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2019年3月25日 (月)

「いだてん~東京オリムピック噺~」 第7-12回 幻想的に展開する10里の行程

 全体的なペース配分から行くと、ほぼ4分の1という速さで物語の大きな柱と思われるストックホルム大会に突入した、「いだてん」。 このオリンピックに初参加したふたりの選手のレース中には、それまでの回想シーンが走馬灯のように画面を駆け巡る。
 それは物語のメインではない短距離ランナー・三島の場合には功を奏した。 が、主人公である金栗の場合、作り手が意図するほどの効果が得られたとは、考えにくい。
 それは冒頭で指摘したとおり、ここに至るまでの話が、かなりの速さで推移していることに起因している。 つまり、回想シーンを見る側が咀嚼し、懐かしがるくらいのヒマが、ドラマにないのだ。
 これが朝ドラみたいな15分・月-土ペースで展開すれば、まだ金栗の回想シーンには見る側をねじ伏せる説得力が生まれたことだろう。

 さらに一部の視聴者を混乱させ不快にさせるのは、金栗のマラソンと、志ん生(三遊亭朝太)の初高座に向けての一風変わった稽古をリンクさせた点だ。 「俥を引きながらなら噺を覚えやすい」、という理屈で、朝太は火事場を駆け回る 「富久」 の噺に合わせ、火事のイメージの中を、ストックホルムの酷暑に耐える金栗と一緒に、駆けていくのだ。
 はっきり言えば、このリンクには何の意味もない。
 だが確実に言えるのは、このふたり(金栗と朝太)は、「未知の行く先に向かって不安に押しつぶされそうになりながらそれでもその時代を駆け抜けていく」 共通項を持つ、「同志」 だ、ということだ。
 そしてふたりの間にあるもの、それは 「暑さ」 だ。 ここに作り手の、相乗効果を演出する狙いが含まれているのだが、それを理解できる受け手が、いったいどれだけいるというのだろう。 そこから 「分かりにくい」「理解できない」、という、このドラマによくある感想が導き出されてしまうことは、極めて残念だ。 この演出が理解できるとき、志ん生のパートが、この 「噺」 にとって必要不可欠なことが分かってくるだろう。

 それまでの過去がめくるめくように脳裏に展開し、それに 「富久」 の幻覚がフラッシュバックする、金栗のまるで夢遊病者のようなマラソンが展開した今回。

 それは、私が中学校時代、区大会の長距離で棄権したときの苦い記憶と、不思議なくらい被さっていた。

 自分の限度を超える運動量が続くと、苦しさと一緒に、これまでのことがひとかたまりになって頭の中を渦巻き始める。 頼りたい人が脳裏をかすめる。 いろんな感情が一緒くたになり、やがてホワイトアウトしていく。

 そして金栗が気付いたとき、そこは宿舎のベッドの上。

 いったい何が起きたのか。

 「日射病だ」、と周りは言う。 けれどもその記憶自体がない。

 「すいまっせん…すいまっせん!」 謝り続ける金栗。 ドラマはそこで無感情にぶつ切れる。

 見る側はドラマを見終わってしばらく、金栗の 「どうしてこうなった?」 という感情と完全に同化し、ほっぽり出されたままの宙ぶらりんな感覚に陥る。
 今回の作る側の意図は、見る側をそのような中途半端な気分にさせることにある、と言ってよい。 幻想的な10里の行程も、そのために用意されていた。
 これに不満を表明することは、実に無粋な行為だ。 どうせ種明かしは、次週以降に行なわれる。 ドラマの見かた、というものを、我々はひとつ、ここで学ばなければならないだろう。

 「レース中に行方不明になった」、という事実をドラマにしようとしたとき、宮藤の頭の中にはおそらく夢遊病的な幻覚的シーンの羅列がイメージされたことだろう。 これと並行して描写された金栗の故郷である熊本での一連のシーンも、どこか現実離れしていた。
 これらはみな、「そこに映し出されているものすべてが現実とは限らない」、という作り手からのギミックなのだろう。 そして、「金栗はなんと3位!というのはウソで」、というビートたけしの茶々が入るところも、張り詰めた緊張を解きほぐすガス抜き(言い換えれば、作り手の照れ)なのだ、ということを知るべきだ(たけしに不満を持つ視聴者はこのへんけっして寛容にはなれないだろう)。

