« 2018年ビートルズ関連、怒濤の出費ラッシュ(その2) | トップページ | 「わたし、定時で帰ります。」 「働き方改革」 政策のアホな部分には触れないが »

2019年5月12日 (日)

「なつぞら」 自分のために生きる、他人のために生きる

 子役から広瀬すずに交代してからの 「なつぞら」。 数週間が経ったが、見ていてどうも喉元をすんなり落ちていかない遺漏感、のようなものがつきまとっていた。
 その正体とはなにかをぼんやり考えていたが(別に気にならないくらいの周到な物語であるので)、まず感じていたのは 「周到である」 がゆえの理屈っぽさである。 このドラマにおける登場人物たちの行動には、そうするだけの理由が常につきまとう。 それは特にNHK朝ドラに顕著な、テレビ桟敷の舅小姑たち、を黙らせるに充分足る理由だ。
 しかしそれが、どうも頭の中で考えた理屈の域を出ず、感情の部分にまで到達していない。 だから登場人物たちの行動にいちいち納得はさせられるのだが、なんかうまく丸め込まれたようなもどかしさ、モヤモヤとした後味を残していくことが多いのだ。

 その最も端的な例は、主人公なつの 「本当にやりたいこと」 について。 オープニングアニメーションで毎日しつこく 「ヒロインの将来の仕事はアニメーター」 と喧伝されているのだが、その動機についてとても丁寧にドラマのなかで描写されるのに、この子はそれがホントに好きだ、というのが実感されてこないのだ。

 そもそも、なつのアニメーターへの第一歩は小学校時代にパラパラマンガをノートに書いていたこと。 それは天陽くんという、なつがちょっと憧れていた男の子の影響もある。
 しかしよく分からないのが、なつがパラパラマンガを描いていた題材だ。 たしか誰かが(草刈正雄だったかな)怒っているところだったと思うが(もう記憶がない)そんなのはせいぜい2枚のペラペラで事足りるはずだ(笑)。 その昔ペラペラマンガをよく描いていた自分の偏見に満ちた感想だが、それってノートのページを何枚も費やして描くような題材ではない。 自分の好きなことを動かす、という醍醐味が、ペラペラマンガの大きな動機だ、と私には思える。

 また、小学校時代に学校の映写会でポパイを見たことも大きな要因のひとつだが、なつはポパイやオリーブをその後ノートや教科書やそこらじゅうに描くとか、そういったファナティックなのめり込み方をしない。 ごくほんのたまに(笑)話のついでに出てきて、ずいぶんとポパイに感動した、みたいなことを言う。 それって本気で思ってるのかな、と思えてしまうのだ。
 そして天陽くんの兄貴にもらった油絵セットで、宮崎駿監督の 「風立ちぬ」 のヒロインよろしく風景画を描いたりするのだが、油絵というのは、絵を描くことが好きな人間にとって、結構カルチャーショックな出来事だ。 間違えてもいくらでも修正可能。 絵具をカンバスに盛り付ければ果てしなく立体的になっていく。 そんなことなど、このドラマではどうでもいいのだ、とばかり、その過程は省略されている。
 そしてその絵を誰に褒められるでもなく、なんだかその絵に対してなつ自身の思い入れが語られることもなく。 「褒められる」 という、絵描きにとってかなり重要なファクターが欠落している。

 「褒められる」、と言えば、東京に実の兄を探しに行ったときに、すごくあり得ない確率の偶然(笑)によって実現した、アニメ下請け会社の見学に際しても、なつはいくら褒められても、ほとんど全くアニメーターになろうとは考えない。 そこのチーフだった井浦新になんだかんだとまた理屈っぽいことを言われて、ちょっと心動かされた程度にしか見えない。

