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2019年3月

2019年3月29日 (金)

「ひよっこ2」 現実に追い越されていく、ドラマという仮想空間

 2年前の朝ドラ 「ひよっこ」 の続編が放送された。 3月25日から28日の4日間、ニュース7が終わったあとの30分枠でだ。 30分×4日だから単純に考えて2時間ドラマということになる。

 スピンオフを除いた場合の朝ドラの続編というのは大変珍しいが、遠い記憶では 「ちゅらさん」 が4までやった。 これも今回と同じく岡田惠和作だ。 本編こそが自分の言いたいことであり、続編など蛇足に過ぎない、と考えるクリエイターが多いなか、岡田氏はそうした拘りがあまりないタイプの脚本家なのだろう。
 じっさい岡田氏の作るドラマというのは、普通の人々が普通に悩み普通に笑い普通に生きていく、という 「まったりとした」 タイプの作品が多い。 たいして悪人も出てこず、巨悪が蠢く気配すらない。 時にはそのユルさ、人のあまりの良さ加減に、白々しい気分になったりどっかムズムズしてきたりするが、それこそが岡田氏の考える 「ドラマ」 なのだろう。

 人は自らの手の届きそうな範囲を目指しながら、必死にそこに手を届かせようと空を切らせている。 届けばまたさらに上を目指し、届かなければ落胆する。 人生はその繰り返しだ。

 じっさいの人生では、そこにとんでもない邪魔者が割り込んできたりする。 足の引っ張り合いも絶えず発生する。 岡田氏のドラマを見て癒やされるのは、コミュニティ(関係性)の理想郷をそこに見るからだ。
 今回も、すずふり亭の女将である鈴子さん(宮本信子)や時子(佐久間由衣)などが、落ち込んだりトラブルを起こしたりするが、そんなときにこのドラマの登場人物たちは、なんとかして当人たちを慰め、立ち直らせようと気を揉む。
 「そんな世界などあるものか」 と、ドラマを見ながら冷笑したくなる自分もいる。
 しかし同時に、「世界はこうあってほしい」、と憧憬している自分も、間違いなくいるのだ。

 そんな、コミュニティの理想郷がドラマのなかで実現しているがために、そのようなドラマは後日談を必要とする。 今回のドラマは正直なところ、「近況報告」 の域を出ない。 しかしそれこそが、この 「ひょっこ」 という生き物自体が渇仰する生理的欲求なのだろう。

 それは 「ちゅらさん」 においても同様だった。 主人公えりぃ(国仲涼子)たちの人生は最初の本編で終わったわけではなく、ずっとずっと続いていくものだからだ。
 ただその理想郷というのは、年月を経るごとにおそらくだんだんと、現実から乖離していった。
 まず 「ちゅらさん」 の続編では、重要人物のひとりだったえりぃの弟、山田孝之がその出番を極端に減らした。 おそらく仕事が忙しくなりすぎたのだろうが、私に言わせれば、「自分を育ててくれた自分の故郷とも呼べるドラマには、無理を押してでも出るべきだろう」、と思ったものだ。 まあ、事情も知らないで勝手に言ってますが。

 そのほかにも、「ちゅらさん」 の続編が続いていくに従って、えりぃを演じる国仲涼子の女優としての役どころのキャリアが、だんだん天真爛漫なえりぃと乖離していくちぐはぐさも感じるようになった。 私が視聴している範囲に限った話だが、国仲涼子は 「ちゅらさん」 以来、えりぃのような役をやってるところを見たことがない。 いつもどこかに暗さを抱えているような役ばかりだ。 どんなにつらいことがあっても、「なんくるないさぁ」 とはねのける精神的な強さが、国仲の演じる役にはあまり感じられない。 まあ、それを出来るのは主役だけなのかもしれないが。

 今回の 「ひよっこ2」 も、主役の有村架純は生徒とのドロドロの恋をしてきたばかりだったし(笑)、母親の木村佳乃はギラギラの悪女だったし(笑)、父親の沢村一樹くらいだったか、同じ記憶喪失の役だったのは(爆)。
 乙女寮の少女たちも、いちばんさえなかった松本穂香がドラマの主役になったり、有村が演じたみね子の恋人だった竹内涼真が役者として大きく伸びたり、すずふり亭の小太りウェイトレスだった佐藤仁美が結果にコミットしたり(笑)、たった2年前に同じドラマの中、という舞台で一緒に咲いていた人たちがそれぞれに走り、立ち止まり、しているのは当然のことなのだ。 下手をすればこの世にいない、というケースすら出てくる。

 そんななか、出演者のたぶんほぼ全員が、今回の続編で近況を表現することができたのは、この理想郷ドラマにとって大いなる幸いであったと言えよう。
 同窓会、私は人生に躓いているためになかなか出ようという気にならないのが本音であるが、この続編はそんなタイプのドラマだ。
 ドラマは現実とは違う。 だが、どんなに勝ち組負け組、というカテゴリに押し込められようとも気兼ねなくこうして会える、という仮想空間があることに、私は限りない安堵の気持ちを抱くのだ。

