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2019年4月

2019年4月27日 (土)

2018年ビートルズ関連、怒濤の出費ラッシュ(その2)

 この項目、(その1)において 「年をまたいで言及する」 と書いておきながら、生来の怠け癖が祟って4ヶ月も経ってしまった(実は1月5日に半分くらい書いていたのだが)。 発売元のユニバーサル・ミュージックからは(その1)に対して文句も来ないし(つまり私のイチャモンに反論がないのだろう)、別に誰の需要もないと思うが、書かないのも癪なのでとりあえず書くことにする。

 と、その前にポール・マッカートニーについて新たなイチャモンの火種が出来たため、そちらから触れることにしよう。


ポール・マッカートニーの新譜 「エジプト・ステーション」 のさまざまなバージョンを乱発、の件


 去年(2018年)9月、5年ぶりに発売されたポールの新作 「エジプト・ステーション」。 発売当初から 「後出しでコンプリート盤が出るのではないか」、という憶測はファンの間で確かに広がっていた。 そしてそれが今回も、残念なことに現実のものとなったのである。
 遡ると1980年代の 「フラワーズ・イン・ザ・ダート」 から始まったこの販売手法。 ポールの新作を待ちきれないファンたちは最初のバージョンをこぞって買うわけだが、そのあとに 「コンプリート盤」 と称して最初のラインナップ+初回版に洩れた楽曲という特別盤が発売される。 熱心なファンは全部聴きたいから、結局同じアルバムを2度買わされる羽目になるのだ。

 「フラワーズ・イン・ザ・ダート」 に関しては近年アーカイヴ・コレクションでリマスターしたものが発売されたので、最も同情すべきファンの購買形態を考えたとき、まずあの時代はアナログ盤が主流でCDが出始めの頃だったから①アナログ盤を買い、アナログ盤にはないボーナストラックが付いていた②オリジナルラインナップのCDを買い、さらにその何ヶ月か後に出た③コンプリート盤を買い、ことによるとそのあとに出た廉価盤の④ポール・マッカートニー・コレクション盤を買い、⑤アーカイヴ・コレクション盤を買い、ことによるとその⑥リマスターアナログ盤を買う、といった具合に、オリジナルラインナップのみについて考えたとき、同じ音源を6回買わされていることになる。

 まあ、上記のケースではいくらなんでも①と④と⑥はどうかな、とも思うが、熱心すぎるファンは全部買ってしまうのだ。

 しかし、そんな熱心すぎるファンでなくとも、近年のアコギな売り方に 「どうしても買わざるを得ない」 方向にまんまと誘導される傾向が強まっているようだ。
 しかも、普通の金銭感覚では出せるはずもない法外な値段のバージョンを、どう考えてもセレブか転売業者用に向かって売り出している。
 この3月に出た 「エジプト・ステーション・トラベラーズ・エディション」 がそうだ。 旅行鞄の形をしたケースにジグゾーパズルだのなんだのかんだの大してほしい気にもならない付録を満載させ、59,400円でユニバーサル・ストア限定発売(つまり値引きなし)。
 誰が買うんだこんなの。
 そう、セレブと転売業者だけに決まっている。
 つまり、ファンのことなど全く向いていないクソな売り方だ。

 それの当てが外れたのか大当たりして味をしめたのか、完全限定盤だったそれを5月また販売開始。 つーことは、売り切れたんだろうな初回のヤツが。 美味しい商売だよクソッタレが。
 「こんなオマケや大仰なケースなど要らん、音源だけ売れ」、という購買層も多数存在していることが分かったのだろう、この5月にはもうひとつ、「エジプト・ステーション・エクスプローラーズ・エディション」 なる2枚組が出ることになった。 実質的な新曲は2曲のみだ。 あとは初回盤のボートラに入ってたヤツとかライブバージョンとか。 ディスク1については2度買いの対象である(笑)。 永遠にプレイヤーにセットされることはなかろう(はぁ…笑)。
 アホのポールファンである私は、「ジャケットが違うから。 初回盤では昼間だったのが夕方になってる」、という理由で予約してしまった(笑)。 (笑)…ってる場合じゃないぞ。

