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2018年2月

2018年2月 3日 (土)

「BG~身辺警護人~」 木村拓哉、カッコいいのか悪いのか

 長い間、イケメンの第一人者として名を馳せてきた木村拓哉。 彼の評価が曲がり角を迎えたのは工藤静香と結婚してからだと思うのだが、彼に対する批判というのにはいつも、「手のひらを返す世間」 というものを感じている。

 「なにを演じてもキムタク」、という批判はよく聞かれることだが、そんな俳優など世の中にはたくさんいる。 事務所の力で主役を張る俳優、というのも芸能界では普通のことだ。 それが彼の場合、そうした俳優のなかでもとりわけ強い世間からの逆風となっているように感じる。 それは彼が芸能界で君臨していた影響力の強さと期間の長さが、もろに反作用となって現れているように思うのだ。 これは木村が所属していたSMAPの解散劇を経て、ますます悪化している。

 私などはその潮目が変化するあまりの極端さに興味を惹かれ、特に逆風が彼に吹き始めた頃から彼のドラマを見るようになったのだが(ウィキの出演作リストを見ていて、2005年の 「エンジン」 以降は9割がた見ていることに我ながら驚いた)(それ以前は1作たりとも見ていない)、人気絶頂の頃に遠目から見ていた 「ある種のハスッパ、ある種の頑固」を彼が貫き通していることには感心している。

 そして同時に感じるのは、彼の周囲に渦巻く 「ある種の忖度」 である(キムタクへのソンタクってか)。 木村をカッコよく見せるために、ある種の不自然な力がいつも働いている、という感覚。
 それでも、やはりここまで彼への評価が逆転してしまってからは、「どうにかして彼をカッコ悪く見せよう」、という逆の思惑も働いているように思うのだ。 「あまりに彼ばかりカッコよく描いては世間の批判をかわしきれないし、なにかと不都合だし」、みたいな。 まあこれも、逆の意味での忖度とも言える。

 今回のドラマでは、そうした作り手のなかのせめぎ合いみたいな空気を、とても強く感じる。 とても近いイメージで言うと、数年前の 「安堂ロイド」(TBS) みたいな感覚だ。 木村はそのドラマでアンドロイドを演じたのだが、だからと言って超万能、というわけではなく、「旧式モデル」 という 「カッコ悪さ」 を身にまとっていた。 それは木村の 「加齢」 という問題も孕んでいたのだが、今回も 「ボディガードをやるのは何年かぶりで、体力的におっついてない」、というハンデを身にまとっている。 第1回目からたいして体力のありそうもない犯人の新聞記者と格闘して結局ボコボコにされてるし、第2回目は近年ウルトラマンをやってた人(石黒英雄)といい勝負だったけど、やっぱりそのあとは足を引きずってた。

 それだのに、第3回では瞬発力と体力やたらいりそうな 「高架橋での宙吊り」 みたいなことを、やらんでもいいのにやったりしてるし。 いくら犯人をおびき出すためとはいえ、「高所恐怖症なんだよ~!」 と笑かしにかかるんならやらんほうがいいだろう(笑)。
 これは、脚本家が木村のカッコいいところと悪いところを同時に見せて世間の風当たりを緩衝しようとしている結果だと思うのだが、それをやらせるために、いかにドラマ全体のリアリティが失われていることか。

 まあ別に、ドラマだからいいんだけど、多少の想像力の暴走は。

 しかしそれを可能にするためには、物語がある程度のリアリティの鎧をまとっていなくてはならない。 第3回ではこれまでの回になくそのボロが目立ったのだが、例えば偽装誘拐にしても、誘拐犯人がその仲間とダブルで計画失敗のボタンを押してしまったりしている(要するにかなりおバカ)。
 第2回でも、元ウルトラマンは被害者家族なのにもかかわらず自らその恨みを裁判官に対して募らせる、という短絡的思考だったのが気になった。 しかもまわりくどいことにその裁判官の妻にちょっかい、ですよ。
 第1回から登場している、失言ばかりしていた、かの元女性防衛大臣がモデルと思われる石田ゆり子も、アホなのかまともなのかのキャラがどうもおぼつかない。 あの石田ゆり子にしては、迷いながら演技している印象を強く受ける。

 つまり、物語全体の詰めが甘いのだ。

 これは、私がかねてから感じている、「テレ朝発ドラマの詰めの甘さ」 という問題と同根の問題ならば話は楽なのだが、どうもそれとは違う気もする。

 このドラマを見ていて思うのは、「テレ朝は、そして木村は、このドラマをシリーズ化したいと考えているのか」、という点だ。 テレ朝ってそういうのばかりでしょう。 だからヤなんだけど。
 しかしこのキャストの豪華過ぎる点とか、これをシリーズ化したらかなり大変だろう、というのも感じる。 江口洋介、上川隆也、そして斎藤工ですよ。 みんな主役級じゃないですか。 毎回ゲストも豪華だし。

 ただこのドラマのいいところというのは、ドラマ全体の詰めが甘いから、あまり深く考えないで楽しめる、という点にある。 ゲスト出演者たちの 「人情」 に立ち入った話が中核にあるから、人間模様ととらえれば、それはいつものテレ朝モードのドラマだ。
 深く考えないで見始めると、木村拓哉の存在についても、彼が主演だったこれまでのドラマと比べると深く考えないで済むようになる。
 いくらイケメンでも、年を取れば劣化はする。 そんな当たり前のことを、世間では取り沙汰し過ぎる。
 問題は、なにかを失った後にも、世間から注目されるものをどれだけ発信し続けることができるかどうか、なのだ。

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