 アニメーターの夢がほぼ決定的になったのは、北海道生活での兄的存在である照男からもらったチケットで観た、ディズニーアニメの傑作 「ファンタジア」。 ディズニーにしてはよくここまで映像を使わせてくれたもんだと思ったが、なつの心を鷲掴みにするほどの部分は使わせてもらえなかったためか、どうも見ている側になつの衝撃が実感されてこない。
 「ファンタジア」 というアニメは、クラシック音楽のPVみたいな感覚の、物語に重点がない作品なので、「白雪姫」 みたいなものを期待しているとちょっと肩すかしに遭う。 なつと一緒にそれを観た天陽くんの反応がイマイチだったのもそのせいかもしれないが、なつがどのようにこれに感動したかにはあまり触れることなく、その上映後に流された東映動画(ドラマでは東洋動画)の宣伝部分のほうになつが心動かされているような格好だ。

 最初のうちは、牛の出産で逆子の仔牛を取り出したり、バターの話が出たり、マンガ 「銀の匙」 みたいな話だな、と思ったが、そこからどうやってアニメーターの話になるのかがちょっと不安だった。 ただ、酪農に本気の興味をなつに持たせると思いきや、いきなり演劇のほうに話が方向転換。 しかしなつには、演劇に対しても、最後まで傍観者的な態度しか窺えなかった。
 だが総じてみれば、なつは普通に、この引き取られた北海道での土地で酪農をやっていくのが本筋のように思える。 もしなつが東京に行く日が来るとすれば、それは兄の咲太郎に呼ばれるかそれなりの意志をなつに持たせるかのどちらかだ。 要するになつにとってそれは、「他人(家族)のために生きるのか、自分の夢のために生きるのか」、という重大な二者選択の道なのだ。

 この朝ドラと並行して再放送されている 「おしん」。 そこでは有無を言わさず 「家族のために生きる」、という道しかおしんには残されていない。 誰かのために犠牲になっている、というのが人の人生にとって当然のあり方であったのだ。 「なつぞら」 にはそこんところのせめぎ合い、というものがあまり感じられない。 あるとすればそれは、草刈正雄が演じている泰樹の生きかたにおいてであろう。 開拓民として泰樹は、自分の望まない状況でも甘んじて受け入れ、それと闘ってきたに違いない。
 泰樹はなつを柴田牧場でずっと暮らさせようと、孫の照男の嫁にと画策するが、なつはそれに対して 「それは私を本当の家族だと思っていないからだ」、と泣いて訴える。

 なつの反駁は、理論的にはかなり正論である。

 だが、それはその場にいた照男にたしなめられるように(ここがこのドラマの周到な部分だ)、じいじの気持ちを理解してやらねばならない類いの結婚話なのだ。 時代的には昭和20年代後半の話であろうが、なつの精神はすでに現代のそれである。 なつの反駁が視聴者に受け入れられるのは、なつの反駁がたぶんにして現代的であるからだ。

 このドラマが周到な部分は、泰樹自身にこの結婚話が勇み足であったことを気付かせ、さらに娘の松嶋菜々子にフォローの場を持たせ、お汁粉でもってその後味の悪さを完全に解消しにかかっているところでも分かる。

 いずれにしても周到であることはマイナス要因ではない。 周到であることは、トリッキーな部分を回避していることに他ならないが、朝ドラ100作目としては賢明な道なのだろう。

« 2018年ビートルズ関連、怒濤の出費ラッシュ(その2) | トップページ | 「わたし、定時で帰ります。」 「働き方改革」 政策のアホな部分には触れないが »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

いやあ、周到なのはマイナス要因だと思いますよ(笑。
周囲が全てお膳立てしてくれた道を進んでいるヒロインの意思が見えてこん。
イケメン大量投入とか朝ドラ女優大量投入とか
皆に好かれる頑張り屋で何でも完璧にそつなくこなすヒロイン!とか
100作記念で箔を付けたい上の思惑でにっちもさっちもいかなくなってきた気が。

「おしん」は外部抑圧が強烈な訳ですが、別の意味での対照性も感じます。
加賀屋の大奥様が孫よりおしんを可愛がるのは若い頃の自分を投影しているから。
泰樹と全く同一ですが、お嬢様と使用人が仲良くし過ぎる事へ周囲が懸念を漏らしても
取り合わず、直後の事故でおしんが加代お嬢様を庇った事で周囲が態度を改める。
加代が女学校に通ってかぶれると「ほら見た事か」の態度。
一応、外の世界を見てきた加代の言動がおしんに影響を与える流れですが
この婆様が泰樹的な苦悩を背負う展開って、ありましたっけね?
現代パートでおしん婆さんと語る孫が大学生ぐらいなのに
昔は児童福祉法が存在しなかった事も知らないアホっ子扱いだったり、
「人生経験豊かな年寄りが正しい」的スタンスを崩したくない脚本家の意図を感じる。

