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2018年1月16日 (火)

「海月姫」 「先入観」 という名の邪魔者

 「あまちゃん」 の能年玲奈(のん)主演の映画でも話題になった、マンガ原作による月9。 のんが演じた主人公を、「表参道高校合唱部」「べっぴんさん」 の芳根京子が演じる。

 私はこの原作マンガものんの映画も未見だが、正直なところこのドラマの最初の10~20分くらいはかなりキツかった。
 なにしろ、この物語の主人公および主人公が同居する 「尼寺」 と呼ばれるシェアハウスの女友達が、かなりの変人揃いなのである。 それはまるで、「我々を気に入らないヤツバラは速やかに視聴をやめるがよかろう~~っ!」 とテレビの画面の前を通せんぼしているかの如き勢いで(いや実際これ以上のヘンなしゃべり方をする)。

 その 「尼寺」 の芳根の部屋に、ある朝パンツ一丁の瀬戸康史演じるイケメンが寝ていたもんだから、尼寺は上を下への大騒ぎとなる。 ドラマとしてはよくあるパターンだ。
 芳根が男子禁制のこの尼寺にどうして瀬戸を入らせてしまったのか、というと、瀬戸を女だと思ったかららしい。 つまり、瀬戸は女装趣味の男だったのだ。 ここでもう一回こちらはドン引きする。

 フジテレビ、わざとやってんのか? 視聴のハードル上げまくってるぞ。 でも瀬戸の女装、カワイイ(ワハハ)。

 女装趣味というだけで、瀬戸はジェンダー障害でもなんでもないのだが、彼はこの 「尼寺」 のとてつもなく 「キモチワルイ」 住人たちと少しばかり会話をして、すぐに悟る。

 「あ、コイツラって、ニートでオタクの引きこもりなのね」、と。

 その瀬戸が自分の家に帰ると、瀬戸の家は父親(北大路欣也)が政治家の立派な家柄らしいことが分かる。 弟(工藤阿須加)は父親の後継候補らしく、要するに父親の仕事に反発をもってそれで女装という行動をしてるのか、と。 愚兄賢弟パターンか、と。

 そういう屈折した気持ちから、瀬戸がそれから尼寺をたびたび訪れるようになる、という展開も説得力はある。
 瀬戸が特に興味を持ったのが芳根であり、「この子はダサい格好をしているが磨けば光る」 と踏んで自分の家に呼び、彼女を美人に変身させる。 要するに、「マイ・フェア・レディ」 パターンであるか、と。
 その美人な彼女に出くわして恋をしてしまうのが、賢弟の工藤だ。

 最初の 「気に入らねえヤツバラは出てけ出てけ~~~ッ」 攻撃に耐えて(笑)ここまで見たとき、「このドラマはこちらの先入観を試そうとしている」、と感じた。

 このドラマの感想サイトを読んでいて感じたのだが、今回の月9に対する反応は、賛否がかなりはっきりしている。
 まず、のんの映画でこの作品を知っている人の反応が、すこぶる悪い、ということ。
 そして原作マンガでこの作品を知っている人の反応が、「原作を忠実になぞればこんな感じ」、ということ。 「ただマンガをそのままやるとドギツ過ぎる」、とも。

 のんの映画を知っている人は、その先入観でもってこのドラマを拒絶している。 そしてある種の人たちは、凋落傾向のフジテレビだからという先入観でもって、初回視聴率の悪かったことを分析し納得しようとしている。

 私にしたってそうだ。

 「ニートでオタクの引きこもり」、というと、まあこのドラマはデフォルメしすぎだがそれだけでこの尼寺の住人たちを色分けしようとしている。
 瀬戸が芳根を変身させようとすれば、なんだこのドラマはマイフェアレディか、とタカをくくりたくなる。

 でも、そうではなかったのだ、このドラマは。 少なくとも第1回は。

 このドラマの初回でたびたび挿入されるのは、芳根の子供時代の回想だ。 おそらくシングルマザーであった芳根の母親(小雪)は、芳根が少女時代に死んでしまう。 芳根の心にいつまでも残っている母親の姿はいつも優しく、芳根の絵のうまいのを褒め、芳根のいちばんの理解者である。

 子供の頃にその母親と見たクラゲが、芳根にとってオタクの素となるのだが、第1回後半で瀬戸と工藤に連れていかれた水族館で同じ種類のクラゲを見て、芳根は大泣きしてしまうのだ。

