど(笑)あのメロドラマ風な終わりかたがいけなかったんじゃないかなみたいな(よく見とらんので滅多なことは書けませんが)。

「ラスカルに会わせてくれてありがとう~」 という主題歌もいけなかったのかも(笑)。 「最後まで面倒を看てやらねばいくらかわいくても動物なんて飼っちゃイカン、ありがとうなどというのはおこがましすぎ~人間の勝手~」 とかいう歌にすればよかったのに(笑)。

「カーネ」 の部分は、おいおい読ませていただいてよろしいでしょうか?(ハハハ…) 凄すぎ。 私、もうだいぶ忘れてますよ(笑)。

ただし正の連鎖負の連鎖とも、「因果応報」 という摂理によって連関していますよね。 「カーネ」 の凄いところは、ふつう負の連鎖なんて朝ドラ向けじゃないし誰もやりたがらないことを正面からぶつけ、そして 「負の連鎖」 自体をどこか肯定している部分がある、というところです。

肯定、いや違うな。

「それも人生だ」、という居直り、とでも言いましょうか。

要は自分がどれだけ、世の中に対して爪を立てられたか、傷を残すことができたか、という自負、とでも言いましょうか。

それは決してきれいごとではないんですよ。

自分に都合の悪いことって、人は忘れたがる。 忘れようとするために、なにか別のことを自分の人生に上書きしようと躍起になる。
そして上書きされると前のことはすっかり忘れる(笑)。 けっして 「昇華」 しているわけではないんですね。 「上書き」 に過ぎないんですよ。

「ペリーヌ物語」 という 「おはなし」 に限って論じさせてもらえば、ペリーヌが母マリの 「人から愛されるためには、まず自分から愛さなければ」 という言葉を忠実に守った、というのは、「もしかすると自分が弱っている母親を旅に駆りだしたことがよくなかったのかもしれない」、という後悔の念に後押しされた強迫観念の性格も持ち合わせていたのかもしれない。

マリが死んでからルクリおばさんと出会うまでは、ペリーヌにはそういった性格的な 「因果応報」 が襲いかかっているように思えます。 バロンがいなければどうなっていたことか…。 そのバロンも 「おかしな顔」 であったことが 「ペリーヌがエドモンの娘」、という証拠の一助となったことも、私が 「ペリーヌ物語」 を強く評価する要因となっています。 話が、緻密すぎるんですよ。 1年間のタイムスケジュールがとてもよく練られている。 大河ドラマの不格好な物語の構成には、ちょっとこれを見習ってほしい部分があります。

>原作ではきちんと2度、エドモンの死を
>悲しませていたのですね。
えーと、スミマセン。原作はフランス入国直前からでマリさんは既に病床、エドモンは他界。つまり先のコメントで書いたことは終盤の展開まで最初から見越した宮崎晃氏によるオリジナル展開です。

宮崎氏は「男はつらいよ」の初期スタッフを経て名作劇場に参加した映画畑出身の脚本家。ただアニメ処女作となる「ラスカル」に関してはTVというメディアの影響力を知らなかった節がある。監督は「山ねずみのロッキーチャック」など動物の擬人化アニメで成功してきた遠藤氏でアライグマの仕草は子供にウケると考えた。ラスカルというアライグマ自体は、それでいいとしてもスターリングを反面教師的主人公として巧妙に否定的に描いた。ところが巧妙過ぎて当時はネットどころかビデオ録画も充分、普及していなかったので視聴者に上手く伝わらずアライグマ問題にまで発展してしまった訳です。

「カーネーション」でもネット上にオノマチ信者なる人が多数輩出されたので似たようなものかも?そういう人は糸子に都合の悪い情報をどんどん見落としていくので主演交替の頃には脱落モンです。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

いや、今回ネットで調べてみたんですが、私が大学生の頃くらいにすでに終了していた 「ペリーヌ物語原論」(笑)の域をはるかに超えるマニアックぶりで、少々ショックを受けました。 現地ロケまでしてるのもあった(スゴ…)。

それにしてもフランス入国前が原作の始まりであったとは、つくづく宮崎晃サンの力量には恐れ入ります。

特に 「おじいさんと孫」 の回でしたっけ(なにも参照していないので間違いはご勘弁を)、旅先で見たおじいさんと孫の姿にペリーヌがまだ見ぬビルフランとの関係に思いを馳せるとか、「よっぱらいロバ」 の回でパリカールとの絆を見る側に印象づけるとか、マリが病床につくまでのなんてことはない回にも、きちんと意義を持たせている。

そしてマリが病を得てしまうきっかけとなるアルプス越えの回も、その前後の描写がとても丁寧です。

さらにフランス入りの際にマルセルと再会させて、マリの病状が悪化していくプロットに厚みを持たせる。

いやはや、思い返しただけでも凄いな、この話は。 「アルプスの少女ハイジ」 なんかよりもすごい。 これに太刀打ちできる緻密な話は、「赤毛のアン」 くらいしか思い浮かびません(いや~だけど世界名作劇場、コンプリートしていたわけではないのであまりエラソーなことは…笑)。

私が鶴ひろみさんにトチ狂ってしまうのも無理はありません。

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    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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