 これについてもうちょっとマシな買い方が出来るとすれば、というか、ユニバーサル・ミュージックがファンのことをもし1ミリでも考えているのであれば、「エクスプローラーズ・エディション」 はアナログ盤で発売し、それに無料のデジタルダウンロードチケットをオマケでつける、という形態を考えるべきだ。 蛇腹のジャケットは表面が夕方、裏面が昼間、という形にして両方楽しめるような。 歌詞カードなんか別付けでいいんだから。
 そんな良心的なことなど、たぶんこれっぽっちも考えとりゃせんだろう。 そしたらほかのが売れなくなってしまうから。 よーするに全部売りたいんだろう手を変え品を変えて。 ポールもジーサンでもう後先長くないから生きているうちに売れるだけ売っちまおう、という算段なのに決まっている。
 クソ以外の何物でもない。 以上!


ポール・マッカートニー・アーカイヴ・コレクション 「ワイルド・ライフ」「レッド・ローズ・スピードウェイ」 について


 前回こき下ろしたポール・マッカートニー・アーカイヴ・コレクション日本盤は、その中身においても 「値段の割に」 いくつかの手抜きが散見される。

 まず、本編以外のボーナス・トラックの歌詞・日本語訳詞が不備である、という点。
 この不備はレコード会社が 「アーチストの意向で掲載できません」、という決まり文句で許される、と考えているのかもしれないが、それは売る側の怠慢、と言うべきだ。 だいたい 「アーチストの意向」 だろうが何だろうがお構いなく、不正確な聞き取りまでして歌詞カードをつけてきたのが、日本における従来の売り方ではなかったのか。

 さらに見られるもうひとつの手抜きは、スーパー・デラックス・エディションについてくる映像ディスクに、日本語字幕がついていない、という点だ。
 そもそもこのポール・マッカートニー・アーカイヴ・コレクション、映像ディスク原盤においても、「ビートルズ1+」 や 「サージェント・ペパー・スーパー・デラックス」 で施されたような、リストアや、4K画質みたいな大幅な画質の向上が行なわれているわけではないのだ。 それだけでも私にはポール側の手抜きと思えるのだが、販売数がビートルズの場合と比べて見込めないとはいえ、2万円以上の価格設定をしておいて、日本語字幕もないとは、どういう了見なのか。 不親切そうな海外盤でも、日本語字幕がつく場合があるというのに。

 特に今回 「ウィングス・ワイルド・ライフ」 のボーナス・ディスクには、ほぼファミリー・レコーディングと呼んでいいいくつかの断片がある。 これってトラック数稼ぎとしか言いようがなく、正直ポールのファンのなかでも、とりわけコアな人々にしか訴えかけないものであろう。 別にそんなのは、ダウンロードのオマケにつけりゃいいだけの話だ。

 それは 「ワイルド・ライフ」 のボーナスであっても良さそうなちゃんとしたトラックを、今回 「レッド・ローズ・スピードウェイ」 に移植したことが大きい(ここらへんの話はコアなファンでないと理解しがたいので注意)。
 それは 「レッド・ローズ・スピードウェイ」 で当初ポールが意図したダブル・アルバムの体裁を、プレイリストによって組立可能にできるようにする、という、たぶん今回で唯一の(笑)粋な計らいだ。
 だから今回のリイシューで最も価値が高いのは、「レッド・ローズ・スピードウェイ」 のCD2枚組バージョンである、デラックス・エディション(過去に2回以上買った人にとっては海外、特に英国盤)なのだ。 これを取り込んで順番を変えれば、「レッド・ローズ・スピードウェイ」 の本来のスペックを堪能できることになる。

 実際私はこれをMP3に取り込んで聴いてみたのだが、これまで私がこのアルバムに抱いていた 「物足りなさ」 は、かなり解消した。 じっさいアナログ盤で聴いたと想定してこのラインナップだと、曲数に関してはやっぱり物足りなくはあるのだが、一気に聴くとずっしりと重い。 さらに、A面B面C面D面の各4面にわたる展開に、「ホワイト・アルバム」 にも共通した、一定の主張が感じられるのも、いい。

 映像ディスクの内容も、ポールファンにとっては実は貴重なソースが少なくない。 先にも少し触れたが、ポールはうなるほどカネを持っているのだから、MPL(ポールの会社)はこれら貴重な映像作品をきちんとリストアして4K8K画質にして、ひとまとめにして 「ポール・マッカートニー・アンソロジー・パート2」 として、別途販売すべきなのではないか。