 「考えるのはよそう」。 「いや、考えまくろう」。

 不安とプレッシャーのなか、アスリートはそうやって、いろんな余計なことを考える。 しかしそれは競技中、自らの中途半端を思い知らされるファクターでしかないことを、思い知らされる。
 要は、真っ白な意識でも体が勝手に動くくらいの練習と稽古が必要なのだ。 渦巻く思念にやられるくらいでは、まだまだ修行が足りない。

 このドラマがそこまで周到に作り上げられていることに、ただただ感服する。

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コメント

棄権選手の中にすら姿の無かった金栗は
ある意味、大河ドラマのシリーズにおける本作の象徴?

この結果に対する帰国後の反応がちょっと怖いわけですが
割と好きだった陸王ネタがとんでも無い事になってしまい
クドカン作品の認知度を高めようとする「あまちゃん」総集編の放送にまで類が及ぶ。
(私は「とと姉」はともかく「あまちゃん」にピエール出てたっけ?程度の認識でしたが)
どうも自分達が見せたい所だけ見て欲しがっているNHK側と
オリンピック本番箔付けの思惑を見透かして冷めている視聴者
(主に視聴率の変動に影響する浮遊層)とのズレが、どんどん大きくなっているような。

「いだてん」の内容自体はむしろ攻めの作劇ですがベンチとフロントの温度差というか。
朝ドラBS再放送も100作記念とかで、また「おしん」。
5年毎にラスカル●〇周年とか言っている世界名作劇場かよ…。
DVDやオンデマンド配信で往年の作品を解禁するぐらい攻めの戦略が欲しい。

リウさま

 「大和魂はどうした!」の一喝によって、私も現実にもどりました(笑)。
 そして、見終ってから少したったあと、ふと我に返った感じでした。 
 ポルトガル人選手の「ノーノ―」。 子供四三の「スッスハッハ」・・・
 現実と幻影が入り混じる、長距離走者の極限の心理状況が美しい映像で描かれていたなぁと、あらためて余韻に浸りました。
 思い切った大河ドラマですね! やってくれました!

 大河ドラマに描かれる史実は大半の視聴者が結果を承知しているでしょう。 承知の事実を、どんな風に解釈し描いてくれるかを個人的には大切に思っています。 どんな解釈を好むかは人さまざまでしょうが、自分についていうと今週回は、あぁ、あのエピソードをこんな風に描くことにしたのかと、つくづく感歎させられた回でした。 いわゆる「意識の流れ」というか? たとえばポストモダンの短編小説を読んだときの気分です。 こういうジャンルって読むのにちょっと骨の折れる部分があったりしますが(笑) でも読み終わったあと味わう得体のしれない気分が好きなんです。
 
 
 

 

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

ピエール瀧、容疑者のしたことは周囲に多大な迷惑と損害をかけた、という点で許されるものではありません。
作品の質、という点でも、彼が逮捕される直前に出ていた回と、その出演シーンがすっぽりカットされていた同回の再放送を両方見ましたが、外国人たちにせがまれたので足袋を送れ、という四三の要求に応えるシーンだったため、そのシーンがない再放送はなんだかあっさり足袋が送られてきましたよ、という風情でやはり物語の厚みが削がれた気がしました。 クレジットタイトルでも、ピエール容疑者と一緒に出ていた俥屋や足袋職人の子供、奥さんが同時にカットされたためか、やけに出演者クレジットのない間延びした変な瞬間がありました。

