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2018年9月29日 (土)

「ノーバディ・ラヴス・ユー(愛の不毛)」 が永遠に伝える、ジョン・レノンの絶望

 ジョン・レノンが1974年に発表したアルバム、「ウォールズ・アンド・ブリッジズ(心の壁、愛の橋)」 のほぼラストに位置する 「ノーバディ・ラヴス・ユー(愛の不毛)」。 ヨーコとの別居によってジョンが直面した、限りない絶望が聴き手の胸を打つ曲だ。 この曲の出だしはこうだ。



 打ちひしがれているとき、誰もおまえを愛さない
 有頂天になっているとき、誰もおまえを見ていない



 キリスト教を巡るバッシング、逆風のなかでのヨーコとの再婚、バンドの解散、ヨーコとの平和運動への無理解、そしてアメリカ移民局との戦い。
 それまでどんな状況下にあっても表面上はけっしてふて腐れたりしてこなかった男が、ヨーコだけでなく、世界中に向かって不満を表明しているような過激さを、私はこの冒頭の2行に感じる。
 ここにいるのは、自らの不幸を嘆き、自分が必要としている人からかまってもらえないことにいじけ、世を拗ねているひとりの男だけだ。 そこには、世界を牛耳ってきたスーパースターの片鱗すらない。 なんと等身大で虚飾のない、丸裸な歌なのだろう。

 これと精神構造的に似ている曲は確かにビートルズ初期の作品群にも散見される。
 ファースト・アルバムの 「ミズリー」 では、「世界中が僕につらく当たる。 みじめだ」 と歌っているし、成功後の4枚目のアルバム 「フォー・セール」 のなかの 「アイム・ア・ルーザー」 もタイトル通りネガティヴな自己否定の歌だ。
 ビートルズ後期でも、「ホワイト・アルバム」 のなかの 「ヤー・ブルース」 に至っては、「寂しい、死にたい」 とまで叫んでいる。
 こうしてみると、後年ポールが 「ビートルズは反社会的なことを歌わなかったのがよかった」 と回想しているのはちょっと間違いであることに気づくだろう。 まあ、「自己否定」 というのは反社会的ではない、という見かたもあるが(「死にたい」、などというのは自殺者を助長する?)。

 ともあれ、ジョンが歌う歌のなかには、元来から 「自分をネガティヴに捉える」、という方向性があったことだけは確かだろう。
 ポールがそれと比較して 「楽天的である」 と評されてきたのは、ポールの作る歌には悲しいものもあるが、けっして自分を悲観したりしない傾向が見て取れるからだ。 「エリナー・リグビー」「シーズ・リーヴィング・ホーム」 は最後まで救われない歌だが、客観的な情景を歌っているだけで、自分の心情にまで言及はしていない。
 それに対してジョンは 「パーティはそのままに」 でも、「自分ががっかりしているところを見せるのは嫌だ」 と歌い、「悲しみはぶっとばせ」 でも 「みんなが僕のことを笑っている」 と後ろ向きの感情をあらわにしている。
 ジョンはビートルズ初期から自分の弱さと直面し続けた。 ポールは悲しみにぶち当たったとき、「そのうちだんだんよくなるさ」 と前向きに捉え、内面の危機を克服していたように見えるのだが、ジョンは悲しみをそのままダイレクトに受け止め、絶望することで創作意欲を発揮していった。 「ヘルプ!」 はその最も端的な心の叫びの投影である、と言える。

 これはふたりの家庭環境がそうしているような気もする。

 ポールの父親ジムは 「1トンもあるような重たいことなら脇に置いとけ」 とポールに諭していたという。 ポールの生き方には父親ジムの人生哲学が深く根ざしているように思われる。
 対してジョンは両親から実質的に捨てられた環境で、体裁を気にする伯母と軋轢を抱えながら育ってきた。
 ジョンの精神構造を鑑みるとき、そこには 「誰にもかまってもらえなかった」 という、トラウマに近いものが存在している気がする。 「誰かに大事にしてもらいたい、かまってもらいたい」、という欲求がジョンを突き動かしていたと私には思えるのだ。 もちろんそれが、ジョンをミュージシャンに向かわせた動機のひとつと捉えてもいい気がする。

 1973年暮れ、ジョンは突然、ヨーコから 「出てって」 と足蹴にされ、ふたりの住まいだったニューヨークから単身ロサンゼルスへ渡り、そこで酒びたりの 「失われた週末」 と呼ばれる自暴自棄の生活に突入する。
 ふたりの関係が破綻した原因については近年、ヨーコによって様々に明かされているが、もともとかなりの困難のなかで一緒になったことの疲弊が極まった、と理解すべきだろう。