 このふたつのアーカイヴ・コレクションは、2018年後半に入って次々と出費を強いられてきたビートルズ・ファンにとってとどめの一撃となったわけだが(笑)、そこから遡ること1ヶ月、ポールの来日公演とほぼ同時にリリースされた 「ホワイト・アルバム50周年記念バージョン」。
 これが次の俎上だ。 しかしもうずいぶん長い記事になってしまったので、それは(その3)であらためて言及する。

2019年4月21日 (日)

「パーフェクトワールド」 山本美月のチャームとは何なのか

 最近TVerでドラマを見ている私にとって、フジテレビのドラマは敬遠すべき状況にあった。 今年に入ってから 「アドビをインストールして下さい」 さもなくば見れません、というアテンションが入るようになり、面倒くさがりの私はこの冬クールのフジテレビのドラマをすべて視聴キャンセルしていたのだ。
 ところがさきほど試しに見てみたら何の支障もなく見られたので、つまんなそうな月9は飛ばして(笑)関テレの 「パーフェクト・ワールド」 を見てみることにした。 山本美月のファンなので。

 このドラマは 「Kiss」 に連載中のマンガが原作である。 「Kiss」 という雑誌はテレビドラマの原作を量産している印象がある。 この原作は、半年前には映画化もされたらしい。
 内容は、高校時代の憧れの男の子と10年ぶりに仕事で再会したら、彼は下半身麻痺の重度障害者になっていた、というもの。 車椅子の日常を強いられているのが松坂桃李であるが、これまで見てきた彼の役柄のなかでも、最も自然なキャラのように思われる。 だが車椅子なわけで、それを乗りこなすのは至難の業と思われるが、松坂は乗ったままウィリーをするなど運動神経の良さをアピールする。
 車椅子の日常がどうなっているのかがさりげなく描写されていくなかで、彼が乗っている車。 足が動かせないでどうやって運転するのかとか、興味深い描写だ。

 役柄の上で彼は、高校時代のバスケ部のアイドル的な位置から、事故によってどん底に突き落とされながらも、一級建築士という夢を叶えている。 努力の人なのだ。
 その彼と再会したのが山本美月。 このところ 「いだてん」 でボブカットの新聞記者役が印象的だが、おそらくあっちがウイッグでこちらが地毛だろう。
 冒頭でのその再会シーンはかなりシンプルだ。 何の前置きもない、と言っていい。 ずいぶん乱暴な始まり方だな、と感じたが、作り手の意識は松坂の障害を印象づけるほうにあったようだ。 山本は松坂の障害を知らずに 「バスケはまだやってるの?」 と質問してしまう。 周囲にいた松坂の仕事仲間たちの空気は、一瞬にして凍り付く。

 ドラマが進行していくほど印象が強くなっていくのは、松坂の穏やかな態度だ。 どんなにイヤな状況になっても、彼はその穏やかさを崩さない。 それと対照的に、山本の松坂に対するネガティヴな接し方は、最初の心ない質問にとらわれていたにしろ、「そこまで気にしなくても」 と思われる神経質さだ。

 だが、それがいい。

 山本美月という女優は、実に可愛いと私は思うのだが、雑誌でグラビアを見たりすると、不思議と普通の美人になってしまう。 写真写りが悪い、というわけでもないのだが、動いているときの彼女のほうが数倍魅力的に見える。
 彼女にまとわりついているのは、その儚げな美しさなのだ。 彼女は時のうつろいを味方につけているのだろう。
 その儚さがつれてくる哀しさが、今回の彼女の役を引き立たせている。 彼女の表情を見ているだけで、饒舌なト書きに勝る心理状態を、受け手は感じていく。

 松坂の穏やかな感情は、高校時代からの恋人であった美姫(水沢エレナ)のことに触れると途端に尋常ではなくなっていく。 どんなつらい目に遭っても耐えてきた松坂ではあったが、意識的にいろんな感情を自分の奥に押し込めてきたのだろう。
 特に排泄に関する悩みは、彼のプライドの根幹を揺るがすほどの重大事であったことは間違いない。 最初冗談めかして山本にしゃべっていたことだが、同窓会で美姫と言い争い会場をあとにした松坂を追いかけた山本が見たのは、松坂の失禁する姿だった。 松坂は激しく感情を露わにする。