「あまちゃん」では、無愛想な寿司屋でしたね。
誤解を恐れずに言えば、今回の逮捕劇で私が感じたのは、「この人は誰かに迷惑をかけたのかな」、ということでした。 そりゃ逮捕されたことで迷惑は生じましたが、それ以前のこの人の人生を考えたとき、です。
いちばん利口な回答の仕方を申せば、「日本の法律で禁じられていることをあえてする、ということは、ばれたときのリスクなど全くどうでもいい、という無責任な行動なのだ」、ということ。
その模範的な考え方に反駁する余地など全くないことは自明ですが、「法律で悪いと決められているから悪い」、という考え方がガチガチに固まっている、という世間の方向に、私は少し薄ら寒いものを感じます。

ドラッグがダメでアルコールやニコチンがいい、という法律の価値判断基準をまず疑うべきなのではないか。 そういう考え方が封じ込まれる世の中の動向って、どうなのか。

「分かっちゃいるけどやめられね」、と笑い飛ばすほどの開放的でパワーがあった時代、みんな周りの目を気にしてビクビクしながら正論をぶつ時代。

どうも私には今の世の中、生きにくさばかりが先行しているような気がしてなりません。

ヤクミン様
コメント下さり、ありがとうございます。

今回の記事は、またもや(笑)ヤフーの感想欄を読んで腹が立ったことがモチベーションになってしまいました(笑)。 こういうきっかけがないと、近頃は新しい記事さえ書けません。

それにしても世の中、なんでもかんでも分かるように説明しなけりゃ自分で感じることも出来ないのか。 それだけ感受性の狭量な視聴者が増えている、ということなのでしょうか。

例えばレース前に四三が竹野内さんをおんぶしたのは体力の消耗を意味することだから言語道断だ、とか。
そんなの、今の管理し尽くされたアスリートとは違うんだから当時の鷹揚さをそこで感じるべきでしょう。 現代人の感覚で見すぎなんですよ。 自分たちの価値基準でしか、ものを見ることが出来ない。 視野が狭すぎる。

そして訳の分からないことにフタをしたがる。 そんなことじゃいつまでたったって自分の感性なんか、磨かれませんよ。 ヤクミン様のように、「分からないなりに付き合う」、という、一見無駄に思えるようなことを、生きるうえではあえてしなければならないことって、あるんですよ。

感じ方を知らない日本人が増えていることに、一抹の危惧を持っています。

今夜は見ようっと意気込んでたら、選挙でお休みでした。(笑)
この空振り感、どうしましょう。
いだてんというドラマにはそういう所があって、それをくすっと自嘲気味に笑えないと、楽しめない気がします。私の代わりに夫が完走中です。
リウ様お元気ですか?

お~い、ささ様~(笑)
もう、ちっともコメントよこしてくれませんよね(笑)。 去年までは鬼のように下さっていたのに。 それほどまでに現代劇大河に興味がおありではないんですか(ハハ…)。

でも、いのちとか、西田敏行さんと当時の染五郎さんが兄弟だったのとかは毎週見てましたよ(笑)
あまちゃんも見てないんです。(笑)国民的朝ドラを見てないんです。(笑)
クドカンのドラマは嫌いじゃないけど苦手なんですよ。(笑)
いだてんも勘九郎さんから阿部サダヲさんに代わっていくのでしょうか。
勘九郎さんは、お父さんと違ってどこか不器用な感じですね。俊英ではないだろうけど、地道に上手い役者になるでしょう。その飛躍のステップにこのドラマがなるといいですね。まだまだマグマを溜め込んでる状態なので、二皮くらい向けた頃が楽しみです。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

宮藤さんのドラマは好き嫌いがはっきりしてますからね。 この人は、考えてないようでいて、ものすごくいろんな要素が頭の中を渦巻いている。 笑いながら泣く、怒りながら笑う、ふざけながら真剣、そういう複雑な心理状態を表現したがるタイプだ、と感じます。