2019年3月25日 (月)

「いだてん~東京オリムピック噺~」 第7-12回 幻想的に展開する10里の行程

 全体的なペース配分から行くと、ほぼ4分の1という速さで物語の大きな柱と思われるストックホルム大会に突入した、「いだてん」。 このオリンピックに初参加したふたりの選手のレース中には、それまでの回想シーンが走馬灯のように画面を駆け巡る。
 それは物語のメインではない短距離ランナー・三島の場合には功を奏した。 が、主人公である金栗の場合、作り手が意図するほどの効果が得られたとは、考えにくい。
 それは冒頭で指摘したとおり、ここに至るまでの話が、かなりの速さで推移していることに起因している。 つまり、回想シーンを見る側が咀嚼し、懐かしがるくらいのヒマが、ドラマにないのだ。
 これが朝ドラみたいな15分・月-土ペースで展開すれば、まだ金栗の回想シーンには見る側をねじ伏せる説得力が生まれたことだろう。

 さらに一部の視聴者を混乱させ不快にさせるのは、金栗のマラソンと、志ん生(三遊亭朝太)の初高座に向けての一風変わった稽古をリンクさせた点だ。 「俥を引きながらなら噺を覚えやすい」、という理屈で、朝太は火事場を駆け回る 「富久」 の噺に合わせ、火事のイメージの中を、ストックホルムの酷暑に耐える金栗と一緒に、駆けていくのだ。
 はっきり言えば、このリンクには何の意味もない。
 だが確実に言えるのは、このふたり(金栗と朝太)は、「未知の行く先に向かって不安に押しつぶされそうになりながらそれでもその時代を駆け抜けていく」 共通項を持つ、「同志」 だ、ということだ。
 そしてふたりの間にあるもの、それは 「暑さ」 だ。 ここに作り手の、相乗効果を演出する狙いが含まれているのだが、それを理解できる受け手が、いったいどれだけいるというのだろう。 そこから 「分かりにくい」「理解できない」、という、このドラマによくある感想が導き出されてしまうことは、極めて残念だ。 この演出が理解できるとき、志ん生のパートが、この 「噺」 にとって必要不可欠なことが分かってくるだろう。

 それまでの過去がめくるめくように脳裏に展開し、それに 「富久」 の幻覚がフラッシュバックする、金栗のまるで夢遊病者のようなマラソンが展開した今回。

 それは、私が中学校時代、区大会の長距離で棄権したときの苦い記憶と、不思議なくらい被さっていた。

 自分の限度を超える運動量が続くと、苦しさと一緒に、これまでのことがひとかたまりになって頭の中を渦巻き始める。 頼りたい人が脳裏をかすめる。 いろんな感情が一緒くたになり、やがてホワイトアウトしていく。

 そして金栗が気付いたとき、そこは宿舎のベッドの上。

 いったい何が起きたのか。

 「日射病だ」、と周りは言う。 けれどもその記憶自体がない。

 「すいまっせん…すいまっせん!」 謝り続ける金栗。 ドラマはそこで無感情にぶつ切れる。

 見る側はドラマを見終わってしばらく、金栗の 「どうしてこうなった?」 という感情と完全に同化し、ほっぽり出されたままの宙ぶらりんな感覚に陥る。
 今回の作る側の意図は、見る側をそのような中途半端な気分にさせることにある、と言ってよい。 幻想的な10里の行程も、そのために用意されていた。
 これに不満を表明することは、実に無粋な行為だ。 どうせ種明かしは、次週以降に行なわれる。 ドラマの見かた、というものを、我々はひとつ、ここで学ばなければならないだろう。

 「レース中に行方不明になった」、という事実をドラマにしようとしたとき、宮藤の頭の中にはおそらく夢遊病的な幻覚的シーンの羅列がイメージされたことだろう。 これと並行して描写された金栗の故郷である熊本での一連のシーンも、どこか現実離れしていた。
 これらはみな、「そこに映し出されているものすべてが現実とは限らない」、という作り手からのギミックなのだろう。 そして、「金栗はなんと3位!というのはウソで」、というビートたけしの茶々が入るところも、張り詰めた緊張を解きほぐすガス抜き(言い換えれば、作り手の照れ)なのだ、ということを知るべきだ(たけしに不満を持つ視聴者はこのへんけっして寛容にはなれないだろう)。

 「考えるのはよそう」。 「いや、考えまくろう」。

 不安とプレッシャーのなか、アスリートはそうやって、いろんな余計なことを考える。 しかしそれは競技中、自らの中途半端を思い知らされるファクターでしかないことを、思い知らされる。
 要は、真っ白な意識でも体が勝手に動くくらいの練習と稽古が必要なのだ。 渦巻く思念にやられるくらいでは、まだまだ修行が足りない。

 このドラマがそこまで周到に作り上げられていることに、ただただ感服する。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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