 このドラマのいちばん興味深いのは、こうした心理的な葛藤のやりとりだ。 山本のほうにも高校時代に絵に関わる仕事がしたかった、という夢を諦めている心の傷がある。 合併症による病(だったっけな)に倒れた松坂が仕上げなければならなかった外観デザインの着色を手伝うことで、山本は自分の諦めていた夢をもう一度叶えよう、と決心する。

 なかなか繊細なラブストーリーである。 でも視聴率悪いな。 ラブストーリーに飢えている人はみんな見たほうがいい(笑)。

2019年4月14日 (日)

「白衣の戦士!」 スゲードラマだな…(笑)

 まともな神経で見てると開始10分ももたないドラマ、というのはいつのクールにもあるものだ。

 このドラマは紛れもなくそのカテゴリに入るだろう(笑)。
 新米ナースと指導係の先輩ナースのこのコメディドラマ。 主人公の新米ナースを演じる中条あやみ、という女優を私が見るのは初めてであり、そこに一抹の不安をまず感じる。
 このナース、元ヤン設定らしく、正義感は強いが態度の悪さがなにかというと表に出てしまう。
 それに対応するのがW主演先輩ナース、水川あさみ。 彼女は中条の勤務姿勢をなにかと叱るのだが、このふたりのやりとりがコメディとしてだけでなく、結構既視感にあふれている。 ネットではこのドラマ、往年のヒットドラマ 「ナースのお仕事」 の丸パクリだとか言われているが(私は見たことないけど)、そのドラマでなくとも 「どっかで見たような」 やりとりが続く。

 それだけでも見る気がかなり削がれるのだが。

 中条が元ヤン仲間と居酒屋で水川への不満をタラタラと話してたら同じ居酒屋に水川がいた、とか、話自体もスゲーありがちで。 桜を見て季節を感じさせてあげよう、と年配の婦人患者を外に連れ出して水川から小言を受けたり、若い患者で言うこと聞かないヤツの母親のところに会いに行ったり、なんかホントに、緊張感がない上に手垢がついた話のオンパレードで。

 さらに命令を受けた中条がいったんナースステーションを飛び出し、すごすご戻ってきて 「それってどこでしたっけ?」。 んでナースステーションにいる全員が、お約束のようにズッこける。 まるで大昔のドリフだ。
 たいていの視聴者はこの時点で 「もう無理」、とリタイアしてしまうであろう。

 だがここまでベタな内容が続くと、却って感心してしまう自分がいる、というか(笑)。
 ドリフのコントのようなことも、呆れるよりも、それが回り回って一巡して、却って新鮮に思えるときが来たのかな、なんて。 フツーまともな神経ならやんないけど、ああこのドラマはやるスタンスなんだな、みたいな(笑)。

 それよりも、話がグダグダ過ぎるとツッコむ気も失せる、というか(笑)。
 これは、最近のドラマ視聴者によくある 「細かいことを気にしすぎ」、という警戒癖を解く鍵にもなっているのではないか、という(笑)。

 で、話は、言うこと聞かない若い患者が勝手に外出して食べちゃいけないもの食べて、母親の働くところにやってきて反省したはいいものの具合が悪くなって、そこに居合わせた中条がパニック起こしながらもなんとか応急処置をとって、みんなから見直され患者からは感謝され、水川は自分が看護師を続けていた理由をそこで再確認、という、

 まぁ~~~~、

 ドラマとしちゃよくある話で(爆)。 第1回だぞ(笑)。 もっとひねってくれよ(笑)。

 ツッコミどころは、多すぎて何を指摘していいか分からない(爆)。

 しかし不思議なのは、こんなダメダメドラマに、沢村一樹とか安田顕とか、ずいぶんと潜在視聴率を持っている俳優が出てることだ。 私がこのドラマの第1回を最後まで見てしまったのは、そこが謎だったから。 で、最後まで見て出た結論はこうだ。