勘九郎さんはウルトラマンみたいですからね(笑)。 この世を愉しむために生まれてきたような先代とは違って真面目なのでしょう。

リウさま

 明治天皇崩御の年の秋に四三は帰国したのですね。 やはり「敵はいく萬♪」で迎えられたものの、町には緊張した空気がただよいはじめていて、距離を地図とコンパスで測ったとか電信柱ができたとか他愛無いことなのに、なんだか、すごい歴史絵巻が繰り広げられていきそうな予感にわくわくどきどき! 
  四三にとって大切なのは4年後であって、十年後とか百年後とかではない、という気持ちが見ていて切なかったです。 だって4年後に何が起きるか、視聴者は知っていますものねぇ。 スポーツが「体育」とされ、どのような形で国に利用されていくかも。

 四三と弥彦
 いくら報告を聞かされても国民には想像できない世界を経験した二人。 
 どんなに説明してもじゅうぶん理解してもらえるとは思えない二人が、ニュース映画に映ってはいない場面に自分たちを見て、互いだけに通いあう快心の微笑を交わす姿に胸が熱くなりました。
「アメリカが強い理由をたしかめてくる」
 弥彦の決意からは、その後日本軍部の軍事力過信に反対し苦慮した人々の存在に思いをはせたり?
 
 青年志ん生が旅に出ました。 師匠の餞別に泣き崩れる場面にもらい泣き(笑) 
 要らない話ではありませんよね。 誰もかれも自分の未来を図りかねるまま、しかし歴史は動いていく。 時が流れる音がひしひしと伝わってきます。

 すやさんの事情も気になるというか、どんな描き方になるのかたのしみです。 大竹さん、さすがのインパクトでしたが、寺島さんも負けていませんでしたね。 

ヤクミン様
コメント下さり、ありがとうございます。

大竹しのぶさんがラストに「続きは来週!」、とやったのには笑いました。 様式を重んじる大河ドラマでこういう禁じ手(笑)をやったのは、初めてなのではないでしょうか。 つかさんとか鴻上さんとか野田さんとか、エキセントリックな演劇にありがちな「フィクションの開き直り」、という手法なのではないか、と感じます。 つまり「これはフィクションだ、文句あっか!」と開き直って、物語につんのめり気味な勢いをつけるのです。

ただ、スエさんの夫が病弱気味に描かれていたので、「また来週!」と言われても、なんとなく先が読めてしまうような…(笑)。

そして寺島しのぶさん。 Wしのぶですね(笑)。 しのぶ同士の演技バトル。 絡まないのが残念ですが。 エラソーな女を見事に演じきっていましたが、ここで男どもから総スカンを食い、寺島さんを立てるようなことをしなかった演出には、喝采を送りたい。

なぜならあの時代、女性は正面切って精神的上位に居座ることなど不可能だっただろう、と思われるからです。 表面上は男を立てながら実は女のほうが偉い、というパターンは枚挙にいとまがなかったと思われますが。

志ん生青年編を見ていると、宮藤さんの本当にやりたかったのは志ん生の人生だったのではないか、という気がしてきます。 なにしろ森山未來と松尾スズキの絡みが凄い。 「オマエにはフラがある」。 フラって何? ネットで調べりゃすぐ分かりそうなご時世ですが、あえて調べずにドラマでの種明かしを待とうと思います。

ちゃんと見ましたよ。志ん生青年編、フラってなんだ、あんたがふらふらじゃないか!いいオチでした。でも、待っていたんですよ。誰かに、師匠に、認めてもらう事。
うちの師匠は売れっ子だから、見送りなんか来られないって強がりながらも、ふらふらで駆けつけてくれた師匠が嬉しくて、有り難くって。でも、フラって何よ。来週に続く(笑)
平成から令和はのどかな改元だけど、明治から大正で国家の締め付け感がひどくなるとは(笑)だって大正ロマンって、昭和の我々は大正を羨んでいたのに、明治より住みにくくなってたとは(笑)
改元というのも、侮れない。
天狗クラブは解散しそうだし、野球は卑怯なスポーツになってるし(笑)
まあ一部上流階級の紳士淑女の嗜みだったスポーツが国家の後押しの元、国威発揚の体育になったって事ですかね。
オリンピックから帰ったら、嘉納治五郎先生も追いやられるという、、、、。
第2部の始まりとしては良かったと思うんですが。
ただ綾瀬はるかさんは大河ではやっぱり八重さんなので。元主役ですよ。
綾瀬さんには会津の方が似合うって。(笑)
大竹さん。最後にあれだけのインパクト。
しのぶ対しのぶの演技バトル。ガチでお願いします。