 それは、あんなに自分を信じて守ってくれた優しい母親に対する、今の自分のふがいなさに対する涙だ。

 これが、こちらの涙腺をかなり刺激した。 まあ、自分も不肖の息子ですからね。

 第1回のゴールはここであり、ここにすべての演技を集中させた芳根京子の演技のカンは、かなり驚異的といっていいのではないだろうか。 私のなかでは残念な作品だった 「べっぴんさん」 がこれで吹っ飛んだ。 高い高いハードル飛び越えてここまで見てよかったっス。 芳根は名優に成長する素質がじゅうぶんにあることを、あらためて再認識した。

 それにしても、芳根京子という女優は、どちらかというと素朴タイプの顔立ちをしておるので、あんまり 「磨けば光る」 にならないのはご愛嬌だ(笑)。 瀬戸チャンの女装のほうがカワイかったりするもんな(爆)。 却って尼寺のほかのメンバーを変身させたほうが衝撃的ではないのか?(笑) キャスティングを見ても誰が誰だか分かんないもんな(笑)。

 そして第1回を見終わったあと、涙ボロボロ流してた自分に気付いてびっくりしてしまったワタシなのであった…。

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コメント

リウさん、こんばんは。
芳根ちゃん、改めて見るといいですね~。
(瀬戸くんもかわいかったですが・・・)
リウさん、この子の頑張りとか涙が大好物ですよね。
あの和服でドアップは反則。
「リウさんも、やって欲しいんじゃあ?」
(わたしは出来たらぜひお願いしたい!!!)
ホントはストーリーについて書きたいとこですが
ラブコメで面白いなら良し。

投稿: ドラマ大すきおやじいつの間にか52才 | 2018年1月16日 (火) 20時23分

ドラマ大すきおやじ様
コメント下さり、ありがとうございます。

この子がカワイイのは、年端もいかぬ今だけの限定セールなのです(セールとか、冒涜しとるな)。 そのうちすぐに風格というものが現れます(笑)。 なぜなら彼女のウリは演技力だからです。 たぶんのんよりもレベルは高いと思われます。

かたや朝ドラでブレイクし、かたや朝ドラでミソがついた女優。 私どもオッサンはどちらも 「若くてカワイイ」 という括りで見てしまいますが、20年30年後が見ものです。 そのころ私どもが生きているかどうかは分かりませんが…(フガフガ)。

投稿: リウ | 2018年1月17日 (水) 06時55分

>のんの映画でこの作品を知っている人の反応が悪い
スミマセン、私はまるっきり逆です。
昨年末に劇場版を民放で観ましたが
駄目人間に感情移入させる描写の尺が足りない。
(ちなみにドラマ版と劇場版は兄弟が逆)

「めぞん一刻」でも駄目人間の巣窟なアパートでも
皆、それなりに職に就いたり就こうとしていた訳で
キャラがそれなりに地に足がついています。
私は「あまちゃん」のノリが良ければ全て許される
テイストに全く共感していないし
当然、能年玲奈のファンでも何でもないので。

投稿: 巨炎 | 2018年1月23日 (火) 12時36分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

巨炎様はアンチ 「あまちゃん」 ですもんね(笑)。
「めぞん一刻」 と 「海月姫」 で同様に描かれる 「ダメ人間」 について横たわっている溝というのは、単に 「それで生活出来ちゃうかどうか」、というものなのではないか、と思います。

つまり、親から突き放されないと、子供なんてのは自立せんのですよ。 妙に自らの生活が成り立ってしまうと、人間というのは許される範囲内で自分の欲望をすべて叶えた気になって満足してしまう。 五代クンだって、大学を卒業したら仕送りなんかせんからね、と親から突き放されておったではないですか。 四谷サンだって、自分が生きるためにはビンボー人の五代クンに寄生するとか、必死なのです(爆)。

「海月姫」 の尼寺の女子たちは、どこかそうした切迫感から無縁を装おうとしている。 そりゃ考えますよ、自分の人生についてはね。 でも、自分の頭だけの人生は、どこまで行っても自分のなかでしか完結せんのです。 それでも満足だ、というのは、それでいい。 自分の満足は、自分で決めるから。 自分の幸せは、自分が決めるから。

…どうも引きこもりについて書き始めると、止まりませんね。 容赦ない自分に気付きます(笑)。

投稿: リウ | 2018年1月24日 (水) 07時35分

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