 つまりこのドラマは、こういうヌルい作りと堅実な俳優の後ろ盾で、視聴者の心の警戒感、緊張感を解きほぐすことがまず最初の目的だったのではないか、という。
 そして 「煩雑な現実から離れ、コメディに弛緩し、あり得ない話をひととき愉しんでもらおう」、ということを意識しているのかもしれない、とか。

 下らないことに難しい解説をしてしまったが、要するにこのドラマは、「昔のスピードで、昔のユルさで」 作られている。 それに 「看護師がそんなことをしているヒマなんかあるか」、とかイチャモンをつけてしまうのは、無粋なのだ。 「くだらねえなあ」、と内心で思いながら、ユルい人情話に、普段ささくれ立った自分の気持ちがちょっと慰められるのを感じる。 沢村や安田がこういうドラマに出てしまうのは、そんな効用のあるドラマに意味を感じているから、なのかもしれない。 感覚的には、沢村が出ていた 「ひよっこ」 とか、安田が出ていた 「正義のセ」 あたりと共通するユルさがある気がする。

 そんなユルいドラマを最終回まで見る気力が自分にあるかどうかは分からないが(笑)、見ちゃうよーな気もする。 中条あやみというひよっ子が、どう成長していくのかを見たい気もするからだ。

「きのう何食べた?」 30分ドラマでこの濃密さ

 テレ東金曜深夜の30分ドラマ。 弁護士役の西島秀俊と美容師役の内野聖陽がカップルの、いわゆるBL設定である。 ゲイ同士の性別分担なんてあるのかどうか知らないが、見た感じから言えば硬派な西島が男役で、ナヨナヨしているように見える内野が女役に見える。 が、料理を作るのは西島のほうだ。

 「きのう何食べた?」 という題名から、「クッキングパパ」 みたいな感じなのかな、と思ったが、ドラマは料理に比重をかけている割には、話の中核はゲイ同士の微妙な心の絡み合いにある。 去年流行った 「おっさんずラブ」(私は未視聴)の流れをくむものなのかもしれない。

 原作はコミックで、特に内野のキャラ再現率は愛読者によればかなりのものだそうだ。 内野はナヨナヨとしたゲイを、一見それとは分からないレベルにまで薄めて演技しているが、それがリアルを助長している。 内野の演技の幅をまたここで実感する。
 対する西島は、男役であるからなのか、キャラ的に神経質であるからなのか、ゲイであるとは全く分からないレベルだ。 モノローグは西島が中心であるが、その事細かい神経質さによってドラマはコメディに傾いたり、心理ゲームに傾いたりする。 このドラマの心臓は、そこにある。

 これは西島のストイックゆえ几帳面ゆえなのか、ドラマのコメディ的な側面はなかなか視聴者を笑いへと導かない。 ただし西島に、コメディアン的な素質がないわけではないのだろう。 西島が持っているコメディアン的素質は、ナレーションによる心理的な見せ方より、アクション的な見せ方にある、と私は思っている。

 西島のキャラが神経質、という部分は、コメディにドラマを導かないばかりか、西島の役がとても冷たいように思えてくる。
 しかしドラマを注意深く見ていると、西島は傷つきやすい内野の、内面のフォローをそれこそ神経質なまでに行なっていることが見えてくる。 それがドラマに一定の深みを与えているのだ。

 西島の極度な節約志向は将来の経済的不安を見据えたもので、それが基本的に自宅でしか食事を作らない生活習慣に投影されている。 第1話において低脂肪乳を一ケタの円単位で惜しがる描写とか、第2話においてもらい物のイチゴをジャムにする描写とか、スイカを見知らぬ夫人(田中美佐子)とシェアしてしまう描写とかが、ビンボー人である私にも響くものがあったりする(笑)。 さらに第1話で、ハーゲンダッツのアイスクリームをコンビニで買ってしまう内野の無神経さを怒る、西島の気持ちにも共感してしまう自分ときたら(笑)。 「コンビニでなんかものを買うな、タバコと雑誌以外全部高いのに」、というのが私の持論だ(ローソン100は例外…笑)。

 だが節約しても、おいしいものは充分作れる、という方法論をこのドラマでは示しながら、いっぽうで 「いや、たまにはいい肉とかご褒美にあってもいいんじゃないか」、という気もしてくる。 この先おそらくそんな描写も出てくることだろう、と思うが、あまり安物買いばかりに長けてくると、本当に美味しい高いものの目利きが下手になってくるのも事実だ。 「こんなに高かったのに、なんか牛肉の味がしないな」、とか。
 もしかするとそんなことなどやらないのかもしれないが。