一回書いたのが消えました。(笑)
フラって何よ。(笑)ふらふらのふら?(笑)
でも、駅にふらふらでも駆けつけて、見送ってくれた師匠の愛。
見捨てられたんじゃない。芸を磨いてもらう為に外に出した。ふらがあるから。(笑)
詳細は来週に続く。
明治から大正って窮屈になったんですかね。大正ロマンじゃなかったの?
平成から令和は平和で良かったです。
上流階級の紳士淑女の嗜みだったスポーツが国威発揚の為に国家が後押しするものに代わって来たという事でしょうか。
第2部楽しみです。詳細は来週!(笑)

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

一世一元号、という制度になってから「元号の変わり目」が前天皇の喪に服した状態で始まる、という悪しき状態を打破した、という点で、いまの天皇陛下(のちに平成天皇、と呼ばれることになるのでしょう)が生前退位を決断されたことは特筆に値するものだ、と感じます。

私が想像するに、これは歴代の天皇のことを天皇陛下がお考えになったわけではなく、昭和天皇が崩御されたときの過剰なまでの自粛ムード、それに伴う経済的停滞を見てこられた陛下が、ご自身の責任感から来る「天皇を全うできない」、というお気持ちからご判断なされたのでしょう。

その「自粛ムード」まで物語に取り込んでしまう「いだてん」、という怪物。 四三の日記が中心と思われるモノローグも、かなり時代がかっていて、そして悲壮さまで漂う。
乃木将軍の自決、という話が見る側にある種の感慨をもたらすのも、もしかするとフィクションだったかもしれないけれど、四三が三島家の厠で乃木将軍と出会っていたことが効果的に見る側に残っているためだ、と感じます。
いずれにしても乃木将軍が当時の「有名人」、であったことが実感できるのですから、さりげないところで要所を押さえているドラマだ、と言うほかはありません。

乃木将軍の自決と言えば、夏目漱石の「こころ」。 「ある一時代の終焉」、ということは当時の人々が強烈に感じていたことなのかもしれません。

そんななかで、「過ぎ去りし明治時代」になってしまった、自分たちの出たストックホルムオリンピック。 そこで四三と三島の、急速に忘れ去られることのむなしさ、喪失感を同時に表現している。 なんてドラマなのだろう。

たぶんこの先、女性アスリートの先駆けとして前畑ガンバレの前畑さんも出てくると思いますが、この大河ドラマで表現すべきことはこの先も膨大にある、そんな気がいたします。

こころ。読みましたが、当時乃木将軍の事など思いもしませんでした。(笑)
乃木将軍といえば英雄で、明治天皇に殉じた方ですけど、主人公が、厠で会った乃木将軍
となると、違う感慨がありますね。
自分達がはるばる出かけて参加したオリンピック。一生懸命やったのに、もはや遠い過去にされてる。ニュースフィルムを見ながら現実だった事を確認している二人。
じーんときちゃいました。時代から追い抜かれるような喪失感。で終わらない、熊本に帰ったら、お兄さんに引きずり回される主人公。感じ入るものがありました。

結婚。いやあゝ、大竹しのぶに貫禄を感じる日が来るとは。
初々しかった朝ドラ時代のなんと遠いことか。(笑)
嫁だけが可愛い!婿なんざおまけという地主様(笑)綾瀬はるか、可愛いもの。
多分世界一大事にされてる嫁だわ。(笑)羨ましいけど、綾瀬はるかよ。許そう(笑)
志ん生のくだりはとってつけのようだったので、どうでもいいかも。(笑)

感想消えちゃったかも。(笑)
大竹しのぶ、大竹しのぶ。貫禄ありました。
朝ドラ主役の頃は可愛かったのに。
結婚しちゃいましたよ。(笑)

