2011年3月15日 (火)

――に

目をそらさずに
まっすぐに見つめることは
なんて難しいのだ
なんて難しいのだ。

なんのてらいもなく
自らの力を信じることは
なんて難しいのだ
なんて難しいのだ。

泣きたくなるような日々のなかで
笑って生きる人の
心はなんて強いのだ。

なにもできないと感じながら
虚しさを感じながら
ただひたすらに何かを信じ ただ前を向いて生きる

それは なんて悲壮なのだ

けれどそれは
なんて尊いのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月 8日 (火)

うずもれた墓石

うっそうとしていた橋本家の墓の後ろ側が
数十年ぶりにきれいに伐採されて
これまで長年ものあいだ
うずもれていた墓石が
いくつもあったことに
墓参りに来た私たちはちょっと驚いた
見れば
墓石の年代は
享保年間とある
このちいさなちいさな墓は
ずいぶん昔から無縁仏となり
しかも草木に閉ざされて かんぜんに見棄てられていたのだ

気づけば私も
いつの日か無縁仏となり
怪物のような植物たちに墓場を蹂躙され
かんぜんに忘れ去られる日が来るのだろうか
私の残したいくつもの気持ちは
ネット上に永久に残されたままになるのだろうか
それとも
いつの日かそれは
ネット空間の空高く焼却されて
第二の死を迎えるのだろうか
享保時代に死んでいったその墓の主に思いをめぐらせながら
ほんとうに残したいものとは何なのか 私は考えざるを得なかったのだ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

原因

とりかえしのつかないあやまちをしても
忘れることで こころの平静を保ってきた
たまには思い出してしかめっ面になったりするけれど
都合の悪いことなど ほっかむりしてしまいたい みんな

失敗をしなければ成長しないとか よく言うけれど
失敗をいくらしても 成長なんかできなかった
傷つくことばかりを強いられて
なにも自分はできないんだとしか 思えなくなってくる

あれのせいだ これのせいだ
責任の所在を明らかにすることは 確かに重要だけれど
その段階でうろちょろしていれば 実はとても楽だ
そこからどうするべきか 考える必要がなくなるからだ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 4日 (金)

祈り

めしいたこころのうえたかく
きょうもなにもない雲が流れ
なにもない風景のなかを
毎日なにごともなくゆきすぎては
わけのわからない
なにかよくないことが
だんだんと降り積もってゆく
それでもわたしは祈っている
幸せでありますようにと

言葉を失くしたこころのうえを
きょうも冷たい雨が叩きつけ
誰からも相手にされず
理解もされず
ずぶ濡れの言葉はうずたかく積まれていって
音をもたない壁となり
それは途方もない高さになってゆく
それでもわたしは祈っている
幸せでありますようにと

なんのための人生なのかと
わたしはいつも考えている
意味がなければならないと
じぶんの人生をいつも痛めつけている
苦しいこともいつか役に立つ日が来るのだと
じぶんでじぶんを励ましている
なのに
いくらもがいても ゆくてにはなにも見えない

それでもわたしは祈っている
幸せでありますようにと

それでもわたしは祈っている
幸せでありますようにと

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月27日 (木)

ねがい

いま いったいなにがほしいのか
ほしいものならいっぱいある

いま いったいなにがいらないのか
いらないものならいっぱいある

ほしいものはとおざかり
いらないものだけが うしろをついてくる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

飛ぶ雲

きょうは雲の流れるのが あまりに速すぎて
世の中の流れのほうが
よほど遅く思える

じぶんの心臓の鼓動も
走り去る雲に
追いつきたがって あせって波打っている

もどかしい

駆け抜けてゆく雲が
こんなにもうらやましい

雲よ
どうせ私に見向きもしないのなら
せめて
この胸から消し去りたい思い出を
一緒に連れ去って欲しい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月14日 (金)

たぶん

結論しか話そうとしない連中と議論をすることは
たぶん 間違っている

それがいくらいいことだと自分ひとりで思っても
それがたとえ誰から見ても正しいと思われることでも
押しつけようとした瞬間から
たぶんそれは 正しくなくなる

他人の心の痛みを分かろうとしない正義は
たぶん 罪悪になる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

砂丘

  砂丘


抱きしめたあとに残るむなしさよ
もとめていたものがそこにないとき
もっともとめようとし
やみくもにもう一度 おまえの心の奥底まで
抱きしめようとし
そしていやおうなく
おまえが別の世界の人間であることを知る

砂漠のなかに埋もれゆく錆びた電車たち
砂に埋もれた大勢の魚たちがそこから飛びたち
記憶はすなわち幻覚となり
幻覚は蟻じごくとなっておれたちをのみこみ
砂にまみれてたどり着いた底には
大勢の日本人が
おれたちに理解のできぬ
途方もない昔の日本語をしゃべっている

おれたちはべつべつに
そらぞらしく ただ 笑うしかない






  愛欲


味気ないドライヴ
味気ないレストラン
下らない会話なんか
全部ガキ共にくれてやる

おれの何を求めている
おれのどこが好きなのか
空気のような存在?
価値観という歯車?
回り続ける観覧車?
きらびやかなメリーゴーランド?
脳みそがひっくりかえるようなジェットコースター?
鏡の国のアリスにでもなりたいのか?

ただ会えるだけでいいと思っていた昔
おしゃべりができればいいと思い始めた頃
好きになってくれさえすればいいと思い始め
自分だけのものになってくれればそれでいいという考えに変わり
永遠に愛してくれたらそれだけでじゅうぶんだ
と思うようになる
「それだけ」 っていったい何なのだ?

相手のことばかり想いながら
相手のことなど これっぽちも考えていない

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月12日 (水)

幼い死

たった四か月の
短い命を終えたおまえの
その安堵した
すがすがしい顔は いったいなぜなのだろう
何度かの心拍停止のたびに
息を吹き返した
闘いの跡など
すこしも見えないその顔

あとに残された大人たちは
きっとこの子はいいところに旅立ったに違いないと
疲れ果て かなしみながらも そう信じた

人間的な感情さえも
与えられないまま死んだ赤子に
大人たちは
いま
生きることの意味を 教えられている

「けっしてこの子は
かわいそうなんかじゃない」

「この子はみずからの人生を
せいいっぱい生き切ったのだ」

「こんなちっぽけな命にさえ
その生き方に 意味がないものはないのだ」 と

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月11日 (火)

雲に憑かれて

  雲に憑かれて


久しく太陽を見ない
久しく鳥が飛ぶのを見ない
猫がやけに忙しそうにしている
あいつらは
何か魂胆があるに違いない

厚い雲が
ずっと背中に貼りついていて
時折雨が
仕打ちのように叩きつける

不吉なものたちよ
おれにまとわりつくのはやめろ
どうしてそんなに おれに頼りたがるのだ







  かなしいと 思える気持ち


もうながいこと置き去りにされた 古ぼけた自転車
誰も振り向きもしない 色褪せたポスター

わたしはふと思い出す
子供のころ お気に入りだったおもちゃを
もう飽きてそこらへんに放り投げたままにしていたら
ある日母親が ゴミ箱の中に 捨ててしまったことを

それを見つけた幼いわたしの心に刻まれた
ひどく苦々しい やるせなく悲しい気持ちを

捨てられたのは
そのおもちゃを作った人からわたしに託された 思いだったのか

それともこのおもちゃを買ってくれた親の 我が子のために という思いだったのか

公園で
くまのぬいぐるみをぎゅっと握りしめるように抱えた女の子を見た
あのぬいぐるみが
女の子のなかで息絶え
女の子のなかにある ある種の心が死んでいくのは
いったいいつのことなのだろう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