 いずれにしても30分ドラマでこの濃密さには舌を巻く。 こんなドラマもあれば、あんなドラマもあるのだが…(後述)。

2019年4月 6日 (土)

「なつぞら」 第1週 「健気」 の裏にあるもの

 朝ドラ100作目の 「なつぞら」 には、その記念として歴代の朝ドラヒロインがキャスティングされるそうだ。
 私は熱心な朝ドラフォロワーではないので、あまりその有難味を実感できないと思うが、NHKのその企画は長い朝ドラの歴史を俯瞰するいい試みだと思う。 あまりに長すぎて芸能界から離れたヒロインもたくさんいるが、ぜひ復帰出演してほしいものだ。
 さっそく第1週では松嶋菜々子(「ひまわり」)、北林早苗(「娘と私」、朝ドラ第1作目だそうだ)、岩崎ひろみ(「ふたりっ子」)の3人が登場した。 特に北林早苗は1961年(昭和36年)から57年ぶりの朝ドラ復帰(確か当時は1年で1作だったと記憶している。 だから58年ではなく57年)。 今作の主人公・奥原なつ(少女時代・粟野咲莉)に同情してサツマイモを手渡す、老婆の役だった。
 それはなんてことはないチョイ役という印象を免れないが、主人公なつのあまりの 「健気さ」 が 「本当はこの子の、したたかな処世術なのではないか」、と思い始めた視聴者に対する、重要な役どころを担っていた気がする。

 その老婆とのエピソードは、なつが北海道に連れてこられ世話になる柴田家の娘から 「ずるい」、と言われたことから回想されたシーンだ。
 東京の大空襲で両親を亡くした自分と幼い妹の命を永らえるために、なつは 「今にも死にそうな」 芝居を打ち、その老婆からサツマイモを恵んでもらっていたのだ。
 ただそれは、「ずるさ」、と言うよりも、「生きるための強さ、したたかさ」、であるとも言えた。

 なつが北海道に連れてこられた理由は、柴田家の婿養子である剛男(藤木直人)が、戦友との約束によってなつの面倒を見ることになったからだ。
 両親が死亡したとはいえ、なつには兄と妹がいたが、どういうわけかなつひとりだけが北海道に引き取られることになっている。 妹は親戚に預けられた、となつは語っていた。 ところが兄は、孤児院に引き取られたまだ。 兄がなつと一緒に北海道に来なかった理由とは何なのか。 それは第1週では明らかにされることはなかったが、おそらく自分ひとりで生きられると見做されたのだろう。 兄はタップダンスが出来るなどの芸事を武器として、仕入れた食糧をマージン込みで売り捌いていた(第2週で、下の妹を待つためだ、という理由が判明した)。

 さて、なつが柴田家の娘・夕見子(少女時代・荒川梨杏)から、「ずるい」 と言われた理由とは何なのか。

 柴田家の営む牧場に連れられてきた当初から、この朝ドラヒロインは見る側にかなりの好印象を与える健気さを発揮する。
 「ありがとうございます」「すみません」「ごめんなさい」。 なにかと言えばこの言葉が率先して口をつき、剛男やその妻の富士子(松嶋)からは 「そんなに謝らなくていい」 と諭されるほどだ。
 さらに当時が舞台であるこの手のドラマにありがちな、意地悪いキャラである柴田家の祖父、泰樹(草刈正雄)の不興を買うまいと、自分のほうから 「ここで働かせて下さい、なんでもします」、と言い出す。

 なつは柴田家に連れてこられた翌日、朝4時という早くから 「きちんと」 起床し、酪農の仕事を覚えようと必死になる。 何も出来ないなりに放牧に出かける牛たちに 「行ってらっしゃーい! たくさんフンをしてねー!」 と声かけをする奮闘ぶり。 その健気さにほだされて、泰樹は孫の照男(少年時代・岡島遼太郎)にも教えたことのない搾乳の仕方を、早々になつに伝授する。 当然、照男は面白くない。