リウさま

 すやさんの夫は、ストックホルムからの四三の手紙をすやさんに読んでもらっていましたよね? そのあと彼は亡くなり、すやさんは実家にもどって、ひとりになった姑は、すやさんを手元にとりもどしたくなって、とそこまではよくわかったのですが・・・えーっと、それで四三を養子にして、すやさんと結婚させようという発想につながった必然性が、?でした。 姑やら四三の兄さんやらの利害がらみの深謀遠慮の結果うまれた縁組? みたいに思えましたが?
「四三を好いとっと?」、複雑な表情をする義母と、すやの会話も、
「すやを好いとらんと?」。四三を見つめる兄さんとのやりとりも、、
 ラブストーリーだったらクライマックスになりそうな場面なのに、いやにあっさり(笑) いや、感情移入なさった方もおられるでしょうが。 その挙句、「この部屋で看取りましった」って(笑)

 浜松のマーちゃん
 志ん生青年とオリンピックがつながりました! Mという頭文字のオリンピック選手ってだれ?って考えてしまいました。 誠治? せいじ、ってこれまで読んできたのですが?(;'∀')

 放送後の解説で足袋の話がでました。 そういえば私の気のせいだといいのですが、足袋屋さんの姿が見られなくなってから、ドラマ全体にスピード感というか、ぴりっとした印象が弱まっているような?

 

息子が存命の頃から金栗の方が大事そうな態度があからさまな嫁を
手元に置いておきたい心理なんぞ知りたくもないです。
まあ「八重の桜」でも最初の夫の誠実さに応えようとしない自分を取ってつけた
理屈で正当化していて、この人は何時も自分だけ綺麗な所にいるなぁ…と
先の大河以来、完全にアンチになった訳ですが。
(本人だけでなく事務所の意向もあるのでしょうが)

金栗がストックホルムを走るまでのストーリーはそれなりに評価できたのですが
やはり大河ドラマの主役にするには逸話不足で
落語の件とか尺持たせの無理が来たのかもしれません。
足袋屋の脱落も痛かったですが。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

アレアレ? 4月17日にもコメントいただいてますね。 うっかり見落としておりました。 大変失礼いたしました。

「感想消えちゃったかも」とのこと、なんかこのブログのシステムが「全面リニューアル」して、そんなことが起こりえる状態であることは否定できません。
私もささ様のコメントを見落としてしまったのは、言い訳っぽくなってしまいますが、ブログ管理画面で容易に新たなコメントが送られてきていることが確認できなくなってしまったことにも一因があるのです。 前は一発で分かったんですけど。
いろいろご迷惑かけて申し訳ないです。

大竹さんは今回、髪の毛を思いっきりアップして額を見せまくっているのがその貫禄に繋がっているような気がします。
大河ドラマで何が大きく変化したか、と言いますと、私は女性のつけるカツラにもそれを感じています。 前は額が、狭かったですよねぇ~~(笑)。 それに比べて大竹さんの額の広いこと広いこと。 「そうそう、昔こんな人っていたよ」と思わせます。 って、実際に見たわけじゃなくて、明治時代の写真とかいろいろな知識の集積、というか。

カツラについては、最近のはどうやってその髪型を作っているのかが分からないところがあります。 地毛でやってるのかな。

ヤクミン様
コメント下さり、ありがとうございます。

大竹さん演じる姑さんは嫁さんのスヤの本命の人(四三)を最初から見抜いていたんじゃないのかなー、と感じます。 なにしろなにかっちゃあスヤさんのことをじーっと観察してましたからね。

こんだけスヤさんに執着する、ということは、ひょっとして姑さんにLGBTの傾向もあったのかもしれない…と今、うっすらと思いつきました。 四三はスヤを手元に置いておくだけの道具としか見ておらず、かなりけんもほろろの応対ぶりですし。 しかも四三を婿にすればスヤが喜ぶだろうし、金栗家の借金を相殺してやはりスヤが喜ぶだろうし、という。 「すべてはスヤのために」、なんですよ。

それより四三の煮え切らない態度にイライラしましたね(笑)。 オマエ、好きなんだろ!(笑) オリンピックも大事だけど好きな人と一緒になるなんて、こんなチャンスは滅多にないぞ! つーか。 前の旦那さんのユーレイがその辺に漂っていようが、構うもんか!(爆) 抱けよバーロー、つーか(爆)。 しかも綾瀬はるかだぞ! 問答無用だろ!