 ここで興味深いのは、ジョンは自分が愛する女性に捨てられたとき、自分の母国であるイギリスには帰らなかった、ということだ。

 私が想像するに、これはジョンがヨーコと地続きの土地にいたかった、ということの表れだと思うし、アメリカを自らの理想の国だと考えていたからこその行動だ、と思う(当時係争中だったアメリカ永住権の関係もあったのだろうか)。
 イギリスに帰ることはその理想を諦めること、すなわち自らの本当の敗北だ、という意識がどこかで働いたのだろう。
 ジョンはロスでリンゴ・スターやニルソンなどという半アル中(笑)みたいな連中と、毎晩飲み明かした、とされる。 リンゴも当時は酒に溺れていたからなあ。

 「失われた週末」 における失意のなかで、おそらくジョンは世間の人々が持つひとつの残酷な傾向と向き合ったに違いない。
 いくらビートルズの一員として世の中のトップに立とうとも、女房に三下り半を突き付けられて酒場でへべれけになっている男には、何の価値も見出さない、ということにだ。

 そしてその飲み会についていってる連中も、実は自分と同じ、弱い心の持ち主たち。

 おそらくジョン自身も酔いが回ってくれば、自分につきまとっている連中も、自分をただ利用しようとしているだけに見えてきたことだろう。 そして見るもの聞くものすべてに、腹が立ってきたことだろう。 彼は飲酒でたびたび問題を起こし、店からつまみ出された時もあった。 苛立ちと怒りが、彼を蝕んでいたのだ。

 カネも人気も権力も、あるところにはみんな寄ってくる。
 そうなると多かれ少なかれ本人は有頂天になってしまうものだが、みんなが見ているのはカネと人気だけで、なくなればみんな離れていく。 本人のことなんか、最初から誰も知ろうとなんか思っていない。
 そして表舞台から消えれば、波が砂を洗うように、すぐに消えてなくなってしまう。
 人気者として君臨し、曲を書き、文化を作り出し、こんなに自分が世の中に与え続けてきたというのに、なくなるのはあっという間だ。 まるで夢を見ていたみたいだ。

 自分が他者に対して貢献してきたことと、他者から何かをしてもらったか、ということを両天秤にして考える、という思考方法は、実はものすごく危険なことだ、と私は考えている。 人間はいつも、自分のしてあげたことはよく覚えていて、他人からしてもらったことは忘れやすい傾向にある。 だからこの両天秤は、けっしてポジティヴな比較検討結果を生み出さないのだ。

 「ノーバディ・ラヴス・ユー」 の思考理論の柱にあるものは、実はこの危険な比較である。 この絶望的な曲は、こう続いていく。

 「僕は世界中を旅してきた。 いろんなものも見てきた。 持っているものは全部見せてきた。
 それなのに、まだこれ以上欲しがるっていうの?
 みんな自分のことばかり(自分の誕生日がどうとか)。
 たぶんおまえが愛されるようになるのは、おまえが死んだあとだろう(要約)」。

 途中で一人称にはなるものの、「ノーバディ・ラヴス・ユー」 というのは、「ユー」 つまり 「おまえ」 に対して歌われている曲ではない、というのは自明だろう。 この曲は客観視された自分を 「ユー」 に見立て、ジョンはあくまで自分に向かってこの曲を歌っていると解釈できる。
 蛇足だが、最後の1行、「君が愛されるのは、君が死んだあとだろう」、というのは、ジョンの暗殺直後に曲やアルバムがチャート1位になった1980年終わりや、死後に神格化されていく自分に対する予言ともなってしまったわけだ。

 ところでこの曲は冒頭のアコギ1本での弾き語りから、比較的穏やかで、ジョン自身が 「シナトラ的(後述する)」 だと自嘲する感傷的なアレンジで進んでいくのだが、途中いきなり、ジョンのフラストレーションが一気に爆発したような曲調に、豹変する。



 朝起きて、鏡に映った自分を見る、ooo wee!
 暗闇の中、もう眠れないって分かっている、ooo wee!



 そして曲は、何事もなかったかのように穏やかで諦めに満ちた当初の静けさに戻り、1ヴァースを経て、そのまま終わっていく。 頼りなげなジョン自身の口笛とともに。
 最初にこの曲を聴いた中学生の頃、私はこの違和感だらけのパートは不要なんじゃないか、と考えていた。
 だがやがて、当の自分が打ちひしがれたときにこの曲をギターで歌ってみて、何より共感できるのがこの部分だ、ということに気付いた。
 鬱々とした心情を諦観たっぷりに歌うことは、自分を慰めるものだが、実は屈折した感情はその静けさのなかでは押さえつけられたままだ。 その我慢できない怒りが吐き出されるこの一瞬を、この曲は待ち続けていたのだ。