 夕見子が 「ずるい」、と指摘したのも、なつのその過剰な健気さがあまりに優等生過ぎて鼻についたからだ。
 しかしなつは、見る側からすれば、そんなに処世術に長けたずるい性格には思われてこない。 いちおう東京大空襲の心の傷を引きずっているし、なにかと言えばきょうだいのことを思い出して悲しい思いをしているからだ。
 このなつ、という主人公のキャラ造形というのは、まさしく朝ドラヒロインの 「困難に負けない」、という基本線を踏襲している。 だからこそそれが見る側に安心感を与えるわけだが、そのあまりの王道ぶりが周囲に振りまく不快感も同時に表現している部分が、すごい。
 剛男に諭されて、なつに対して素直に接しようとする夕見子だったが、やはりなつの 「いい子ちゃんぶり」 にイライラしてしまう。 学校に通わせてもらえるようになったなつが、いきなりクラスの男子どもからバイキン扱いされるのに、ケラケラ笑ってしまうからだ。 「そんなことないなら、言い返せ」、というわけだ。

 しかしこれらの 「健気さ」 には、やはり 「無理を押して」 という裏があった。 その精神的な抑圧は、兄・咲太郎(少年時代・渡邉蒼)へ手紙を書く、という行動を通じて、なつの心に顕在化し、急速に膨れ上がっていく。 そしてなつは、柴田の牧場を出る決意をするのだ。 ここまでが第1週。

 第1週の物語の流れを見ていて、このドラマはきちんと 「こうなったから、こうなる」、という 「筋としての説得力」 にかなりの神経を注いでいるドラマだ、と感じた。
 このところの朝ドラを私はけっして真面目に見ているわけではないが(特に前作の 「まんぷく」 はただの1回たりとも見なかった)、その物語のロジックは 「こうなったけど、こうなっちゃう。 だってそれが人の気持ちだから。 人の気持ちって、不可解なものだから。 正直に生きようとすると、こういう不可解なことになっちゃう」、みたいなものが多かったような気がしている(かなり独断と偏見が入っているのはご容赦)(「半分、青い。」 のことを言ってるのか?…笑)。

 朝ドラの王道的な愉しみかたから言えば、第1週の白眉はなんと言っても草刈正雄であったろう。 一見意地悪そうな、厳しい壮年の開拓者、といった風情の草刈が、なつの一生懸命をきちんと観察し、街に出たときに 「これまでの当然の報酬だ」、として一緒にアイスクリームを食べながら、なつに語るのだ。

 「ちゃんと働けば必ず報われる。 もしそうならなかったら自分の働き方が悪いのか、相手が悪いんだからさっさとそんなところはやめればいい」

 大意そんなことを話したと思うが、この言葉は、これからアニメーターという劣悪環境(たぶん)の中に身を投じていくこのドラマのヒロインにとっては、含蓄のある言葉に変貌する気がしている。 まあありていに言えば、伏線、である。

 ドラマはそんな重苦しいものばかりでなく、大森寿美男の脚本にしては笑える部分もちゃんとある。 特に久しぶりに妻の富士子と一緒の寝床についた藤木直人が松嶋菜々子に向かって 「ふーじこちゃ~ん」 と甘い声を出したのには笑った。 藤木直人って、そういうキャラだったっけ?
 草刈となつが街に出かけたときの菓子屋のおかみ、高畑淳子との丁々発止の絡みも面白かったし。 「真田丸」 での夫婦だったけど。 下世話な話だな。
 オープニングタイトルが全編アニメーション、というのも変わった趣向だ。 舘野仁美さんが監修をしているだけあってジブリの匂いがプンプンするが、仕上がり具合は全くのCG仕様で、セル画の面影は微塵もない。 その昔、神社のお祭りでセル画が売られていたことを思い出す(何のアニメだったかな)。 もうあんな商売は成立しないだろう。

 それにしてもアニメーションとかアニメーターとか、あの時代にそんな言い方ってあったかな。 マンガ映画とか動画とかただのマンガ、で一括りとか、そんな感覚だった気がするが。 アニメって言い方はあったけど、1974年の 「宇宙戦艦ヤマト」 の前にはそんな言い方してなかった気がする。 このドラマの舞台となる東映動画がやる映画の何本立てでも、「東映まんが祭り」 だったし。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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