…。

失礼いたしました(ハハ…)。

足袋屋はアスリート四三のエンジンを作っているパーツですからね。 ここがないとどうにも締まらないのは確かにありますね。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

巨炎様、綾瀬はるかチャンが天敵クラスでダイキライなようですね~(笑)。

私は前にもお話ししたかと思いますが、この子のぽわ~んとしたところが好きですね。 だから「精霊の守人」みたいなキツい性格の役をやっていても、なんかどこか親目線で見てしまう(笑)。

私はどちらかというと、森山未來くんの落語家パートのほうが最近は見応えある、と感じています。 金栗パートに移行してしまうと、「もっと森山を見せろ!」てなもんで。
なにしろ「飲む打つ買う」を地で行ってる、この退廃感。 世の中綺麗事だらけでつまらん、と感じている私にとっては実に刺激的なパートです。

リウさま
 
 先週はなんだかぼんやり見ていたせいか「ししょう、ししょう!」の場面しか思い出せず(;'∀') 今週の志ん生青年は「やさぐれ」ながらマーちゃんを浜名湖につきおとしただけで、まさか、多くの視聴者の要望に応え落語の出番を減らしている、なんてことではないでしょうね? 心配です(笑)

 すやさん大活躍の回。 綾瀬はるかさんは、どのドラマでも主役だしどの役も印象的なわけだし、普通ならそろそろ飽きられてしまいかねないのに、そんな恐れを吹き飛ばしている感じですね。 勢い、というのでしょうか?
「靴でも足袋屋さんがつくれば足袋です」
 そんなセリフを嫌味なく言えるのも彼女の確かなキャパシティーゆえか、と。 別にファンではないけど感心します。

「真剣に走っている女子を見てなにがたのしい!」
「マラソンなんて貧乏人のスポーツです」
 思い切った発言を当時の知識人に言わせたのがおもしろく、そんな空気がどう変わっていくのか中々かわっていかないのか、にも興味があります。

 駅伝誕生のいきさつが予想以上にスピーディーで、道中は紙芝居でしたが、やはり早送り画面でいいから選手の息遣いを感じさせてもらいたかったかな、と。 たとえばドラマの解説で触れられた52歳の最終走者とか、感動場面になりそうなのに敢えて描かない、余計な感傷を入れない脚本ですねぇ。 最終走者に関しては、
 愛知一中
 もちろん資料をちょっと調べれば見つかる、大半の人にはどうでもいいような事実のほうを強調する、なんて姿勢がクドカンさんの面目じゃないかと思ったりしました。


リウさま
 
追伸
 愛
 のあとがなぜか消えました。 愛知一中です。 ほんとどうでもいいけど(笑)
 失礼しました。

ヤクミン様
コメント下さり、ありがとうございます。

かけっこだからというわけではないでしょうが、今週の駅伝に関しては、かなり駆け足に思えました。
当方ぼんやり見ていたせいか、まずこの東海道駅伝のルールが頭に入ってこない。 これってずーっとひとりで走んのか?とか。 それとも関西?中部?関東?の3ブロックが対抗で大阪から東京まで走んのか?とか。 だとすると最終走者が四三として、ほかのブロックのランナーたちはどうなっているのか?とか。 だからなんか、ドラマを見ている最中は置いてきぼり感覚。 本編あとのいだてん紀行(だったっけな)で何なとなく分かりましたけど。

それとやはり、足袋屋がピエール瀧さんから三宅さんに変わって、ついでにキャラまで変わっちゃって、播磨屋が出てくるとある種の緊張感があったのにそれがなくなって、なんとなくドラマに締まりがなくなった気がします。 キャラ変える必要はなかったでしょうに。