橋田寿賀子が小林おしんや田中おしんよりも乙羽おしんや加賀屋婆様に
自己投影していたとするなら、「なつぞら」と本質的な部分は同じなのかもしれません。
そういう意見に耳を傾けないから80年代後半辺りから橋田氏はアレレで、
逆にそういう意見を真摯に受け止める者もいたから
「カーネーション」のような傑作も誕生したと言えますか。
「おしん」をただ絶賛するだけでは朝ドラはそこで行き詰ってしまう。
周防編で奈津が退場した時に「おしん」の加代を思い出しましたが、
これは当たらずとも遠からずだったようで。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

本文ではあえて触れませんでしたが、このドラマの理屈っぽさ、主人公の夢の他人行儀さというのは、主役の広瀬すずが持つ「体温の低さ」が影響していることもあるのではないか、と個人的に思っています。
この子は、いわゆる「熱演派」ではない。 どこか自分の演技を醒めた目で見ているような側面がある。 演技が下手クソなわけではない、むしろ器用な子だと思うのだけれど、観ているこちら側を惹きつけて放さないような「私を見て!」という力を感じない。

そんな子が「周到に」用意された「まっとうな」理由で富士子やじいじに泣きつこうとも、どこか白々しいような感覚がする。

それはもしかすると、これまた「周到に」用意された設定であるかもしれません。 自分の本音を北海道の家族に遠慮してどこまでも心の奥にしまったままにしている、とか。 それこそ巨炎様のおっしゃる「皆に好かれる頑張り屋で何でも完璧にそつなくこなす」というのも、ヒロインが自分の本心を隠すために演じている「ウソの自分」なのかもしれない。 考えすぎかな。

なんかこの、「そつなく」というのも、見ていて物足りない部分でもあるし、これが朝ドラの王道なのかな、安心して見てればいいのかな、と思うところもある。

とりあえずアニメーションというのは旅館とかダンスとかベビー服とかカップヌードルとかに比べれば(笑)私自身も興味のある題材なので、しばらくは付き合えそうです。

「おしん」との比較につきましては、朝ドラ博士である巨炎様に論陣を張ることなど出来ないので早々に白旗をあげます(笑)。
この再放送自体マジメに見ているわけではないのでそこまで詳細な分析など到底私には無理ですが、「おしん」というドラマの目的は、当時の大多数の日本人が生きてきた道の再認識と反省にあったのではないか、という気がします。 放送当時大学生だった私の消えかけた記憶ですので参考にはなりませんが。

リウさんこんばんは。すずちゃんになってから感動シーンが演劇終了したとこ位。
子役の時の方が泣けたかも。話のもっていくむりやり感は言われて納得。
オープニングがドリカムでないのはとてもいいことです。あれはうるさかった。
道民にはうけがいい北海道ドラマ、柳月、六花亭とお菓子屋さんをモチーフにしてるのもうれしポイントです。

ドラマ大すきおやじ様
連投お疲れ様です。

スピッツのテーマ曲、なんかとても音が小さい気がするのは私だけでしょうか。 ドリカムは、ホントどうしちゃったんでしょうかね(笑)。 歌詞が変だなぁと思いながら横目で見てました(本編はほぼ全く見ず)(傍観者になると、「いつになったらチキンラーメンが出来るんだ」とか思ってましたが)。 「ひらり」の時はよかったんですけど、ドリカムのテーマ曲。

東京の中村屋(ドラマでは何て名前でしたっけ)に修行に出るとか、なんかこの先また再会かよ、みたいな展開って何だかなぁ~。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 2018年ビートルズ関連、怒濤の出費ラッシュ(その2) | トップページ | 「わたし、定時で帰ります。」 「働き方改革」 政策のアホな部分には触れないが »

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