 私はここに、ジョン・レノンの非凡さを見る。 ともすればこの名曲をぶち壊しにするこの2行を挿入することの勇気、判断力。 この2行がなければ、この曲は世間を斜に構えて皮肉る、自己肯定の歌で終わったことだろう。 ジョンの天性の才能はその危険性を無意識のうちに回避し、この曲全体に流れるヨーコや世間に対する恨み、自らに対する憐憫の気持ちをいわば、「否定」 しにかかったのだ。

 そこまで考察してしまうとこの曲はけっしてネガティヴなだけの、唾棄すべき曲ではないことに気付くのだが、この曲が作られてから6年後に死んでしまうまでの間、この曲に関するジョン・レノン自身の肯定的な感想は、今のところ私の知る限りでは存在しない。

 この曲についてジョンは、死の2か月前(1980年10月)に語られた米プレイボーイ誌のインタヴューで、こう発言している。
 「そう、タイトルがすべてを語っているよ。 ヨーコと離れていたこのころの僕が、まさにこの通りだった。 僕はいつも、フランク・シナトラがこれを歌ったらどうなるだろうって思っていた。 理由は分からないけどね。 でもこれはいわゆるシナトラ風だよ。 彼ならきっと完璧に歌いこなすだろう。 聞いてるかいシナトラ君。 この曲を君にあげるよ。 だけどお願いだから僕にプロデュースしてくれなんて言わないでくれよ(笑)」。

 ジョンが生前持っていたフランク・シナトラへの評価というものは、必ずしも高いものではなかったはずだ。 ロックンロールとポピュラーミュージックとは、その精神性において、そもそも対極の関係にあるからだ。
 そう考えると、この曲をシナトラにくれてやる、ということは、ジョンがこの曲に対してけっしてポジティヴな評価を与えてはいなかった、ということになるだろう。
 それは、インタヴューのなかでも語られているように、この曲がヨーコとの18ヶ月の別居期間を象徴する曲だったから、ということも大きい。
 この曲は、ジョンがあまり知られたくない自らの心の闇でも、最暗部を晒してしまっている曲であり、同時にヨーコへの限りない不信をも暴き出してしまっている曲だ。 ヨーコとの不仲が解消した6年後のジョンにとっては、まさしくそれは、「人生の中で乗り越えたトラブル」 についての曲だったに違いないのだ。

 しかしジョンは、インタヴューの同じ部分で、「君(シナトラ)にはなんの意味もない曲"以外"のものが必要なんだ」、とも語っている。
 これは 「シナトラ君の歌ってきた歌なんか、みんな意味のないものだろ」 という、ジョンのシナトラへの強烈な侮蔑が含まれているとはいえ、ここにはジョンのこの曲に対する前向きな評価が潜んでいる、と考えることもできる気がするのだ。 「なんの意味もない曲 『ではない』」、ということなのだから。
 そこにこの曲に対する、ジョンの少しばかりの許容の萌芽を私は感じる。 もし彼が射殺されずに現在まで生きてこられたら、おそらく彼はこの曲の持つネガティヴ性を評価し直したことだろう。 彼が生きていたらおそらく幾度かのライヴを絶対に行なったであろうが、そのセットリストにこの曲が入る日が、いつかは来たのかもしれない。

 この曲は、限りなく絶望的で、他者に対する限りない失望を歌にしている。
 だからこそ、この曲はものごとの本質を、かなりシビアに突いている。
 多感だった少年時代、この曲は暗かった私にとって、バイブルのような曲だった。 今も落ち込むことがあると、この曲の持つ暗黒に癒される時があったりする。 私も 「かまってもらいたがり」 であり、いじけたり僻んだりばかりの性格だからだ。

 ジョンがこのような絶望に直面したとき、彼が逆に創作活動を活発にした、という事実は注目に値する。

 つまり内面の崩壊に直面したとき、人間は自らその危機と闘うために、その危険から消極的に逃避しようとすると同時に、自らの居場所を見つめ直し、もう一度信じることで、危機を克服しようとするのだ。

 ジョンにとってその居場所とはまさしく音楽であり、創作活動であった。

 この曲を擁したアルバム 「心の壁、愛の橋」 は全米で久しぶりの好セールスを記録した。 当時はそのトータル性、完成度を評価されるものが多かったが、実際のところはジョンが曝け出した内面の絶望が聴き手に受け入れられたものだ、と私は考えている。 ビートルズ回帰の向きにも支えられた感もあるが。

 いずれにせよこの曲は、イメージ的に世間的に作られた 「愛と平和」 のジョン・レノンが直面した、ネガティヴな本音が凝縮しているがゆえの 「傑作」、なのである。

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