今週の「いだてん」はなんかゴチャゴチャギャーギャーしていて、それなりに面白かったけれど、なんとなく勢いで誤魔化されてしまったような、妙な読後感。 駅伝の話がトントン拍子過ぎたかもしれないな、と思っています。

綾瀬はるかさんはもう無敵、ですね(笑)。 大竹しのぶさんが出てきて中村獅童さんがすっかりタジタジだ、というのも笑えます。 このコンビ、なかなかのヒットだぞ(笑)。

ついに清盛の視聴率ワースト記録が破られました(笑)
このぐらいないと面白くないわ。(笑)
オリンピックという目標がなくなって、駅伝ですか。
足袋屋さんはピエールさんの方が凄味が隠れてて面白かったですが、今の人情タイプの足袋屋さんも手堅いお芝居だと思います。
ただ、規格外のお芝居を大河だと見たいですよね。ありきたりじゃなくて。
綾瀬はるかさんのすやさんは凛んとして美しいと思うのですが、やはり、彼女は八重さんで主役を張った人。もうしばらく八重さんの人生を大河で生きた人であってほしいと、心の狭い私は思います。いろんな役が出来るのは女優として素晴らしい事でしょうけどね。
子供の日の回は、ああ駅伝か、という感じで、見てたんですけど、流しちゃいました。
勘九郎さんは頑張ってると思いますが。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

「清盛」にしても「いだてん」にしても、質のよい大河ほど視聴率が低い、という法則が成り立ちそうな気が(笑)。

ここぞとばかり「いだてん」を貶しているヤフコメのなんと多いことか。 ヤフコメは最近投書のひとつひとつが長すぎて読む気になりませんが。 ヒマな人の鬱憤晴らしの場になっとりませんかねあそこは。

足袋屋のキャラ変はピエール臭を完全に消し去る意図が隠れている気がします。 聞けば、今後総集編や再放送、DVDブルーレイ発売に際しても、以前のピエール出演分までも三宅さんに交代して完全に撮り直しだ、とのこと。 作品の印象は、ガラッと変わること請け合いです。 撮り直しとなると、勘九郎さんをはじめとして、足袋屋のおっかさんや子役、清さんとか大変ですね。

>清盛の視聴率ワースト記録
現政権へのゴマすりな「花燃ゆ」はなるべく批判したくないから
「平清盛」をスケーブゴートにしたがる傾向が強いですよね。
(端数切り上げなければ年間視聴率ワーストは「花燃ゆ」)

まあダーク過ぎる「平清盛」とライト過ぎる「いだてん」は陰陽の関係とも言えますか。
台詞中心にライトな作劇を展開しながら、仕草や言動でダークさを出した
「真田丸」は成功すべくして成功したとも言えます。
まあ、こちらも新井さんのポカで再放送が早朝の「徳川葵三代」になりましたが。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

出演者が問題を起こしたからオンエアできない、という流れはおかしいのではないか、と感じます。 当事者が起こした事件のほうが気になってドラマの内容が頭に入ってこないとか、そこは視聴者が葛藤すべき問題だと。

要するに、「葛藤すりゃいい」んですよ。

それを放送するテレビ局に文句を言おうとするのは、「自分が清廉潔白な人間だ」という強迫観念が潜んでいるのでしょう。 それか、自らの人生のなかで自分のやらかした罪に、あまりに無自覚な人なのではないかと。

例えばなにか事件にならなくとも、ドラマ出演者の中には、浮気やらなんやらで家庭がメチャクチャとか、DVしてたりとかあるかもしれない。 でもその人はそのことをおくびにも出さず演技している。 視聴者は、そんな出演者たちに進んで騙されているわけです。

もともと虚構の話のなかに、虚像の出演者たちが人間の本質を探りながら演技をしている。 それを私たちは見ながら生きていくことの本質をドラマの作り手たちと一緒に探っていく。 それがドラマを観る意味なんだ、と私は思います。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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